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フェルメリア雑記  作者: 詞乃端
他の人のお話
43/54

古びたロボット

なんとなく錬金術師とロボットが書きたくて書いた話。

彼女が、家の地下室で偶然見つけたものは。

「……何これ?」

角ばった、人間に似たフォルム。メタリックなカラー。

まるで、絵本の中にでも出てきそうな、いかにもな感じの。

「……ロボット?」

だった。


   ◆◆◆


()(りゅう)(こく)リンドブルム。

そこは、比較的歴史は浅いものの、世界有数の科学大国である。機竜国という二つ名は、建国の立役者である錬金術師が鋼の竜を造りだし、それを以て侵略者を退けたことに由来する。それ故、リンドブルムでは、他国に比べ錬金術や科学技術が発達し、そのことを誇りとしてきたのである。


「あ~、お金がない~!!」

見るも無残な家計簿に、エリンジュームは悲鳴をあげた。

機竜の制作者である錬金術師ヘルメスが末裔、トリスメギストス家。リンドブルムで最も高名であった錬金術師の家系は、しかし、没落して久しい。

「このままだと、いよいよこの屋敷も売らなきゃいけなくなるわね……」

エリンジュームは頭を抱える。ヘルメスによって建てられ、(かつ)てのトリスメギストス家の栄華を今に伝える屋敷は、無駄に広い上にオンボロである。しかしながら、それでもエリンジュームにとっては、思い出が詰まった大事な我が家だった。

「エリン、ご飯まだ?」

「カミラ……。 頼むから、空気読んで……」

エリンジュームは、げんなりと息を吐いた。エリンジュームが視線を向けた空間には、昼間にも(かかわ)らず、薄く、でも確かに闇が(こご)っていた。その中心にいるのは、酷く美しいシルエット。豊かな胸。(くび)れた腰。優美な脚の曲線。女性が羨望してやまない肢体の持ち主は、その容姿も群を抜いていた。石榴(ざくろ)(いし)の深紅を宿した瞳は、その漆黒の髪と共に彼女の肌の白さを際立たせる。ぽってりとした唇は、(つや)やかな珊瑚(さんご)の色。その(かんばせ)には常に、女の身であるエリンジュームでさえドキリとするような色香を(たた)えている。傾国級といっても過言ではないその美女は、エリンジュームが手にしている家計簿を見て、目を瞬かせた。

「あら、今月も赤字? お金がないなら、あるところから持ってくるわよ」

「強盗はいけません!!」

あっさりととんでもないことを言い放つカミラを、エリンジュームは慌てて止めた。それが実行できる実力があるだけに、尚更(なおさら)性質(たち)が悪い。自称・吸血鬼の始祖というカミラの言葉を真に受けるわけではないが、日の光の下で闇の力を(ふる)うことは、半端な力の持ち主ではまず不可能なことなのだ。

「なら、どうするつもり?」

赤字の原因の一部(食費)を担っている(くせ)に、堂々とそう問いかけてくるカミラに、エリンジュームは軽く殺意を覚えた。それでも、エリンジュームの選択肢は(ろく)にないのだが。

「――どうするも、屋敷を売るしかなんじゃない? もう、錬金術の方で収入が増える見込みなんて、無いんだから」

エリンジュームの口調は、自然と投げ遣りなものになっていた。

リンドブルムでは、建国の頃より錬金術や科学が国の中心となっている。――いた、というべきか。魔法大国フェルメリアと対を為し、錬金術大国と呼ばれたリンドブルムは、とうにその姿を変えてしまっていた。数十年ほど前から、リンドブルムでは、錬金術よりも科学技術が尊ばれるようになったのだ。

錬金術は、それを習得するのに多岐に(わた)る膨大な知識と希少なものを含む様々な材料、そして多少なりとも魔力が必要とされた。生まれつき魔力を有していなくとも魔石によってその代用が可能ではあったが、魔石は基本的に高価だ。

