少年の旅立ち
数年前に部誌に初めて投稿した作品です。未熟なところが丸出しですが、お楽しみいただけたら幸いです。
祖母が孫の元に訪れた時、少年は岩場で昼寝をしていた。
そこは日当たりが良かったので、下が硬すぎることを除けば絶好のお昼寝スポットだった。
「アル。アルディルト、起きんか」
祖母が声をかけても、孫は熟睡したままだった。
「仕方がない奴だ」
祖母はため息をつく。
そして、彼女はおもむろに近くにあった岩を持ち上げると、孫に向かってぶん投げた。
何か柔らかいものが押しつぶされる音がする。
「ぐえっ」
「アル、お前はもう十七になったな」
孫を起こした祖母は、そう切り出した。
「ば、ばば様、それがどうしたんだよ」
孫が、ビクビクと警戒心も露わに答えた。
せっかくの昼寝を、岩を落とされるというとんでもない形で中断されたのだから、当たり前だ。
こんな祖母だが、孫への愛情がない訳ではない。むしろ、海より深いと言っていい。そしてさらに言えば、彼女には誰かをいじめて喜ぶ趣味もない。
が、しかし、彼の祖母は誰に対しても厳しく、加減もおかしい。
そのため、孫の彼は、祖母にたびたびえらい目に遭わされてきたのである。
「かわいい子には旅をさせよ、という諺がある」
「え…、そ、それが何?」
孫はなんだか嫌な予感がしてきた。そんな彼をよそに、祖母は続ける。
「まあ、私もお前に旅をさせるのには不安がある。お前はどうにも人の話を真に受けやすいからな」
なんかヤバそう……。孫は真剣にこの場からの逃亡を考え始めた。が、いかんせん彼は祖母から逃げ切れたことがない。
「だから、適当な町に行って、適当に稼いで、適当に暮せ。自分ひとりでな」
「無理」
孫は即答した。
「行け」
祖母も即答した。
「無理! っていうか嫌だ! 何でいきなり…ぐふっ」
孫はわめいてすぐに吐血した。彼はひどい虚弱体質だった。
「お前は少し病弱だが、体は無駄に頑丈だからどうにかなるだろう。必要なものはもうここに揃えてあるから、案じぬともいいぞ」
そう言って、祖母は孫に荷物を押し付けた。
「行くの確定!? 俺の意志完全無視か!! 嫌だー!!! 道わかんないって! 町まで何日かかるんだ!! ぐふっ……。そ、それに危ない場所もたくさんあるんじゃ………」
祖母と孫は、ふもとに降りるのに一週間はかかるような山の中に住んでいた。
しかも、孫はふもとの村にさえ、ほとんど行ったことがない。
孫の必死の抗議に、祖母は自信たっぷりにほほ笑んだ。
「案ずるな。安全な近道を知っておる。来い」
そう言って、祖母は嫌がる孫を引きずって歩きだした。
「ここだ」
「……………………」
祖母が言う『安全な近道』は『道』ではなかった……。
「川じゃんっ!!」
孫の魂のツッコミは、祖母に軽く受け流された。
「この川は王都に流れ込んでおる。流されていけば迷わずつくぞ」
「王都に着く前に、おれの命が尽きるって!! 激流だぞ! 滝だぞ!! ぐはっ。俺何した!? ばば様怒らせる事!」
孫が指差した川では、大量の水が勢いよく流れていた。おまけに、彼が見える範囲に二つも滝があった。こんな川で流されたら、間違いなく溺れ死ぬ。
どこが安全なのか。これでは、安全な近道ではなく、あの世への近道だろうに……。
「ふっ。谷に落としても火口に落としても死ななかったのだから、この程度でお前が死ぬ訳がなかろう。――アル! つべこべ言わずに、行かぬかぁっ!」
最後の一喝とともに、祖母は孫をドカンと蹴り飛ばした。
盛大な水飛沫と水音がした。
「ぎゃああぁぁぁ―――――…………」
川に流された孫の悲鳴が、あっという間に遠ざかっていく。
「あ、しもうた」
祖母は頭をかき、舌打ちした。
「アルに王都に着いたら手紙を出せと言うのを、忘れておったな」
そして、少年は旅立った。
アル君は、物理的耐久性は異常に高いですが、中身がよわよわでよく吐血をするという、矛盾気味の体質です。