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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。

サン=レガリア帝国ソウルベアラー回収記録:22番・25番

作者: アポロ
掲載日:2026/04/01

サン=レガリア帝国研究区画──地下深くにあるその施設は、

昼も夜もない、永遠に冷たい場所だった。


鉄の扉が開くたび、金属の軋む音が響く。

白衣の研究員たちは、まるで物を見るような目で二人を見下ろした。


「22番、起床。今日も適合率の測定を行う」

「25番、立て。岩殻の進行度を確認する」


番号だけが呼ばれる。

名前は存在しない。

ここでは、彼らは“人間”ではなかった。


 22番──黒翼竜バル=ラグナの適合者。

 25番──岩殻巨兵ガイア=センチネルの適合者。


だが、二人きりの時だけは違った。


「……リオ、起きてる?」

25番──カイが小声で囁く。


「うん……カイも?」

22番──リオが布団の中で返す。


名前を呼び合うのは、

この地下で許された唯一の“反逆”だった。


リオは十二歳。

背中に黒い痣のような紋様が広がり始めている。

それは黒翼竜の侵食の初期症状だった。


カイは十五歳。

右腕は肘から先が石のように硬くなっている。

岩殻巨兵の力を使った代償だ。


「今日も……痛い?」

「うん。でも……慣れたよ」


リオは笑った。

その笑顔は、まだ人間のものだった。


「カイは?」

「俺も……まあ、平気だ」


カイは嘘をついた。

腕は夜になると激しく軋み、

眠れないほど痛むこともある。


だがリオには言わない。

リオが心配するから。


リオも同じだった。

背中が焼けるように痛むことを、カイには言わない。


二人は互いに嘘をつき、

互いを守ろうとしていた。


 ──それが、二人に残された唯一の“光”だった。


「ねえ、カイ」

「ん?」

「外って……どんなところなんだろうね」


リオの声は、少しだけ震えていた。


「……きっと、空が広い」

「空……」


リオは背中の痛みに耐えながら、

天井のない空を想像した。


「飛べたらいいな……」

「飛べるさ。お前なら」


カイはそう言って、

石化した右手でリオの頭をそっと撫でた。


その手は冷たかった。

けれど、リオは安心した。


この地下で、

リオを“人間として扱う”のはカイだけだった。


そしてカイにとっても、

リオだけが“人間”だった。


鉄の扉が開き、研究員が無機質な声で告げる。


「22番、25番。前線への派遣が決まった」


二人は顔を見合わせた。


恐怖よりも先に、

互いの存在を確かめるように。


「……大丈夫だよ、カイ」

「お前こそ……無茶するなよ」


その言葉が、

二人の“光”の始まりだった。


そして──

この光が、後にすべて奪われることを、

まだ誰も知らなかった。


帝国軍の飛空挺は、揺れるたびに金属音を響かせた。


リオとカイは貨物室の隅に座らされ、

手枷も足枷もつけられていないのに、

まるで囚人のように扱われていた。


「22番、25番。任務内容を伝える」


兵士は書類を読み上げるだけで、

二人の顔を一度も見なかった。


「前線にて魔王軍を殲滅。

 生存率は低いが、損耗は許容範囲とする」


“損耗”──

それは二人の命のことだった。


リオは小さく肩を震わせた。

背中の黒い紋様が疼き、熱を帯びる。


カイはその様子に気づき、

石化した右手でそっとリオの肩に触れた。


「大丈夫だ。俺がいる」


「……うん」


その一言で、リオの呼吸が少しだけ落ち着いた。


飛空挺から外に出ると、

そこはすでに戦場の匂いが漂う前線だった。


「22番、飛行準備」

「25番、地上制圧に回れ」


命令だけが降る。


リオは背中を押さえながら立ち上がった。

黒翼竜の力が、翼を広げろと囁いてくる。


「カイ……怖いよ」


「俺も怖い。でも……一緒に帰ろう」


カイはそう言って、

石の手でリオの手を握った。


冷たいはずの手が、

リオには温かく感じられた。


「……うん。帰ろう」


二人は互いに頷き、

それぞれの戦場へ向かった。


リオは深呼吸し、背中に力を込めた。


「バル……お願い……」


黒い紋様が光り、

背中から翼が裂けるように生えた。


「っ……あああああ!」


痛みは鋭く、

骨が軋み、皮膚が裂け、血が滲む。


だが翼は広がり、

