表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
フェルメリア雑記  作者: 詞乃端
クライドロの話
28/54

試し撃ち その2


うにょーん。

みよーん。

そんな擬音語(ぎおんご)が聞こえてきそうな動き付きで、変に可愛(かわい)らしかったり、新奇(しんき)意匠(いしょう)()らしたりしている物体が、空に浮かんでいる。アーサーは何とも言えない表情で、それを(なが)めていた。

「クライドロ」

「ん? 何だよ、アーサー」

「何なんだ、あれは?」

「今回の試し撃ちの的。ほんとはこれ、対空用の(おとり)なんだけどな」

クライドロはそう言いながら、細い(くだ)の先端を持っていた(びん)の中の液体に付け、それから液体を付けた管に息を吹き込んだ。まるで子供がシャボン玉を飛ばして遊んでいるような光景だが、管から吐き出されるのは、シャボン玉ではなく宙に浮く珍妙(ちんみょう)な物体である。

「俺には、あの形状になる理由が理解できん」

(いや)し効果を狙ったらしいぞ。魔物狩りは神経使うから」

「……」

あれが癒しになるのだろうか? その前に、魔物狩りの道具に何故(なぜ)癒し効果を求める。――フェルメリアの民は、どこか違うところに力を入れる。その有名な言葉を実感したアーサーであった。

「あれが本当に、魔物に対する囮になるのか?」

「なるなる。ならなきゃ使わないし。如何(いか)に効率よく魔物をおびき寄せるかっていう、長年の研究の賜物(たまもの)だぞ、あれ」

賜物の割に、どうにも役に立たなそうなのだが。

思わずアーサーは遠い目になってしまった。クライドロは悪い人間ではないのだが、話していると無性(むしょう)に疲れるときがある。

「地上用の囮の方はまたちょっと違うんだ」

クライドロはそう言うと、小さな種の様な物を取り出し、地面に放った。黒い粒は土の上に落ちると、むくむくと(ふく)れ出す。

そうして現れたものは。

シャカシャカシャカ。

シャカシャカシャカシャカシャカ。

そんな音付きで、ひたすら円を描くように動き続ける。簡略化されたヒトガタの、どぎつい色彩が目に痛い。しかしながら、空に浮かんでいる物よりは、ずっと囮らしくは見えた。

「……お前が持ってくる魔法具は、どうしてこう個性的なんだろうな」

「何で愚痴(ぐち)っぽく言うんだよ」

溜息(ためいき)交じりのアーサーに、クライドロは不思議そうに返した。


話は変わるが、有名な魔法具の生産地と言ったら、『異端の王国』フェルメリアと『桃源郷(とうげんきょう)』アヴァロンの二カ国の名が挙がってくる。アヴァロン製の魔法具はそこそこの効果しか持たないが、値段は手頃だし、それなりに汎用性(はんようせい)が高い。一方、フェルメリア製の魔法具は、アヴァロン製のものより高価で、良くも悪くも((たま)に変な方向に)特化した機能を有している。例えば、炎を生み出す効果を持つ魔法具があるとして、アヴァロン製ならば火種にもなるし、攻撃手段にもなるだろう。対して、フェルメリア製ならば、威力が高すぎて、(まき)を一瞬で消し炭にするために火種にならず、どう転んでも戦闘(せんとう)にしか使えなかったりする。――フェルメリア製の魔法具は、無駄に性能が良い。アヴァロン製品を愛用している者達は、よくそれを口にする。それは悪口か()め言葉か。アーサーの場合、これは呆れ半分感心半分で言ったものだった。


突然、(かね)の音が響き渡った。

人々に時を知らせるものとは違い、それは狂ったように鳴らされている。鐘の音を聞き、アーサーとクライドロの顔が引き締まった。

「陛下!!」

「何が起こった?」

慌てた様に駆けつけた近衛(このえ)に、アーサーは鋭く問う。

「王都内に、突如魔物が発生しました。確認されただけで数十頭! 全て王城に向かって来ております!! どうか退避(たいひ)を!」

報告にアーサーは目を()いた。

「馬鹿な。王都に魔物が侵入したのではないのか!?」

アーサーが()べるアレクサンドリアにも、クライドロが統治しているフェルメリア程ではないが、魔物は存在している。けれど、王都に魔物が侵入してきたのならば()も角、王都で魔物が発生するなどあり得ない。魔物も、所詮(しょせん)は人間と同じで、(つが)わなければ増えず、何もない所に自然に発生はしないのだから。

