竜のウタ
突発的に思いついて書き上げた話です。
一応コメディーのつもり。
クーさんチートです。チート嫌いな方は、ご了承ください。
現フェルメリア国王である、クライドロ・D・シアリオス・フェルメリスは、普段の行いに反して、なかなかに能力が高い。
彼が祖母より受け継いだ、力ある真竜の血のおかげで、クライドロの運動性能はフェルメリア最高峰に近い。そして魔力に至っては、彼に比肩し得るのは、最高位の魔物である〈一なるモノ〉か、それに準ずる力を有する古竜ぐらいだろう。また、王に必要な政治手腕の方も、他国に『竜王』と恐れられ、一切の口出しを許さないところを見れば、言うまでも無い。
しかしながら、クライドロの容姿は平凡だし、名付けにおける感性はある意味徒人のそれの斜め上を行く。まあ、そんなことは、この世に完璧な人間など存在しないという好例なのかもしれない。それに並みの容姿だとしても、クライドロは存在感を出せるので、他国の重鎮達に見劣りすることがなく、別に顔の造りの平凡さのせいで損をしたことは無い。ただし、得をしたことも無いが。
その能力を遺憾無く発揮しさえすれば、間違いなく畏敬を集めることができるのであろうが、クライドロを見る臣下の目は、五割の呆れと、諦めと親しみが二割ずつ。あと、九分の信頼と一分の殺意である。その唯一にして最大の理由が、クライドロの酷過ぎる放浪癖である。一国の主であるにも拘らず、クライドロは王城で仕事をしていることが異様に少ない。勿論、果たすべき役目はきっちり果たしているのだが、丸投げできる仕事は完全に部下任せである。そのことを丸投げされる側がどう思っているのかは、『仕事しろ!』『呪』『殺』等と書かれた紙と一緒に木に磔になっていたり、政務官の部屋の片隅でズタボロになっていたりするクーさん人形(注・宰相命令により作製された)の数を見れば自ずと知れる。
やる気さえあれば、理想の王になるだろう、とよく言われるクライドロであるが、彼には王になる以前からある噂があった。
――曰く、クライドロの歌は『すごい』らしい。
一体どうすごいのか、知る者はいない。クライドロが人前で歌ったことは皆無なので。唯一人真相を知っていそうなのは、クライドロの双子の妹であるのだが、彼女はとうに他国の男に嫁いでしまって話を聞くことができない。
天上の歌声なのか、地獄の怨嗟になるのか、それとも違う『すごさ』があるのか。
よく分からないと、知りたくなってくるのが人情である。
――ならば、本人に歌ってもらって確かめればいいではないか。
誰かがそんなことを口にしたのが、そもそもの発端だった。
◆◆◆
「嫌だ」
クライドロの拒絶は簡潔であった。
「そんなこといわしゅに、うたってくらはいよ~」
そう言ってクライドロに絡む文官は、大分呂律が回っていない。そうだそうだと騒ぎ立てる周りの者達も、随分と酔いが回っている。
ちなみに、毎月恒例・『フェルメリア王城お疲れ会』の無礼講の宴会の最中であるのだから、これは可笑しいことではない。他国の人間から見れば、警備などの面で大丈夫なのかと首を捻られそうだが、それは毎回参加する人数を予め決めておくといった対策をきちんと立てている。それに実力主義のフェルメリアでは、他国と違って家や血の柵がないので無礼講でも何ら問題がない。
「絶対歌わないからな!」
酔っ払い達の要求を、完全拒否する様子のクライドロ。
「早く歌ってくれよ、鬱陶しい」
クライドロにそう言ったのは、フェルメリアの元帥だ。
「ジャワードの裏切り者~!」
「元から味方じゃねえ……」
ジャワードはクライドロに呆れた目を向けながら、持っていた杯に口を付けた。
「それは俺とジャワードの仲じゃないか」
「誤解を招く言い方は止めろ!!! ちょ、ハマラ、ちが、ぐぅっ――」