リオは空へ舞い上がった。


魔王軍の飛行兵が迫る。


「来る……!」


黒翼竜の力が暴れ、

リオの瞳が一瞬だけ赤く染まった。


黒炎が放たれ、敵を焼き尽くす。


だがそのたびに、

リオの胸の奥で“何か”が削れていく。


「……カイ……」


空の上で、

リオは小さく名前を呼んだ。


それだけが、

自分がまだ人間である証のように思えた。


カイは地面に手をつき、力を解放した。


「ガイア……頼む……!」


大地が震え、

岩の壁が隆起し、

魔王軍の突撃を止める。


だがその瞬間、

カイの腕の石化が肘から肩へと広がった。


「っ……!」


痛みはない。

ただ、身体が“自分のものではなくなる”感覚だけが残る。


それでもカイは前に出た。


「リオが……空で戦ってるんだ……!」


その想いだけが、

カイを人間として繋ぎ止めていた。


戦闘が終わり、

リオはふらふらと地上へ降りてきた。


「カイ……!」


カイは岩の腕を押さえながら、

リオの方へ歩み寄った。


「大丈夫か……?」


「うん……でも、背中が……」


リオは痛みに顔を歪めた。

カイは石の手でそっと背中に触れた。


「……熱いな」


「カイの腕も……」


リオはカイの肩に触れた。

そこはもう、石のように硬かった。


二人は互いの変化を見つめ、

少しだけ笑った。


「……変だよね、僕たち」

「変じゃない。俺たちは……俺たちだ」


その言葉が、

リオの胸に温かく染みた。


兵士たちは二人を見向きもしない。

誰も労わらない。

誰も名前を呼ばない。


だが──


二人だけは、互いを“人間”として見ていた。


それが、

この世界で唯一の光だった。


ゼル=アラドの空は、赤く染まっていた。


 魔王軍の炎が街を焼き、

 悲鳴と怒号が混ざり合い、

 空気そのものが震えている。


帝国軍は混乱していた。

だが、彼らが最初に前線へ投げ込んだのは──


人間ではなかった。


「22番、飛行殲滅を開始しろ」

「25番、地上制圧に移れ」


命令は冷たく、

そこに“生きて帰れ”という願いは一つもなかった。


帝国兵たちは叫んだ。


「22番、もっと上空へ行け!」

「25番、前線が押されている! 早く動け!」


命令だけが降る。

そこに心はない。


リオが血を吐いても、

カイの身体が石に飲まれても、

誰も気にしなかった。


彼らは兵器だから。


壊れても構わない。

死んでも構わない。


帝国にとっては、それだけの存在だった。


ゼル=アラドの戦いに参戦して三日後。

帝国軍は休息を与えることなく、二人を次の戦場へ送った。


「22番、適合率が上昇している。次の任務で限界値を試す」

「25番、岩殻の進行度は問題ない。前線での使用を継続する」


研究員たちの声は、

まるで機械のように冷たかった。


リオは背中を押さえながら、

カイは石化した胸を押さえながら、

互いの姿を探すように視線を向けた。


「……カイ」

「リオ」


名前を呼び合うだけで、

胸の奥が少しだけ温かくなる。


それは、二人に残された唯一の“光”だった。


夜、薄暗い収容室で、

二人は隣同士のベッドに横になっていた。


「……背中、痛む?」

「うん……今日は特に」


リオは布団の上から背中を押さえた。

黒い紋様は肩まで広がり、

皮膚は熱を帯びている。


「カイは……胸、どう?」

「……もう、半分くらい石だ」


カイは苦笑した。

胸の鼓動は、もう“岩の音”に近かった。


「でも……まだ大丈夫だ」

「嘘だよね」

「……ああ。嘘だ」


二人は小さく笑った。


互いに嘘をつき、

互いに嘘を見抜き、

それでも互いを支えようとする。


それが、二人の“人間らしさ”だった。


「ねえ、カイ」

「ん?」

「僕たち……いつまで人間でいられるのかな」


リオの声は震えていた。


「……分からない。でも」

「でも?」

「お前が名前を呼んでくれる限り、俺は人間だ」


リオは目を見開き、

そして小さく笑った。


「じゃあ……ずっと呼ぶよ」

「俺もだ。お前がどんな姿になっても、リオはリオだ」


その言葉は、

リオの胸に深く刻まれた。


背中の痛みも、

翼が生えかけている恐怖も、

その瞬間だけは消えていった。


翌朝。

輸送馬車が再び二人を乗せ、前線へ向かった。

兵士たちは二人を見ようともしない。


「22番、背中の変質が進んでいる。飛行能力は向上している」

「25番、胸部の石化が安定。防御性能が上昇」


“変質”

