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マグナセイバーズ  作者: 来真らむぷ
20/21

Log19 "めざせドラゴンバスター!"




 正直、なんとかなると思っていた。甘かった。





 まず先陣を切ったのは、ガンモだった。感覚共有によって少女ドラゴンとのやりとりは理解していたのだろう。とりまやってみるわと瞬の腕から無理くり抜け出し、少女に向けて飛びかかった。


「威勢のいいガダラモンクじゃ」


 右足を軸に、少女はコンパスで曲線を引くようにして左足を引く。半身はんみになりガンモの射線上からわずかそれた。それを悟るガンモは空中で体勢を変えるのは無理と、尻尾を三又のフォークのようにして少女の頭部を薙ごうとする。が、失敗。


「ほい」


 上体をほぼ90度背後に倒していた。どんな筋肉してるんだと瞬が考える間もなく、メイが動く。


「ダーシュン、タイミングは任せる。参加待ってるよん」


 そんな言葉だけを残し、


 ガンモの軌道をなぞるようにメイが踏み込む。その慣性かんせいを活かしたまま、水平になった少女の頭めがけギロチンのように踵を振り下ろす。無理な体勢だ。いくらなんでも身体を起こせず、かといって身を捻るにしても――さらに後ろに少女は倒れた。


 嘘。


 頭を支点にして後転する。さらには足を振り上げ、海老反えびぞった身体が戻る反動すら利用して、メイの足だけを避けるようにして一回転した。


「ふいーっとな」


 デタラメ過ぎだ。首をゴキゴキ鳴らして健在をアピールしているが、常人ならあの勢いでやれば確実に折れている。


「ん? いったん、小休止かの?」

「なはずないでしょ」


 蹴りをかわされたメイはすでにひじを少女の鼻っ面めがけて放っている。しかし,当たらない。ならばと連続で打たれる肘を、数センチと離れていない距離のまま少女は全て避けきってみせる。ドヤっと言わんばかりの笑みを浮かべた少女に舌打ちを隠さず、メイは腰を落としつつ回転し足払いを狙う。


 ぴょん。


 飛び上がった少女に、すかさず首ごとこすり落とすような手刀を打ち上げようとする。

 

 喉元狙いが伸びる直線。


 中空にいるのだ。人体構造を無視した動きとて出来ないはず。――いける。


 瞬が身を固くした時、一瞬で頬を膨らました少女はそれを爆発させるような速度で吐き出すと、メイの一撃は盛大に空振りに終わる。


 息の勢いだけで身体の位置をずらした。


「なんだよそれ……」

 

 メイの一連のラッシュにも舌を巻いた。その動作いずれも素人のそれではない。どう見ても経験者、それも相当な功夫クンフーを積んでいる。一発、一発が瞬の目からでも人死ひとじにを出せるものとわかる。だが、その衝撃を遥かに上回るのが、


「さわると言っておきながら、る気で来る――ぬし、よい性格しとるのー。それと、アバンツ流の体術か」

「……へぇ、そんなことまで知ってるんだ。さすが竜種、長生きだけありますな」

「まぁ、のっ」


 既に着地し、反転していたガンモが地を駆け再度飛び上がっていた。死角である背後からの奇襲であるにも関わらず、予期していたように少女は横っ飛びで回避した。 


 まさか無駄に終わるとは思っていなかったガンモはギョッと目を剥いて、着地するなり怒りに唸る。契約コントラクトしてみて初めて気づくことばかりだが、このサル、意外と好戦的だった。

 

 さて、いったんこちらの攻勢がやんでしまったが、


「いやいや、無理あるって……」


 あの中に加われと? と瞬は思う。こちらも多少の武道の心得はあるとはいえ、今の攻防の中に割って入り、更に邪魔をせず戦力となるなんて芸当はできる気がしなかった。そんなのが出来るのは余程の達人でないと、大縄跳びの縄の中に入るタイミングが掴めない運動音痴のような状況になる。


 改めてまずいことになった。どうすればいい。


 確かにメイの言う通り、これは4人がかりで挑まなければ道は切り開けないだろう。さっきの少女ドラゴンの動きを見る限りはそう思える。とはいえ、とはいえだ、一般人の枠を出ない自分に何が出来るのか。あのドラゴンにさわれなければ、少なくともここから脱出はできない。