「お~い、ハマラ、ハマラ。ジャワードの首絞まってんぞ。そのままじゃ、ジャワード死ぬから」
クライドロは、ジャワードにへばり付きながら自分を威嚇している、ジャワードの妻に声をかけた。このフェルメリアの元帥夫妻、夫が生粋のヒト、妻が竜人で夫婦間に身体能力の差があり、さらには妻が嫉妬深いため、しばしば夫の方が大変なことになる。
「ジャワードも大変だな~」
クライドロは、まるっきり他人事で、自分の分の酒を飲み干した。
「?!」
くらりと、クライドロの視界が揺れた。それと同時に、身体の制御が覚束なくなる。それは、クライドロが滅多に感じることの無い酩酊感に似ていた。
「お~ほっほっほっほ。引っ掛かりなさいましたわね、陛下!」
「ドロ、シー、何、した?」
「勿論、陛下に一服盛りましたのよっ」
語尾にハートマークが付きそうな勢いで言いきったのは、フェルメリアの魔法技術省の長であるドロシーだ。祖先のホイビット譲りのちっさな体をそっくりかえらせて、よく高笑いを響かせている彼女だが、知識、実力ともにその肩書に相応しい人物である。
「何、で?」
「私も陛下の歌が聴きたかったのですわ! そのために、いくつか陛下向けに調整した薬も用意したのですのよ! この私の名にかけて、効果は保証致しますわ!」
どんな薬を用意したのか、全く以て聞きたくない。種族的な性質から、己の自由を制限されることが我慢できないクライドロだったが、ここまで堂々と言われてしまうと、逆に怒る気も失せた。
「ちょっと、俺、王様、何だから、もっと、こう、尊敬、とか……」
「お~ほっほっほっほ。そんなことは、尊敬されるに足る行動をしてから言って下さいまし」
「……」
事実なので、クライドロは言い返せなかった。
「あ~、もう、歌、えば、いいん、だろ、歌、えば」
最早クライドロはやけっぱちだった。
眠れ 眠れよ 子供達
歌声は、薬を盛られたとは思えないほど、はっきりと、滑らかに響いた。
「子守歌かよ! でも歌うめぇっ!」
観衆の突っ込みがあったが、そもそも歌など歌わないクライドロがきちんと歌える歌は、大してない。
お前達の翼は 空を掴むには まだ弱く
この大地は お前達が歩くには まだ険しい
異変は、すぐに表れた。
眠れ 眠れよ 子供達
星達の守護を 揺り籠に
ぐらりと、ジャワードの身体が揺れ、卓の上に倒れ込んだ。
月の加護を 我が手に
健やかな 眠りを 子供達
クライドロの歌を聴いている者達が、次々と倒れていく。その顔に苦悶の色は無く、皆、ただ眠っているだけのようだった。
明日の朝 空高く 飛んでいけるように
明日の朝 どこまでも 走り続けられるように
クライドロが歌い終わった時、その場にいて起きていた者は、クライドロとドロシーだけだった。
「お~ほっほっほっほっほっほ。すごいですわ、陛下! 陛下の歌は、天然の呪歌になるのですわね。良い参考になりましたわ!」
ドロシーは興奮気味に、ものすごい勢いで紙に何かを書きつけていた。クライドロがちらりと見たそれは、何かの呪式の様であった。ところで、呪歌と言うのは、魔術効果を有した歌の事である。そもそも、呪歌というものは、望んだ効果を発揮するために、歌詞、音程、旋律全てが計算され尽くされた代物なので、クライドロの様に、歌い手の技量でただの子守歌が呪歌に変身するなんてことは理論上在り得ない。ならば、何故そんなことが起こったかといえば、世界すら揺るがす声を持つ、真竜の血のせいだとクライドロは予想している。
「陛下、また今度は、違う歌を歌って下さいまし」
「却下! 自分でも何が起こるか分かんないから、あんまり歌いたくないんだよ、俺はっ」
