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フェルメリア雑記  作者: 詞乃端
クライドロの話
24/54

ただ、それだけのこと 四

文章下手くそですが、残酷描写がありますので苦手な方はご注意を。

作者的にグロテスクなものも出てきます。

息子(ルドルフ)の様子がおかしい。

赤子は、数時間ほど前からずっと、落ち着きなく瞳を動かし、不安げに声を上げていた。ルドルフの小さな手は、自分を抱きしめる妻の衣服を、(すが)るように(つか)んでいる。

「ルドルフ、どうした?」

彼は、赤子を安心させるように額を撫でる。しかし、いつもなら彼が撫でると気持ちよさそうに目を細める赤子は、何かに(おび)えるように瞳を()らめかせていた。

彼は妻と目を見合わせる。

凶手に追われていた時でさえ、ルドルフがこのような反応を示すことは無かったのである。彼等は自分達の息子を(おびや)かす存在など、思い付かなかった。

彼と妻は懸命に赤子をあやしたが効果は無く、とうとうルドルフは泣き出してしまった。


――それから。

ぞわりと。

空気が変わった。

精霊達に走った緊張。

そして。

声無き絶叫が辺りを震わせた。


彼が、精霊達の異変に困惑するのと同時。

ぐん、と彼等が乗っている馬車の速度が上がった。馬車の揺れが激しくなり、彼は咄嗟(とっさ)に赤子を抱いた妻を抱き締めた。

「何がっ?!」

彼の疑問に答える者はいない。


――悪夢と絶望の使者が、耳障りな咆哮(ほうこう)を上げた。


「――――〈精霊喰い〉だああああぁぁぁぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!!」

悲鳴交じりの護衛の警告。それは最早、何の意味も成さぬものだった。

風が死んだ。大地が腐る。――精霊達の気配が消えていく。

鼻腔(びこう)に残された空気は、ただ、虚無の香りだけがする。

異様な速さで、大きくなる音。

何かを引きずり、大地を蹴り、こちらに近付いて来る。

彼は咄嗟(とっさ)に馬車の後方を見たが、頑丈な板の壁に(さえぎ)られ、外を(うかが)う事は出来ない。窓の外では、護衛が必死の形相で後に向かって矢を射ていた。それでもその行為は、近付く不吉の足止めにもならない。

赤子の泣き声が、一際大きくなる。

硝子(がらす)が割れる様な、(はかな)破砕音(はさいおん)

護衛が、騎乗していた地竜ごと薄桃色の触手に貫かれて、(ようや)く彼は破砕音と街道の結界の崩壊を結び付けた。

――彼が妻と赤子を抱いたまま窓の外に飛び出したのは、積み重ねられた経験と生存本能の為せる技であった。

一瞬の浮遊感。そして訪れた衝撃。

猛然と走っている馬車から飛び降りて、彼等に大した怪我が無かったのは、幸か不幸か、絶息した護衛と地竜が緩衝材になったため。しかしながら、彼等には無事だったことを喜ぶ暇は無かった。

木材が弾け飛ぶ、乾いた音。

肉を貫く、重く湿った音。

彼等が乗っていた馬車は、無数の触手を束ねた巨腕に()ぎ払われ、呆気なく大破した。

逃げなければ、と彼は思う。

それなのに、彼の身体は満足に動くことが出来なくなっていた。

大気に満ちるのは、彼が嗅ぎ慣れた(てつ)(さび)の臭い。

彼の妻は、彼の腕の中でぐったりとしたままだ。妻の背や腹には、赤い液体が付着した触手が繋がっていた。


――彼等の目の前に姿を現したのは、生物とは呼べない様な形態の存在だった。

ぬらぬらとした薄桃色の触手の塊。一言で表せば、そんなモノ。(いびつ)な丸さをしたそれは、庶民が住む家屋よりもよほど大きい。大の男の腕ほどの太さの触手には、口の様な裂け目やヒトと同じような眼球が幾つもあり、その存在のおぞましさを助長していた。


と、てんでばらばらな動きをしている触手の内の一つが、彼の妻の腕から小さな包みを奪っていった。

「―――あ―――」

吐息と共に、彼の口から鮮血が零れ落ちる。

「――えせ――」

もがく様に動く小さな腕。

彼を地面に縫い付ける触手に阻まれ、赤子に伸ばした彼の(てのひら)は、(くう)(つか)むだけ。

――守ると、誓ったのに。

「――かえせ――」

赤子は、彼等を呼ぶように泣き叫ぶ。

守らなければ、と彼は思う。

「――返せ――」

動かない身体が、気も狂わんばかりにもどかしかった。

赤子は、彼等夫妻の唯一の息子であり、赤子の笑顔こそが、彼等の救いの象徴だったのだ。

「―――――――かえせぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっっっっっっっっっっっっっっっ――――――――――――」

大気を震わせた絶叫。

彼は、力が入らなくなった筈の身体の中から、得体の知れぬ熱が湧き上がるのを感じた。

しかし、彼には己の身体の変化に気を向ける余裕は無く。

身体が動く様になったのを良いことに、再び彼は息子に手を伸ばした。


   ◆◆◆


生きとし生けるものは、世界の(ことわり)に干渉する可能性を有する。

ヒトは、(ゆが)められた理を奇跡と言い、人為的に世界の理を歪め奇跡を生む(すべ)を魔法と呼ぶ。

一般的に、魔法の発動には相応の魔力量と、魔力を制御するための技術が必要と言われる。

だが、それは真理の上っ面でしかない。

魔力は、ヒトの手を世界の法則へ届けるための道標。

魔力の制御は、道標をより効率的に作り出すための技術。

そして、森羅万象の理を改変するものは、ヒトの意思だ。

よって。

魔力を(もっ)て行使するが、魔法に(あら)ず。

魔法の発現の真なる鍵は、ヒトの精神なり。


――強烈なヒトの想いは、時に奇跡を招き得る。


――故に、彼の叫びは、確かに世界を歪ませたのだ。


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