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1話 森の中を歩いていたら

 人里を見付けることが出来るのなら、それに越したことはないのだが、今は取り敢えず、森を抜けることを第一に考えるべきだという俺の提案が採用され、三人は森の中を黙々と歩いていた。


 俺も真理も革靴なので、草木が生い茂る自然豊かなこの場所を歩くのは大変だ。


「リリム。一度、空に上がってくれないか? 上からなら、何らかの人工物が見えるかも知れない」


「承知いたしました」


 リリムが羽を広げると、空に向かって飛んで行く。飛べるのって便利だろうな。こんな状況ではなかったら、さぞ、気持ちのいいものなのだろうなと羨ましく思っていると、リリムは何かを見付けたのか、俺の傍に降りてきた。


「村らしきものがありました」


 それはありがたい。早速、リリムに誘導されながら、その村を目指して歩いて行く。


   ◇


 村に辿り着いた俺たちは、有無も言わさず捕縛されることとなった。周りを囲んでいるのは長い耳を尖らせた人たちばかり。俺は思った。ここは異世界なのだ。エルフがいても何ら、おかしくはないのだと。エルフたちの目が血走っているところを見ると、人間と敵対関係にあるのだと容易に結論付けることが出来た。


 俺たちは煉瓦造りの小さな建物に連れて行かれると、真理やリリムとは分かれ、一人寂しく小さな部屋で三人のエルフを相手に尋問を受けることとなった。


 俺の前にある机に小さな水晶玉が一つ置かれ、エルフが口を開く。


「これから、いくつかの質問をする。嘘をつけば、この水晶が濁って分かるから、全て正直に話せ」


 なるほど。俺たちがいた世界でいう嘘発見器か。いや、この世界にも便利な道具があるものだ。村の建物を見たときは、映画に出てくるような中世ヨーロッパを思わせるような造りのものばかりだったので、科学技術の水準も大したことないと思っていたが、認識を改める必要がありそうだ。


「まず、お前は人間だな?」


「はい」


 水晶は濁らない。それもそうだ。


「エルフの国に何をしに来た? スパイとしてはお粗末だし、逃亡してきた奴隷か?」


「いいえ」


 スパイとか、奴隷とか、物騒だな。観光客とか商人とかの選択肢は用意してくれていないのだろうか。


「じゃあ、何しに来たんだ?」


「異世界から来ました」


「ふざけるな」


 尋問しているエルフの口調が厳しくなり、他の二人のエルフは笑いを堪えている。多分、尋問するのが人間だったとしても同じ反応を示しただろう。俺は水晶を見る。まだ、濁っていない。三人のエルフもそのことに気付き、部屋の中の空気は変わった。


「本当に異世界から来たのか?」


 エルフが水晶を凝視しながら、聞いてくる。水晶にひびでも入っていれば、効果が発揮しないのかも知れない。俺は頷いて返す。


 その後は、名前や出生地のことなど、当たり障りのないことから元いた世界の情報について色々と聞かれたが、正直に尋問に答えていった。


 俺が尋問を終え部屋を出たころには、真理とリリムが呑気に紅茶をすすっていた。二人への尋問も終わったのだろう。俺も紅茶を貰おうと思ったが、思ってた以上に早く、エルフが部屋に入ってきた。俺たちの処遇がもう決まったのだろうか。


「馬車を用意した。これから、王都に来てもらう」


 馬車という単語を聞いて、真理がはしゃぐ。今の状況を理解しているのだろうか。ひょっとしたら、歓迎されていると思っているのかも知れない。エルフたちからすれば、異世界から来た得体の知れない連中なのだぞ。俺たちは。最悪、拷問を受けたり、断頭台の上に送られるなんてことも……。俺は身震いをする。


「大丈夫ですよ。春弥様」


 リリムが落ち着いた表情で言う。何か考えがあるのだろうか。


 ベールで顔を隠した俺たちが幌馬車に乗ると、エルフも一人同乗した。御者も当然、エルフ。幌馬車の周辺にも、騎乗したエルフの兵士たちがいる。逃げることは出来なさそうだ。生きた心地のしない俺を余所に、真理が聞く。


「王都って、どんなところなんですか?」


 真理よ。観光客気分になっているだろう。俺は眉をひそめる。


「エルフの国随一の城塞都市だ。前の王都は文化の発信地として優雅を誇ったが、そこが人間に奪われてからは、今のような戦闘を中心に考えられた……、まあ、人間の女が楽しめるような場所ではない」


「そうなんですか……」


 戦闘要塞ということか。女性が行く観光地としては相応しくないな。


 エルフに貰った林檎や苺で腹を満たしながら、幌馬車に揺られること三時間。外を眺めていると、城壁が見えてきた。王都に着いたのだろうか。木製の扉が開くの同時に、鉄格子が上がっていく。