一方、科学技術は、魔力がなくとも習得が可能である。また、その素材も錬金術とは違って安価なものが多い。

製品の性能こそ劣るものの、その汎用性とコストの面から、科学技術は、錬金術を押しのけリンドブルムで広く利用されるようになったのである。

そのまま暗くなりかけた空気を引き戻すように、二人がいた部屋の中に鈴の音が鳴り響いた。エリンジュームが作成した、来客用の呼び鈴の音である。

「わ、お客さん?! カミラ、奥に下がってて。 絶対お客さんに見られないようにね!」

エリンジュームはそう言い置いて、居間を飛び出した。

エリンジュームはすでに見慣れているが、いかに本人が美人であろうと、常に闇を(まと)ったカミラの姿は軽いホラーだ。本人に悪気はなかったものの、カミラのせいで、トリスメギストス邸は御近所から幽霊屋敷の称号を頂戴してしまったのである。

そんなカミラがお客様の前に出てきたら。恐らく、エリンジュームの収入はさらに減ってしまうだろう……。

エリンジュームがエントランスホールに辿(たど)り着いた時、そこには男が二人、立っていた。一人は知らない若い男だったが、もう一人の壮年の男はエリンジュームと顔見知りであった。

「こんにちは、ロビンさん」

笑顔を向けたエリンジュームだったが、すぐに、ロビンが浮かない顔をしているのに気が付いた。ロビンはエリンジュームに向きあうと、何とも言いにくそうに口を開けては閉じる、ということを繰り返した。その様子を、エリンジュームは怪訝(けげん)そうに見る。ふと、エリンジュームは、ロビンの傍らにいる若い男の視線が、酷く冷たいことに気が付いた。

「契約は打ち切りだ」

その声もまた、酷く冷たい。え、と、驚きに目を見張るエリンジュームに、ロビンが諦めたように切り出した。

「すまない、エリンちゃん。 もう、機械精霊を使わないことになったんだ」

機械精霊というのは、錬金術によって、機械の中に形成された仮想人格である。そして、機械精霊は主に、工業用の大型機械や、飛行船と言った乗り物に用いられることが多い。機械の精霊と呼ぶだけあり、機械精霊は元となった機械の使用者の安全確保に大いに役立つのだ。しかしながら、安全装置や感知装置の技術の発達により、機械精霊のニーズもまた失われつつあるのも事実である。ロビンはとある工場の工場長を務めているため、その工場で使用される機械精霊を造りだしていたエリンジュームとは、長らく交流があったのだ。

「どうして……」

それきり、何も言えなくなったエリンジュームに、若い男――どうやら、ロビンを雇っている側らしい――が、たたみかけるように言う。

「効率の為だ。 機械精霊なんて、コストが掛かって時代遅れなんだよ」

「あの子達は、どうするんですか?」

そう、絞り出したエリンジュームに、男は(さげす)むような目を向けた。

「あの子達? 機械精霊付きのポンコツなら、全て廃棄したぞ。 所長もそうだが、たかが道具ごときに感情移入してなんになる。 馬鹿馬鹿しい」

そう言って、(わら)いながら男は背を向ける。

「ああ、そうだ。 生活が苦しいようなら、私にこの屋敷を売ってくれないか。 また工場を作ろうと考えているんだ。 旧時代の錬金術師、しかも異端の国の血を継いだ忌み子と取引しようなんて奇特な人物はそういないから、君にとっても悪い話では――」

「黙りなさい、この青二才」

去ろうとした男は、その言葉を最後まで言い切ることができなかった。カミラが、男の首を鷲掴(わしづか)みにしたせいで。

「貴方が、エリンを(おとし)める理由は、それだけ?」

カミラの問いに、(のど)を掴まれた男はただ(あえ)ぐことしかできない。感情が高ぶったせいか、カミラの瞳は鮮血の色に染まっていた。いつもは夜の安らぎの様な雰囲気を(まと)っている彼女であるが、今はそれが果て無き深淵(しんえん)変貌(へんぼう)している。一度飲み込まれてしまえば、二度と、()い出ることが叶わぬ様な。

「カミラ!」

エリンジュームの制止に、カミラの手が(ゆる)んだ。

「エリン、どうして止めるの」

カミラは、本当に不思議そうにエリンジュームに尋ねた。一方、自由になった途端、情けない悲鳴をあげ、無様に()うようにして逃げていく男は、捨て置かれる。

「いいの。 本当のことでしょ」

エリンジュームの濃緑色の髪と、硬質な光を宿した黒と緑の色違いの双眸(そうぼう)は、先祖返りの賜物(たまもの)だ。魔法大国の他に異端との異名を有する、多種族国家フェルメリア。エリンジュームには――トリスメギストス家には――、その国の民の血が流れていた。何代も前のトリスメギストス家当主が、フェルメリア出身の娘を(めと)ったからである。

