Happy Birthday
これも数年前に部誌に投稿した話です。
「少年の旅立ち」と一緒で、未熟感丸出しですが、ご了承ください。
ほのぼの?コメディー系
「よしっ!」
アルは、思わずガッツポーズをした。
「どっから見ても、バースデーケーキだろ」
アルは満足げに言った。
彼の目の前には、白いものが一つ鎮座していた。
それは、たっぷりと塗られた生クリームの上に、イチゴがのせられた、丸いケーキだった。
「後はこれに入れて」
アルは鼻唄交じりに箱を取り出した。
と、―――
アルがその気配に気づいた時には、もう遅かった。
「ケ―キ―――っ!」
「味見や―――っ!」
二つの影が、白き獲物に躍りかかる。
「あっ、食うなよ!それプレゼントなのに!」
アルの制止も空しく、ケーキはあっという間に、襲撃者たちの腹の中へ消えた。
「うまかったわ~」
「アル、腕上げたね~」
アルの気も知らずにケーキの感想を言うコンビに、怒る気力をも根こそぎ奪われ、
「げふっ」
アルは吐血し、倒れた。
◆◆◆
その日の職場での雑談は、ふとしたことから、誕生日の話になった。
「皆が集まれる日が、俺の誕生日みたいだよ」
アルは大真面目に言った。
「ハ?」
「え?」
店主と女給の少女が目を丸くした。
その時は、彼らが働いている食堂が忙しい時間帯を過ぎたところで、皆で遅い昼食をとっていた。
相手の反応に、アルは首をかしげた。
「マスターとティナの誕生日は、決まった日なのか?」
「自分が生まれた日ナンダカラ、決まっているノガ当たり前ナンダヨ!」
訛りが強い口調で、マスターがアルに突っ込んだ。
「へー、そうなのか」
アルが納得したように、相槌を打った。
道理で、他の皆は、自分の誕生日がいつあるのか分かる訳だ。
「トコロデ、皆が集まれる日ッテどういうことナンダ?」
マスターが、アルに尋ねた。
アルの祖母は時間に関して相当ルーズだ(長生きしすぎて時間の感覚がおかしくなったため)。そんな訳で彼女は、その日が何月何日なのか、どのくらい時間が経過したのか、ということがわからないことがしばしばある。だからアルの誕生日も、覚えていても、その日がきたとわからない(実際は、覚えられなかった……)。
けれども彼女は、かわいい孫の誕生を祝う機会が無いのは嫌だったようだ。結局、自分の知り合いを巻き込み、彼らが集まれる日が、孫の誕生日ということにしてしまった(アルの祖母には、お祝いは大勢でやるものだという固定観念があった)。
そのため、アルは自分の誕生日がいつあるのかわからない。ちなみに、アルは十七歳だが、すでに何十回も誕生日がきている(宴会の口実にされているとも言う)。
その話を聞いて、マスターは実に複雑そうな顔をした。
「いいノカ、それで………」
「んー、いつもめちゃくちゃになるけど、楽しいよ」
アルは、あくまでも真面目に答える。
「いいな」
それまでアルの話を聞いていたティナが、ぽつんと言った。
「誕生日、一緒にお祝いしてくれる人がいて」
それは、ひどく淋しげな呟き、だった。
そういえば、とアルは思い出す。
ティナの誕生日は、来週だった。
◆◆◆
アルにとって、ティナは、川で流されているところを助けてもらった恩人である。アルは、恩は必ず返すものだと、祖母に躾けられていた。
それに、ティナに淋しい顔をされるのはなんだか嫌だった。
だからアルは、ティナにバースデーケーキを贈ろうと思いついた。
何故か誕生日の度に、自分のバースデーケーキを作らされていたので、アルはケーキを作ることができた(普通、自分のバースデーケーキを自分で作ることはないと、最近知った)。
ティナが喜べばいいなと、なけなしのお金をはたいて材料を買い、ゴミ捨て場から拾ってきたので作るのはまずかろうと、道具を新調した。
のは、良かったが。
「なんで、イファとメティーが食べるんだ!ティナのために作ったのにー!」
完成したバースデーケーキは、祖母の知り合いに食べられた。
がっくりと床に手をついたアルの肩を、金髪の若い女と、体長六〇cmの特大ハムスターがたたいた。
「また作ればいいさ」
