竜退治
以前部誌に投稿しました。
その森の中には、『竜』が住む塔がある。
その主は、鎖に囚われし娘。
長い黒髪と緑の瞳とを持つ、『竜』という呼び名に似合わぬ美姫。
けれどその美貌は、幾年を経ても変わらぬままで、その知恵はいかなる賢者をも凌ぐ。――娘が知らぬことは、ただ『己』のみ。
それゆえ、人々は娘を『竜』と呼んだ。
◆◆◆
ある時、『竜』の塔に向かう者がいた。
「人々を惑わす邪竜め、この私が成敗してくれるわ!」
――その騎士は、意気揚々と森の中を分け入って行った。
けれどもその森は深く、方向音痴だった騎士は、迷子になってしまった……。
一週間後。
「おのれ、邪竜め! 幻惑の結界とは小賢しい!」
ようやく森から出られた騎士は、喚いた。
それでも、正義の騎士は挫けなかった。
◆◆◆
しばらくして、騎士は再び『竜』が住む森へやってきた。
騎士は、『方位磁石』という魔法の品を手に入れたので、今度は迷わずに進むことができた。
騎士の目の前に現れたのは、古びた塔。
騎士は、ためらうことなく中に入る。
そして、騎士が見たのは邪竜の化身。
鎖に戒められた、娘。
「見つけたぞ、邪竜!! ここで会ったが百年目―――――」
騎士の長々とした口上を、『竜』はきょとんとしたまま聞いていた。
「――――――このフェデリックが成敗してくれる!!」
「はい?」
未だに事情が飲み込めていない『竜』に向かって、騎士は己の剣を振り上げた。
甲高い金属音。
騎士は剣を呆然と見つめた。
彼の剣。騎士となってから苦楽を共にし、幾度も彼の命を救ってきた剣。騎士の半身とも呼べる剣。
それが、半ばから真っ二つに折れていた。
「ぬ、ぬおおおおおおおおおおおお!!」
頭が真っ白になった。
そして、騎士は叫んだ後、その場から走り去っていった。
塔の中には、全く事情が分からなかった『竜』が取り残された。
「結局、あの人は何をしに来たんだろう……?」
『竜』は首を捻る。
それから、折れた剣の片割れに手を触れた。
何だかさっぱり分からないが、なんとなく罪悪感がある。
「そういえば、鍛冶屋さんがいい鉄が欲しいって言ってたな」
折れたままにしておいては悪いので、鍛冶屋に頼んで、生まれ変わらせてもらおう。
『竜』はそう考えて、一人頷いた。
◆◆◆
さらにしばらく後。
「いざ、尋常に勝負!!」
騎士は懲りずに『竜』のもとに来ていた。
前に折れた剣の代わりに、伝説の英雄が用いたという剣を携えて。
「……何をしに来たの?」
『竜』は、相変わらず事情を分かっていなかった。
疑問符を浮かべている『竜』に向かって、騎士は伝説の剣を振り上げた。
甲高い金属音。
今回も結果は同じだった。
また騎士が走り去った後、首を捻っている『竜』が残された。
「……あの人は一体何をしに来たの……?」
それから、折れた剣の片割れに手を触れた。
そして、『竜』は少しだけ眉根を寄せる。
「今度の剣は、あまりいいものじゃないや」
そこらの鉄屑と大差ない。
その品質は、近くの村の鍛冶屋が普段扱っているものと、変わらないだろう。
伝説の剣の、伝説たる所以は、伝説の英雄に使われていたから。
騎士の手にあるのなら、それはただの古臭い剣に過ぎなかった。
◆◆◆
その後、騎士は幾度も『竜』が住む塔にやってきたが、ついに『竜』を倒すことが叶わなかったという。