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2話 蟻の巣の砦に着いたら

 エルフの監視付きで宿屋に泊まった俺たちは、日が昇ってから程なくして、王都を出ることとなった。幌馬車が向かう先は蟻の巣の砦と呼ばれる場所だ。そこが、ゴブリンを討伐するための最前線基地らしい。


 戦う相手が人間ではないということを知り、俺は正直なところ胸を撫で下ろしていた。勿論、戦うことに関してのリスクに変わりはないだろう。だが、気持ちの面では大きく違うはずだ。


 ただ、気掛かりも一つだけある。それは、真理が俺に付いてきてしまったことだ。良く知らない場所で、それも、異世界という環境であるのだから、一人にされるということがどれだけ心細いか、理解は出来る。俺だって、真理を見える範囲に置いておきたいという気持ちはある。だが、これから向かう場所は戦場なのだ。


 一応、もしものことがあれば、安全な場所に避難させると、リリムには約束してもらっている。それでも、やはり、不安だ。真理の護衛をするための魔族の兵士を召喚することも考えておかないと。転寝うたたねをしている真理の顔を見ながら、俺はそう思ったのだった。


   ◇


 蟻の巣の砦の中に入ると、大勢のエルフやドワーフが出迎えてくれた。皆、砦の守備兵だろうか。俺が異世界から来て、それも魔族の兵士を召喚する能力があることは、もう既に砦側には伝えられているのだと、王都から付いてきたエルフが教えてくれる。ということは、俺は興味の対象なのかも知れない。


 鎖帷子や鱗の鎧を着た兵士たちの中に、少し老け顔のエルフがいる。そのエルフだけ、鉄の鎧を着ていた。身分の高いのだろうかと思っていると、そのエルフが俺たちの幌馬車に近付いてくる。俺たちは慌てて幌馬車から降りた。


「蟻の巣の砦に行けと言われ、ここに来ました。春弥といいます」


「話は聞いている。俺はこの砦の守将で今日から君の上司となるエドガーだ。以後、よろしく頼む」


 真理とリリムも降りてきて、頭を下げる。


「早速だが、君の能力を見せてもらえるかな?」


 俺は頷き、頭の中で鎧の騎士を思い浮かべる。魔方陣が浮かび、鎧の騎士が地中から這い出るように現れた。それを見ていたエルフやドワーフたちから、どよめきが起き、エドガーは腕を組みながら、何度も頷いている。戦力になると判断してもらえたのだろうか。ちなみに、召喚した魔族は不要なときには帰ってもらうことが出来、再召喚するときも魔力は消費しないらしい。


 砦というのだから、こじんまりとしたものを想像していたわけだが、中を歩き、その広さに驚いた。某遊園地にあるような城こそないものの、商人が集まるエリアに、後方支援を担当する兵士のエリア。そして、ゴブリンと戦う兵士のエリアと別れており、俺が向かっている兵士のエリアでも平屋建ての建物がいくつもあった。


 その平屋建ての建物に入り、奥の部屋に案内される。部屋の中に入ると、日当たりが悪く、ベッドとタンスに、木製の机と椅子が一つずつあるだけという質素な造りだった。まあ、一人につき一部屋が貰えるらしいし、家賃もかからないということなので、文句は言えない。ちなみに、真理とリリムにもそれぞれ、俺の両隣の部屋を用意されることになった。


 椅子に座り、部屋の中を見渡していると、エドガーが部屋の中に入ってくる。そして、ベッドの上に腰をかけた。こういったときは、どのような態度でいればいいのだろうか。この世界に敬礼とかはなさそうだし。俺が困惑していると、エドガーが話始めてしまった。


「君には期待しているよ。それに、異世界から来たのだから、他の人間とは違う。砦の皆も君のことを歓迎するさ」


 どうだろうか。新兵いじめがなければいいのだが。


「それで、報酬のことだが、ゴブリンを討伐すれば一体につき銅貨五十枚を渡すことになっている。勿論、討伐したゴブリンの所有物に関しても君の物だ。戦利品はこの砦いる商人に換金してもらうといい。ちなみに、出陣の命令が下りているのに、拒否した場合は銀貨五枚の罰金を取ることになっているが、まあ、君はまだ、一文無しらしいから、関係のない話だな」


