第2話:現場監督バルカス、とろ~り熱々の「魔法」に屈する
「おい、元令嬢! いつまでそこで油を売っている! さっさとジャガイモを……って、なんだこの匂いは!」
現れたのは、現場監督のバルカスだ。
彼は騎士の端くれではあるが、剣を振るうよりも書類の数字を誤魔化すのが得意な男。
家柄の低い平民出身の騎士たちを「代わりの効く駒」としか思っておらず、物資を横流ししては自分だけ美味いものを食っている、この厨房の「小さな暴君」だった。
カイル様に対しても、表向きは従順だが、裏では「平民上がりの成金が」と鼻で笑っているのを私は知っている。
「あらバルカスさん。おはよう。ちょうどいいところに。これ、あなたは食べないのかしら?」
私が指差したのは、カゴに山盛りになった、古くてカチカチに乾燥したパンだ。
騎士団に支給される「石パン」。
あまりの硬さに、若手騎士たちは「これで頭を殴った方が剣より殺傷力がある」と自虐するほど。
バルカスのような特権階級の人間にとっては、見るのも汚らわしい豚の餌だ。
「当然だ! そんな石っころ、さっさと放り出せ。」
「じゃあ、私が『ご馳走』に変えてあげるから、黙って見てなさい!」
私はその「石パン」を豪快に手で割り、昨夜のポトフの残りに放り込んだ。
パンが旨味たっぷりのスープを吸って、じゅわっと柔らかくなる。そこに、厨房の隅に眠っていたヤギのチーズをたっぷり削り、竈の強火で一気に焼き上げた。
表面はカリッと、中はトロトロ。
名付けて、『残り物ポトフのパングラタン風』である。
「……ッ!? な、なんだその見た目は! 表面がグツグツと……まるで黄金の溶岩のようではないか!」
「ほら、食べてみて。お口の火傷には気をつけてね?」
木のスプーンに、とろ~り伸びるチーズを絡めたパンを乗せ、バルカスの鼻先に突きつける。
傲慢な現場監督の理性を、濃厚な「ミルクのコク」が直撃した。
「……ッ、ぐ。……毒見だ! 毒見をしてやる!」
バルカスはひったくるようにスプーンを受け取り、口へ運んだ。
「――っ!? ほ、ほふっ! はふっ!……あ、熱っ……!!」
ハフハフと悶えながらも、彼の目は見開かれた。
スープを吸ってプルプルになったパンが口の中で溶け、チーズの濃厚な旨味が追いかけてくる。
「な、なんだこれは……! 石のように硬かったパンが、まるでマシュマロのように柔らかく……! 旨い、旨すぎるぞ!!」
「ふふん、前世……じゃなくて私の田舎じゃ、『残り物には福がある』って言うのよ。わかったらそのふんぞり返った姿勢、少しは直したら?」
バルカスは返事もできない。
夢中で二口目、三口目と貪り、最後には皿にこびりついた焦げ目まで必死にこそげ取る始末。
「アンジェリカ様……っ! いや、アンジェリカ姐さん! 俺が悪かった! 今まで食ってたもんは、これに比べりゃただの粘土だ! これ、もう一杯……いや、樽ごとくれ!」
「ダメよ、これはお昼の分。……でも、もしあんたが今から『最高にいい薪』と『追加のミルク』を持ってくるなら、考えてあげなくもないわよ?」
「へいっ! 喜んで! 今すぐ最高級の薪を奪って……いえ、調達してきますぜぇ!!」
昨日の尊大な態度はどこへやら、小悪党の現場監督は小走りで厨房を飛び出していった。
その様子を、物陰からじっと見つめている人物がいた。
「……バルカスがあんなに素直になるなど、信じられん」
「あ、カイル様! おはようございます」
カイル様は少し戸惑ったように、でもその胃袋(お腹)が「グゥ」と小さく鳴っているのを、私は聞き逃さなかった。
「……あ、あの……俺の分も、その……焼けているだろうか」
「もちろんです! カイル様には、チーズ多めで愛情もトッピングしておきましたからね!」
カイル様は耳まで真っ赤にしながら、差し出された熱々の一皿を、宝物のように大切そうに受け取った。




