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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

傲慢な王子

作者: 坂城 涼夜

 かつて、遙か北の荒野には王国があった。

 当時は肥沃な平原であったその大地は国に豊かな収穫をもたらし、広大な国土に住む国民は皆偉大な王家を尊び敬い、王国は栄華を極めた。

 戦乱の長く続いた世をも強大な国力を以てくぐり抜け、世界が平和を謳歌していたその時代も連綿と歴史を紡ぎ、系譜が十五代目の王を数えた時。

 その国に関する記録は、そこで途絶えている。



 十四代目の王の時代、春爛漫の穏やかな時分、その国に王子が生まれた。

 玉のように美しい王子の誕生を、国中の誰もが祝福した。

 王子は白亜の宮殿の中で大切に育てられ、年を重ねるごとにますます美しくなった。

 その王子は美しいだけでなく、勉学、武芸にも非凡な才を示し、やがては諸国の姫君からの求婚が相次いだ。

 しかし王子は誰にも興味を示さなかった。

 彼の唯一の欠点、その傲慢さがそうさせた。

「私にはつりあわない」

 王子は求婚に対していつもそう返した。


 そうして王子の十七の誕生日、それを祝う舞踏会が城で開かれた。

 国の内外から、王侯貴族が数多く招かれた。

 もちろんその中には未来の王妃の座を求めてやって来た姫君も大勢いた。

 しかしやはり、王子は誰の手も取らなかった。

 王子は一度も席を立たぬまま、舞踏会も半ばを迎えたところで、大広間の扉が開いた。

 来訪者の姿に、誰もが息を呑んだ。楽隊でさえその手を止めた。

 王子も例外ではなかった。

 白金色の長髪、血のような朱を宿す瞳。

 きめ細やかな肌は新雪のように白く、纏う壮麗な夜会服は深淵のように黒く、散りばめた金銀宝石がさながら銀河のごとくに煌めいている。

 優雅な手つきで翳した扇を下ろせば、整った鼻梁と紅を差した口唇が晒された。

 彼女はこの国よりさらに北、凍土に位置する黒魔術の王国の女王だった。

 女王は自らの美貌に声を失う人々を後目に、たった一人の従者とともに王のもとへと歩み寄った。王子には目もくれなかった。

「お久しぶりですわ、国王陛下」

 悪魔の囁きのように甘美な声だった。

 如何なる美姫にも微動だにしなかった王子の心は一瞬で彼女に奪われた。


 傲慢な王子は、闇の女王に恋をした。


 女王が父王への挨拶を終えたところで、王子は初めて席を立った。

「女王陛下」

 周囲の視線を一身に受けながら、王子は彼女に一礼し、その手を差し出した。

「よろしければ一曲、お相手願えますか」

 その言葉に女王は少し目を見張った。しかしすぐに嫣然と微笑むと、こう返した。

「私にはつりあわないわ」

 そう言って女王は彼のもとを離れた。

 王子はしばらく呆然としていた。

 そして気づけば、もはや誰もが自分でなく、あの美しい女王に釘付けになっていた。 彼女が現れたその時から、宴の主役は取って代わられたのだ。

 女王が宝石なら、王子は石ころ、他は土塊だった。

 隣に並べるには、輝きが足りない。

 彼女はそれをわかって、はっきりとそう言ったのだ。

 女王は他の王侯貴族たちと親しげに話していたが、最後まで、土塊の手は取らなかった。



 王子はそれから数年を経て尚、女王を忘れることができなかった。

 祝いの会は毎年開かれ、彼はそのたびに女王に招待状を送ったが、彼女は一度も姿を現さなかった。

 そのまま王子が齢二十を迎えた時、南で隣国同士が戦を始めた。

 権益を奪い合う戦火は互いの同盟国にまで飛び、大陸中が戦に飲み込まれた。

 王国にも火の粉は降りかかった。度々の侵略に対する防衛のため、軍備強化が相次ぎ、数年前の平和など全くの嘘であったかのような乱世の中。

 十四代目の王が、病に倒れた。


 そして傲慢な王子は、傲慢な王となる。


 先王が死に、国の全権が自らに委ねられると同時、王は当時の交戦国すべての制圧、併合を開始した。

 傲慢な王は和平を許さず、平伏と服従のみを認めた。

 王国の圧倒的な国力がそれを可能にし、抵抗を圧殺した。

 そうして王国は、大陸の半分を自らの領土で塗りつぶした。

 王には、目標があった。

 併合国で領土を囲い、側面と後方を固め、最後に残った隣国。


 北の凍土、黒魔術の王国。


 だが、不毛な大地に用はない。

 あれから十年が過ぎても、未だ美しいまま、その地に君臨しているという女王。

 それを屈服させ手中に収めることこそが、王の目的だった。

 王は強大な国力を背景に、服従を求める書簡を送った。

 幾度も送った招待状と同様に、返書は来なかった。

 それを理由に、王は宣戦した。

 諸侯の反対を押し切り、数多の強国をなぎ払った大軍を北へと突き進めた。

 これこそが目的だった。

 傲慢な女王の国を蹂躙し、自らの前に跪かせる。

