旅の一行その三と怪盗騒ぎ その2
おバカ全開ですが、最後あたりにR15的描写有。
苦手な方はご注意ください。
一日の終わりと、新たな一日の到来を告げる鐘が鳴る。
一つ、二つと続いていき、——そして、終わりの音。
最後の鐘の音の余韻が消えきらぬ間に、それは起こった。
突如、《闇夜の涙》が鎮座する大広間の灯りが消え失せる。
代わりに大広間を支配したのは、完全なる暗闇。
己の掌さえ見渡せぬ闇は、明るい月が浮かぶ今宵において、本来ならばあり得ないこと。
魔法によって光を操るのか、それとも幻を生み出したのか——いずれにしろ、高度な魔法を扱う輩が存在するのは確実だ。
思わぬ強敵の存在を知り、その場にいた者達に緊張が走った——。
テテ~テ~ン♪ テテ~テ~ン♪
テテ~テ~ン♪ テテ~テ~ン♪
突如、どこからともなく謎のメロディーが流れてきた。
それはそれなりに音量があるはずなのに、王広間には、一瞬、奇妙な空白が生まれる。
テテ~テ~ン♪ テテ~テ~ン♪
一筋の光が、暗闇を穿つ。
黒の中に、硬質な紅い輝きが浮かび上がった。
テテ~テ~ン♪ テテ~テ~ン♪
黒いマントが光の中で翻る。
ちょこんと頭に乗っている黒いシルクハットは、激しい動きにもかかわらず定位置に陣取ったままだ。
「——ああ、成程……」
仮面少年は深く深く納得した。
道理で、巷で噂になっている怪盗の、具体的な情報が一切あがってこなかった訳だ。
「……これは言いたくない……」
あんなものに出し抜かれてしまっては、さぞ、末代まで轟きそうな赤っ恥になろう。
テテテ~テテテテテン♪ テ・テ~テテテ~テテテテテン♪ テッテ~ン♪
踊っているのか何かの儀式なのか、せっせと短い手足を動かしていたそれは、びしっと両腕を左斜め上に挙げ。
「素敵怪盗見参!!!!!!!!!!!」
決めポーズをとりながら叫んだ体長六〇cm程のコスプレハムスター。
その様子を見る限り、羞恥心も後悔も皆無なようだ。
一部始終を見ていた者達の耳に、何故か木枯らしが吹く音が届いたという。
「《闇夜の涙》を頂に来たぜベイビー★!!!!」
子供のような甲高い声に硬直を解いた幾人かが、見るからに阿呆くさい怪盗に迫る。
大の大人と赤子のような大きさのハムスター。
勝負は火を見るよりも明らかなはずであった。
が。
べちこーん、と間の抜けた音と共に、屈強な冒険者達が宙に舞った。
「ふっ、ウチの《あすかろん》をなめんなや!」
己の身の丈以上の大きさのハリセンを突き付け、恰好をつけるハムスター。
ハムスター、ベタすぎる怪盗のコスプレ、ハリセンの相乗効果で、迫力はゼロを通り越してマイナスだ。
第三者がこの場面を見ていたら、新手の喜劇のように目に映ったろう。
「……なんだろう、これ……」
仮面少年は、怪盗ハムスターに養父と通じるものを感じてしまった。
「わ~はっはっはっは~」
ハムスターは、高笑いを上げながら障害物を張り倒し、《闇夜の涙》に迫る。
立ちはだかる者は悉くハリセンの洗礼を受け、地に伏した。
誰もが人生最大の汚点が生まれる瞬間を覚悟したとき、ハムスターの無双を阻む者が現れたのである。
「どりゃ~っ!!!!!」
ビコ~ン
「へぶっ」
気の抜けるような打撃音とは対照的に、ハムスターは凄まじい勢いで空を飛んでいき、そのまま壁にのめりこんだ。
「なにすんねん!!!」
撃沈するかと思われたハムスターであったが、耐久性は必要以上に高かったようで、元気に動いていた。
「そう何度も好きにさせるかこの野郎っ!!!!!」
くあっと叫んで、手にした巨大なピコピコハンマーをハムスターに突き付けたのは、ぶかぶかのシルクハットにだぼだぼの黒コートを身に着けた不審者だった。
「……カオスだ……」
誰かが呟く。
この状況は一体何なのだろうか?
