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星帝物語  作者: 藤堂 貴之
第6巻 星屑の帰還と蒼刃の守護者

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第44章:結界の崩壊と立ち上がる八つの星

エーテルガード学園都市を包む空は、奇妙なほどに晴れ渡っていた。

だが、その穏やかな青空の下、学園の地下深くに位置する動力室の空気は、張り詰めた糸のように冷たく、重かった。

無数のモニターが青白い光を放つ中、ガイルはメインコンソールの前で、右目の眼帯の奥にある「解析眼アナライズ」を限界まで酷使していた。彼の視界には、ギルダー商業公国が消滅した際と同質の、おぞましい魔力の波長が、刻一刻と学園都市へ向かって接近してくるデータが映し出されている。

「……ルカス、防衛結界の出力を最大まで引き上げろ。ギルダーを地図から消し飛ばしたあの波長の『破片』が、真っ直ぐこっちに向かってきているぞ」

ガイルの切羽詰まった声に、ルカスが眼鏡のブリッジを素早く押し上げ、無数の配線を操作する。

「分かっている。大魔導炉から引き出せる限界まで魔力を回しているよ。……でも、相手は次元の底から這い出してきた規格外だ。この学園の結界が、どこまで耐えられるか」

二人のやり取りを背中で聞きながら、ナディアが黄金の羅針盤をじっと見つめていた。その針は、北西の空を指したまま、小刻みに、そして不吉な音を立てて震えている。

「……嫌な風ね。海が荒れる前の、息が詰まるようななぎ。……みんな、武器の準備はいい? 上の空から、とんでもない嵐が来るわよ」

ナディアの言葉に、地下動力室に待機していた若き戦士たちが一斉に動き出した。テオが漆黒の大盾を背負い直し、カシムが影の中から複数の短剣を確かめ、リィンは無言のまま愛刀の柄に手を添える。セレスティアとイリスもまた、祈るように互いの手を取り合い、迫り来る脅威に対抗するための魔力を静かに練り上げていた。

 その頃、地上の学園都市では、生徒たちが突然の異変に足を止めていた。

昼間であるにもかかわらず、西の空からどす黒い雲が異常な速度で広がり、太陽の光を次々と飲み込んでいく。冷たい風が吹き荒れ、白亜の校舎や石畳の広場が、不気味な赤黒い影に沈んでいった。

「なんだ、あれは……?」

「夜みたいだ。……空からきしんでいる音がするぞ」

生徒たちのざわめきが恐怖に変わる中、学園の上空で空間がガラスのようにひび割れ、二つの禍々(まがまが)しい影が姿を現した。

一人は、身の丈三メートルに迫る、岩のような筋肉の鎧をまとった巨漢。彼が空中に浮かんでいるだけで、周囲の空気がミシミシと悲鳴を上げるような重圧が周囲に伝播でんぱする。

もう一人は、露出の多い紫黒のドレスを纏い、蠱惑こわく的な笑みを浮かべる魔族の美女。彼女の指先からは、生き物のようにうごめく真紅の血の刃がしたたり落ちていた。

虚無の王ルシオンの尖兵、狂戦士ガルヴァスと鮮血の魔女ヴィオラであった。

「……ここが、あの『星の種』が隠れているという学び舎か。……もろい壁だ」

ガルヴァスが、地鳴りのような低い声で吐き捨てる。

「フフ……若い魔力がたくさん集まっているわね。ルシオン様への貢ぎ物を探すついでに、少しだけ喉を潤させてもらおうかしら」

ヴィオラが甘い香りを振りきながら、なまめかしく唇を舐めた。


 学園の警備を担う教員たちが異変に気づき、空に向かって無数の迎撃魔法を放つ。炎の槍や氷の矢が雨のように降り注ぐが、ガルヴァスは面倒そうに巨大な戦斧を軽く振るっただけだった。

「……邪魔だ。平伏せ」

戦斧が空間をぎ払った瞬間、学園の広場全体を、数十倍にも膨れ上がった異常な重力が襲った。

「ぐああっ……!」

「身体が、動か……ない……!」

迎撃に向かっていた教員や生徒たちが、目に見えない巨大な手に押し潰されるようにして、次々と石畳にいつくばらされる。彼らが放った魔法すらも、重力に引かれて地面に激突し、虚しく霧散していった。

さらにヴィオラが指先を弾くと、無数の血の刃が雨のように降り注ぎ、教員たちの足元や肩を正確に貫いていく。彼女の放つ血の香りに触れた者たちは、瞳から理性の光を失い、隣にいる仲間へ向かって武器を振り下ろし始めた。

「フフフ……。そうよ、もっと美しく踊りなさい。恐怖と混乱こそが、あなたたちにお似合いの舞台劇ステージよ」

同士討ちを始める生徒たちの悲鳴が響き渡る中、ガルヴァスは戦斧を高く掲げ、ルカスたちが限界まで出力を高めていた学園の防衛結界へと、無慈悲な一撃を振り下ろした。

ズドォォォォォンッ!!

