つがいの双竜:『つがいの双竜』
『つがいの双竜』はこれで終わりです。
――そこは、フェルメリアの王都の中心、それを守護する結界の、もう一つの要。皇帝竜と、歴代の王達が眠る場所。そこには、王とその伴侶以外、立ち入ることは、許されない。
ゆるゆると日が沈んでいく、黄昏時。その光は、あらゆる場所を紅く染める。
「――――――――――――――――――――――っ!!」
愛する者を呼ぶ筈だった声は、なにも意味を成さない絶叫となった。
夕焼け色に染まった床を、飛び散った液体がさらに赤く染める。
願ったことは一つだけ。遠い日の約束の履行。また、二人で見に行こうと。年に一度だけ、野原に現れる大海を。その後すぐに王の選定が行われ幻となってしまった、他愛もない願い。
抱きしめた時にはもう、最愛の人は事切れていた。
何故。
――王は、死んでも王都から出られない。
何故。
――時折、叶う筈のない約束を口にして、王は寂しげに微笑んだ。
何故。
――また、見せたかった。永久を誓い合った光景を。
何故。
――例え、王都に住む民全てが、引き換えだったとしても構わなかった。
何故。
――もう、充分守り続けたじゃないか。
何故。
――これ以上、人柱でいてほしくなかった。
何故。
――そもそも、彼女が王でなければならなかったのか。
何故何故何故なぜなぜなぜなぜナゼナゼナゼナゼ―――――――――――――――――――――――――――――――。
ずぶり、と身体が沈むのを感じた。自分も、愛する人も、沈んでいく。結界を破壊しようとした対価は、愛した者の喪失でもなお足りぬ。死んでも、王都からは逃れられない。
男の中で、何かが切れた。
「消えてしまえ!!こんな国など!!全て、滅んでしまえ――――――!!」
男が消え去るまで、血の如く紅い空間に、呪詛が響き渡っていた。
――それでも、守りたいものが、あったんじゃないか?――
「アシュ!!」
妻の声で、覚醒した。
自分に抱きついて来る彼女の細さを、その腕で感じる。相変わらず不思議な青さを湛えているその双眸が、不安げに揺れている。彼女を心配させてしまったことに、酷く罪悪感を覚えた。
「大丈夫。王都の記憶に共鳴しただけだから」
安心させようと無理に微笑を浮かべ、まだほんの僅か、あどけなさを残す頬を撫でる。常に彼女がそうであろうとする姿とは裏腹の、か細い身体を強く抱きしめた。
【神に見捨てられた地】と称される国、フェルメリア。ともすれば地獄にも等しい環境の中、長年の淘汰の果てに、いつしか異能と呼ばれる力を有する者が生まれるようになった。――神無き土地で、それでも生きようとしたからなのか。異能とは、魔法と似て非なるもの。異能は能力だが、魔法は技術だ。異能者は生まれ持った固有の力しか用いることはできないが、時に高位の魔物すら圧倒する。しかし、祝福も呪詛も、ある意味では表裏一体だ。異能の中には、人を守護するものもあれば、人を蝕みかねないものも存在した。
アシュが持つのは、記憶を覗く力。人の記憶。町の記憶。大地の記憶。この世に在るものは、存在した時間の数だけその記憶を持つ。喜劇も、悲劇も。幸福も、絶望も。世界の記憶は、あらゆるものを内包する。それを、知ることができるのだ。また、より強烈な記憶になるほど、アシュには、より見やすくなる。ほんの少しであっても、森羅万象の記憶を垣間見ることができるのは、果たして幸いなのか。力に助けられ、力に苦しんできたから、アシュは余計に分からない。
先程見たのは、今なお王都に残るもの。先代の国王夫妻が儚くなったときの記憶。忘れ去られることを拒んだ、強すぎる想い。
伴侶が人柱であり続けなければいけないことを憂いた男は、愛する人を解放するために、王都の結界を壊そうとした。だが、結界の損害は王の呪詛を通じて彼女に跳ね返り、結果、男は間接的であれど、守りたかった人を殺す事になった。
ただ愚直に、約束を果たそうとした男の、喜劇にも似た悲劇。救おうとした者とされた者、結局はどちらも救われなかった、滑稽な御話。
――一番初めに、守りたいものは何だったのか。忘れたことすら、忘れられた願いは。
誰にとっても救いのない終わりを回避するために、あったろう鍵に、アシュは思いをはせる。
嘗ての王が持たなかったもの。今の王が持っているもの。
思ったことは酷く単純だ。自分が知る人々が、また来る明日を信じられればいい、安らかな眠りを約束されていればいいと。そんな利己的な願いが、フェルメリアの民の全ての幸いになれば素敵だと、アシュは王になることの覚悟を決めた。
思い浮かぶのは、一人の少女の面影。自分と同じ色を宿した眼差し。ただ一人の妹と、会うことが絶えて久しい。遥かな時を超えて受け継いだその血を、妹の重荷にする必要はないと、アシュは、王となってからは極力彼女との交流を断っていた。なぜなら、フェルメリアのことをよく理解していない他国は、王の妹であるという事実だけで、実際にはなんの力もない少女にある筈のない利用価値を見出しかねないのだ。信頼できる者に託しているから、妹の身の安全は、ある程度保障されていると言って良いものの、それでも危険は少ないに越したことはない。
淋しい思いをさせる代わりに、せめて妹には平穏な生活を。アシュには、もう当たり前の幸せなど願える筈もないから、血を分けた妹にその祈りを託す。
守らなければいけないから守るのではなく、守りたいから守れることに感謝する。自分の行うことを義務にしてしまったら、きっと、先代と同じ道を歩んでしまうだろうから。
「……アシュ、勝手にどこかに行くなよ」
「行かないよ」
まだ不安を隠せないらしいアナの声に、笑って答える。彼女の髪を梳くと、淡い銀色のそれは、あっさりと手から零れ落ちていく。
互いに交わす口付けは、祈りの様。
離れてしまわないようにと、強く抱きしめた。
再びのまどろみに落ちようとした刹那、ふと見た窓の向こうには、黎明の空が広がっていた。
「アルくんのおはなし」の章の「妖精を捕獲せよ!!」を読むと、あ~ってなると思います。