ドロシーにはそう言ったが、実際には歌詞からある程度効果を予測できる。幼少の頃、意味も分からぬまま歌った恋唄のせいで、老若男女誰かれ構わず魅了してしまったのと、今回の子守歌の件で大体把握した。ところで、恋唄の時にクライドロの歌に魅了された者に追いかけ回された心的外傷から、クライドロの中で歌が禁忌になったのであった。
「あら~、残念ですわ」
そう言ったドロシーが眠りに落ちて倒れるのと、彼女が呪式を書きあげたのは同時だった。どうやら、思い付いた呪式を書き留めるために、根性でクライドロの呪歌の作用に抗っていたらしい。恐ろしきは、ドロシーの魔法研究に対する熱意である。
「……気持ち悪っ」
ドロシーが盛った薬のせいで体調が悪くなったクライドロは、よろよろと夜風に当たるために外に出ていった。
◆◆◆
丸い月が浮かぶ夜空は、いつもより明るい色をしていた。
熱を持った頬に、涼しい風が心地好い。
見上げた夜空に、懐かしい瞳を連想した。
だから、だろう。彼女が好んでいた歌が、口から零れたのは。
この空の下 大地の上
あの海の果てにさえ あなたはいない
どうか どうか 叶うなら
せめて 夢の中で あなたに
それは、亡き人を渇望する歌だった。
――ディーリアス――
風に紛れてしまう様な、幻聴。彼女が自分を呼ぶ声。
それは、優しくも残酷な、幻。潰えた可能性の、残滓だ。
それでも、確かに、彼女はいたのだ。
目を見張るクライドロの目の前、儚く冷たい光に照らされて。
「――シファナ――」
クライドロの喉がからからに乾く。鼻の奥が、ツンと痛んだ。
陽光を集めた様な金色の髪。群青色の瞳には、鮮やかな光が宿る。その腕に懐くのは、かつて産まれ得なかった、命だ。
クライドロが伸ばした指先は、けれど、何も掴むことは無かった。触れようとしたものは、虚空に還り、何も無い手を、クライドロは握り締める。
「……歌うんじゃ、なかった」
呟く声は、酷く擦れて。視界に映る月が、歪んで見えた。
◆◆◆
「お~ほっほっほっほ。やられましたわ~」
「あの野郎……」
相変わらず高笑いを響かせるドロシーの隣で、ジャワードがクライドロの書置きを握り潰した。
「しばらくこのまま?」
哀しげに呟くハマラの顔には、念入りな落書きがしてあった。これは、ジャワードやドロシーだけでなく、クライドロの子守唄を聴いて眠りこけた全員に共通したものである。一体何で書いたものか、何度顔を洗っても、全く落ちない。
落書きの犯人であろう人物は、『花畑を見に行きます。探さないで下さい』という書置きを残してどこかへ行ってしまっている。しかも、探査魔法でクライドロを探そうとすれば、くしゃみが止まらなくなる呪いが返ってくる。地味な嫌がらせなだけに、余計に腹立たしい。
結局、クライドロが帰って来たのは、魔法技術省の研究者が試行錯誤の末、落書き落としを開発した後だった。
◆◆◆
宝石よりなお輝かしき あなたの笑顔に 花束を
砂上の花よりなお麗しき あなたの笑顔に 花束を
クライドロの足元には、一面の花畑が広がっていた。紅、白、青、黄――。様々な色の花々が、伸びやかに咲き誇っている。
クライドロがそっと触れたのは、白い石で作られた墓石だ。触れた指先には、つるりとした感触があった。クライドは、墓石に話しかけることはしなかった。墓石はあくまで、故人を偲ぶ縁であったから。
クライドロは唐突に、花畑に仰向けに倒れ込んだ。その拍子に、散ってしまった花弁が、風に舞い上がる。見上げる空は青く、どこまでも澄んでいた。
クライドロは、大きく息を吸い込んだ。
――もしも輪廻があるならば。
また会いたいと思うのは、常に置いて逝かれる者達の祈りだ。
祈るから。願うから。
天に。地に。世界に。
そして、君に、届けと。
竜の歌声が、花畑に響いていた。