第8話 バイバイ
このお話も長めです。
僕の中の区切りの番号を書いてます。
倉西家の家が、一夜にして赤く燃えた年のこと。
倉西家の葬儀は、ひっそりと小さな会館で行われた。
祭壇には、陽架琉の父と母と兄と姉の遺影が飾られていた。
葬儀に参列したのは、せがれの宮本家とたけしの秋原家だった。あまりにも多く呼ぶのは、疲れてしまうから。
棺の前で、陽架琉はせがれに抱っこをしてもらっていた。
「かぁー、とおー、にいー、ねぇーは、ねんね。バイバイ? 」
「そうだな。みんな、ねんねしてバイバイだな」
じいちゃんは、陽架琉のとなりでその言葉を聞いて涙を流した。事前にそう伝えていても、幼い陽架琉が言うとつらくなった。
「ひー、ねんねとバイバイしない」
「えっ? 」
「じー、よしよし 」
陽架琉は、じいちゃんの頭をよしよしとした。
「おう。ありがとうな」
「えへへ」
せがれは、陽架琉を床の上に下ろした。
「じー、ばー、せー、たあくん、ねんねとバイバイしない? 」
三歳の陽架琉の言葉に、四人ともドキッとした。陽架琉は、なんとなくでも人の死を理解しようとしている。
いつ、死が人を迎えるのか分からないのを実感をしたばかりで、どう答えたらいいか分からない。
「う〜? 」
なかなか応えない、彼らを陽架琉は首を傾げるが真っすぐと見つめた。
じいちゃんが、深呼吸をして陽架琉の目線になって話しだした。
「陽架琉、人っていつねんねしてバイバイするかわからん」
「わーない? 」
陽架琉は、首を横にコテンっとする。
「じいちゃんたちは、まだ陽架琉と同じでねんねとバイバイしない」
「まだ、バイバイしない!! 」
陽架琉は、突然大きい声で言って父親たちが眠る棺を登ろうとした。
「陽架琉! 」
せがれは、急いで陽架琉を棺から引き離してまた抱き上げた。
「とおーも、かぁーも、にいーも、ねえーもバイバイしない〜! 」
陽架琉は、せがれが知る中で大きい声でそう言って暴れた。
この時になって、みんなは陽架琉が死や別れを分かったフリをして、すごく気持ちを我慢していたのに気がついた。
「みーな、バイバイ、しんないもん〜 」
せがれは、暴れる陽架琉を抱きしめたまま、彼はしゃがんだ。
「陽架琉くん、僕たちがねんねして、バイバイしないなら。お父さんたちもバイバイしないって思ったのかな? 」
たけしの言葉に、陽架琉は大きく頷いた。
「ひー、バイバイ、やーや! 」
「陽架琉。バイバイ嫌だな〜 」
じいちゃんが、陽架琉の頭をよしよしとなでた。
「やーやー! 」
「じいちゃんも嫌だな。ここにいるみんなも、バイバイは嫌だって思ってるよ」
「ほーと? 」
陽架琉は、せがれのほうをじーとみた。
「陽架琉。俺もバイバイしたくないよ」
陽架琉は、せがれから離れて参列した人たちの前に言って応えを求めるように見た。
みんな、陽架琉と同じ視線になるようにしゃがんで「バイバイは、嫌だ」と伝えた。
「みーな、おしょろい! 」
陽架琉が嬉しそうに言ってるのをみて、みんなはホッとため息をついて安心をした。
じいちゃんは、また陽架琉と同じ目線になった。
「でもな、陽架琉のお母さんとお父さんと兄ちゃんと姉ちゃんとはバイバイするんだ。よくがんばったって、ヨシヨシをお別れする時にしよう」
「いーや」
「嫌でもな。陽架琉がヨシヨシってするとみんな嬉しいんだ。頑張ってよかったって、お父さんたちが思ってくれる方がいいだろ」
「う? 」
「じいちゃんな、陽架琉に難しいことを言ってるのは分かってるよ」
じいちゃんは、大切な人の死を理解しようとする陽架琉に嘘を使わずに伝えたいと思った。
陽架琉は立つのが疲れたのか、床にペタリとすわりこんだ。
