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フェルメリア雑記  作者: 詞乃端
竜の御話
4/54

夢の終わりに

以前部誌に投稿した作品。


貴方と過ごした時間。

それと同じくらい、貴方と出会えたことは、幸せでした。


◆◆◆


――どれほどの時間を、待つことに(つい)やしたのだろう。


湿って冷たい影は、緩やかに(ひそ)やかに、身体(からだ)を侵食していく。

『竜』は、つれづれと想いを巡らした。


己のことすら知らず、何を待っているのかも、分からずに。


この身体を縛る鎖は、冷たいまま。


人との交わりが絶えて、幾歳(いくとせ)か。


この闇の中に、私は孤独(ひとり)


それでも、待ち続けるのは――


思い出そうとする(たび)に、すり抜けていくものを捕まえたくて、『竜』は静かに、目を閉じた。


   ◆◆◆


昔々、魔女がいた。

いと美しき歌声を持つ、傾国の娘。

その歌声で、王を(まど)わし、一国をも(ほろ)ぼした。

そして、最後には王を()らった。

その魔女を倒したのは、(おろ)かな王の、息子。

清く強い心を持った王子には、聖なる竜の加護があった。

魔女を倒した王子に、竜は(ちか)う。

偉大なる王子が新たに治める国に、祝福を与え、末代まで見守る、と。

それが、この国の始まり。

――王子を手助けした聖なる竜は、今も城の近くにある、古びた(とう)に住んでいるという。


   ◆◆◆


守護竜を殺す。

それが、彼に与えられた役目。


――終わらないものは、どこにもなく。

竜に守護されるといわれる、その国にも、終焉(しゅうえん)が近づいていた。


彼は隣国の者だった。

その国と隣国との戦争。

新兵器の投入により圧倒的有利を得た隣国の勝利を、竜の加護が(はば)んでいたのだ。

王都を囲む、不可視の、()つ、何度破壊しようとも再生する障壁の前に、隣国の軍は成す術もなかった。


王都が陥落(かんらく)しない限り、その国の人々の抵抗が止むことはない。

また新兵器を使おうにも、それは一体しかなく、しかも広範囲の攻撃では無差別すぎ、王都という宝箱に使うには威力がありすぎた。


そして、彼に白羽(しらは)の矢が立ったのだ。

新兵器の唯一の使い手たる、彼に。

それは、彼が選んだ範囲のもの全てを、滅ぼしつくすものだったので。


   ◆◆◆


 ふと、『竜』の意識はまどろみの海から引き()げられた。

 光を見るのは、いつ以来だろうか。

 ぼんやりと思った『竜』は、光の中に人影を見た。


   ◆◆◆


王都の外れに等しい位置にあるその塔は、守護竜が住んでいるにしては、ずいぶん(さび)れていた。

奇妙なことに、塔の扉も窓も、厳重(げんじゅう)(ふう)(いん)されている。

まるで、中のものを閉じ込めているように。

その光景に違和感を覚えたが、彼はそれを頭から振りはらった。自分がやるべきことは、守護竜を殺すことだ。

そうすれば――

たった一人の家族を思い浮かべ、彼は(くちびる)()みしめる。

迷うことは、許されない。

彼は、本来塔の扉であるべき部分に手を当てる。

そして、歓喜の叫びとも断末魔(だんまつま)絶叫(ぜっきょう)ともつかない、甲高(かんだか)い音が響く。

塔の腹は消失した。


   ◆◆◆


――もし、…輪廻(りんね)が、ある…としたら………。

彼はそう言い、微笑んだ。

…必ず、……会いに……行く、から―――。

手の中の温もりは、もはや、失われるのを待つのみ。

泣くしかない彼女へ、彼からの、最期の贈り物。

―――待っていてくれ――――

それは、祈りの様な約束。


   ◆◆◆


(あふ)れてくるのは、何だろう。

この両目から、溢れるものは。

涙は、ひどく温かい。

それは、この想いと同じ温度だからか。

――『竜』の中で、何かが(はじ)けた。

「…遅いよ……」

無理やりにでも微笑んだのは、貴方は笑顔の方が好きだと言ってくれたから。

「お帰りなさい」

そして、彼女は手を伸ばした。


   ◆◆◆


塔の中には、『守護竜』なんて、いなかった。

いたのは、黒髪と碧玉(へきぎょく)の瞳が印象的な娘。

その瞳から流れる涙に、胸の最奥(さいおう)が痛むのは、何故だろう。

「…遅いよ……」

その言葉に、謝らなければいけないと思ったのは?

そして、どうして彼女の微笑に、懐かしい喜びを感じたのか。

「お帰りなさい」

彼女が伸ばした手に、彼の手が触れた。


竜が守護した国の滅亡の後、数多(あまた)の命を(うば)いし咎人(とがびと)は、()まわしき兵器とともに、姿を消した。


   ◆◆◆


たとえ、どんな結末が待っていようとも、お前の手を取ったことを、後悔したりはしない。


「竜の御話」の章は、これで終わりです。

彼らがどうなったのかは、そのうち別の短編として書くかもしれません。

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