表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェルメリア雑記  作者: 詞乃端
竜の御話
3/54

傾国の娘

以前部誌に投稿した作品です。

今回シリアス気味。

昔々、あるところに、姫君と騎士がいた。

姫君は歌の名手であった。そして、その歌声は、聴いた者を魅了(みりょう)せずにはいられなかった。ただ、姫君は大変美しい声を持っていたが、人前で歌うことを好まなかった。しかし、騎士だけは、姫君の歌を聴くことを許されていた。

姫君の騎士は、彼女に忠実であった。その心は、ただ、姫君だけのものであった。

ある時、偶然、高名な魔法使いが姫君の歌を聴いた。

魔法使いは、姫君に心奪われた。

そして、魔法使いは姫君を欲するようになった。

けれど、姫君の心は騎士に向けられ、彼女が魔法使いを見る事はなかった。

姫君を諦める事が出来なかった魔法使いは、騎士を(あや)めた。

そして、姫君は魔法使いに(さら)われ、とある塔に囚われたという。

―――だが結局、魔法使いは、最も欲しかったものを手に入れる事は叶わなかった。


◆◆◆


――もし、…輪廻(りんね)が、ある…としたら………。

彼はそう言い、微笑んだ。

…必ず、……会いに……行く、から―――。

手の中の温もりは、もはや、失われるのを待つのみ。

泣くしかない彼女へ、彼からの、最期の贈り物。

―――待っていてくれ――――

それは、祈りの様な約束。


限りなく永遠に等しい時を旅するモノへ、限りある時を生きる者は、その変わらざる心を贈った。


◆◆◆


流れる涙で、目を覚ます。

夢を見た。

それは淡雪の如く、目を覚ました瞬間に、てのひらから溶けて消えた。

喪失感。

胸にぽっかりと穴があいたような。

思い出したい。

思い出せない。

けれど、それでも。

それが何だったのかも、分からず、願い。

ただただ、涙だけがあふれて、こぼれる。

いつしか、娘は歌を口ずさんでいた。

――日が昇り

 小鳥が(さえず)

 風が歌う

 それでも

 愛しいあなたは、戻らない――

それは、亡き人を想う歌。

その歌を誰に教わったか、娘は覚えていなかった。


◆◆◆


 時に、女の皮を被った魔性がいる。

 其処(そこ)に在るだけで、人心を惑わし、国をも滅ぼす。

 ――れを、傾国の美女、と人は言う。


王がそこを訪れたのは、ほんの気まぐれであった。

己が統べる国を離れ、隣国の慶事(けいじ)を祝いに来た。そしてその折、『竜が住む塔がある』という話を聞き、興味をそそられたのだった。仮にも一国の王とはいえ、実際に竜を見る機会など持たなかったからだ。

その塔は、森の中に埋もれるようにひっそりと佇んでいた。酷く古びた塔で、入るには勇気が要りそうなほどだった。

王が入るかどうか、しばし迷っていると、塔の中から(たえ)なる歌声が聞こえてきた。

――日が昇り

 小鳥が囀り

 風が歌う

 それでも

 愛しいあなたは、戻らない――

込められていたのは、慟哭(どうこく)で、哀愁あいしゅうで、――そして、贈る者への愛情で。

それは、聞いている者まで切なくなるような歌だった。

船乗りを破滅へといざなう、鳥乙女(セイレーン)の歌声のごとく。

その歌は、王の心を捕えてしまった。

そして、王は迷うことなく、塔に入っていった。


塔の一階の中央に、『竜』はいた。

――正確にいえば、『竜』と呼ばれる娘。

黒絹の如き長い髪、最上の宝石の様な緑色の瞳。その姿は、『竜』と呼ばれるにはあまりにも美しく、たおやかで。

しかし、娘は無骨な鎖によって、囚われていた。

その鎖が、娘が『竜』であるという証。娘自身は勿論、誰にも断つことが出来ない代物だった。

無垢むくなる囚人の様な娘は、戸惑ったように王を見ていた。

王は『竜』を見て、心惹かれた。

――『竜』が知らないのは、己のことだけ。

そのことを聞いていた王は、歌声の主について『竜』に尋ねた。

すると娘は、少し困ったように微笑み、自分が歌っていたと答えた。

その微笑みは、まるで微風(そよかぜ)の様に優しく、穏やかで。

王は、胸の高鳴りを抑える事が出来なかった。

「一緒に私の国に来ないか」

王は思わずそう言った。

けれど娘は、すぐに首を横に振った。

「待っているから……」

娘が浮かべたのは、酷く複雑な笑み。誰かに向けた愛おしさと、悲哀と、諦観(ていかん)と――。さまざまな感情が入り混じり、絡み合う。それは、王が嫉妬(しっと)を抱くような、とても綺麗な微笑みだった。

それでも、王は娘を諦めがたく、娘を捕らえる鎖を壊そうとした。

しかし、非情な鎖を破壊することは叶わず。

結局、王は己の国に帰るしかなかった。


王は仕方なく国へ帰ったが、娘を諦める事はできなかった。

夜な夜な娘の夢を見、遠き者を想っては、その心を()がした。

いつしか、王は狂気にも等しい想いに取り付かれるようになった。

その感情の前では、どんな忠臣の言葉も、羽虫が飛び回る音同然であった。

王は戦争によって『竜』がいる国を奪い取り、娘がいる塔を隠すように城を建てた。このとき、塔の周りに住んでいた人々は皆殺しにされてしまった。


《――――――――――――――――――――――――――――――っっっっ》

それは断末魔の叫び。

『竜』には、全て聞こえていた。

村人達が、――何の罪もない人々が、振り絞る末期の声。

今まで出会ってきた人々の顔が、脳裏をよぎる。

『竜』は、どんなに遠くにあるものでも見る事が出来たが、その時ばかりは、見るのが恐ろしかった。

――どうして――

……見えていたとしても、助ける事は出来ない。

この身を縛る鎖が、こんなにも恨めしかったことはない。

「…()めて………」

耳を塞いでも、聞かずにはいられない。

「止めて―――――――――――――――っっっっ」

娘は絶叫した。

しかし、その願いは、誰にも届かず。

――涙が、止まらなかった。


そして、娘は王に(いか)った。彼女は、無辜(むこ)の者たちの血が流れたのを、許さなかった。王は『竜』の逆鱗(げきりん)に触れたのだった。

どんな愛の言葉を(ささや)こうとも、どんな贈り物をしようとも、娘が王に振り向くことはなかった。

そんな娘に王は逆上したが、王には彼女を傷つけることも、(はずかし)める事もできず。

そして、決して叶うことのない恋に身を焼かれた王は、ほどなくして狂い死んだという。


それを知る者たちは、娘を《魔女》と呼び、(いと)うた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