「陽架琉は、ヨシヨシしてもらって嬉しいか? 」
せがれはまた陽架琉を一度抱き上げて、自分の膝の上に乗せた。そして、優しく伝えた。
「うれし〜 」
「陽架琉は、自分がしてもらって嬉しいことをしたらいいんだよ」
「ひーが、うれし〜、みーなする? 」
「そうだ」
「陽架琉くんが嬉しいことを、がんばったみんなにするとね。みんな、すごく嬉しくなるんだよ」
たけしも陽架琉と同じ目線になるようにしゃがんで、語りかけた。
「陽架琉くんのお父さんたちは、すごくがんばった。でもね、本当は嫌だけど。陽架琉くんとバイバイしないといけないんだ」
「とおーも、バイバイはイヤー? 」
「うん。バイバイは嫌だけど。たくさんがんばったのに、バイバイするんだよ。つらいねって、お父さんたちは思ってるよ」
「陽架琉が、がんばったねってヨシヨシってしたらさ。みんな、うれしいって思ってバイバイできるんだ」
「陽架琉くんは、つらいねと嬉しいならどっちがいいの? 」
「ひー、うれし〜! 」
陽架琉は、笑顔で言った。
「うん。じゃあ、お父さんたちとバイバイする時はどうするの? 」
「ヨシヨシ! 」
「正解! 」
せがれとたけしは、陽架琉の頭をヨシヨシとなでた。陽架琉は、嬉しそうに笑った。
2
お通夜が終わり、会館にある控室で陽架琉がばあちゃんに寝かしつけをしてもらっている。
一方で、それ以外のメンバーは葬儀場の中にいた。
「せがれとたけしに、みんな、さっきはありがとう」
じいちゃんは、深々とみんなに向かって頭を下げた。
「じっちゃん、頭を下げることないよ 」
せがれの父親の言葉に、じいちゃんは頭を上げた。
「陽架琉には、まだ大切な人の死を理解するには難しくてもな。はぐらかさずに伝えようと思ってたんだ。でも、ワシ一人じゃ、やっぱり難しいかったわ。情けない」
「じっちゃん、情けないことないです」
たけしが真っすぐと、じいちゃんに伝えた。
「じっちゃんが言ったんですよ。お互いに支えていこうって」
「俺は、さっき目の前で竜輝たちを見ても、まだ現実だって思いたくねえ。でも、陽架琉に嘘言わずに伝えることで、俺自身にも言い聞かせてんだ」
せがれは、棺桶の中で眠る竜輝たちを見ても現実だと思いたくなかった。
生前と変わらずに、まるでただ寝てるだけにしか見えないぐらいに、きれいにしてもらっているから。
本当は、すごく取り乱して「竜輝たちは生きてんだよ! 」と叫びたかった。
でも、一人遺された幼い陽架琉が自分なりにも、家族の死を理解をしようとしてる姿をみれば出来なかった。
陽架琉は、泣くこともなく、必死に家族の死を確かめるように、みんなに話すばかりだった。
「陽架琉には、ちゃんと息子たちとお別れをしてやりたい。もちろん、ワシたちもだ」
じいちゃんの言葉に、みんなは頷いた。
「竜輝たちは、すごく頑張ったから。ちゃんと頑張ったなって見送ってやりたい」
せがれは、ポロポロと泣きながらも、ハッキリと言った。
「そうだな」
せがれの頭をワシャワシャとせがれの父親がなでた。
「ワシの息子たちが、誰かをとてつもなく悲しませる死にかたをしてしまった。あの子たちは、なんも悪いことはせずに、ただ日常を生きていただけ……」
じいちゃんは、昔からみんなに誰かをとてつもなく悲しませる死にかたをするなと言ってきていた。
他者や自分の手で、命を落とすことをして欲しくない。その日から、他者や己を恨んでしまう人生になってしまうのが死ぬほど嫌なんだ。
何も苦しまずに眠るようにして、この世からいなくなるのがいい。それが一番の死に方の理想になった。
じいちゃんは、誰かが亡くなることは悲しいけど。他者や己を恨まずにいるほうがいいと言った。
