第12話:魚介の旨味たっぷりスープとアルミホイルの魔法
「最近、どいつもこいつもテリヤキ、テリヤキって……。美味しいのは認めるけど、バリエーションがなきゃ飽きるわよ!」
私は厨房で腕まくりをした。
そんな私の元へ、バルカスが巨大な籠を抱えてやってきた。中には、近隣の川や港から直送されたばかりの、ピチピチと跳ねる新鮮な白身魚が詰まっている。
「姐さん! 言われた通り、活きのいいのを揃えてきたっす!」
「ナイスよ、バルカス! 今日はこれを使って『アクアパッツァ』を作るわよ」
「あくあ……? なんですか、その呪文みたいな料理は」
「いいから黙って見てなさい。あ、バルカス! 暇そうに廊下でテリヤキの匂いを嗅いでる兵士がいたら、全員厨房に連れてきて! 一人分ずつアルミホイルで小分けにするのが大変なのよ。ついでに魚の捌き方も一からレクチャーしてあげるわ!」
「はっ、はいっ! 姐さんの魚捌き教室、開催っすね!」
数分後、厨房には「魚なんて、骨が多くて食いにくいだけだろ……」と半信半疑の騎士たちが集められた。
私は彼らの前で、流れるような手つきで魚を捌いていく。
「いい? 私は調理禁止令に従って、見本は見せるけど一切手を出さないわ。……だから、あんたたちが自分で作るのよ! これは騎士団のサバイバル能力を高めるための『特別自炊訓練』。文句があるなら王子に言いなさい!」
「姐さん、さすがっす……! 屁理屈のキレが違う!」
「屁理屈じゃないわよ、教育よ! ほら、まずはその魚!私の手本見てた? 骨に沿って慎重に包丁を入れなさい。内臓は綺麗に取って、血合いもしっかり洗う! これができない男は、一生生臭い人生を送ることになるわよ!」
騎士たちが「ひぇっ!」と声を漏らしながら、必死に魚と格闘し始める。私はその間を練り歩き、お玉を指揮棒のように振り回した。
騎士たちが「おお……」と声を漏らす中、作業はアルミホイルの包み込みへと移る。
「ホイルの上に、塩を振った魚、アサリ、ドライトマト、それからオリーブと、香りの良いハーブを置いて……。そう、そこに白ワインを一振り! 隙間がないようにしっかり閉じて!旨味が逃げちゃうわよ!」
巨大な鉄板の上に、銀色の包みがズラリと並ぶ。
それを一気に熱していくと、厨房の中に、テリヤキとは全く違う、爽やかでいて濃厚な「海の香り」が立ち込め始めた。
「……そろそろね。各自、自分の包みを手に取って!」
騎士たちが恐る恐るホイルを開封すると――。
――フワァァァァッ!!
立ち上がったのは、魚の旨味とアサリのだし、そしてハーブの香りが凝縮された黄金の湯気。
「な、なんだこれ!? 魚って、こんなにいい匂いがするのか!?」
「スープが……スープが宝石みたいにキラキラしてる……!」
一人が我慢できずにスープを啜り、白身を口に運んだ。
「……っ、う、旨めぇぇぇ!! 魚の身がフワッフワだ! それにこのスープ、パンを浸して食べたら止まらねぇっすよ、姐さん!!」
「でしょ? 昨日の『牛乳浸しパン』をこれで軽く焼いて添えてみて。最高なんだから!」
そこへ、公務を終えたカイル様が、眼鏡を少しずらしながらやってきた。
「今日は、昨日とはまた違う……非常に芳醇な香りがするな……アンジェリカ。君は、またルールの穴を突いたな」
「あら、心外ね。私は指一本、食材に触れていませんわ。でも、ちょうどいいところに!今日はアクアパッツァです。テリヤキもいいけど、たまにはこういう贅沢な一皿も必要でしょ?」
私は勝ち誇ったように笑って、カイル様の分として騎士に作らせた(最高に出来の良い)ホイル包みを差し出した。
「……。……君の隣にいると、俺の味覚が王族以上に肥えてしまうな。」
騎士たちが夢中でホイルの中の「黄金のスープ」を飲み干す中、私はカイル様と並んでホイルを開いた。
魚の捌き方を学んだ騎士たちは、今や魚への苦手意識など微塵もなく、「次は俺たちが捌きます!」と息巻いている。
※
嵐のような夕食時が過ぎ、少し落ち着いた厨房で、私は自分でもう一度、丁寧にアルミホイルを包んでいた。
中身は、白身魚と、たっぷりのアサリ。それに香草の香りをギュッと閉じ込めた美味しいスープがたっぷりの特製品だ。
「……アンジェリカ、それは?」
後片付けをしていたカイル様が、不思議そうにこちらを覗き込んだ。
「これですか? 後でリリアーヌ様に差し入れに持って行ってあげようと思って」
「聖女に? ……先日の王子との一件で、彼女も心労が絶えないだろうからな」
「ええ。それに、彼女が『偏頭痛で休みながら』公務を頑張ってくれているおかげで、私もこうして自由に教育(笑)ができるんですもの。……美味しいものを食べれば、本当の病気にならずに済むでしょ?」
私はカイル様に手伝ってもらい、冷めないように幾重にも布で包んだ。
リリアーヌ様、今頃あのおバカ王子にガミガミ言われて、また食欲を失くしているかもしれないわね。
「いい、リリアーヌ様。……これを食べたら、明日も、上手く手を抜いて頑張ってね」
私は夜の王宮へと続く廊下を見つめながら、こっそりと独り言ちた。
かつては「泥棒猫」と罵った相手。
けれど今は、同じ「食卓」を囲むことはできなくても、この美味しいスープが彼女の孤独な戦いを支える味方になってくれるはず。
「……さあ、冷めないうちに届けてあげなくちゃ!」
私はカイル様のエスコートを受けながら、温かいホイル包みを抱えて歩き出した。
二人の一日の終わりは、誰かを救う「癒やしの味」と共にあった。