“石化”

“性能”


どれも、人間に使う言葉ではなかった。


リオは小さく息を吐いた。


「……ねえ、カイ」

「どうした」

「僕たち……帰れるのかな」


カイは少しだけ考え、

そして静かに答えた。


「帰る場所なんて、最初からなかった」

「……そっか」

「でも──」


カイはリオの手を握った。

石の手は冷たいはずなのに、

リオには温かく感じられた。


「お前がいるなら、それでいい」


リオは目を伏せ、

小さく笑った。


「……うん。僕もだよ」


その瞬間だけ、

馬車の中に“光”が灯った。


だがその光は、

確実に弱くなっていた。


侵食は止まらない。

二人の身体も心も、

ゆっくりと“召喚獣”へと近づいていく。


それでも──

二人は互いの手を離さなかった。


ゼル=アラドの戦いに参戦して一週間が経っていた。

帝国軍は二人を休ませることなく、

次々と戦場へ送り続けた。


リオの背中の黒い紋様は肩を越え、

胸元にまで広がっていた。


カイの石化は胸から腹部へ進み、

呼吸のたびに岩が軋む音がした。


それでも──

二人は互いの名前を呼び合い、

互いを“人間”として繋ぎ止めていた。


その夜、収容室の灯りが落ち、

薄暗い静寂が訪れた。


リオはベッドから起き上がり、

隣のカイのベッドへ歩み寄った。


「……カイ、起きてる?」


「起きてるよ」


カイはゆっくりと身体を起こした。

石化した胸が重く、呼吸が苦しい。


「背中……また痛むのか?」


「うん……でも、カイの方が辛そう」


「俺は……大丈夫だ」


嘘だった。

胸の奥はもう、ほとんど石になっている。


リオはカイの隣に座り、

そっと肩にもたれかかった。


「ねえ……カイ」

「なんだ」

「僕たち……どうなるのかな」


カイは答えられなかった。


リオの背中からは、

すでに“翼の形”が浮かび上がっている。


カイの胸は岩に覆われ、

心臓の鼓動は“岩の音”に変わっている。


人間としての時間は、

もう残りわずかだった。


「……リオ」

「うん?」

「お前が……人間じゃなくなっても……俺は、お前をリオって呼ぶ」


リオは目を見開き、

そして小さく笑った。


「僕も……カイがどんな姿になっても……カイだよ」


その言葉は、

二人の胸に深く刻まれた。


この世界で唯一の光だった。


翌朝。

輸送馬車が二人を乗せ、いつものように前線へ向かった。


 リオは小さく息を吐いた。


「……カイ」

「どうした」

「僕……怖いよ」


 カイは石の手でリオの手を握った。


「大丈夫だ。俺がいる」


その言葉だけが、

リオを人間として繋ぎ止めていた。


だが──

その光は、確実に弱くなっていた。


戦場に降り立った瞬間、

魔王軍の本隊が姿を現した。


空を覆う黒い影。

地を揺らす巨兵。

炎と咆哮が混ざり合う地獄。


「22番、飛行し殲滅を開始しろ」

「25番、前線を死守しろ」


命令だけが降る。


リオは背中に力を込めた。


「バル……!」


黒い翼が裂けるように広がり、

リオは空へ舞い上がった。


「っ……あああアァァァ!」


痛みはもう悲鳴ではなく、

竜の咆哮へと変わっていた。


カイは地面に手をつき、

岩殻巨兵の力を解放した。


「ガイア……!」


大地が震え、

岩の巨壁が立ち上がる。


だがその瞬間──

カイの胸の石化が首へと迫った。


「っ……!」


呼吸が苦しい。

視界が揺れる。


それでもカイは前に出た。


「リオ......一緒に生き残るんだ……!」


その想いだけが、

カイを人間として繋ぎ止めていた。


だが──

その想いすら、侵食に飲まれ始めていた。


空でリオが咆哮した。

地上でカイが吠えた。


その声は、

もう人間のものではなかった。


「リオ……!」

「カイ……!」


互いの名前を呼ぼうとした。

だが声は、竜の咆哮と岩の軋む音に飲まれた。


