ただ、それだけのこと 五
説明文多くなりました。
フェルメリアの負の側面について触れてます。
ぐるりと、周囲の世界が入れ替わった。
〈精霊喰い〉の上空に転移を行ったクライドロは、滞空したまま顔を顰めて眼下の光景を眺めた。
平原に作られた一本の街道と、その北にある森。
そこには、道の様な細く長い空白があった。〈精霊喰い〉が通り過ぎた後である。大地は腐り、大気は淀み、命は無く、そこにはただ虚無が横たわる。生命が枯れ果てた空間――存在すべき精霊達が失われた場所は、クライドロに酷く寒々しい違和感を与えた。
そして、〈精霊喰い〉に目を転じれば、事態はクライドロが当初想像していたよりもさらに悪化していた。
「……〈精霊喰い〉に、上位の不死者かよ……」
クライドロは苦々しく吐き捨てた。
〈精霊喰い〉は、この世界にとっての病巣の様なものだ。文字通り、周囲の精霊を喰らい尽くす存在で、クライドロの様に精霊と親しむ『加護持ち』には天敵である。種ではなく偶発的に産まれるとされる生物だが、一度出現すれば被害は甚大だ。世界を支える精霊を根こそぎ消滅させるため、〈精霊喰い〉が現れた土地は、最低数十年に渡り不毛の地と化す。
一方の不死者は、歪な奇跡の発現により生まれるものだ。強い強い――強過ぎるヒトの意思は、時に魔力の補助なしに奇跡を手繰り寄せる。そして、ヒトの意思は、自身の欲望に直結していた方がより強い傾向にある。不死者は、死に瀕した者が懐く強烈な意志――生存への欲求、憎悪、渇望といったもの――により、産まれる代物だ。その名の通り、死を拒絶した存在である生ける屍。不死者は理に反した存在であるためか、肉体も精神も、生前と全く同じではいられない。下位の不死者であれば、理性を失い本能のままにさ迷い歩き、そして、肉体が損傷したとしても痛みを感じず、その傷が癒えることは無い。対して、上位の不死者であれば、精神面では倫理観の喪失、殺戮衝動等、肉体面では身体能力の上昇、傷を負った際の高速治癒等の特徴が挙げられる。上位不死者は下位より遥かに厄介とされるが、それは、狂気に侵された理性や上位不死者特有の強靭さでのためではない。新たに下位の不死者を生み出し使役する能力がある故だ。不死者と呼ばれる存在を倒すには、対不死者用の魔法を使用する以外には、首を断つか肉体を消滅させるしかない。不死者というものは、倒し難さの点ではとても定評があるのである。たとえ一人頭の戦闘能力は低かろうと、下位の不死者が寄り集まった軍隊は大変な脅威だ。それを作り上げ得る上位不死者は、恐怖と共に語られる存在であった。
「……まあ、まだ、ましなんだろうけどな……」
クライドロは溜息をついた。
クライドロが見たところ、〈精霊喰い〉と上位不死者――さらに上位不死者が使役しているらしい下位不死者達――は、戦闘を行っているようだった。恐らく、あの上位不死者は〈精霊喰い〉の被害者なのだろう。〈精霊喰い〉の近くには、大破した乗合馬車であったろう残骸が散乱していた。
――要するに、あの上位不死者達は運が無かったのだ。ただ、それだけのことである。
フェルメリアでは、こんなことは日常茶飯事。
今回はまだましな方。人が数人死んだだけだ。
〈精霊喰い〉の出現で、この程度の被害に収まったことはこの上なく幸運なことなのだ。本来ならば、村や町の二つや三つが消え去ってもおかしくないのだから。
――他国の人間はよく忘れている。フェルメリアが『神に見捨てられた地』であることを。
フェルメリアにおいて、ヒトは食物連鎖の底辺に位置している。強力な魔物が跋扈するフェルメリアでは、魔物に襲われて人が死ぬなど本当によくあることなのだ。
それでも異端の王国が成り立っているのは、苛烈な選抜と生き残るための知恵の蓄積があったため。弱者を切り捨て、死者を糧とし、今のフェルメリアの姿がある。
どんなに普段能天気であっても、クライドロもまた、地獄に等しき地で生き抜いた者達の末であった。
クライドロの双眸に宿る硬質な輝きが、一際強くなる。
「――ああ、そっか――」
クライドロは、静かに瞑目した。
守りたかったのか、と小さな呟きには言い様の無い感情が滲む。
そして目を開いた瞬間、クライドロの身体は一気に急降下した。
射られた矢のように、〈精霊喰い〉に向かい、一直線に。
頬打つ風は身を切るように冷たい。大気が急激に濃度を増す。
生理的に受け付けないと断言できるモノの姿が大きくなる。
小さな包みを抱いた下位不死者の女に巻き付く触手に、クライドロは片手を振りおろした。
次話では、クーさんが活躍するハズ!