「きっと、喜ばれるでー」
元凶は呑気なものである。
金髪の若い女がメイティア。特大ハムスターがイファルド。このコンビはアルの祖母の知り合いで、食べ物に目がない。彼らには、知人の食べ物を横取りするという、困った習性があった。
「もう一個作る金がない……。ティナのプレゼントが……」
アルは、深く落ち込んでいた。
「っていうか、ティナって誰?彼女?」
と、メイティアが訊けば、
「あんなにちっちゃかったのに……。アル、大きくなったんやな~。オカン嬉しいわー」
と、いつの間にか、アフロのカツラと割烹着を着用したイファルドが涙を拭く。
反省の色が全く見られない二人(?)に、アルがキレた。
「彼女じゃない!ケーキ返せー!!…げふっ」
吐血した。
アルはひどい虚弱体質のため、しょっちゅう吐血するのだ。
さすがのイファルドとメイティアも、アルを怒らせるのはまずいと思ったらしい。
「あー、ゴメンゴメン」
「ちょっと、落ち着いてや―」
コンビはアルから話を聞くと、何かを思いついたらしく、ぽんっ、と手を打った。
◆◆◆
その日は、ティナの誕生日だった。
けれども、むしろ沈んだ気持ちで、彼女は仕事場へ向かっていた。
年に、一度しかない日。
自分がいることを一緒に祝ってくれる人がいることは、当たり前だと思っていた。
遠くにいる、兄を想う。
兄は大事な仕事に就いている。だから、自分の誕生日を一緒に祝えない。それは、しょうがない。
けれど、寂しいと思うのは、間違いだろうか。
ティナはため息をつきながら、店の扉を開けた。
パンッ、という破裂音とともに、紙テープが飛んできた。
「っ?!」
「誕生日おめでとう」
ティナの目の前に、クラッカーを持ったアルが立っていた。アルは、何やら悪戯が成功した子供の様な顔をしていた。
「こっちこっち」
ティナは訳がわからず、アルに手を引かれるまま歩き出した。
「あれっ?仕事は?」
ティナは混乱しながら、アルに尋ねた。
「今日は休み。臨時休業だから」
「え、どうして?」
「ティナの誕生会するから」
思わずティナは立ち止った。
「……どうして……?」
アルはあっさり言った。
「マスターと決めたんだ。ティナがここにいること、皆で祝おうって。皆で祝うと、楽しいし」
家族以外の人間に、そんなことを言われるなんて、思いもしなかった。
「あぁぁぁ―――!!イファもメティーもなんでここに!!!」
アルが叫んだ。
「何?その居ちゃいけないモノを見たような叫び」
「シツレイやな~。ウチらもアルの彼女のお誕生日祝いに来たんやで~!」
料理がのったテーブルの近くに先客がいた。何故か、フォークとナイフを両手に持っている、金髪の若い女と赤毛の特大ハムスターだった。どうやら、アルの知り合いらしい。
「彼女じゃないって!!それにどうせ料理が目当てで来たんだろ。どう見ても食べる気満々じゃないか………」
「違うねん!御馳走のほかに、アルの彼女と仕事場が気になったんや!」
「好奇心二割で、食欲八割なんだよっ!」
胸を張って言うことでもあるまい。
「ぜ、絶対むちゃくちゃになる……」
経験あり過ぎのアルが、頭を抱えた。ちなみにアルは、イファルドとメイティアを厄病神と認識している。
そんなアルを見て、ティナは吹き出してしまった。
イファルドとメイティアの提案は、確実に、自分達が御馳走を食べるためのものであった。
けれどアルは、まあいっかと思った。
ティナが、今までにないくらい楽しそうに笑うのを、見ることができたので。
◆◆◆
「…そういえば、イファとメティーは、そもそも何しに来たんだ?」
今更ながら、アルがコンビに尋ねる。
「あー、アディーに伝言頼まれたの。何だったっけ?」
アディーとは、アルの祖母の愛称である。
「忘れたわー。きっと御馳走食べれば、思い出すんやない?」
「………」
知り合いの頼みより、御馳走が大事らしい。
『…ばば様……、人選しっかりしようよ………』
アルは心の中で、祖母に突っ込んだ。
後日、コンビは、アルの祖母にしめられたそうな。
彼女曰く、
「何をしに行ったのだ。貴様等は」