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フェルメリア雑記  作者: 詞乃端
クライドロの話
30/54

旅の一行その三と怪盗騒ぎ その1

真面目におバカなことをやっている人たちの話

『素敵怪盗参上!!


【雪花の恥じらい亭】の特売日に、《闇夜の涙》を頂きにくるぜベイビー☆


追伸:【雪花の恥じらい亭】の特製ケーキも渡さない』


「——って、なんじゃこりゃ?」

数日前から定期的に街中にばら撒かれているという文章を読み、男は首を捻った。ちなみに、その文章が書かれている紙は、何も無い虚空から突然降って来た代物である。

恐らく任意の地点に任意のものを移動させる転移魔法を使用したのであろうが、こんなことに高位の魔法を使用するとは、技術と魔力の無駄遣いとしか思えない。

「なんかいろいろ馬鹿にしまくってる感じだな~」

「相当暇な愉快犯の様だね」

男に相槌をうつ声はくぐもり、年齢がいまいちはっきりしない。

「なんで【雪花の恥じらい亭】何だろう……?」

幼い子供特有の高い声には、困惑が(にじ)んでいた。


(——怪しい)

(——ねえ、怪しくない?)

(——あれ、旅芸人?)

(——紫色の熊なんていたっけ?)


如何(いか)にも世の中を()めているような予告状を眺めている一行と、そんな彼らを遠巻きに眺め(ささや)き合う周囲の人々。

屋台が立ち並ぶ大通りには、何とも微妙な空気が流れていた。


「——おい、そこのお前ら!」

野太い声に、一行は顔を上げる。

「一体何をしている!」

声を荒げているのは、街の警備兵であった。

「え? 空から降って来た怪文書を読んでただけだけど」

「嘘付け!」

警備兵の言い種に、男はむっとしたようだった。

「平々凡々な一般市民に失礼な!」


((((((((((どこが?????????????))))))))))

周囲の人々の心が一つになった。


――それは、見るからに怪しげな一行であった。


構成人数は三人。

全員が男の様である。

ただ、中肉中背の男以外の二人は、恐らく成人していない。

一行の中心であろう男が着用しているのは、ぶかぶかの黒いシルクハットに、だぼだぼの黒いコート。シルクハットが大き過ぎ、鼻から上は隠れてしまっている。

男より拳一つ分ほど背の低い金髪の(恐らく)少年の顔の全面には、無駄に派手な仮面が鎮座している。仮面は目の部分に色が変わる硝子玉がはめ込まれた代物で、少年の顔立ちや声はおろか、瞳すらも容易に窺えない状態になっている。顔から下はごくごく普通の旅装であるため、劇にでも使いそうな仮面がやたらと浮いている。

最後が、濃い目の茶色の髪と瞳の子供。七つか八つ程か。幼い子供にしては珍しく眼鏡をかけているものの、それは特におかしいと言えるものでもない。雑踏に紛れてしまえば、探すのも一苦労だろう。――しっかりと抱きしめた、紫色の子熊がいなければ。紫水晶(アメジスト)の様な硬質な輝きを宿す瞳と皮毛。そんなただの動物には在り得ないものを持つ子熊は、しっかりと動いていた。魔力を有する生物には不可思議な体色を有するものが多く存在するが、紫色の熊など聞いたことが無い。抱きかかえる子供がどこにでもいそうな容姿だからこそ、紫色の熊の珍妙さがさらに際立っている。


一人でも十分目立つ人間が、三人。

とりあえず、平平凡凡と言う言葉からは程遠い。


「お前達が【雪花の恥じらい亭】の特製ケーキを食べたということは調べが付いているんだ!」

「観光ガイドのお勧め食べて何が悪いんだ!」

この街の警備隊は、【雪花の恥じらい亭】の客を重点的に調査しているらしい。

怪文書から得られた犯人への数少ない手掛かりの一つが、【雪花の恥じらい亭】であるとはいえ、警備兵の言い分は極めて滑稽(こっけい)なものである。

「——はっ」

仮面の裏から嘲笑が響いた。

茶髪の子供は、実に可哀想なものを見るような視線を警備兵に向けている。

「転移魔法の逆探知ができないからって、【雪花の恥じらい亭】から調べようとするのは、無謀だし営業妨害になるよね……」

ちなみに、物体或いは生物を瞬間的に異なる場所に移動させる転移魔法は、難易度としては高度な魔法に分類される。さらに言えば、転移魔法によって現れたものが、どこから移動してきたかを特定する逆探知は転移魔法以上に難解であり、少なくとも国家に所属できる腕を有する魔術師ぐらいではければ発動が不可能な代物であった。