 こぶしを握る。


 グッと力を込めた後、目覚ましの一発を自分の頬に対しブチ込んだ。


 もういい加減わかっている。希望的観測にすがっても、まずそれが現実となって訪れることはないのだ。頼るべきはじぶん。そうだ、袴田瞬はかまだしゅん、やるしかない。


「……サロモン」

「は、はいっす!」


 名を呼ばれ、呆けていたサロモンが首をこちらに向ける。


「次、……行くよ」

「いいっ!? ご主人、今の見てたっすか!? ねえさんと、我がライバルがあんだけやってかすりもしなかったす。あれがドラゴンっす。格が違うっす!!」

「そんなこと、わかってるよ」


 泣きたくなるくらい理解しているのだ。そんなことは。だが、泣き言をわめいてばかりいるのも、もう疲れた。というか、そもそもだ。そもそも、


 そう、ここは、


「僕はね。怒ってんだよ」


 キレていいはずなのだ。


「もうたくさんだ。もう、嫌だ。何が何でもここから出てやる。そして、とりあえず兄ちゃんを一発ブン殴る」


 青筋の浮き出た瞬に、サロモンは引きつつ、


「ご、ご主人?」

「サロモン、お前、もう一回、魔掌の鼓動(デヴィコード)ってやつで、入り口の扉を開けて」


 すぐさま高速でサロモンは手うちわを振るって、


「いやいやいや、そんなことしようものなら真っ先に吾輩が狙われるっす!!」

「僕がなんとかする」


 そんな悠長に脱出を見逃してくれはしないというサロモンの意見を一息で封殺し、ポケットからそれを取り出す。


 そして、こう言った方がいいなと瞬は、


「やってじゃない、やれ」


 据わった目で、言い放った。








    ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×







 次第に単調になっていく。


 メイがさわるじゃ済まない、明らかに害するという意図を持って仕掛け、少女がそれを避ける。ガンモは獣らしく奇想天外な動きでね回る。少女はそれすらも、わざとらしく間一髪であしらってみせる。その繰り返し。


 常に飄々(ひょうひょう)とした顔を崩さずにいたメイの額にも、汗がにじみ始めている。やがて、ついに一度仕切り直さないとまずいかと判断したのか、渾身こんしんの回転蹴りがくうを切ったのをきっかけに少女から距離を取った。


「ようやりおるわ」

 拍手をしてみせる少女に、

「そりゃどうも」

 メイは帽子のつばをいじりながら答えるが、その声にも疲労の色は混ざっている。こりゃキツいか――と自嘲じちょうの乾いた笑みもこぼれた時、


 交代とばかりに瞬が一歩ずつ進み出てきた。


 少女は問う。


「次はぬしか? どう楽しませてくれる?」


 愛玩動物ペットとじゃれ合うと、時たま予測できない奇跡の行動を起こすことがある。

 まさにそれを期待するような眼差しを向けられ、深呼吸を二つ、ガンモもメイもさて何をするのやらと静観しており、もう一度、深呼吸、


「降参します」


 瞬は両手を上げて、そう言った。



 それで、



 空気は実に簡単に凍ってしまった。


 こいつは一体何を言いだすんだとでも言いたげな視線が刺さるのを背中で感じつつ、瞬は続ける。


「僕は降参します。後はもう好き勝手やってください」


 あろうことか、よっこいしょと腰を下ろしてあぐらをかく。自分は一抜けしたので、後は観戦させてもらうとばかりに。


 気まずい沈黙が舞い降り、


「ぬ、ぬし、それでよいのか……?」


 さしもの少女も、戸惑いを隠せない様子で逆に問い返してくる。


「構わないです。今の見たらわかると思うんですけど、メイさんとガンモでダメならもう無理です。僕が加わった所でどうこう出来る問題じゃないんですよ」


 ならもう、さっさと諦めて無駄に体力を使わない方が賢いでしょと、瞬はやさぐれた様子で膝の上にで頬杖をつく。少女は慌てて、


「や……、ぬ、ぬしら、よいのか、こやつこんなこと抜かしておるぞ!!」


 今度はその問いを仲間に対して向ける。


「……まぁ、そこらへんは自由意志ですよな」

「キーッ」


 いぶかしげな表情を引っ込めると、メイは肩をすくめる。個人の意思を尊重され、最近の若者はと少女の口からはぶつくさと嘆きがこぼれている。


 気持ちを言語化しているうちに、段々と怒りがたかぶってきたのか、次第に地団駄じだんだまで踏み始め、その度に室内が揺れ、土埃つちぼこりが天井から降ってくる。


「そーか、そーか」


 人差し指を乱暴に自分の口に突っ込み、尋常じゃない大きさと鋭さの犬歯を見せつけるように唇の端を引っ張る。呵々(ギャギャ)呵々(ギャギャ)呵卑(ギャヒ)