「そんなことより、カミラが誰かを傷つけるのを見る方が、嫌だよ」

そうエリンジュームに言われて、カミラは困ったように腕を組んだ。

「……あの、エリンちゃん?」

控えめな呼びかけに、エリンジュームとカミラはロビンの方を見る。

「サフィーに、伝えてほしいって、頼まれたんだ」

サフィーとは、エリンジュームがロビンの工場の機械に与えた機械精霊の名だ。

「ありがとう、って言っていた」

そして、ロビンは泣き笑いのような表情を浮かべる。

「僕も、君にお礼を言わないと。 サフィーに会わせてくれて、ありがとう。 あの子は、ずっと皆を守っていてくれてたんだ」

そう言って、頭を下げて去ろうとするロビンに、エリンジュームは声を掛ける。

「サフィーは、幸せだったんですよ」

エリンジュームの言葉に、ロビンの顔がくしゃりと歪んだ。


   ◆◆◆


ロビンが帰ってすぐに、エリンジュームはカミラに抱きしめられた。

「泣いていいのよ」

機械精霊には、個々の、独立した人格が存在する。同じ型の機械でも、同じ人格を持った機械精霊が宿ることはないのだ。そして、、元となった機械が壊れてしまえば、機械精霊は消滅してしまう。消滅した機械精霊は、決して戻ることはない。自分がこの世に送り出したものがいなくなってしまうという事実は、いつもエリンジュームに何とも言えない喪失感を与える。

エリンジュームの頭を撫でてくる、カミラの手に、温もりはないが、不思議とそれは、冷たさを与えるものでもまたない。ただ、傍にいてくれるという事実が、心を慰める。カミラの肩に頭を埋めて、エリンジュームは、しばしの間失われた機械精霊を(いた)んだ。


   ◆◆◆


「これからどうしようね」

エリンジュームは、力なく笑う。ロビンとの取引は、エリンジュームの収入の中でそれなりに大きなものだった。それがなくなった今、トリスメギストス家の家計は、火の車状態だったのにさらに油を注ぐようなものだ。

何か仕事をしようと思っても、特異な容姿を持つエリンジュームに対する世間の風当たりはなかなかに厳しい。リンドブルムでも、昔は異種族国家であるフェルメリアとの交流が盛んであったためか、人族以外の種族にもずいぶん寛容であったらしい。しかし、科学技術が幅を利かせ始めた数十年ほど前から、徐々に、一部の国と同じ様に異種族に対して排他的な風潮が出てきたのである。また、錬金術は偏見や宗教的な問題からそれを容認する国が少ないので、錬金術師の他国への移住はなかなか難しい。それに、エリンジュームは故郷を離れたくなかった。

元気のないエリンジュームを見て、カミラは悩ましげに溜息をつく。

「一時しのぎにしかならないけど、屋敷の中にある物を、何か売るしかないわね」

「何を売るの」

売れるようなものは、大概売り尽くしたのに。

「地下室があるじゃない」

「え?」

当然のようなカミラの言葉に、エリンジュームは間の抜けた声を返した。長年屋敷に住んでいたが、地下室なんて見たことも聞いたこともなかったのだ。

「そんなの、あったの?」

驚いたエリンジュームに、カミラは驚いたようだった。

「ええ、屋敷の地下の方に闇の精霊が固まっているし、一階に歩いていると妙に音が反響している場所があるから分かったの」

「はぁ」

一体誰が作ったんだろうか?

