第11話:卑劣な「調理禁止命令」と、女将の逆襲
バカ王子を追い返してから数日。
騎士団の厨房は、野営から帰還した騎士たちの「テリヤキおねだり」で活気に溢れていた。
……はずだった。
「……何よ、これ」
私は、厨房の入り口に貼り出された一枚の公文書を二度見した。
『通知:衛生管理および王宮の品位保持のため、騎士団厨房における「未認可の調味料(醤油・蜂蜜等)」の使用を一時禁止とする。また、調理責任者アンジェリカ・レニスタッドの調理実務を、王宮視察団の検査が完了するまで停止する』
背後で、カイルさんが書類を握りしめ、ミシミシと音を立てている。
「……殿下め。力で勝てぬと見て、文官を使って兵站の『規定』を突いてきたか」
要するに、バカ王子は私の「新しい味」を「得体の知れない毒」として扱い、公的に私の仕事を奪いに来たのだ。嫌がらせにしては、あまりにも陰湿で、そして何より――私の料理を待っている騎士たちへの冒涜だ。
「姐さんのメシが食えない……?」
「今日のために、地獄の野営を耐えたのに……!」
食堂に集まっていた騎士たちの間に、絶望という名の闇が広がる。
しかし、私はふっと口角を上げた。定食屋の女将を舐めないでほしい。
保健所の検査(に近いもの)なんて、前世で何度もくぐり抜けてきた。
「カイルさん、心配いりません。……殿下は『調理実務』を停止しろと言ったのよね?」
「……ああ。だが、それでは君は包丁を握れない」
「いいえ。私が握らなければいいのよ。……バルカス! 今すぐ居残りの連中を集めなさい!」
「へっ? はい、姐さん!」
※
数時間後。
視察団を率いて、勝ち誇った顔のバカ王子が厨房へやってきた。
「ふはは! どうだアンジェリカ、自分の無力さを知ったか! 私に説教などするから……って、なんだこの光景は!?」
王子の目に飛び込んできたのは、私が優雅に椅子に座り、扇子(の代わりのうちわ)を仰いでいる姿。
そしてその前では、屈強な騎士たちが、必死の形相で肉を焼き、タレを煮詰めていた。
「……なっ、貴様、調理を停止しろと言っただろう!」
王子の怒鳴り声に、私は首を傾げて微笑んだ。
「ええ、私は指一本触れていませんわ。今は『技術指導』をしているだけです。……ほらバルカス! そこ、ボサッとしない! 付け合わせのタマネギは、シャキシャキ感を残すために繊維に沿って切って!」
「は、はいっ! 繊維に沿って……こうっすね!」
「そうよ! そっちの新人! カボチャは1cm幅に切ってからローストするの! 中まで火が通ってホクホクになるわ。 テリヤキのタレとの相性は抜群なんだから、手を抜かないで!」
王子の存在を完全に無視して、私の怒号……いえ、愛の指導が厨房に響き渡る。
カイル様は、あまりに鮮やかな私の仕切りっぷりに、呆れを通り越して感心したように壁に背を預けていた。
「き、貴様……私の話を……!」
「殿下、うるさいわね。今、大事なところなんです。……そこのパンを切ってる人! そのままだと顎が壊れるくらい硬いでしょ? 一度牛乳にサッと浸してからトーストしてみて!」
「牛乳に……浸すんですか!?」
「そうよ! 表面はカリッと、中は少しふっくらして食べやすくなるわ。騎士は体が資本でしょ? 柔らかいパンでしっかり栄養を摂りなさい!」
「姐さん……!! どこまでも俺たちのことを……!」
騎士たちが涙を流しながら、牛乳にパンを浸し、カボチャを丁寧に並べ始める。
もはやここは厨房ではなく、アンジェリカによる「食の訓練兵団」と化していた。
「……ぐぬぬ。だが、その得体の知れないドロドロの液体は……!」
「あら、これは騎士団の『保存食の研究』の一環です。カイル団長が正式に許可したプロジェクトですから、文官の方々も手出しはできませんわ」
カイル様が、背後でフッと不敵な笑みを浮かべ、書類を突きつける。
王子は顔を真っ赤にしてプルプルと震え出した。
「おまけに、殿下。……実はリリアーヌ様が、ぜひこの『研究成果』を試食したいとおっしゃって、先ほどからあちらで待機されていますが……?」
厨房の隅の特等席で、アンジェリカのアドバイス通り「偏頭痛のふり」をして公務を休んでいたはずのリリアーヌが、よだれを拭きながらフォークを持って座っていた。
「……リ、リリアーヌ……! お前まで……!」
「王子様。私、美味しいものを食べると、頭痛が治る気がするんです……」
リリアーヌのその一言で、王子の完敗が決まった。
嫌がらせのために送り込んだ視察団も、テリヤキの暴力的なまでに良い香りに、すでにお腹を鳴らして「早く検査(試食)させてくれ」という顔をしている。
「……覚えていろよ……!!」
王子は二度目の敗走を喫した。
私はカイルさんと視線を合わせ、小さくハイタッチ(の代わりに手を重ねる)をした。
「……アンジェリカ。君は本当に、どんな窮地も『食欲』で解決してしまうな」
「ふふ、胃袋を掴むのは、世界を救うより簡単ですから!」
その日の騎士団は、かつてないほど「自炊」のスキルが向上し、香ばしいテリヤキの匂いが王宮の最上階まで届くほどに立ち上った。




