第二話:怪奇現象で行こう!
第二話:怪奇現象で行こう!
公立堂丸高等学校の新入生たちは、入学すると記念写真を撮る。卒アルだとか、諸々の記念品に使われる写真だが、最近はデジタルカメラを使って撮るので割と仕上がりが早いらしい。一枚目はみんなまじめに整列して、二枚目はちょっとポーズを変えて。そんな写真が手元に回ってきて、生徒たちはそれぞれに眺めていた。まあ、反応は人によりけりですぐにしまい込む連中もいればそこそこ興味深く見つめるロマンチストもいる。そして、そんな女子のうちの一人がある事実に気付いたことから、話は始まる。
「ねえ……不動君の右肩に乗ってる手って……誰の手?」
なまじっか全員が持っている写真だったので、クラス中がパニックになった。
「ぎゃあああ!」
「これが噂の!」
「お焚き上げを!」
手の持ち主を無理やりこじつけようとしても無駄だった。数も場所も絶対に合わない。入学早々、何か気味の悪いものを見るように避けられてしまった。
「ちくしょう! オレが何したっていうんだよ!」
まあ心霊写真に写ってる人なんてたいてい何もしていない。場所が悪かったとか、ちょっとふざけたとか。学校というのは怪談噺の宝庫なので、場所が悪いから写ったというのであれば金輪際学校で写真なんて撮れない。いくらなんでもそりゃないだろう。これがたまたま自分の近くに写っただけなら、大した問題ではない。30人を超えるクラスメイトは全員同じ扱いのはずだ。しかし問題になるのは、狙いすまして自分の肩に写り込んだ場合だ。まして肩に添えられた手は、どうやらしっかりと自分をつかんでいたようなのだ。さすがに気味が悪い。
クラスメイトはお祓いだお焚き上げだと言っていたが、あてにはならない。写真を撮るときにフィルムの二重露光が、などというもっともそうなことを言う輩もいたが、確証がないなら気味が悪いことには変わりがない。どいつもこいつも頼りにならないが、一人だけ絶対的に信用できるアドバイザーがいる。自分にだけは。先日から住んでいるボロアパートの一室に戻り、勢いよく玄関の戸を開けた。鍵は壊れているので開ける必要がないが、建付けが悪いので思いきり蹴飛ばさないと開かない。
「綾守さん!」
「カイトさん、おかえりなさい!」
この部屋に越してきたときに居付いていた地縛霊の彼女とは、普通に知り合いになってしまった。しかも、ときどき会うとか呼ぶと出てくるという話でもない。帰ったら普通にいる。ちゃぶ台の前でワイドショー見て笑ってるよ。幽霊でなければ、茶を入れて煎餅でもかじっているだろう。オレんちだぞ! そんな思いは露知らず、キャラキャラと笑って軽口をたたく憎たらしい地縛霊。
「なんですか、綾守さんなんて。水臭いじゃないですか、雛菊でいいですよお」
居座っておいて何をこいつは……と思ったが、とにかくこの子の見立てが一番信用できる。何せ幽霊だし。そっち側の世界の人だ。業界とかそういう話でもなく、本当にそっち側にいる。
「雛菊、オレ、何か憑いてる? 悪霊とか!」
不思議そうに見上げた雛菊はオレを見つめて、いいえ、と答えた。
「何も憑いてませんよ。大丈夫です、私がいますから、悪いものなんて憑きません」
……そうか。もしかしたらどこかでひっかけてしまったのかと思った。本来オレには霊感なんてないからわかっていないが、どこかで怒りを買ったのかと心配になった。そんな失礼な悪さはした覚えがないが、幽霊に限らず生きている人間だって因縁くらいつけてくる。でも、雛菊が何もついていないというならきっとついていないのだろう。今は発見した直後だからみんな気にするが、少し経てば話のネタ程度に落ち着いていくだろう。雛菊はこちらの心中などとんとわからずにはしゃいでいる。
「カイトさん、見てください! すごいですよ、ダブル不倫って知ってます?」
年頃の娘が品のないことを大声で……とあきれてしまった。彼女の生きた大正時代の文化はオレにはわからない。だが、そこからずっと幽霊をやっていたなら、享年16歳の彼女はプラス100年ちょいくらい見聞があるはずだ。なのにこの非常識さは何なんだろう……そんなことを考えていたら、心霊写真のことは切り出せなかった。
次の日の昼過ぎ。五時間目に行われたのは、学校行事による交流会だった。まだ入学してから日が浅いので、親睦を深められるようにという、親切というか余計なお世話というか、そんなお楽しみ会だ。しかも学校という場所は、集団行動を学ぶという名目の割には指導者たちが空気を読まない。レクリエーションを始めるから、男女で一組になれ! なんてよっぽどのオープンスケベ野郎でなければこっぱずかしいだけだろ。クラスメイト達は、ゆるゆるだらだら引っ付いて、適当に分かれた。あれ? 誰もいない。余ってしまった。
「すみません、オレ、余りました」
恥を忍んで手を挙げると、なんだか不穏な空気になった。みんながお互いの顔を見合わせている。
「不動君……誰か一緒にいなかった? もう組んだと思ってたけど……」
オレに誰からも声がかからなかったのは、女子に人気がない以前に、誰かが横にいたからもうセットになっていると思われたようだ。……誰もいませんでしたが。なあ、とみんなに言いたくなったが、言わない方がいい。みんなの顔が、いや、いたぞ、って言っている。先日の心霊写真の余波もあり、数人が卒倒して保健室に行った。これで数が合ったはずなのに、誰も組んでくれないのはなんでだよ!