「売れるものなんて、あるのかな?」

「見てみるしかないでしょう」


そして、どうにか隠されていた地下室への階段を見つけたのは良いものの。

「……ここはどこ?」

エリンジュームは、カミラとはぐれ迷ってしまった。いや、この言い方はおかしいかもしれない。地下室への階段を下りていたところまでは覚えている。気が付いたらカミラはどこにも見当たらず、エリンジュームはたった一人、四方を壁に囲まれた、扉も窓もない部屋に立っていたのである。どうしたことか、窓が無いにも拘らず、そこは暗さを感じない部屋であった。

エリンジュームは、辺りを見回すも、その部屋の中には売れそうなものは何一つなかった。壺や絵画などの骨董品(こっとうひん)はおろか、棚などの家具すら置いていない。空っぽの部屋だったのである。

「何、ここ」

静寂が、心に()みこんでゆく。不安のあまり、叫び出しそうになるのを必死に(こら)える。そして、エリンジュームは、何らかの手掛かりを掴もうと壁に手を触れた。

――マスターニンショウコードニ、イチブイッチ。コウケイコウホノカノウセイダイ。『ロボ』、テンソウシマス――

突然、緑の光が部屋中に溢れる。

予期せぬ出来事に、エリンジュームは悲鳴をあげる。閉じた目を、恐る恐る開けると、部屋の真ん中には、先程まで存在していなかった物体がでんと鎮座していた。

エリンジュームは、ぽかんと口を開ける。

「……何これ?」

角ばった、人間に似たフォルム。メタリックなカラー。

まるで、絵本の中にでも出てきそうな、いかにもな感じの。

「……ロボット?」

だった。

ちなみに、『ロボット』というのは、エリンジュームの祖先でもある、錬金術師ヘルメスが造ったとされる機械人形(オートマタ)のことで、現在造られている機械人形(オートマタ)の原型となったとされている代物だ。ロボットはその妙に愛嬌(あいきょう)のある姿から、幼児向けの絵本にも描かれ、また、類似品も多く出たことから大変有名になった。けれども、ヘルメスが制作したとされるロボット達は、その大半の行方が分からなくなってしまっている。

「なんで、ロボットが?」

いきなり出現してきたのは、転移魔法でも使用したからだろうか? 生憎、リンドブルムの世界最先端の科学技術でも、一部の魔法の効果を再現するには至っていない。

エリンジュームは、まじまじとロボットを眺めた。四角と丸でデフォルメされた、人間に似た形。しかしながら、その手や足に指はなく、手に至っては人の掌の代わりに、ただの球体が手首の先にくっついている状態である。四角い頭の上には、何故かバネが付き、さらにバネの先端には赤みがかった球体が付いている。また、人間の目にあたる部分には、目の代わりに赤い宝石のようなものが取り付けられていた。

ところで、錬金術では、『魔道人形(ゴーレム)』という分野の中に、『機械人形(オートマタ)』という区分があるが、現在の機械人形は人間に似せた、実に精巧なものがほとんどだ。ヘルメスが作り出した原型(プロトタイプ)そのものでもない限り、プロトタイプの機械人形――要するにロボット――は高く売れない。お金の当てを見つけられず、エリンジュームはがっかりしてしまった。

――もしかしたら、この部屋を脱出する手掛かりがあるかもしれない。

そう思い直して、エリンジュームは、現れたロボットを調べることにした。

「これ、何の素材なんだろう」

調べて気になったことが一つ。それは、このロボットの外郭を形成する素材だ。鈍い銀色に輝くそれは、エリンジュームが見てきた他のどんな金属とも似ていなかった。試しに足元の小石で擦って見たら、小石の方が簡単に削れてしまったのだ。リンドブルムの金属素材では、そうはいかない。

「この丸いのは、また違うみたいなのよね」

そう呟きながら、エリンジュームがロボットの頭の上についている、球体に触れた時だった。。

突如、ロボットが動き出した

『……ビビー、ガー。――アー、本日ハ、晴天ナリ~』

ここは地下室なのに、どうして外の天候が分かるのか。しかも、今日は曇りだ。

『今日ノ降水確率、〇パーセント、カモネ。マスター其ノ2ハ、川ニ落チテモ、大丈夫ダピョン。オ魚ニ食ワレル、ダケダヨ~』

言っていることが意味不明だ……。

明らかにバグっている言動とは裏腹に、そのロボットの動作は実に滑らかだった。呆気にとられていたエリンジュームを、二本の腕で抱き上げる。

『オヨヨ~』

「え? わぁっ!」

『ビー、オ嬢チャンハ、マスター其ノ2ト同ジ目ノ色ネ。デモ、雰囲気はマスター其ノ1ッポイヨ』

マスターその1とかその2って、一体なんだろう。そんな疑問を浮かべたエリンジュームに構わず、ロボットは、目の部分にある結晶に光を点滅させる。

『――血脈の照合、完了。マスター・ヘルメス・トリスメギストスト、マスター・クライドロ・D・シアリオスノ末裔ト、断定。コレヨリ、貴女ヲマスターニ認定シマス。オ名前ヲドウゾ』