 ――怖気おぞけ


 メイ、ガンモ、そして瞬が同時にのけぞった。本能としか言いようがないほど身体が勝手に動いた。


 何かのスイッチを切り替えたように、瞬が台無しにした空気が型を成す。途端に巨大な生物の腹の中に取り込まれたような気がしてくる。これは、アレだ、と瞬は思う――熱帯特有の、肌にまとわりつくような不快な湿気の感覚に近い。とにかく嫌な感じだ。この場にいるだけで、心が平静を保てなくなる。外に出たくてたまらなくなる。



「気が変わった。続行つづけるぞ、遊戯おあそびを」


 それと、


「おちょくりも大概にせい」


 既に少女の後方で入り口ににじり寄っていたサロモンへ首が動く。完全にバレてるっす!? と悟ったサロモンは慎重さをかなぐり捨てて全力で走り出す。しかし、


猪口才ちょこざいじゃよ」


 圧倒的なまでに少女の方が速い。


 サロモンが扉にたどり着くより先に、少女は扉の前へ飛ぶように駆け抜けて待ち構える。ぎゃーっす! と悲鳴をあげながら急ブレーキをかけるサロモン。


「わしは、遊戯を台無しにされるのが、一番嫌いじゃ」


 ミシッと、床に亀裂が入る。ただよってくる濃厚な怒りにサロモンの全身から色んな汁が吹き出てくる。


「いやいや、これは違うっす! あれっす、前と同じっす。吾輩、ちょっとお腹痛くなってきたので、少しおいとまさせていただこうと」


 見苦しいまでに言い訳を重ねるサロモンに、少女は琥珀こはくの中に入ったヒビのような瞳孔どうこうで射抜く。心胆から震え上がり、より一層、汁が噴出ふんしゅつする。このまま気絶するのではというぐらい色を失った顔のまま、


「だ、誰か、お助け……っす……」


 消え入りそうな声は、軽やかな足音でかき消される。


 少女の嘆息。もう何度目か、


 飛びかかってきたガンモをいなす。そのまま入り口に張り付いたガンモは再度蹴りつけて、少女を狙うのではなく、サロモンと少女の間に割って入った。


「キーャッ!」

 曰く、おちょくってんのは、オマエもだ。


「き、貴様、わ、吾輩のために……」


 背後で瞳をうるませているサロモンにも一言、


「キーッ、モ」

 曰く、キモッ。


 あんまりっすーっ、とショックを受けるサロモンをさておき、ガンモは四肢が盛り上がるほど力を込めて、休憩は終了だという意思をあらわにしている。そこにさらに、


「次は得物これありで」


 いつの間にか両手にナイフ――片方は順手、他方は逆手に持ち、メイが闊歩かっぽしてきていた。


「ふうん。ぬしらはやる気のようじゃな。じゃが、……わしも、優しすぎたようじゃ」


 変わらずあぐらをかいたままでいる瞬を一瞥いちべつして少女は、


「時間制限くらい、なければ、の」


 突如、

 どこまで吸い込むのかという勢いで体の前面を膨らました少女は、呆気に取られた一同へニヤリと笑みを浮かべると、紫色の煙のようなものを吐き出す。


 最初にヤバいと気づいたのはメイで、


竜瘴気りゅうしょうき……ッ」

「左様。だいぶ、薄くしておるが人の身にはキツかろうよ」


 あせった様子でメイはガンモとサロモンに離れるよう命令する。尋常ならざる様子に煙の漂う範囲から二匹も離れる。メイもきびすを返し、瞬の元へと全速で戻る。


「え、メイさん、あれって」

「まずいことになった。端的に、あれ、毒」


 親指で煙を差し、瞬のケツを蹴り上げるようにして立ち上がらせる。そうして、よろめきながら立った瞬の腕を掴むといったん距離を取るべく、少女のいる反対側の祭壇の側へと待避した。


「どうじゃ、時間制限はつけたが、範囲はせばめてやったぞ。人なのじゃからな、真剣に生き急ぐがよい」


 今のところはまだ、入り口から祭壇までの距離の4分の1にすぎないが、竜瘴気りゅうしょうきというらしい煙は次第に残りの範囲を侵食していっている。すなわちこちら側に向かって、だ。


