炎竜姫と傭兵の攻防 その5
久々に会った部下は、煩い荷物を抱えていた。
「結婚することにしたから、戸籍作って」
ハマラは実に良い笑顔だった。
「元のところに戻してこいよ」
クライドロは面倒臭そうに言う。実際に他国の人間を拉致してこられるといろいろと面倒ではあるのだが、人を捨てられた子犬か子猫のように扱うのは如何なものか。
「――他に言うことはないのかっ!!」
ハマラとクライドロの、しょうもないやり取りに痺れを切らしたのだろうか。縄でぐるぐる巻きにされたうえに、隣のハマラにがっちりと抱きしめられているジャワードは、そう叫んだ。
「え~、なんか言ってハマラの気が変わるのかよ」
国王とは思えないクライドロの言葉に、うっちゃんとリーシャは思わず頷く。
「おい、あんた偉いんじゃないのか」
話を聞いた限りでは、クライドロはハマラの上官の筈であるのだが。顔を引き攣らせたジャワードの言葉に、クライドロは目を眇めた。微かに浮かべた笑みには、何とも言えない凄味が漂う。
「一つ言っとく」
人に在らざる硬質な光を宿した瞳に、ジャワードは居竦められた。
「ここは、神に見捨てられた土地なんだ。何も考えずに人の言うことにホイホイ従う様な奴が、生き抜ける場所じゃない」
ハマラとは比べ物にならぬ、威圧感。口の中が、カラカラに乾いた。――ジャワードの目の前に、ヒトの形をした『竜』がいた。
「ジャワードを虐めるな!!」
甲高い金属音。
「ちょっ、殺す気かよっ!」
部屋に響いた音は、ハマラの剣を、クライドロが己の獲物で受け止めた音だった。
「あー、俺が悪かったから、落ち着けって、ハマラ」
困った様なクライドロの言葉に、ハマラは彼を睨みつけながらも剣を収めた。悔しいが、竜人でしかないハマラは、真竜の血を色濃く受け継ぐクライドロには勝てないのだ。
そして、ハマラは、大きく息を吐いたジャワードを抱きしめる。今やハマラの世界の全てと言っても過言ではない男。ジャワードが誰かに害されようとするのは、ハマラには我慢できない。随分と制約が掛かった思考。その不自由さを自覚するも、ハマラは伴侶を知らないままでいる頃に戻りたいとは思わなかった。
そんなハマラの様子を、クライドロ達は生温かい目で見ているものの、それにハマラが気付くことはない。
「ま、置いといて」
恨みがましげなハマラの視線を誤魔化すように、クライドロは話を逸らす。
「お前の伴侶の戸籍は簡単に作れるけど、入籍は無理」
「何で?」
「怖い顔しない。結婚にはお互いの同意が必要なんだ。ハマラの場合、無理矢理なのが一目瞭然だから」
「……」
「今にも喰いそうに伴侶を見ても、意味無いだろ」
呆れた様なクライドロの言葉に、ハマラは困った顔をし、捕食者の様な目でハマラに見つめられていたジャワードは、彼女の視線が逸れて安堵した。
「ハマラ、結婚したいなら、ちゃんとそいつを口説き落とせ。今のままじゃ、本当に伴侶を手に入れたことにはならないぞ」
クライドロにしては珍しい、年経た者としての忠言。伊達に、一応数十年にも渡り、一国の王をやっていた訳ではないようだ。虚を突かれたハマラとジャワードに、クライドロはさらに続ける。
「とりあえず、一緒に住んでみたらどうだ? ――ああ、他国と違ってフェルメリアの法律じゃ、男が被害者でも強姦罪が適応されるから、安心していいよ~」
「できるか馬鹿!!」
ジャワードがそう叫んだのも仕方が無い。実際に襲われたのだし。
――クライドロの提案が、竜族の性質を考慮した上でのぎりぎりの妥協案であったことを、後に諸々の誤解の末ハマラが大暴れした折に、ジャワードは思い知ることになった。
「じゃあ、これからよろしく」
ジャワードを抱きしめたまま、ハマラが華の様に笑う。どうやらクライドロの提案に乗り気の様だ。断れそうにない。ジャワードはげんなりと重い溜息を吐きだした。
「……こちらこそ……」
それでも、ジャワードがそう答えたのは、不思議とハマラに嫌悪感が湧いていなかったせいだろう。下手な人間よりもハマラの方が、良くも悪くもずっと真っ直ぐだ。
嬉しそうなハマラに頬擦りされながら、一体何時まで自分は縛られたままなのだろうかと、ジャワードは心の中でぼやくのだった。
伴侶にぞっこんの炎竜姫と、諦めの悪い傭兵の攻防は、この後もしばらく続いたという。
これで「炎竜姫と傭兵の攻防」は終わりです。
ちなみに、ジャワードに縛られる趣味はありません。