「え、エリンジュームです」

急に大分まともになったロボットの言葉に、エリンジュームは思わず答えてしまった。

『オ名前ハ、フルネームデオ願イシマス、マスター』

「エリンジューム・トリスメギストスです!」

少し自棄(やけ)気味に、エリンジュームは叫んだ。

『設定完了。マスター・エリンジューム、指示をお願いします。』

ロボットに問われ、エリンジュームは戸惑う。

「ええと、……とりあえず、ここから出して」

『了解シマシタ』

ロボットがそう答えた途端、ロボットの内部から、何かのメロディーの様な不思議な駆動音が流れた。

『現在地から地表までの距離は、五〇メーター。脱出予定地点ニ、障害物ナシ。――《太陽神(アポロン)ノ矢》、起動シマス』

その言葉と共に、彼らの周囲に、光で織られた複雑な紋章が幾つも出現する。それらの紋章は、エリンジュームが魔道書で見かけた、魔法を用いるときに使用するという陣に酷似していた。紋章達は虚空を踊り、ある一点に(まばゆ)い光を凝縮(ぎょうしゅく)させる。その眩しさに目を開けていられなくなったエリンジュームの前で、光が弾けた。


滅多にない強力な魔法を感知し、慌ててトリスメギストス邸を飛び出したカミラは、エリンジューム謹製の畑が光の柱に吹き飛ばされるのを目撃した。

「……どうするのよ、これ」

その畑では、錬金術の材料や日々の食材を栽培していたのだ。

トリスメギストス家の家計が、一段と悪化すること請け合いだった。


   ◆◆◆


地下室から出ることができたのは、いい。ロボットは、その点に関しては、主人の願いをきちんと叶えていた。が、しかし、何事にもやり方というものがある。少なくとも、戦略級の攻撃魔法をぶっ放すよりも、もっとましな方法はあったのではないだろうか……。

『テヘッ』

「てへっ、じゃありません!! うちの畑を、何だと思ってるの!」

失態を誤魔化そうとして、頭に手をやるという、実に人間じみた仕草をしているロボットを、エリンジュームは叱り飛ばした。

「もう、本当に屋敷を売るしか、なくなっちゃったよ……」

ロボットに対する怒りの後に、自分に対する情けなさが湧きでてきた。一体どうして、家計を助けようと売れる物を探していたのに、さらに家計が圧迫される事態に陥ってしまったのか。

『マスター、オ金ガナイノカイ?』

半べそになっているエリンジュームの心境を知ってか知らずか、ロボットは呑気にそんなことを尋ねてくる。

「元々そうだったけど、貴方のせいで余計に悪化したわよ」

カミラは半眼になって、ロボットをねめつける。

『大丈夫ヨ~。自分、高性能デスカラ』

「何が大丈夫なのよ」

『チャント、《ウッカリ壊シチャッタトキ専用魔法》ヲ搭載(とうさい)シテルノヨ』

「……何、それ?」

『マー、百聞ハ一見ニ()カズネ』

そう言うと、ロボットから、アップテンポのメロディーが響く。そして、地下室から脱出した時と同じように、虚空に光から成る紋章が現れた。その紋章は、《太陽神(アポロン)の矢》のものとは違い、ごく淡い水色のものであった。紋章は、壊滅してしまった畑の上に滑るように移動すると、澄んだ音を立てて砕けた。砕けた紋章の破片は光の粉となり、畑であった場所に降り注ぐ。すると、瞬く間に、時間が巻き戻された如く、そこに空いていた大穴は消え去り畑は元の姿を取り戻した。