「ええ~? 何も憑いてませんよお。私ちゃんと見てるんで、間違いないですよお」
おっとり口調で告げる雛菊は、へらへら笑って今日のワイドショーの話を始める。伝説のロックバンドが20年ぶりに一夜限りの再結成をしたとか。お前、そいつら知らないだろ!
「カイトさん、ご機嫌斜めですね。何かあったんですか?」
かなり露骨に態度に出していたら、ようやく気が付いたらしい。もう少し、あと27時間ほど早く気付いてほしかったが、わからないものは仕方がないし、わかっていても言い出しにくいかもしれない。雛菊に学校であった出来事を教える。というか、高校とは何かから教えないといけないのでは? とも思ったが、なんだか呑み込みが早い。
「なるほど、アルバム用の写真ですか」
「……わかるの?」
「はい! ときどきカイトさんの様子を見に行ってるんで!」
嫌な予感がし始めた。でも、まだ断定はしない。決定的な証言を得てからだ。自分のかばんに放り込んでいた記念写真を取り出すと、雛菊に見せた。雛菊は妙に嬉しそうな声を上げた。
「すごおい! もう写真になったんだ!」
昔のカメラとは比較にならないほど現像が早いことに感心している。それ以前に、なんだその知ったような口ぶりは。
「雛菊、この写真知ってるの?」
「はい、撮るときいましたんで!」
どんどん明るみに出る真実。そして、決定打。
「楽しそうだな、って思ったんで、私も入りたくなって……カイトさんのそばで、一緒に写りたいけど、邪魔になるといけないから……そっと右手だけ……」
なんだかロマンチックなことでも語るノリで自白した。オレの身体がぶるぶると震えていることには、案の定気がついていない。
「これ! この右手、私ですよ! ちゃんと写ってるう! それで、その心霊ってどこですか?」
「……お前だああああ!」
ボロアパートから鳴り響いた絶叫で、クラックが二、三個増えたらしい。
もうクラスでは完全に疑われている。心霊写真と見知らぬ女子生徒の二本立て、しかも間を置かずの二連発は避けられるには十分らしい。オレは放課後のクラスで必死に弁明した。
「違う! オレの周りで起きてるのは怪奇現象ではない!」
心霊写真は雛菊が写り込んだものだし、問い詰めてみたらレクリエーションの時も様子を見に来て隣に立っていたらしい。全部あいつの仕業だ。オレは自分の主張がおかしいことを知りながら、必死に弁明した。だって、怪奇現象ではない、と言いながら実はちゃんと怪奇現象だ。幽霊がうろついていたずらをしていれば、普通はそれを怪奇現象という。ただ、正体がわかっているから得体のしれないものではないのだ。でもそれを説明したところで、だからなんだ! と言われそうなので必死に言葉を濁し続ける。今のうちに何とかしなければ、この状態で三年通うのはつらい。そんな必死なオレの前に、一人の天使が現れた。クラスの女子の一人、確か葉山さんという人だ。
「みんな、やめようよ! 心霊写真なんて何かの間違いだし、昨日もきっと見間違いだよ! こんなの良くないよ!」
ああ、なんていい人なんだ! 目頭が熱くなってきた。人前でなければ抱き着いて泣き出したくなる。この騒ぎが収まったら、きっとお礼をしよう。そう思った矢先、黒板消しが飛んできて葉山さんの頭に直撃した。
「きゃん! 何よ、何するのよ!」
葉山さんが怒って振り向くが、黒板の近くには誰もいない。足元に落っこちた黒板消しがモノも言わずに転がっている。ああ、みんなの顔が青くなっていく。わずかの後、悲鳴が響いた。
「ぎゃあああ!」
もうみんなの目が痛い。せめてお礼を言おうと葉山さんに話しかけたら、ダッシュで逃げられた。悪霊憑きの噂は、そう簡単にはなくならないだろう。
「もう! 人のことを悪霊だなんて! 失礼しちゃいます!」
姿を現した雛菊が怒っている。なんであそこで黒板消しなど投げたのか聞いてみたが、だってあの子がかわいいし、という謎の発言しか返ってこなかった。世間一般では人に迷惑をかける幽霊を悪霊という。被害の大きい小さいはあまり関係がない。存在を主張して怖がらせる、というのはやられる方からしたらかなりたまらない話なのだ。じゅうぶん実害と言っていい。傷心のオレの顔を覗き込んで、雛菊が尋ねてきた。
「……カイトさんも、私のことを悪霊だと思いますか?」
わざわざ聞かれて、今思っていたことなど言えるはずもなく。
「……いや、オレは別に……」
「じゃあ私は何を言われても平気です!」
ふんぞり返って胸を張る雛菊。お前は平気でも、オレはあまり平気ではないんだが……でも、そんなことは言わなかった。一緒に歩いて帰ってくれる、この子もたぶん友達だから。




