約束
以前部誌に投稿した作品です。
ビミョウにシリアス?
「届くことのない指先」を読んでいないと、ちょっと分かりにくいかもしれません。
怒られた。何故、怒られたのかは分からないけれど。
「何言ってるの!」
そう言う少女は、群青色の瞳に鮮やかな光を浮かべていた。
「なんで怒るんだ? 少なくとも、フェルメリアの王は、体の良い人柱なのはほんとだよ」
フェルメリアの王は、王都の結界を構成する重要な鍵だ。それ故、歴代の王たちは、王都から出ることは叶わなかった。――頑張って王都の結界の陣を弄ったから、クライドロは王となっても、王都の外へ自由に出歩けれるけども。
「だったら、どうして王なんかやっているのよ」
「約束だったから」
彼の人と、フェルメリアを護っていくと、誓ったのだ。それは、もういない人との約束。彼の人の世界が、とうの昔に――最愛の男を失ったときに――壊れてしまっていたことは、彼の人が自ら命を絶って、ようやく気付いた。彼の人が何処へでも行けるようにと、クライドロが引き継いだ王座は、彼の人を此岸に引き留める、唯一のものだったのだ。クライドロが今亡き人のためにできることは、もはや、約束を守り抜くことしかない。
「馬鹿っ」
頭を叩かれた。
「シファナ、なんで怒ってんの……」
少女が怒る理由が分からず、クライドロは困惑するしかない。
「ディーリアスが馬鹿だからよ!」
呼ばれたその名は、クライドロの真名。限られた者以外には、秘されるもの。
「どうして、自分のために王で在り続けないの?」
シファナの真剣な表情に、クライドロは少し考え込んだ。
「――シファナは、約束を守ることは他の人のためだって、思っているかもしれないけど、俺は自分のために約束を守ってるよ」
全部、自分のためだ。約束を守っていれさえすれば、彼女と繋がっていられる。そもそも、守りたいと思わなければ、約束なんてしなかった。
「馬鹿……」
シファナが、泣き笑いの様な顔をしたのが、クライドロには不思議だった。
「……じゃあ、私と約束したら、守ってくれるの?」
「もちろん」
クライドロにとって、たとえ言葉だけであろうと、誓約は絶対のもの。
「ディーリアス」
少女が口にしたのは、クライドロにとって救いであり、鎖であった。
「それなら、私の理想の王になって」
◆◆◆
後から思えば、シファナはクライドロを護ろうとしていたのだろう。その時のクライドロの頭には、彼の人との約束を守ることだけしかなくて、国の事も自分の事も、大切だとは思っていなかったから。他の誰でもなく、クライドロを選んでくれた少女は、彼のその危うさに気付いていたのだと思う。シファナは妾腹だったとはいえ王族で、恐らくは彼女の父王より、王座の重さを理解していた。その彼女だったから、クライドロの危うさが、何時かクライドロに致命的な何かをもたらすと分かったのだ。
彼の人とシファナに感じていた「大切」は、性質が違うものだった。彼の人に感じていたのは、微かに甘くほろ苦いもので、シファナへの想いは、ただひたすらに温かい。
大切だった。このまま一緒にいるのが、当然だと思うほどに。
哀しかった。少女がいなくなってしまったときに、彼女はクライドロの唯一無二ではなかったと、思い知らされたから。シファナの温もりが、己が手から零れてしまった喪失感は、確かにクライドロのどこかを穿った。それでも、彼女の後を追えないと思ってしまった。まだ、クライドロは、己の唯一無二たる絶対を見出していないと、本能が囁いて。
――シファナが向けてくれていたものと同等以上の想いを、彼女に返せない自分が、情けなかった。
彼の人に死んでもよい理由を与えたのは、クライドロだった。そして、シファナの死の原因を作ったのも、クライドロだった。
――もう手の届かない場所に行ってしまった少女と、産まれ得なかった小さな命を想う。
シファナのために、今のクライドロができることもまた、二人の間の約束を守ることだけ。
クライドロがサボり魔なのは、約束が「まじめに仕事をする」ではないからです。