 盤石の体制で最後の戦に臨むため、隣国をすべて緩衝地帯に変えた。

 国庫は惜しまず軍備に注ぎ込んだ。

 黒魔術が何だ。凍てつく極地が何だ。

 それらをも押しのける力を、これまで培ってきたのではないか。

 勝利を確信していた王の許へと、待ち望む結果を報告するはずの兵士達は。

 誰一人として、帰ってくることはなかった。


 開戦から程なくして、北から一人の兵士が都へと逃げてきた。

 彼は戦争に出た兵でなく、地方の衛兵を務めていた者だった。

 命からがら宮殿に駆け込んだその兵士は必死に叫んだ。

「今すぐお逃げ下さい! 女王の軍勢が、すぐ其処まで迫っています!」

 王はこの報告に驚いた。

 しかし、傲慢な王は逃げることを選ばなかった。

 国に残った軍を自ら率いて、王は北へと進軍した。

 その頃には、王国の北の空は、禍々しい暗雲に覆い尽くされていた。

 漆黒の雲と青天の境界の下、両軍は互いの姿を捉えた。

「……何だ、あれは」

 兵士の誰かが呟いた。

 地鳴りを轟かせ、土煙をもうもうと巻き上げて迫り来る大軍。

 空をも埋め尽くす彼らは、人でも獣でもない、異形の化け物。

 人間を滅する闇の軍勢。

 その中心、玉座の如く鎮座する巨大な竜の額の上――

 十年という時を経て尚老いぬ女王が、異形のものたちに恐れを為す人間を見下ろし、嗤っていた。

 女王がその手を振り、敵を示した。

 黒雲を引き連れる異形の軍勢が速度を増した。

「応戦せよ!」

 勇猛な将軍の一声で、戦は始まった。

 兵士の剣は幾多の化け物を斬り伏せた。

 異形の牙は多くの戦士を貫いた。

 放つ矢は数多の魔物を撃ち落とした。

 空からの爪は何度も勇士を引き裂いた。

 だが、圧倒的に数が違いすぎた。

 空をも埋め尽くす大軍と、先の戦で精鋭の大部分を失った精一杯の残存勢力。

 数の差に次々と兵士が倒れていく中、王自身も何度敵を斬ったかわからなかった。

 遙か遠くに厳然と立つ女王を見据えて、いつしか彼を守る騎士たちが皆倒れても、王は前へと進んだ。

 王国一の駿馬を駆り、大陸一と謳われたその剣技を以てして、王はただ一人となっても進軍した。

 何人も見下ろすことは許さない。

 初めて会ったその時から自分を見下し続けた傲慢で不遜な女王を、玉座から引きずりおろす。

 そのために王は剣を振るった。

 山のようにそびえ立つ竜を視界にはっきりと捉え、その上で邪悪に微笑む女王と目が合った、その刹那。


 闇を切り裂いた白い刃が、傲慢な王の首を刎ねた。


 自分の従者が総大将を討ち取ったのを見下ろして、女王は喉を鳴らし、笑った。

「ほら……」

 嗤いが止まらないのを隠すように、女王は扇で優美に口許を覆う。

「つりあわないって、言ったでしょう」



 黒の軍勢は止まらなかった。

 走りつづける怒涛は瞬く間に国土を飲み込んだ。 繁栄を享受していた都は廃墟と化し、恵みをもたらした平原は荒れ野へと姿を変えた。

 情勢を知った服属国は恐れおののいた。

 ほとんどが王国に徴発され、最早数えるほどしか残されていない兵をかき集めて、決死の思いで国境線の守りを固めた。

 そして迫り来る黒が、兵たちの待ち構える境界を越えようとした瞬間だった。

 突如として、異形が崩れた。

 先頭の一匹から徐々に感染していくように、その体が塵となって崩れていくのだ。

 結局、北からの侵略者は、正確に王国領だけを荒野へと帰して、どこへともなく消え去ってしまった。


 そうしてその王国は、歴史から姿を消した。




 それからすでに幾星霜、幾度となく世界地図は描き直されてきたが、極北の凍土を統べる王国の名だけは、未だかつて書き換えられてはいない。


久しぶりにログインしたのが月曜日。

書き上げたのが火曜日。

添削したのが水曜日、これを書いている今日です。


せっかくの機会なので書いてみましたが、書けば書くほど「童話ってどういう風に書けばいいんだ」という状態になりました。慣れてないことするもんじゃないですね。


まあ、坂城は良い年して中二病ですから、同じ症状の方は楽しめると思います。

そうでない方には時間つぶしにはなったと思います。ローカル線一駅分くらい?


最後に一つ。坂城は主に携帯メールの縮小文字で執筆しているので、いざ標準の文字サイズに戻して読んでみると改行位置が締まらないことがあちこちありました。

元から締まるような話ではないのですが、PCで読んでいただければ幾分か改善されるのではないかと、坂城は推測しています。推測です。大事なことなので二回書きました。


……あとがきが長い?

仕様です。坂城はあとがきを書くために小説を書くのです。

これを世間では本末転倒といいます。

はい、ここ、テストに出ません。


わざわざここまで読んで下さってありがとうございました。

また機会があれば、拙筆に目を通して下さると幸いです。

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