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フェルメリア雑記  作者: 詞乃端
アルくんのおはなし
10/54

妖精を捕獲せよ!! その2

「妖精を捕獲せよ!!」の続きです。

 その日は、いつもと同じように始まるはずであった。

「なんじゃこりゃ――う、げふっ」

 アルの後半の台詞(せりふ)は、驚き過ぎて吐血した時のものである。

 打撃やその他諸々(もろもろ)には、やたらと耐久性がある割には、(なかみ)が異常なほど弱く、頻繁(ひんぱん)に吐血するという、謎の体質故(ゆえ)のことだ。

「ま、マスターの(たてがみ)がー!!」

 アルは、この世の終わりのような顔で叫んだ。

 彼の密かな野望が、打ち砕かれた瞬間であった。

「……何モ言うナ、アル…………」

 アルが勤務する【銀鱗(ぎんりん)亭】を取り仕切る、マスターこと、ヴェーザス・ヴァノホルンは獣人と呼ばれる種族の血を引く。

 彼のチャーミングポイントは、ズバリ、鬣である。

 獅子(しし)を思わせる立派な鬣は、ふさふさとしていて、見た目でも、実際にも非常に触り心地が良い。本人は嫌がっているが、子供にとても人気がある。アルも、その鬣を一目見たときから、思う存分触ってみたいと常々思っていた(十七歳というアルの年齢では、流石のマスターもそう簡単に鬣を触らせてくれない)。

 ――その憧れの鬣は、(にかわ)かなにかを塗りたくったのか? と思うほど、見事なまでにがちがちに固まっていた。

「なんて勿体無(もったいな)いことを」

 これは、紛れもないアルの本心である。

「俺がヤッタ訳じゃナイゾ」

 マスターは、疲れたように突っ込んだ。

 聞けば、朝起きたらすでにこんな状態になっていたらしい。

 昨晩までは、マスターの鬣はふさふさのままであったので、ちょっとした怪奇現象である。

「なんでまたこんなことに?」

 アルは首を(ひね)った。

「知っテいたラ、モウとっくニ直しテるゾ」

 マスターはげんなりとして息を吐く。

 こんな(ざま)では恥ずかしくて、とてもではないが店を開けない。

「……あの、マスター」

 妙な形状になってしまった頭を抱えたマスターに、控えめな声がかけられた。

「あ、ティナ、おはよう――って、どうしたんだ?」

 アルの疑問ももっともで、彼の同僚である少女は、何故か顔を隠すように肩掛けを頭に被っていた。

「……今日は、お店を休んでいいですか……?」

 蚊の鳴くような声は、今にも泣きそうだった。

「へ? なんでまた」

 アルはまたもや首を捻る。

 ティナもまた、昨晩までは何事もないように顔を(さら)していたのだ。

 何処かに顔をぶつけたのかと、アルはティナの顔を(のぞ)()もうとしたが、ティナが嫌がったので止めた。

「大丈夫か? 痛いとこないか?」

 心配になって、アルはそういったが、ティナは首を振る。

「痛くないけど、……見せたくない」

 うら若き乙女としては、非常に困った事態になっているらしい。

「何ガあっタンダ?」

 マスターも心配そうである。彼は、ティナの兄夫婦と知り合いなので、尚更(なおさら)そうかもしれない。

 ティナはしばらく躊躇(ためら)っていたが、意を決したように口を開いた。

「朝起きたら、顔に落書きがあったの。いくら洗っても、とれなくて……」

 恥ずかしいのか、とても小さな声だった。

 マスターも、アルも目を丸くした。

「ナンだ、それハ」

 それでは顔を見せられない訳である。

「……もしカしなくテモ、お前ジャナイよナ、アル」

 マスターが疑いの目をアルに向けた。

 【銀鱗亭】に所属している面々の中で、何事もなかったのはアルだけである。

「なんでそうなるんだっ!」

 アルは、ぶんぶんと首を振った。

 俺はやってないっ!! と、全身で主張している。

「それジャ、何カ、心当たりハあるカ?」

 それは、マスター自身も含めた、その場にいる者への質問だった。

 アルは、ふと考え込んだ。

 昨晩、祖母への手紙を書き終えたときに感じた気配。

 王都(ここ)へ来る前に、最も馴染(なじ)んでいたものと似て非なる、しかし、知らない訳ではないもの。

 あれは、確か――

「邪魔するぞ」

 アルの思考を、(りん)とした声が(さえぎ)った。


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