炎竜姫と傭兵の攻防 その4
今回はちょっと短めです。
「――ったく、ハマラの奴何処に行ってんだよ~」
そうぼやきつつ、クライドロは、書類を片手に自分の頭をガシガシと掻き毟った。フェルメリア屈指の実力者が行方不明になっているせいで、国内に跋扈する魔物を討伐するための戦力の配置をいちいち考えなければならなくなっていて、どうにも面倒臭い。ハマラがいれば、中位程度の魔物の群れの十や二十、単騎で殲滅できるので、あまり考えなくともよかったのだ。
「なれば、陛下が炎竜姫を探せばよいでしょうに」
呆れた様な秘書官の声。先王、先々王の治世では冷静沈着が信条であったこの秘書官、王がクライドロに代替わりしてから、よく表情を浮かべるようになったと評判である。勿論、悪い意味で。
「いや~、リーシャ、なんか今邪魔したら馬に蹴られそうな気がしてさ~」
フェルメリア国王は、渋い顔をして頬杖をついた。黒と緑の互い違いの瞳は、何処か遠くを見ていた。リーシャと呼ばれた秘書官は、奴隷救出任務中に、ハマラが偶然その場に居合わせた男を連れて何処かへ去った、という話を思い出し、小さく溜息をついた。
「見つけたのでしょうか?」
「見つけたんだろうな」
何も任務中に伴侶を見つけてそのまま行方不明にならなくても良いだろうに、というのが、二人の共通の意見だった。
「とりあえず、相手には悪いけど早く戻って来てくんないかな~」
「炎竜姫も、陛下だけには言われたくないと思います」
一国の長にあるまじき、クライドロの酷い放浪癖のせいで、仕事を度々押し付けられる秘書官は、容赦なく自らの主を突っ込んだ。
「俺ちゃんと仕事してるも~ん。情報収集とかさ」
「それは密偵に任せておくものです」
「シャー」
「あ、うっちゃんありがと。リーシャ固い。自分の目で見て初めて分かることもあるんだって」
「陛下の場合、八割は遊びでしょうに」
主従の会話の間の鳴き声は、クライドロのペットの魔物である、うっちゃんのものである。ちなみに、うっちゃんは、牙が鋭く発達した、二足歩行の兎の様な魔物だ。知性が発達した種の魔物なので、クライドロは、うっちゃんに色々と芸を仕込んでいるらしい。うっちゃんからお茶を注いでもらい、呑気に啜っている国王を見て、秘書官は眉間に皺を寄せた。クライドロが有能であることは認めているが、たまには真面目に仕事をしてほしいものだ。クライドロは何時でも脳天気過ぎなのだ。
ふと、クライドロが顔をあげ、うっちゃんが怯えたように身を震わせた。
「――噂をすれば、影ってやつか」
窓から見えた、煉瓦色の翼。精兵揃いと言われるフェルメリアにおいてなお、低位の竜の眷属であるワイバーンに騎乗する者は数あれど、彼の眷属の中でも高位であるファイヤードレイクに騎乗する者は、ただ一人。
「炎竜姫がようやく戻りましたか」
青い空を見上げながら、リーシャはそう呟いた。
「うっちゃん」はウサギっぽいから「うっちゃん」です。
はっきり言って、クーさんはネーミングセンスがありません。