試し撃ち その2
うにょーん。
みよーん。
そんな擬音語が聞こえてきそうな動き付きで、変に可愛らしかったり、新奇の意匠を凝らしたりしている物体が、空に浮かんでいる。アーサーは何とも言えない表情で、それを眺めていた。
「クライドロ」
「ん? 何だよ、アーサー」
「何なんだ、あれは?」
「今回の試し撃ちの的。ほんとはこれ、対空用の囮なんだけどな」
クライドロはそう言いながら、細い管の先端を持っていた瓶の中の液体に付け、それから液体を付けた管に息を吹き込んだ。まるで子供がシャボン玉を飛ばして遊んでいるような光景だが、管から吐き出されるのは、シャボン玉ではなく宙に浮く珍妙な物体である。
「俺には、あの形状になる理由が理解できん」
「癒し効果を狙ったらしいぞ。魔物狩りは神経使うから」
「……」
あれが癒しになるのだろうか? その前に、魔物狩りの道具に何故癒し効果を求める。――フェルメリアの民は、どこか違うところに力を入れる。その有名な言葉を実感したアーサーであった。
「あれが本当に、魔物に対する囮になるのか?」
「なるなる。ならなきゃ使わないし。如何に効率よく魔物をおびき寄せるかっていう、長年の研究の賜物だぞ、あれ」
賜物の割に、どうにも役に立たなそうなのだが。
思わずアーサーは遠い目になってしまった。クライドロは悪い人間ではないのだが、話していると無性に疲れるときがある。
「地上用の囮の方はまたちょっと違うんだ」
クライドロはそう言うと、小さな種の様な物を取り出し、地面に放った。黒い粒は土の上に落ちると、むくむくと膨れ出す。
そうして現れたものは。
シャカシャカシャカ。
シャカシャカシャカシャカシャカ。
そんな音付きで、ひたすら円を描くように動き続ける。簡略化されたヒトガタの、どぎつい色彩が目に痛い。しかしながら、空に浮かんでいる物よりは、ずっと囮らしくは見えた。
「……お前が持ってくる魔法具は、どうしてこう個性的なんだろうな」
「何で愚痴っぽく言うんだよ」
溜息交じりのアーサーに、クライドロは不思議そうに返した。
話は変わるが、有名な魔法具の生産地と言ったら、『異端の王国』フェルメリアと『桃源郷』アヴァロンの二カ国の名が挙がってくる。アヴァロン製の魔法具はそこそこの効果しか持たないが、値段は手頃だし、それなりに汎用性が高い。一方、フェルメリア製の魔法具は、アヴァロン製のものより高価で、良くも悪くも(偶に変な方向に)特化した機能を有している。例えば、炎を生み出す効果を持つ魔法具があるとして、アヴァロン製ならば火種にもなるし、攻撃手段にもなるだろう。対して、フェルメリア製ならば、威力が高すぎて、薪を一瞬で消し炭にするために火種にならず、どう転んでも戦闘にしか使えなかったりする。――フェルメリア製の魔法具は、無駄に性能が良い。アヴァロン製品を愛用している者達は、よくそれを口にする。それは悪口か褒め言葉か。アーサーの場合、これは呆れ半分感心半分で言ったものだった。
突然、鐘の音が響き渡った。
人々に時を知らせるものとは違い、それは狂ったように鳴らされている。鐘の音を聞き、アーサーとクライドロの顔が引き締まった。
「陛下!!」
「何が起こった?」
慌てた様に駆けつけた近衛に、アーサーは鋭く問う。
「王都内に、突如魔物が発生しました。確認されただけで数十頭! 全て王城に向かって来ております!! どうか退避を!」
報告にアーサーは目を剥いた。
「馬鹿な。王都に魔物が侵入したのではないのか!?」
アーサーが統べるアレクサンドリアにも、クライドロが統治しているフェルメリア程ではないが、魔物は存在している。けれど、王都に魔物が侵入してきたのならば兎も角、王都で魔物が発生するなどあり得ない。魔物も、所詮は人間と同じで、番わなければ増えず、何もない所に自然に発生はしないのだから。
「どっかの馬鹿が、王都内で合成獣でも造ってたみたいだな」
冷静なクライドロの声。クライドロが指差した方向を見て、アーサーは非常時にも関わらず地面に膝を付きそうになった。
空に在るのは酷く歪な獣。牙を持つ嘴。猿の様な前足には、刃に似た長い爪がある。空を掴むための翼は、虫の翅を連ねた様。その巨躯は、鱗と皮毛に覆われていた。――そんなモノが、クライドロが浮かべた謎の物体Xと戯れている様子は、実に突飛な光景であった。思わず脱力しそうになったアーサーは悪くない。
「多分囮に引き寄せられたんだろうな~」
「お前のせいか!」
「ごめんなさいっ!!」
アーサーがクライドロに掴みかかった。
「お、俺は悪くないんだ。囮が効果ありすぎたんだよ~」
「つべこべ言わずに責任とれっ!」
親友に思い切り揺さぶられて、目を白黒させるクライドロを、アーサーは一喝した。
「分かったから離してくれ~」
額に青筋を立てたままのアーサーは、無言でクライドロから手を離した。
そして、クライドロは親指の皮を噛み切ると、滲んだ血を持っていた魔法具に付けた。高く澄んだ音を立てて、安全装置が解除される。ふわり、と虚空に複雑な模様を持つ幾多の陣が浮かび上がった。光で描かれているように見えるそれは、ゆるゆると回転しながら、辺りに青い粒子を振りまく。それとほぼ同時に、クライドロの視界に狙いを定めるための仮想座標が重なる。クライドロは、魔法具に取り付けられた歯車を回すことで、攻撃対象の調節を行った。――本来ならば、攻撃範囲の決定もこの魔法具が自動で行うのだが、迂闊に二次被害を広げぬ様、クライドロは手動で調整したのだ。それが終わるまで数秒ほど。最後に、クライドロは、筒状の魔法具の先端を空へ向けると、その反対に付いている紐を引っ張った。ちょうど、祝宴などに用いられるクラッカーを使うときと、同じ仕草。ただし、それが齎した結果は全く異なっていた。
雷霆の様な轟音。それと共に、筒状の魔法具の中から飛び出したのは、白い光球だ。光球は瞬く間に分裂し、その一つはアーサーが見ていた合成獣の中に吸い込まれた。一瞬、獣の身体が輝く。そしてまた、合成獣を起点とした虚空に、青い光の陣が浮かび上がった。今度のものは、幾重にも立体的に重なっているため、合成獣を捕らえる檻にも見えた。
歪な獣の咆哮が響く。けれどそれは、この世に別れを告げる、断末魔の叫びでしかなかった。
何の前触れも無く、合成獣の輪郭がねじ曲がる。その鳴き声もまた、奇妙に歪んだ。頭部が、手足が、胴体が、揺らぎ、裏返り、或る一点に吸い込まれる様に縮んでいく。痙攣しているようにも見える揺らぎの波は、哀れな獣のせめてもの抵抗なのか。合成獣がいた空間が、どんどん虚空へと変換される。
そして、生を渇望する叫びも抵抗も無視され、歪な獣は跡形もなく消え去った。
「ふう」
クライドロが息をつく。
「アーサー、すごいだろ、これ」
反省の色が一切見受けられない親友の頭に、アーサーは固く握った拳をくれてやった。
一部始終を見ていた近衛曰く、とてもいい音がしたという。