「どっかの馬鹿が、王都内で合成獣(キメラ)でも造ってたみたいだな」

冷静なクライドロの声。クライドロが指差した方向を見て、アーサーは非常時にも関わらず地面に(ひざ)を付きそうになった。

空に在るのは(ひど)(いびつ)(けもの)。牙を持つ(くちばし)(さる)の様な前足には、(やいば)に似た長い(つめ)がある。空を(つか)むための翼は、虫の(はね)を連ねた様。その巨躯(きょく)は、(うろこ)と皮毛に覆われていた。――そんなモノが、クライドロが浮かべた(なぞ)の物体X(エックス)(たわむ)れている様子は、実に突飛(とっぴ)な光景であった。思わず脱力しそうになったアーサーは悪くない。

「多分囮に引き寄せられたんだろうな~」

「お前のせいか!」

「ごめんなさいっ!!」

アーサーがクライドロに(つか)みかかった。

「お、俺は悪くないんだ。囮が効果ありすぎたんだよ~」

「つべこべ言わずに責任とれっ!」

親友に思い切り()さぶられて、目を白黒させるクライドロを、アーサーは一喝(いっかつ)した。

「分かったから離してくれ~」

額に青筋を立てたままのアーサーは、無言でクライドロから手を離した。

そして、クライドロは親指の皮を()み切ると、(にじ)んだ血を持っていた魔法具に付けた。高く澄んだ音を立てて、安全装置が解除される。ふわり、と虚空(こくう)に複雑な模様を持つ幾多(いくた)の陣が浮かび上がった。光で描かれているように見えるそれは、ゆるゆると回転しながら、辺りに青い粒子を振りまく。それとほぼ同時に、クライドロの視界に狙いを定めるための仮想座標が重なる。クライドロは、魔法具に取り付けられた歯車を回すことで、攻撃対象の調節を行った。――本来ならば、攻撃範囲の決定もこの魔法具が自動で行うのだが、迂闊(うかつ)に二次被害を広げぬ様、クライドロは手動で調整したのだ。それが終わるまで数秒ほど。最後に、クライドロは、筒状の魔法具の先端を空へ向けると、その反対に付いている(ひも)を引っ張った。ちょうど、祝宴(しゅくえん)などに用いられるクラッカーを使うときと、同じ仕草(しぐさ)。ただし、それが(もたら)した結果は全く異なっていた。

雷霆(らいてい)の様な轟音(ごうおん)。それと共に、筒状の魔法具の中から飛び出したのは、白い光球だ。光球は(またた)く間に分裂し、その一つはアーサーが見ていた合成獣(キメラ)の中に吸い込まれた。一瞬、獣の身体(からだ)が輝く。そしてまた、合成獣(キメラ)を起点とした虚空に、青い光の陣が浮かび上がった。今度のものは、幾重(いくえ)にも立体的に重なっているため、合成獣(キメラ)を捕らえる(おり)にも見えた。

(いびつ)な獣の咆哮(ほうこう)が響く。けれどそれは、この世に別れを告げる、断末魔(だんまつま)(さけ)びでしかなかった。

何の前触れも無く、合成獣(キメラ)輪郭(りんかく)がねじ曲がる。その鳴き声もまた、奇妙に(ゆが)んだ。頭部が、手足が、胴体が、()らぎ、裏返り、()る一点に吸い込まれる様に縮んでいく。痙攣(けいれん)しているようにも見える揺らぎの波は、哀れな獣のせめてもの抵抗なのか。合成獣(キメラ)がいた空間が、どんどん虚空へと変換される。

そして、生を渇望(かつぼう)する叫びも抵抗も無視され、歪な獣は跡形もなく消え去った。

「ふう」

クライドロが息をつく。

「アーサー、すごいだろ、これ」

反省の色が一切見受けられない親友の頭に、アーサーは固く握った(こぶし)をくれてやった。

一部始終を見ていた近衛(いわ)く、とてもいい音がしたという。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