妖精を捕獲せよ!! その1
以前部誌に投稿した作品です
「――マスターは、たまに食用じゃないものを料理の材料に使うので、大変です。え~と……、あと、姉ちゃんから手紙がきたら、教えて下さい。っと、それではまた手紙を書きます、アルより」
祖母への手紙を書き終えたとき、アルは奇妙な気配を感じて顔を上げた。
「ん?」
窓を開けて外を見るが、辺りは夜の帳に覆われ、何も見えない。
「んんん~?」
気のせいで済ませるには、ひどく懐かしく、引っ掛かりを覚え、アルは首を傾げた。
◆◆◆
しばらくぶりに帰ってきたら、夫の目の下に見事な隈ができていた。
「……アシュ、一体何があった?」
「ああ、アナ、お帰り。いや、フェアリーが出てな……。なかなか笑えない悪戯をしでかしてくれて、あちこち大損害がでてる。……おかげでこっちは不眠不休で働く羽目になっていたんだ」
「フェアリーだと? あれは山に籠っている種族じゃなかったのか?」
彼女の言う通り、フェアリー――見た目は、翅を持つ、小さな人間である。基本的に、妖精と言ったら人はこれを思い浮かべるだろう――という種族は、ひどく排他的だ。北の山脈の何処かに住んでいるというが、彼らが他の種族と交流しているという話はここ数百年聞いたことがない。もっとも、フェアリーが住むという北の山脈は、高位の魔物の巣窟であるから、交流したくてもできないだろうが。また、フェアリーは排他的であると同時に、悪戯好きでもあるという。北の山脈に出入りする魔狩人――彼らは魔物を狩り、その皮や牙を売って生計を立てている――は、フェアリーに会うことを何よりも恐れるとか。形は可愛らしかろうと、洒落にならない悪戯を仕掛けてくるらしい。しかしながら、フェアリーが北の山脈を出て、他人に悪戯をするという例は珍しい。
「まあ、見てくれ」
夫は疲れたように笑い、彼女に書類を差し出した。
書類を見て彼女は眉をひそめる。
可愛いところでは、バナナの皮で人を転ばせたり、いつの間にやら壁にどでかい落書きをしていたり。
ここまではまだ、いい。
ひどいところでは、船に風穴を開けて沈没させたり、馬車の車輪を外して事故を起こしたり。
死人が出ないのが、不思議なくらいだ。
悪戯、というレベルを、とうに超えてしまっている。
「……犯人は?」
「まだ捕まっていない。流石は絶望の山脈に住まう風の眷属、というところか。悪戯の度に目撃はされていても、探査の網には引っかかってくれなくて、な」
彼は深いため息をついた。
性質が悪いにも程がある。
彼女の方は、額を抑えて呻いた。
「酷い冗談だ……」
だが、何もせずにいられる段階はとうに過ぎている。
「仕方がない、私が出よう」
彼女は静かに言った。
「悪いな」
彼は少しばかり苦笑した。
「なに、いかに風の眷属であろうと、流石に『精霊の愛し子』にまではちょっかいを出せないだろうよ」
彼女は婉然ともいえる笑みを浮かべた。
王都中を荒らしまわっているフェアリーには、何やら気の毒なことになりそうである。
「さて」
彼女の笑みが、それまでのものと変わる。それは、ひどく優しげな、慈母の如き微笑だった。
そしてそのまま夫の背後に回ると、彼の首にその腕を絡める。
「!! ちょ、アナ――」
「お前もいい加減休め」
彼女は腕に力を込めた。
世界広しといえど、『妻』に絞め落とされる『夫』は、めったにいないだろう。
この話は、何話か続きます。