炎竜姫と傭兵の攻防 その1
以前部誌に投稿した作品です。
ラブコメ系の話。
「結婚することにしたから、戸籍作って」
「元のところに戻してこいよ」
橙色の髪の女と黒髪の青年との間で交わされる、どこかちぐはぐな会話。
「――他に言うことはないのかっ!!」
縄でぐるぐる巻きにされたうえに、隣の女にがっちりと抱きしめられている男は、そう叫んだ。
◆◆◆
軋んだ音を立てて、彼の横を馬車が通り過ぎる。ジャワードは、馬車に積まれている檻の奥の瞳と目があった。鎖に繋がれた子供の、虚ろな双眸。それは、彼の胸の底に漣を立てた。ただの虚と化した眼から、ジャワードは目を逸らす。何も感じてはいけない。何かを感じたら、仕事にならなくなるどころか、己の身を危険に晒しかねないから。
一陣の風が吹き、ジャワードの頭に巻いた布を揺らした。巻かれた布は、彼の髪を隠すための物。砂漠の民の血を示すジャワードの黒い髪も、褐色の肌も、彼が今いる場所では異質でしかなかった。
ジャワードは、商品達を運んでいく馬車を黙って見つめる。
そこでは、秘密裏に人身売買が行われようとしていた。傭兵であるジャワードは、その会場の警護のために雇われていたのだった。こんな仕事よりも、遥かに安全で、儲かる仕事は確かにある。けれども、異国の民の血を引くジャワードには、排他的なこの国で合法的な仕事に就くことは、土台無理な話であった。
運ばれていく商品達は、人であり、ヒトでなかった。――尖った耳、肌を覆う毛皮、鋭く発達した爪――ヒトに似た形をとりながらも、彼等にはそれらの様な確実な差異が存在していた。世界に蔓延るヒト――人族より、数が少ない異種族達である。
現在、どの国であっても、奴隷制度は廃止され、人身売買は禁止されている。それでも、ジャワードが今いる場が存在していられるのは、一部の人間の傲慢のためだ。即ち、ヒトではない異種族を、人間と同じく扱う必要はない、という。また、ある種の権力者にとって、異種族を愛玩することは、ステータスの一つになっているのである。大概、需要がある限り、供給の場が消滅することは、無い。
ジャワードが無意識に吐きだした溜息を掻き消す様に、競売の始まりを告げる鐘が鳴り響いた。