 門を潜ると、市街地があり、商人や買い物をする住人らしきエルフがいた。そして、同時に、只々座り込んで気力を失ったように見えるエルフが多く見えた。難民だろうか。人間に住む場所を奪われたのかも知れない。


 更に市街地を観察しながら進むこと三十分。聖堂のような建物の前で幌馬車から降ろされる。建物の中に入ると直ぐに、エルフに囲まれた。ここでも、村で受けたのと同じような尋問があり、水晶が俺の前に出された。一度、水晶が濁るところを見てみたいという気持ちもあったが、俺は正直に尋問に答えていった。


 尋問を終えると、大きな机やいくつもの椅子が並べられている部屋に案内される。会議とかで使われていそうな部屋だ。リリムの尋問はまだ終わっていないのか、真理が一人で待っていた。俺は真理の隣に座る。真理は何か言いかけたが、口を閉じてしまった。


「何だ?」


「何でもない」


「いや、言いたいことがあるなら言えよ」


 真理は首を横に振り、黙ったままだ。一体、どうしたのだろうか。その後、二人は何も喋ることなく、リリムが部屋に入って来るまで、沈黙が続いてしまった。


   ◇


 日が沈み、今日はどこに泊まることになるのだろうかと、俺が考えていると、三人のエルフが部屋に入ってきた。真ん中に立つエルフは、今まで尋問してきたエルフたちよりも少し老けている。そのエルフが俺の正面に座り、こう話を切り出してきた。


「本来なら、捕えた人間は奴隷になってもらう決まりだが、どうやらお前たちには他の利用方法があるらしいな。例えば、魔族とやらを召喚出来るとか」


 うん。奴隷という単語は聞かなかったことにしよう。そう言えば、リリムも俺が魔族を召喚出来ると言っていたが、本当にそんな能力があるのだろうか。一度、試してみたい。そう思っていると、「やってみろ」と、エルフが指示してくる。


 リリムに目をやると、力強く頷いている。そして、「頭の中で魔族とか魔物を思い浮かべ、それを欲しいと強く願うのです。浮かべたものと近いものが冥界にいれば、契約が成立します」と、言った。


 頭の中で思い浮かべろと言われても、どんなものがいるのか分からない。ガイドブックみたいなものはないのだろうか。俺は取り敢えず目を閉じ、鎧を着た騎士を思い浮かべてみる。少しすると、真理が俺の名前を呼んだ。それと同時に、雄叫びが聞こえてくる。


 徐に目を開けると、机の上に全身鎧を着た騎士がいた。召喚に成功したのだろう。俺は一歩後ずさる。


「リリム」


 俺は再び、リリムの顔に目をやった。リリムは俺が望んでいることが分かったのか、この鎧の騎士について説明を始める。


「これは冥界を守る騎士で、元は人間です。まあ、幽霊みたいなものといえば分かりやすいかも知れませんね。人間の心臓がある場所に、この騎士の魂があります。鎧自体が傷を受けても、春弥様の魔力で治すことは可能ですが、魂を攻撃されてしまいますと、消滅してしまいますので、それだけ覚えておいてください」


「お、おう」


 よろしくとでも言っておいた方がいいだろうか。それとも、握手をするために手を差し伸べた方がいいだろうか。真理を見ると、目を丸くしながら部屋の隅に逃げている。そして、あろうことか、エルフたちも真理と同じ行動を取っていた。お前たちが出せと言ったんだろ。


 鎧の騎士に近付き、目を凝らして見てみる。なるほど。リリムの言葉の意味が分かった。鎧の騎士の中身は空洞だ。つまり、鎧自体が実体なのだ。鎧の中に青い炎が見える。これが魂なのだろう。


「春弥様の命令なら、よほど理不尽でない限り聞き受ける忠実な騎士です。きっと、春弥様のお役に立つでしょう」


 リリムはそう言うと、俺に耳打ちをした。


「ただ、この騎士は魔族の中でも高位に位置しているので、魔力を多く消費してしまいます。コストパフォーマンスのことを考えれば、骸骨剣士辺りの方でも良かったかと」


 そんなことを言われても、知らないよ。俺は心の中で、愚痴を零した。


「これで、お分かりいただけたかと思います。春弥様のお力があれば、エルフが失った領地を人間から取り戻すことも不可能ではありません」


「そ、そうなのかもな」


 エルフが鎧の騎士を見ながら頷く。俺は聞いてないぞ。エルフの力になるなんて。それも、人間と戦うことになるなんて。


 俺の気持ちを知ってか知らずか、リリムはウインクをしてくる。俺は顔を背けるが、リリムの言った言葉を否定することもしなかった。否定するということは、俺たちを奴隷身分に落とすことを意味する。真理を守りたいと思う俺にとって、そんなこと出来るはずがなかった。

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