 少女は毒々しい煙の内にあってなお平然としており、ゆらりと外側へと出てくると、そのまま煙を率いるかのように祭壇へと歩を進めてくる。


「そーゆーことね」


 帽子を外して、首元を扇ぎながらメイはこぼす。


 もはやガス室と化したこの部屋で最後まで少女にさわれなければ、即座にあの世行きということに他ならない。


 一筋の汗が頬を伝うメイは、

「ダーシュン、あいつの逆鱗げきりんにふれちったみたいだぜ?」


 台詞せりふこそ軽いものの、表情は強張っていた。


「それ、とんちが効いてるって許してくれはしなさそうですよ……」

 苦々しい顔のまま瞬は、

「メイさん、僕らは」

 

 人差し指で止められた。


「ここで死ぬ気はない。ダーシュン、私は足止めすればよいかね?」


 ――大体のこちらの考えは察しているらしい。重畳ちょうじょうだ。どうせやることは変わらない。協力してもらえるならそれに越したことはない。ここで死ぬ気がないというなら、なおさらだ。


「お願いできますか」

「このメイちゃんさんにお任せさ。さーて、やってやろうぜ。モンキチくん」


 ガンモをお供に従えたメイを見送って、瞬はタイミングを待つ。あとはこちらの演技力と腹を括るだけだ。








    ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×   ×







 既に部屋の半分以上が煙に飲み込まれていた。


呵々(ギャギャ)呵々(ギャギャ)

 

 しゃくさわる笑い声が響くさなか、メイの白刃が描く一線は少女に結ばれることがない。どうしてだ。あんなにメイは両腕を振るっているのだ。一回くらいまぐれでも事故でもいいから当たってもよさそうなものなのにと瞬は思う。


 じりじりと、だが確実に、瘴気は行進をやめない。


 安全マージンを稼ぐため、一定のリズムで蹴りを放っては飛び退くのをメイは繰り返していた。


 見守る瞬が唾を飲み込む。


 あわよくば、という可能性も捨てきれずにいたが、いつでも行けるように前傾姿勢を取る。おそらくチャンスは一度きり。そしてそれがそろそろくるはず。首筋にチリチリとした感覚を覚える。残された時間はそう長くはない。


 よほど使い慣れているのか。ナイフを持ちだしてからのメイの攻勢は熾烈しれつを極めた。竜が化けているらしいとは言え人体の急所はあるはずで、正確にひたい、首、心臓、鳩尾みぞおち、股間、はたまた手首、脇の下を捉えて点を穿うがち、線を引っ張る。


 その間、ガンモは地面から手頃な小石をかき集め、木の実を投げつけるかのようにメイをアシストしている。若干でも動きをにぶらせることが出来ればという意図のもとでやっているらしいが、時折いいコースに入った時も少女ドラゴンはサッカーのトラップのように胸やももでわざとらしく受け止めると、そのまま落下する直前に、集中を乱そうと周囲で騒ぎ立てているサロモンに向かって弾丸のごとく石を蹴り返してくる。


 ここまで余裕を見せつけられ、舌打ち混じりにメイは、 

「どんな眼してんだっつうの」


 その時、だった。


「そういうぬしも()()()()をしとるだろうに」

「――うるせえ黙れ」


 初めて、メイの顔が崩れた。

 と瞬が思ったのと同時に、


 メイは両手に握ったナイフを投じた。まったく予備動作なく。


 少女の眼前まで迫り――


 噛んで、


 受け止めた。


じゃんねん(残念)


 凶悪な笑み。


 今だ。と確信があったわけではない。ただ突き動かされるように身体は動いた。いける、出来るぞ自分と瞬は己を鼓舞する。行けるぞ。なんか異世界にやってきて、散々な目に合わされて、それもいつ死んでいてもおかしくない状況ばかりで、今日一日だけをとってみても、骨は折れるわゴーレムに出くわすわ勝手にサルと命はつながるわ、少女型ドラゴンが遊びと称して毒ガス吹きかけてくるわ


「あは、あはははっは、もうダメだこれ、おしまいだぁあああああああっ誰か助けてええええ、ひっっひひひひあははははは」


 最前線で発狂した兵士のように、笑い声だけを延々吐き続け、瞬は竜瘴気めがけて走り出した。呼び止める声が聞こえる。知ってる。誰が好き好んで毒ガスに突っ込む特攻野郎だ。「阿呆め」という見捨てられた言葉を耳が拾う。結構。所詮、イマドキの子だ。自分は。打たれ弱いのだ。けど、