 銅貨があり、銀貨もあるといことは金貨もだるのだろうか。この世界の貨幣価値に関してはまだ、分からないが、何にせよ、報酬がもらえるのは、ありがたい。エドガーの言った通り、俺は文無しだ。これからのことを考えたら、いくらかのお金を稼いでおく必要がある。


「期待に添うように頑張ります」


「あと、ここの砦では武器の支給をしているから、武器庫に取りに行くといい」


 エドガーはそう言って、立ち上がる。去られる前に俺には言っておかなければならないことがあったので、俺は深呼吸を一度だけする。そして、「真理の分も戦いますから、真理はこの砦で留守番という扱いにしてください」と、俺は頭を下げながら頼んだ。


「ああ、それは全然構わないよ」


 エドガーはそう答え、部屋を出ていく。


 俺は大きく息を吐き出しながら、ベッドの上で横になった。一先ず、真理が砦の外に出て戦うという事態は避けられそうだ。


 俺は安堵したこともあり、昼食を取る前に、一眠りつこうと考えるが、真理が部屋に入ってきたことで、それは出来なくなる。


 そして、真理は開口一番、「私も戦う」と、宣言した。俺は飛び起きる。


「駄目だ。真理は砦の中にいろ」


「何で? 春弥は私のせいでこの世界に連れてこられたんだよ。それに私は弓道部にいたんだから、春弥よりも戦えるって」


 確かに、せいぜい、高校の授業で剣道を習ったことがあるぐらいの経験しかない俺に対し、弓道部に所属していた真理なら、弓を扱えるわけだから、兵士としては格上だろう。だが、真理に危険なところに行かせるわけにはいかない。


「頼むから、ここに残ってくれ。そして、俺の帰る場所を守ってほしいんだ……」


「でも……」


 真理は露骨に不満そうな表情を顔に出す。だからといって、引くわけにもいかない。


「分かった。でも、危険なことはしないでね」


 真理の言葉にどの口が言うか。と、思ったが、ここは黙って頷いておくことにした。



   ◇


 俺はリリムに背中を押され、食堂に入る。リリムが明るく振る舞い、俺と真理の間に出来た溝を埋めようとしてくれているが、正直なところ、難しいと自分でも思う。


 食堂で受け取った食事は、野菜の入ったスープに、パンが一つというものだった。エルフはベジタリアンなのだろうか。辺りを見渡すと、エルフが黙々と出されたパンを食べている。それとは対照的に、ドワーフは談笑しながら干し肉を噛んでいた。聞くと、商店で買ってきたらしい。


「お菓子も売ってる?」と、真理が聞くが、ドワーフは首を横に振った。どうやら、この世界では砂糖が非常に高価な物で、そういった物はお祝いごとがあるときぐらいしか、口にすることはないらしい。砦の中では売り物として数が裁けないためか、置いてないのだとか。真理はそれを聞いて、項垂れる。


「残念だったな」


「うん」


 結局、話せたことはそれぐらいで、再び沈黙が訪れる。何か話さなければと考えていたが、話題が思い浮かばない。


 居たたまれなくなった俺は食事を取り終えると、一人で食堂を出ようとした。すると、一人の少年が俺に話かけてくる。猫耳が生えていて、顔も毛深いが、どちらかというと、猫よりも人に近い気がする。いわゆる、獣人というやつか。


「ぼくはアラン。ぼくもここに来てから日が浅いけど、よろしく」


「よろしくな。俺は春弥だ」


 俺は手を差し伸べて、アランの手を握る。


「えっと、異世界の挨拶の仕方かな?」


 アランが首を傾げる。俺は慌てて、手を離した。仕草は元いた世界と共通するところがあるというのに、この世界には握手という習慣がないのか。色々と、この世界について勉強する必要があるな。


「アラン。一度、商店に行きたいのだが、案内してくれるか?」


「いいよ。その変わり、異世界のことも教えてね」


「ああ。勿論だとも」


 俺はそう言うと、真理の顔を見ながら手招きした。


「何? 春弥」


「今から、服を見に行こう」


「今から? でも、お金ないじゃん」


「商品を買うのは、ゴブリンを倒した後だ。まあ、ウィンドウショッピングというやつだ」


 真理がため息をつく。この世界にガラス張りになっている店があるかは分からないが、真理と共に買い物に出かけることが、気まずい空気を変えるきっかけになってくれるだろうと、俺は望みをかけた。


「分かった。春弥が誘ってくれたんだし、行こうかな」


 そう答える真理の顔に、少しだけ笑顔が戻ったような気がした。

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