初戀(はつこい)の味
以前部誌に投稿した作品です。
ほのぼの系?
初恋の味というものは、忘れることができないものらしい。
「初恋の味って、何味なんだ?」
真顔での問いかけに、ウィンは耳を疑った。
「アル、熱でも出ました?」
「いや、なんでそうなるんだ」
渋い顔になったアルに、ウィンは真顔で答える。
「君は、そういうものに明らかに無縁そうに見えていましたから」
ウィンという人物は、真面目すぎるが故に、失礼なことを平然と言うことがある。
「なんでだ? 初恋の味って、あちこちで売ってるから、簡単に食べられるんだぞ」
何やら話が食い違っている気がする。
「……一体何の話ですか?」
困った顔になったウィンに、アルは手に持っていたものを見せた。
「【桃陰屋】の揚げパン。初恋の味なんだってさ」
「……」
どうにも反応に困る。
「紅蓮通りの屋台のドーナッツも、ビルカのおっちゃんのとこのフルーツジュースも、初 恋の味って宣伝してるけど、どれも味が違うんだよな」
それが不思議で、先程の初恋の味は何味か、という疑問に至ったらしい。
「そういうものは、人によって違うものなんですよ」
「そんなもんか~」
アルは、相槌を打ちつつ、揚げパンを口に運んだ。
「じゃ、ウィンの初恋の味って、何味?」
あっさりした質問に、ウィンは口に含んでいたお茶を吹きそうになった。
恨めしげにアルを見るも、当の本人はキョトンとしている。
山での生活が長く、他人と触れ合う機会が少なかったせいか、この少年は人間関係の機微にはやや疎く、さらに色恋沙汰の何たるかを全く解していない。
「他人の色事に関しては、積極的に話題にしない方がいいと思いますよ……」
「そうなのか?」
少年は、目を丸くして首を傾げた。
(……碧風の君、アルを崖から落としたり魔物の巣に放り込んだりする前に、教えることがあったでしょう……)
ウィンは内心で嘆息し、アルの祖母に苦情を言った。
「アルの方は、どうなんですか?」
「まだわかんないな」
そう答える時点で、まだまだ子供である。
アルの同族一同は、アルに恋愛の『れ』の字も見当たらないことについて、詰まらないだの、からかいがいがないだのと嘆いていたが、その責任は彼らにもあるとウィンは睨んでいる。
そもそも、嘆く当人達も恋愛についてはからっきしであるから、アルのことは言えないのだ。
「――死ぬ前に、分かるかな」
ポツリ、と呟かれた言葉は、溜息のよう。
自分の体は、自分が一番理解している。
それでも、終わりが何時かなんて、分からないけれど。
「それは、君にしか分からないことですよ」
ウィンは、少し悲しそうに笑った。
――この少年は、いつ気付くのだろうか?
己でもそうと知らないまま、彼の少女に向けている瞳に。
心の奥底、静かに揺らめく灯火に。
今まで湧き上がることがなかった、密やかな熱い想いを。
ウィンは、天上天下唯我独尊集団に、盛大に文句を言ってやりたくなった。
――アルがあの子に振られたら、ここまでアルをにぶにぶに育てた、あなた方のせいです!!