「……。野菜とか薬草とかはどうしたの?」

そこに生えていた植物を除いて、だったが。

『消エタ命ハ、次ノ命ノ(かて)ニナルノヨ~』

「妙に悟ったことを言って、誤魔化さないで」

あらぬ方を向いたロボットに、カミラは突っ込んだ。

『エーット、《ウッカリ壊シチャッタトキ専用魔法》ハ、無機物ニシカ効果ガナイカラ、仕方ナイノネ~』

つまり、生き物はどうにもならないらしい。

「大丈夫じゃ、ないじゃない」

カミラは、ロボットに冷たい目を向けた。

『オ、オ金ノ方ハ大丈夫ヨ!』

ロボットは、弁解するように言う。

『テテテテッテテ~ン♪』

疑いの目を向けるエリンジュームとカミラの前で、ロボットは謎の効果音と共に、血の色に似た赤い石を出現させた。

『賢者ノ石~!』

賢者の石とは、錬金術の真髄(しんずい)とも言うべき存在だ。その石は、卑金属を黄金に変える力を持ち、万能の霊薬、エリクサーの材料ともなる。

「は、早くしまって!! 賢者の石って、禁制品なんだから!」

『エ~』

慌てたエリンジュームの叫びに、ロボットは大変残念そうに賢者の石を手元から消失させる。ところで、賢者の石は、主に金を量産されると経済が混乱するという理由から、現在ではその製作・所持が例外なく禁止されていた。さらに、賢者の石のレシピさえ、所持しているだけで厳罰に処されるので、その製法も失われてしまっているに等しいのだ。

『マ、マダ、マスターソノ2ノ、ヘソクリガアルモンネ!』

何とも言えない目を向けてきた二人に、ロボットはそう宣言した。

『ダーッ!』

ロボットのやたらと気合が入った雄叫びの後に、澄んだ金属音が辺りに響き渡る。

「ちゃんと役に立つんだ、この子……」

目の前の光景に呆然(ぼうぜん)としながら、エリンジュームは呟いた。

辺りに大量に散乱しているのは、異国の金貨。その国の傑出した技術力の象徴としてリンドブルムでも高値で取引されている、多種族国家フェルメリアの貨幣であった。


   ◆◆◆


『マスター其ノ2ハ、フェルメリアノ人デ、トッテモ強カッタノサ~』

ロボットは、そう言う。ちなみに、マスターその2のへそくりとやらの総額は、トリスメギストス邸の修理代を全て賄えるどころか、一生遊んで暮らしてもお釣りがくるほどだった。そのため、貧乏暮らしが長かったエリンジュームは、赤くなったり青くなったり忙しい。さらに言えば、へそくりはプレミアが付く数百年前の金貨で構成されている故に、その総額は本来それが持っていた価値よりもさらに上になるのだ。強盗にあったら怖いので、へそくりの大半は、ロボットに搭載されている異空間収納スペースに戻してある。ロボットが壊れてしまったらお終いだが、数百年ぶりの起動の直後に戦争で使用されるような戦略魔法を平気で展開していたから、その耐久性は信用できるだろう。

『ヘソクリハ、魔獣ヲ狩ッタリ、珍シイ鉱物ヲ採取シタリシテ稼イダラシインダビョン』

厳しい気候を有し、他国とは比較にならないほど強力な魑魅(ちみ)魍魎(もうりょう)跋扈(ばっこ)するフェルメリアでは、武器や魔法具の希少かつ良質な素材は驚くほどの高値で取引される。己の身を護るための道具の質が、そのまま生死に直結することがままあるからである。また、より優れた武器や魔法具を作るための素材ほど、より危険な場所に存在するため、それらの希少価値はますます上昇する。

『ダカラ、マスター其ノ2ハガッポリ(もう)ケレタンダベ』

「……事情は分かったけど、何でそんなに(なま)ってるの?」

何処か疲れたようなエリンジュームの問いかけに、ロボットはこう答える。

『面白イカラッテ、マスター達ガイロイロ口調ノ設定ヲシタノサ~。コノ訛リ口調・ヴァージョン・1の他ニモ、訛リ口調・ヴァージョン・2トカ、メイド口調トカ、イロイロアルンダベヨ』

「普通の口調で良いから……」

『了解ナノネ~』

――自分の祖先に聞きたい。一体何のつもりで、こんなものを作ったのか。


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