妖精を捕獲せよ!! その6
「碧風の君とは、そんなに恐ろしい奴なのか?」
それは、アルと別れ、王城に向かう道での一言であった。
「あったり前だよ!」
即答したのはフィリエルの方だった。恐ろしく力が入った断言である。
「……そんな言い方はないでしょう。御自分の掟に反することには、とことん容赦がない方であるのは事実ですけど……」
ウィンは何やら複雑な表情をしている。
フェアリーの族長も、頭が上がらない存在であるのは間違いない。
「それにしても、『碧風』の君とは恐れ多い呼び名だな」
アナは何気なく続ける。
『碧風』というのは、この国では少々特別な意味を持つ。
遥か昔、つがいである皇帝竜達は、この国の初代国王に手を貸し、建国に多大なる貢献を果たした。
そのため、金と銀の皇帝竜を表す図案が国旗にデザインされているのだが、初代国王に協力した竜は、皇帝竜達だけではなかった。
竜公と呼ばれた、皇帝竜に次ぐ力を持った竜達。
『碧風』とは、その中の一頭の竜のことを指す言葉である。
『碧風の女帝』。
最古の竜にして、風を統べる存在。
初代国王の危機を幾度も救った緑竜は、今も北の山脈の何処かに住まうという。
「彼の君は、その名に相応しい御方ですから」
ウィンはふんわりと微笑む。どことなく、微風を思わせる笑みだった。
「なるほどな」
アナは目を細めて、遠い日を思い返す。
魔狩人として、北の山脈を駆け回った若かりし頃、彼女は一頭の竜と遭遇したことがある。
気の遠くなる様な年月に晒された鱗は、白化し、本来あった筈の碧の輝きを失っていた。
それでも、全てを圧倒する威厳と、一切の無駄を排した美しさは、少しも損なわれていなかったのを覚えている。
あの雑用係の少年と同じ、緑柱石と翡翠を合わせたような瞳の色も。
「そこまで言うなら、直に会ってみたくなるな」
「お気を付けて」
フェアリーの族長は、アナの左手に光る、銀竜――皇帝竜の片割れである竜帝――を模した指輪をちらりと見た。
その指輪は、彼女が使用していた槍に姿を変えていた代物だった。
「碧風の君は、人の身分で態度を変えるような御方ではいらっしゃいませんので」
「是非もないだろう」
竜には、権力など関係ないのだから。
そこまでは言わずに、この国を支える片翼たる王妃は、艶やかな微笑を浮かべた。
◆◆◆
同じ頃。
「あ、風蓮だ」
ウィンが運んできた包には、細々とした物の他に、少々懐かしい味も入っていた。
風蓮というのは、アルが住んでいた谷の周辺に群生していた植物である。薄翠の硝子細工のようなこの花は、少しばかり変わっていて、空中に漂いながら存在している。そして、その蜜は飴のように丸く固まり、口に含むと涼やかな甘みがある。
谷にいた頃は、よくお八つ代わりにしていたものである。
王都では風蓮の蜜などどこにも売っていなくて、少しばかり淋しい思いをしていたところだった。
「うん、おいしい」
早速風蓮の蜜を口に入れ、アルは破顔する。
「早くマスターとティナに分けてあげよっと」
このときアルは、つい、谷でしていたように、蜜を取り出した風蓮を道端に放り捨ててしまった。
風蓮は、一度蜜を取り出しても、放っておけば自然とまた蜜が貯まっていくのである。
その後、ふよふよと漂う風蓮が、自分に付いて来ることに、歩き出したアルは気付かなかった。
アルは知らなかった。
風蓮が、風の精霊が一定以上存在する場所にのみ、生息する植物であることを。
王都でその条件を満たす場所は、北の山脈から風の精霊石――精霊が結晶化した石――を持ってこない限り、アルの周辺ぐらいであることを。
そして、放り捨てた筈の風蓮が、自分の頭の上を漂いだしたことも。
頭に花が咲く、というのを文字通り体現してしてしまったアルの姿は、何とも間抜けなものであった。
そのため、【銀鱗亭】に帰った途端、アルはマスターとティナに大笑いされたが、それはまた、別の話である。
これで「妖精を捕獲せよ!!」の話は終わりです。
お祖母ちゃんが竜という描写の通り、アル君は竜の血が流れています。
生粋の人間(人族)と生粋の竜との間に生まれた子です。