「ぐっ」

警備兵も、己の行動の馬鹿さ加減は自覚しているらしい。しかし、哀しいかな、組織を構成する歯車でしかない彼には、どんなに馬鹿馬鹿しくても、上からの命令は絶対だった。

「——あ、そういや」

男は何かを思い出したようだった。

「最近ここらへんで馬鹿怪盗が出没してるって話を聞いてたけど、こいつのことか」

話では、怪盗のテンプレ通りに予告状をばら撒き、厳重な警備を潜りぬけて予告したものを盗んでいくという馬鹿がいるということだったが、本当に実在したとは。

寧ろ捕らえてほしがっているような相手に持ち物をあっさり盗まれる、持ち主も持ち主だが。

男は持っていた予告状を警備兵に向かってぴらぴらと振った。

「俺らがこいつ捕まえたら、賞金出るのか?」

「——一応は」

「ふうん」

——この男は大概気まぐれで、この時も思い付きを言っただけだった。

「じゃ、この素敵怪盗とかってのを捕まえてみるか」

「え?」

「は?」

男の軽過ぎる言葉に、同行者と周囲の人間達は呆気にとられた。


    ◆◆◆


——《闇夜の涙》——

それは、夜を凝縮したような、呑みこまれそうに黒い涙型の魔石である。

魔力の塊である魔石は、質が良いものほど宝石と似て非なる魔的な美を有する。

さらにいえば、魔石は力の塊でもあるため、その存在が掻き立てる欲望は宝石とは比べ物にならない。

何処からともなく表れたというその魔石の遍歴は、人間の欲と醜さに彩られ、まさしく『魔の石』と呼ぶにふさわしいものであった。


「『《闇夜の涙》を手に入れた者は、世界を手にする』、か……」

仮面でくぐもった声が、物憂げに《闇夜の涙》にまつわる逸話を口にした。

「馬鹿怪盗が狙うにしては、随分とまっとうに曰く付きだね」

無駄なくらいに広い部屋。その真っ白な壁にもたれる仮面少年の横では、茶髪の子供が紫色の熊を押しつぶすような体勢で船をこいでいた。もう一人の同行者はというと、夜食を片手にふらふらと歩きまわっている。そこに、緊張感というものは無い。

「あの予告状を出すような暇人ぶりじゃ、もっとくだらないものを狙うような印象を受けたけれど」

退屈そうにかなり酷い独り言を漏らす少年の目線の先には、強固な結界に守られた《闇夜の涙》と、武装した冒険者達の姿があった。

国からの正式な依頼によって、派遣されてきた者達である。

現在《闇夜の涙》を管理しているのは、彼等が滞在している国であった。

それならば、軍を動かせば事足りる様な気がするが、白昼堂々と予告状をばら撒くような相手に対してでは、面子や何やらの問題があったようだ。

国が管理しているならば、《闇夜の涙》の所在自体を隠してしまった方が軍事方面などの利用において有利になるはずなのだが、数ある魔石の中でも《闇夜の涙》は特殊過ぎた。

通常の魔石というものは含有する魔力に限りがあり、特殊な加工を施さぬ限り、保持していた以上の魔力を放出すれば、ただの石と化してしまう。

しかしながら、《闇夜の涙》の史上最高とも言うべき圧倒的な魔力の含有量は、歴史上数々の戦略級魔法を発動させたにも関わらず、未だ枯渇の兆しを見せない。通常戦略級魔法はその破壊力ゆえに、発動に大量の魔力を必要とし、どんなに質の良い魔石であっても、たった一つで戦略級魔法を発動させることなどあり得ないというのにだ。

無限にも見える莫大な魔力を秘めた魔石。

それは、欲する者からすれば、喉から手が出る程欲しいが、迂闊(うかつ)に手元に置けばどんな邪推をされるか分からない代物だった。

「人間、可能性だけで同族を殺せる生き物らしいけれど、人間の業以上に、欲望を煽る魔石というのは、厄介かもしれない」

人間って、面倒臭い、と良く愚痴をこぼす養父の様が少年の脳裏に浮かぶ。

ふざけた暇人の真意は何なのか、謎はまだ、闇の中だ。

「出たとこ勝負、しかないか」

溜息を吐きつつ、少年は彼の感覚の精度を上げ、範囲を広げた。


   ◆◆◆


遠くで鐘の音が聞こえる。

昨日と明日の境目を知らせる音。

眼下に見渡せるのは、月明かりに浮かびあがる黒々とした建物の群れ。

冷たい風が、渦を巻く。

風をなぞる様に、ほっそりとした腕が上がった。

虚ろにも思える空の中は、風と鐘の音しか鼓膜を揺さぶるものがない。

そこに生み出されていくのは、淡い光で形成された繊細で複雑な幾何学模様。

世界と理の(ひずみ)により顕現したそれは、星の瞬きのように夜空に微かな光を刻みつけただけで、呆気なく消えうせた。


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