互いの姿を探そうとした。

だが視界は、敵と味方の区別すら曖昧になっていた。


リオの瞳は完全に赤く染まり、

カイの心臓は完全に岩の鼓動へと変わった。


 ──そして。


リオは空で翼を広げ、

カイは地上で巨壁を生み出し、

二人は最後の力を振り絞った。


その瞬間──


リオの背中の翼が完全に融合し、

カイの身体は首まで岩に覆われた。


互いを呼ぶ声は、

もう届かない。


互いを探す瞳は、

もう人間ではない。


──完全召喚獣化。


黒翼竜バル=ラグナ。

岩殻巨兵ガイア=センチネル。


二人の少年は、

この瞬間に消えた。


ゼル=アラドの戦いは終わっていた。


街は焼け落ち、瓦礫が積み重なり、

人々は泣きながら家族の名を呼んでいた。


だが──

その中心に立つ二つの影に、

誰も近づこうとはしなかった。


一つは、空を彷徨う黒い影。

翼を広げ、ゆっくりと旋回しながら、

まるで何かを探すように空を見下ろしている。


──黒翼竜バル=ラグナ。


もう一つは、街の外で動きを止めた巨影。

岩の身体はひび割れ、

風に削られながらも、

まるで誰かを待つように佇んでいた。


──岩殻巨兵ガイア=センチネル。


二人の少年の姿は、

もうどこにもなかった。


「対象22番、飛行型兵器。状態は安定」

「対象25番、地上型兵器。損傷率は高いが回収可能」


帝国の回収部隊が、

黒翼竜と岩殻巨兵を無表情に見上げていた。


「……人間の痕跡は?」

「完全消失。人格データは回収不能」


「なら問題ない。

 生体兵器として使える」


その言葉に、

誰も疑問を抱かなかった。


彼らは兵器だから。

人間ではないから。


名前を呼ぶ者は、

もう誰もいなかった。


「飛行兵器22番、拘束開始」


黒翼竜の周囲に、

魔力鎖が展開される。


翼が軋み、

竜が低く唸った。


その瞳の奥には、

かすかな光が揺れていた。


まるで──

誰かを探しているように。


だが兵士たちは気づかない。


「抵抗反応、微弱。問題なし」

「鎖を強化しろ。暴走の可能性がある」


黒翼竜は鎖に絡め取られ、

ゆっくりと地上へ引きずり降ろされた。


「地上兵器25番、拘束準備に入れ」


岩殻巨兵の身体に、

魔力杭が次々と打ち込まれる。


胸の岩がひび割れ、

内部から微かな音が響いた。


 ゴ……ゴ……ゴ……


それは、

カイの心臓が最後に残した“鼓動の名残”だった。


「内部反応あり。まだ動く可能性が──」

「問題ない。どうせ兵器だ。壊れても構わん」


兵士たちは淡々と作業を続けた。


黒翼竜が、拘束されたまま地上へ降りてきた。


岩殻巨兵の前に、

ゆっくりと翼を畳んで降り立つ。


互いを見つめる。


そこに言葉はない。

声もない。

名前もない。


だが──

ほんの一瞬だけ、

風が二人の間を通り抜けた。


その風は、

まるで二人が最後に交わした言葉のように優しかった。


 ──リオ。

 ──カイ。


誰も呼ばない名前が、

風の中に静かに溶けていった。


「よし、回収完了だ。

 基地へ運べ」


黒翼竜は鎖に引かれ、

岩殻巨兵は分解用の台車に乗せられ、

無機質な兵器として運ばれていく。


光は消えた。


だが、

確かにそこに“光があった”ことだけは、

誰にも知られないまま、世界に刻まれた。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


この物語に登場した二人は、本編に登場する存在の過去になります。


本編ではすでに人としての姿は失われていますが、

彼らにとってはこの物語が確かに「人間だった時間」でした。


もし興味があれば、


守れなかった俺はもう一度戦場に立つ〜二十年の時を越え、忘れられた英雄の戦い〜


の方も読んでいただけると嬉しいです。

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