妖精を捕獲せよ!! その4
さらりと揺れる銀髪の後ろに、アルは大人しく付いて行った。
彼女は、特に夫のことになると、手段を選ばなくなるらしい。
命ガ惜シかっタラ逆らうナ、とは、マスターの言である。
聞いたところによると、ティナの兄夫婦は王城で働いており、今回のフェアリー騒動で文官である兄の方が過労死寸前だそうな。そのため、一刻も早く事態の収拾を付けるために、武官である嫁の方が、憎きフェアリーの捜索に乗り出したらしい。
いくら気絶させても懲りずに働こうとする馬鹿なんだ、と彼女自身は溜息をついていた。過労死で夫に先立たれるのは、馬鹿馬鹿しくて考えたくもないそうだ。
「なんで山から下りてくるかな~」
アルは、今更言っても仕方がないことをぼやく。
ところで今のアルは麦わら帽子を被った上に、虫取り網を手に持ち、虫籠を肩にかけている(どれもゴミ捨て場からの戦利品だ)。どこの虫取り少年だ、と突っ込みたくなるような格好である。
とてもではないが、風の眷属の中でも、特に位の高い種族を捕まえようとしているとは思えない。
「とっとと見つけるぞ」
一方、アナの方はというと、軽装ながらも、胸当てや小手といった防具を身に付け、手には愛用の槍を持ってと、なかなか勇ましい出で立ちである。しかしながら、それは捕獲というより、何かを狩りに行く、という目的の方が、しっくりくるような格好だ。
ちなみに、アルをフェアリー探索にひっぱり出した、張本人はやや殺気立っていた。
アルが予想外に使えなかったことが、判明したからだ。
――精霊というものは、この世界のありとあらゆるところに存在している。
しかしながら、その精霊の力を借りるのは、誰にでもできるというわけではない。
そもそも、精霊の力を顕現させるには、精霊の量が重要になる。例えば、炎の精霊に、水中で火を起こしてもらおうとしても不可能である。炎の精霊の絶対数が極めて少ない水中では、火を起こすことができるだけの数の精霊を、集めることができないからだ。
それ故、精霊の力を借りようとするならば、まずそれが可能になるだけの精霊を集める必要がある。
精霊の加護、あるいは魔力。
それが、精霊を集める条件になる。
加護の例の最たるものが『精霊の愛し子』だが、それに準ずる存在を『加護持ち』といい、彼らが扱う力を『精霊術』と呼ぶ。
精霊の『加護持ち』といわれる存在には――これは同じ加護持ちにしか分からないが――常に他者より多くの精霊達が付き従っている。また、もし加護持ちが精霊達を呼べば、彼らは喜んで呼んだ者の元へ馳せ参じる。
一方、魔力の例では、『精霊魔法』が挙げられる。
精霊魔法は、精霊の力を借りることこそ同じであるが、精霊の集め方が精霊術とは異なる。精霊魔法は、使用者の魔力を用い、強制的に精霊達を集める。勿論、使用者の魔力が大きいほど、集められる精霊の数は多くなり、強力な精霊魔法を扱える。
精霊の集合が、能動的か、受動的か。
精霊術と、精霊魔法の、決定的な違いである。
アルの場合、精霊が集められない訳ではない。寧ろ、彼に付き従う風の精霊達が多すぎたが為に、その風の精霊を目印にフェアリーを探していたアナの邪魔になってしまった。
問題になったのは、精霊を集めることができれば自然にできるはずの、精霊への『お願い』だ。
いくら多く精霊を集めることができたとしても、『お願い』が大雑把では、精霊の力は顕現され難い。具体的な指示をもらった方が動きやすいのは、精霊も同じである。
アルはこの『お願い』が杜撰に過ぎた。
本人は頑張って、精霊に『お願い』を分かってもらおうとしているようだが、何故か、どうにもうまく伝わらないらしい。
風の精霊を用いて、アルにフェアリーを探させる、というアナの計画は、あえなく頓挫した。ちなみに、アナに加護を与えているのは水の精霊であるため、彼女はフェアリー以上に風の精霊を集めることはできないのだ。
残るは、精霊の気配を頼りに地道に探していくのみである。
それでも、一人より二人の方がまし、との考えから、アナはアルを連れ歩いていた。
「犯人を捕まえるときって、何かコツってあるの?」
何かを捕まえる、という経験がほとんどないアルは、ふと思いついて尋ねた。幼い頃は寝込むことが多かったため、アルには、それこそ虫取りの経験もないのである。
「まずは四肢を狙え。前足でも、後ろ足でも、機動力を削げば仕留めやすくなる」
「はい?」
仕留めやすくなる、とは物騒な。
「あと、効果的なのは頭部への打撃だな。――私は力押しというのは苦手だが、ああいうのは、上手くいけば大きくて綺麗な皮が手に入る」
「……なんのはなし?」
「どうすれば、獲物に逃げられないようにできるか、だが?」
真顔で返されて、アルは困った。
フェアリーを、獲物扱いしないでほしい。
魔物を相手に生計を立てる魔狩人と、言っていることが大差ない。
「頭殴ったら、下手すりゃ死ぬって!」
「生きていれば、問題ないだろう?」
前提条件がそもそも違う。
「フェアリーは魔物と違うから! あいつ等は、ちっちゃくて、あんまり頑丈じゃないんだ!」
アルの言い分にアナは眉を寄せた。
「まるで、フェアリーのことをよく知っているような口ぶりだな」
「ゔ」
こういうときに、上手くはぐらかしたり、惚けたりすることができないのが、アルのアルたる所以かもしれない。
露骨に目を泳がせたアルに、アナは迫る。
「北の山脈から碌に出てこないような種族を、よく知っているな?」
「お、俺も住んでたんだから、おかしくないだろ!」
「なんだと?」
アナは驚きに目を見開く。
アナが聞いた(吐かせた)ところによると、アルは王都に来るまで、北の山脈にある谷に祖母と一緒に住んでいたらしい。
そして、その谷とフェアリーの集落は近い所にあった。
それ故、アルとフェアリー達が顔見知りになったのは、ごく自然な成り行きといえよう。
もっとも、アルが親しいといえるフェアリーは一人だけのようだったが。
「まさかとは思うが、今までの悪戯はお前の友達じゃないだろうな?」
「それはないから」
手を振りながらの即答である。
「ウィンはすごく真面目なフェアリーなんだ。悪戯なんかしないし、王都に来るんだったら、真っ直ぐ俺のところに来るって」
「……真面目なフェアリーか……」
居たのか、そんなもの、というがアナの率直な気持ちだ。
「前のときも、悪戯してきたのは他の奴で……、――ばば様がめちゃくちゃ怒って大変だったな~」
後半の台詞では、アルの目が虚ろになっている。
当時の惨状を、如実に物語っていた。
ゴミ捨て場漁りが、アル君の趣味です。