 瘴気に接触する直前、


 全残存酸素を絞り出して、肺にありったけの空気を詰め込む。目もつぶる。皮膚に悪影響がとか今になって考え出す。知るか、そんなの治癒魔術でどうにかしろ。もうどうにもならないんだよ。止まれないんだよ。肌がどこかヌメッとした感覚を訴える。瞬間的に鳥肌が立った。入った。今、確実に入った。

 足を止めるな。足を止めるな。足を止めるな。ひたすら頭の中で繰り返す。続いて脳が闇の中を突き進むことに不安を覚え始める。そろそろ、いいんじゃないのか。そろそろ入り口にたどりつくのではないか。本当に。息は持つか、持たなかったらもしかして、いや大丈夫、大丈夫なはず。計算ではもう5分くらい経っている気がする。おかしい。そんなに距離あっただろうか。相対性理論云々がちらつく。楽しい時は一瞬だけど、苦しい時は永遠に感じる。その通りだ。え、ではいつ終わるのか永遠に果てはあるのか果てがないから永遠なのではないのか


 当たった。


 正面に突き出していた手が何かに当たった。硬い。石だ。


 これで外れだったら――、


「笑ってくれていいよ。兄ちゃん」


 その手にはまる指環の数は――2個。

 わずかな作戦会議中に結んだ契約コントラクトの証だ。


 脳裏によぎった言葉を口にする。

CALL(コール)、サロモン!!」


 隣に何かが現れたのを感じ、すぐさま、

「おねが――







「だから言うておるじゃろうが、遊戯を台無しにされるのが一番嫌いじゃと」


 悲鳴は声にすらならなかった。


 反射的に開いてしまった目に飛び込んできたのは赤いスカーフを掴まれ気を失っているサロモンと、


「誰が血契りの指環(ザインリング)をこやつにくれてやったと?」


 口の端を吊り上げる少女ドラゴン。




 正直、なんとかなると思っていた。甘かった。




「愚か者め」


 今から戻るにせよ、空気が持たない。息を、息をしなければ。身体の生存本能が口を開こうとする。顔を真っ赤にしながら瞬は両手で鼻と口を押さえ絶対にそれを阻止しようとする。


「く、っ、そ……」


 動け、動いてくれ、死ぬ、死にたくない、全体重を石の壁に叩きつける。微動だにしない。額をぶつける。頼むから、お願いだから。衝撃でどこか切れてしまったのか、眉間をぬるい何かが流れていく。それでも壁を殴る。殴る、叩く、蹴る、


「誰か、ここを、開け……」


 スジがあった。


 いや、線が出来ていたと言った方が正しい。


 光の線だ。


 つい今の今までこんなのなかったと瞬は思う。


 まばたきをする。


 線が一本追加された。


 もう一度、まばたき。


 線が二本。



 ――?





 爆発。


 すぐそこだった。



 気が動転し、たたらを踏んで、尻もちをついた瞬の耳に飛び込んで来たのは。


「何をしているんですか貴方!? 何のために私が今切れ込みを入れたと思ってるんですかっ!!」

「……いやだから後は蹴り飛ばして開けてやろうと思ったんだっつうの。つーかお前、切れてますぅ。じゃねーよ、見てみろ全然切れてねぇじゃねーか! 切れてたらパッコーンってくり抜けるはずだろうが。だから責任は10:0(じゅうぜろ)でお前な。もしも貴重な遺跡的なアレでも俺の名前、絶対に出すなよ。いいか出したら先生に言いつけるからな」

「いーいーえ、絶対、切れてまーしーたっ、つまり貴方のせいです。私の"剣"ににごりはあり得ませんっ。だいたいなんですか、逆ギレとか超カッコ悪いです!」

「このメスガキ、言わせておけば。ハンサムと書いてごろうってルビ振られるの知らねーの。だっせー、もっと本読め。文字ばっかでページが黒いやつだぞ? 絵ばっかのやつじゃないやつだぞ?」

「ひひひ、人の趣味を貴方ごときにとやかく言われたくありませんっ」



 ――ああ、ようやく、来た。





「おい、ってかなんか空気悪ぃぞここ、え、なに、誰かゲップでもした?」 


 馬鹿兄貴ごろうだった。

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