「なにウチのコスチュームパクってんねん! 独創性はないんか!」
「知らねぇし! そもそも誰もパクってないから!!」
不審者もハムスターも、並みの冒険者など足元にも及ばないようなキレのある動きで己の獲物をふるっている。
妙に静かな空間で、ピコピコ、べちんべちんと間の抜けた音の応酬が続く。
世間一般的な状況とは三十七・一度位斜め下な理由で、目の離せない攻防であった。
仮面少年がそれに気づいたのは、偶然ではなかった。
世界が歪む、或いは上書きされる感覚。
発動状態になった呪式はともかく、何者かの意志によって、世界の理が書き換えられていく途中の空白を、感知できる者は希少である。
少年はその希少な括りの中に入っていた。
少年の身の回りにある空気に、ピリピリとした感触が伝う。
声なき声、姿なき存在が騒めく。
少年は無言のまま壁際を離れ、《闇夜の涙》が納められた結界の方へと足を進めた。
「あの時の恨みを思い知れ! あの開店三百年記念特選ケーキを手に入れるのに、どんだけ苦労したと思ってんだ!」
「知らんがなっ! ウチらが一か月前から並んでたの横取りしたんは、そっちやないか!!!」
「使えるコネを使い倒して何が悪い!」
ピコピコ
べちこーん
会話から察するに、激闘を繰り広げている二人(?)には、深い確執があったようだ。
食い物の恨みは恐ろしいというが、一体いつの話なのやら。
子供並の低次元な言い争いを聞き流しながら、少年は無造作に手を振る。
少年の中指にはめられた指輪が淡く輝いたかと思うと、虚空に浮かび上がるように一本の槍が出現した。
総身が翡翠と緑柱石を合わせたような色の金属でできたその槍は、繊細な装飾が施されており、武器というより芸術作品のようだ。
少年の手の中で、くるりと槍が回る。
闇の中でなお輝く緑色の槍は、幻想的であった。
——そして、少年は一欠片の迷いもなく、手にした槍を投擲したのである。
「ふにょうっ!!」
槍が突き刺さったのは、《闇夜の涙》が納められた結界の中、忽然と現れたおかしな女の頭の僅か上だった。
「ちょっ、少年! なにすんのさ!!」
慌てたように叫ぶ女は、白い渦巻き模様が散在した深緑色の風呂敷を頬被っていた。
東方の喜劇で泥棒がよくこのような恰好をしている気がする。
四六時中仮面を装着している自分がいうのもなんだが、一体どうなっているのだろう、と少年は心の中で肩を落とす。
まともな人間はいないのか。
仮面の裏で、少年は遠い目になった。
「あっ、メティに何しとんねんっ!!」
ハムスターの焦りを滲ませた甲高い声が響く。
相対する不審者の目がギラリと光った。
「隙あり!」
「なめんなやっ!」
ピコべっちんピコべっちんという、間の抜けた音の応酬は加速していく。
ともすれば虚脱しかねない音を気にしないようにしながら、少年は素早く槍を回収すると、切っ先を女の喉元へ向けた。
「わ~っ! たんまたんまっ!」
女は両手を上げるが、少年が警戒を解くことはない。いつでも止めを刺せるよう、槍を持つ手に力を込める。
どんなに馬鹿な恰好をしていようとも、ハムスターと女が厳戒態勢の警備の内側にあっさりと入り込んだことは事実だった。
「話せばわかるんだよ!」
騒ぐ女に、少年は慎重に身に着けた者の魔力を封じる《封魔の環》を取り付けた。
「あ~」
呻く女を前に、少年はようやく息を吐いた。
恐らくは腕の立つ魔道師であろう女の前に、何も対策をせずに立つのは肝が冷える。
「メティ~っ!?」
「おりゃっ!!」
不審者は叫ぶハムスターにできた隙を見逃さず、小さな獲物を取り押さえた。
「なにすんねんっ!」
「観念しろっ! この馬鹿ハムっ!!」
「食いもんみたいに呼ぶなやっ!」
じたばたともがくハムスターであったが、不審者の拘束から逃れることはできなかった。
馬鹿げた騒動もこれで終わり。
その予感に、周囲の空気が弛緩した。
「ルド、避けろっ!」
養父の鋭い叫びに込められた強制力により、少年ははじかれたようにその場を飛びのいた。
何が、と考える前に、少年の額のあたりに衝撃が走る。
頬を叩く空気に、少年は装着した仮面が外れたことを悟った。
姿なき友たちの気配が濃密さを増す。
翠から蒼へと色を移した瞳に、頭部が弾け飛んだ女の姿が映った。
白い体液を撒き散らしながら崩れ落ちる躰に、少年は愕然とした。
怪盗ハムスターは、漫画を日本に関する教材にしちゃった外国人のイメージ。
彼の人族に関する知識は異界の民のものが大半を占めます(つまり、間違ってはいないけど正しくもない)。