圧倒的な超重力と破壊の魔力が激突し、三千年の歴史を持つ学園の空を覆っていた魔導結界が、けたたましい音を立てて粉々に砕け散った。


「……結界が破られた! 地上に被害が出始めているぞ!」

地下動力室でモニターを監視していたガイルが、血を吐くような声で叫んだ。

ゼノリスとフィリーネは、極限の重圧が支配する地下深くの修練場にいる。彼らが新たな力を手にして戻ってくるまで、地上の生徒たちとこの学園を守れるのは、ここにいる八人の若き戦士たちしかいない。

「テオ、前衛は任せるわよ! 羅針盤の導き通りに、奴らの死角を突くわ!」

ナディアが羅針盤を手に駆け出す。

「おうよ! 俺の盾で、あのデカブツの攻撃を全部受け止めてやる!」

テオが漆黒の大盾を構え、獣の咆哮を上げて地上へと続く階段を駆け上がっていく。 「……僕たちの居場所を、これ以上好き勝手にはさせない」

ルカスが眼鏡の奥で静かな闘志を燃やし、ガイルや他の仲間たちと共に、黒い雲に覆われた学園の防衛戦へと身を投じていった。



 学園の広場は、砕け散った防衛結界の破片が鈍い光を放ちながら降り注ぐ、混沌の渦と化していた。

生徒たちの悲鳴が響き渡り、空を覆う赤黒い雲が太陽をすっぽりと隠している。

「……フフ。もろい、あまりにも脆いわ。これが、数千年もの間この大陸の知恵を集めてきた学園の姿かしら?」

ヴィオラのなまめかしい笑い声が、狂気のように響き渡る。彼女の指先からしたたる血の刃が、再び甘い香りを放ち始めた。その香りを吸い込んだ生徒たちの瞳から理性の色が消え、親友同士が虚ろな目で互いに武器を向け合おうとする。


「させないわ! 『清らかなる光の波紋ホーリー・リップル』!」

惨劇が起きる直前、広場の中心に、澄み切った黄金の光が降り注いだ。

セレスティアだった。彼女が天高く掲げた白銀の聖杖からあふれ出した慈愛の光が、血の香りに当てられた生徒たちを優しく包み込む。狂気に染まりかけていた彼らの瞳に正気が戻り、武器を取り落としてその場にへたり込んだ。

「……イリス、今よ!」

「ええ。……灰のとばり、迷える者たちを導きたまえ」

灰色の修道服をひるがえし、イリスが地面に手をつく。彼女から放たれた幻惑の霧が、座り込んだ生徒たちを覆い隠し、敵の視界から彼らの存在を隠し通した。

「皆、この霧に沿って学園の奥へ逃げて! 決して後ろを振り返らないで!」

イリスの冷静な指示に従い、生徒たちは霧のトンネルを通って次々と安全な場所へと避難していく。

「……小賢こざかしい真似を。雑魚が何匹群れようと、結果は同じだ」

ガルヴァスが地鳴りのような低い声で吐き捨て、身の丈に迫る巨大な戦斧を無造作に振り上げた。その刃が空間を削り取るように振り下ろされた瞬間、数十倍にも跳ね上がった異常な重力が、セレスティアとイリスの頭上へと襲いかかった。

空気が悲鳴を上げ、石畳がすり鉢状に陥没していく。逃げ遅れた数名の生徒たちがその重圧に巻き込まれそうになる。

「……やらせるかよ、デカブツ!!」

獣の咆哮ほうこうと共に、巨大な影が彼らの前に躍り出た。

テオだった。彼は瞬時に『獣化』の力を解放し、鋼鉄のように隆起した筋肉で漆黒の大盾を天に向かって突き上げた。毛皮が逆立ち、獣の耳が極限の緊張に震える。

ドガァァァァァンッ!!

戦斧と大盾が激突し、凄まじい衝撃波が広場の木々をなぎ倒す。テオの太い腕の血管が浮き上がり、足元の石畳が砕け散って彼の両膝が深く地面にめり込んだ。

「ぐぅ、うおおおおッ……!」

テオは牙をき出しにして歯を食いしばり、顔を歪めながらも一歩も退かない。

「……ほぅ。虫ケラにしては、少しばかり頑丈な甲殻こうかくを持っているようだな」

ガルヴァスが興味深そうに目を細めるが、テオの瞳には、かつて己の故郷を奪われた時の無力なおびえは微塵みじんもなかった。

「俺の背中には、守るべき仲間がいるんだ。……お前たちの勝手な理屈で、この場所を壊させやしない!」

「あらあら、頼もしい盾ね。でも、隙だらけよ」

ヴィオラが妖艶ようえんな笑みを浮かべ、テオの死角へ向けて無数の血の刃を放つ。刃は生き物のようにうねり、テオの脇腹を的確に狙っていた。

「テオ、右斜め下から三本来るわ! そのまま耐えて!」

羅針盤を手にしたナディアの鋭い声が、戦場を切り裂いた。彼女の握る『黄金の羅針盤』は、ヴィオラの魔法の軌道を魔力の潮流として精緻に読み取っていたのだ。

「風よ!」

ナディアの指示と同時に、リィンが疾風のように駆け抜けた。彼女が愛刀を抜いた瞬間、エメラルド色の風の刃が血の刃を真っ向から切り裂き、霧散させる。彼女の背に揺れる『風読みの衣』が、防衛の陣形に清涼な気流をもたらした。

「チッ……鬱陶うっとうしい風ね」

ヴィオラが不快げに顔をしかめた。その足元の影から、音もなく黒い刃が突き出した。

「よそ見してる暇はないぜ、魔女さんよ」

カシムだ。彼の放った『影縫い』がヴィオラのドレスの裾を石畳に縫い留め、その動きを一瞬だけ縛り付ける。彼の額には大粒の汗が浮かんでいたが、不敵な笑みは崩さない。

「ルカス、奴の重力場に周期的なズレを見つけた! ガルヴァスの右足元、魔力の焦点が三秒ごとにコンマ三秒だけ薄くなる!」

地下動力室から、ガイルの焦燥しょうそうを帯びた、しかし的確な解析データが通信機越しに飛び込んできた。彼の右目の解析眼は、凄まじい熱を帯びながらも敵の綻びを逃さない。

「了解だ! 迎撃システム、出力最大! そこを穿うがつ!」

ルカスが地下の魔導コンソールを操作する。分厚い眼鏡の奥の瞳が鋭く光り、学園の防衛設備から青白い魔力弾がガルヴァスの足元へ向けて正確に放たれる。

着弾の爆発にガルヴァスがわずかに体勢を崩し、その隙を突いてテオが盾で豪快に弾き返し、間合いを取った。

 八人の息の合った連携が、規格外の力を持つ魔将たちの猛攻をギリギリのところでしのいでいた。

だが、状況は決して楽観できるものではなかった。ガルヴァスとヴィオラはまだ本気を出しておらず、その底知れない魔力は、八人の体力をじわじわと削り取っている。

テオの腕には紫色のあざが広がり、セレスティアとイリスの呼吸も荒くなっていた。

「……いいわね。貴方たち、ルシオン様への素晴らしい供物になりそうよ。もっと、絶望にゆがむ顔を見せてちょうだい」

ヴィオラが両手を広げ、周囲の空気がさらに赤黒く染まっていく。

ガルヴァスも戦斧を肩に担ぎ直し、周囲の重力を一段と跳ね上げた。

息をするのさえ苦しいほどの重圧が、再び広場を支配する。

 それでも、星屑の騎士たちの瞳から、闘志の光が消えることはなかった。

彼らは知っている。この過酷な嵐の中で自分たちが耐え抜けば、必ず、試練を乗り越えて新たな力を研ぎ澄ませたリーダーが、暗闇を切り裂いて帰ってくることを。

「……ここは、一歩も通さないわよ。どんな嵐も乗り越えてきた私たちの底力、とくと味わいなさい!」

ナディアが羅針盤を掲げて叫び、仲間たちもそれぞれの武器を構え直した。

ゼノリスとフィリーネが地下の修練場で極限の試練に挑んでいる今、学園と生徒たちの命を繋ぎ止めるための、決死の防衛戦が本格的に幕を開けたのだった。

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