「いいか。犯人が息子たちにしたことを許さなくていい。でもな、犯人を恨んだり、おかしな真似をしたりするな」
じいちゃんの目は、とても真剣だった。
「ワシは、それをして、誰かをとてつもなく悲しませる死にかたになって欲しくないんだ。負の連鎖になってしまったら、いけないんだ」
じいちゃんはそう言うと、突然力が抜けたのかぺタンと座り込んだ。
「じっちゃん! 」
「ハハッ、情けない」
駆け寄ったせがれに、じいちゃんはなんとも言えない顔で言った。
「じっちゃん、ここは俺たちに任せろ。子供らと一緒に奥で休めって」
せがれの父親は、低い声で言った。
「ワシは、大丈……」
「大丈夫じゃないだろ。じっちゃん、俺らと奥にいこう」
「喪主のワシがここにいないと……」
「じっちゃん、自分がどんな顔をしてるのか分かんねぇーだろ」
「はぁ? 」
「すごく辛そうで、疲れてるぞ」
「そうか」
「連日、メディアがこっちのことも考えずに、取材に押しかけてくるせいだろ」
メディアがどこから聞いたのか、連日時間を考えずに取材だとじっちゃんの家に押しかけてきたり、電話をかけてきたりする。
近所や陽架琉の父親が勤める会社や陽架琉の兄たちの学校関係者にも、取材をしている。許可なく自分たちに、カメラを向ける人もいた。
何度も火事の現場をテレビやネットに映して、視聴者に届ける。
陽架琉と警察の対応で、ただでさえ負担で苦しんでいるのに、取材班が追い打ちをかけてまで放送をするのだ。
3
なんの罪もない大切な家族を、突然一夜にして失った遺された人に向ける目が恐ろしかった。
まだ幼い陽架琉がいてその世話をしながら、警察と葬儀場とのやりとりをして、周りに助けてもらいながらもヘトヘトになってしまう。
心の整理もできず、必死に生きているのに、メディアは自分たちの名前や事件現場などの個人情報を何度も流す。
じいちゃんは、ただそっとして欲しかった。そして、これからもどんどん成長する陽架琉を守りたかった。
自分だけ助かったけど、両親と兄と姉を失ったかわいそうな子だと思われ言われて欲しくなかった。
「じっちゃん、俺たちがじっちゃんたちを守るから」
「ガキが、生意気に言いやがって」
「生意気なガキだけど。じっちゃんたちが心配なんだ」
「フッ。社長、良い息子を持ったな」
じいちゃんは、せがれの父親にそう言った。
「そうだろ。まだまだアホでバカだけどな」
「親父、ひどくない? 」
「事実だろ。まだ、ガキのうちはみんなそうだ。父さんだって、何度も親父やじっちゃんにゲンコツを喰らったか」
「えっ、あのじいちゃんとじっちゃん二人からゲンコツとか痛そう」
「めっちゃ痛かった。たんこぶをいっぱ作った」
「まぁ、社長はせがれと同じぐらいの時は、もうちょっと悪ガキだったからな」
「マジ? 」
「マジだ。今度話してやるよ」
「じっちゃん、絶対に言うなよ」
「自分から言い出したくせにな。社長が、息子に言われて嫌なことをしてなかったら済む話しだ」
せがれの父親は、深いため息を付いた。
「手が出ても、子供がしてはいけないことを止める大人の存在って大切なんだ。虐待って言われるような己のことしか考えてないような暴力じゃなくてな」
ニュースでは、親が子供に苛立ちや子どものためだと身勝手な言い訳で虐待をして、失われた命があると流れる。
「最初はウザいって思ってもな。諦めずに自分と向き合ってくれる人なんだと分かると。あの時に、道を踏み外しそうなのを助けてくれたんだって思えるんだ。じっちゃんのおかげで、今こうやって社長や父親ってなれてるからな」
せがれの父親は、じいちゃんを見た。
「だから、俺を助けて見守ってくれたじっちゃんを、今度は俺らが支えたいんだ。俺らには、じっちゃんの弱みを見せてくれよ」
「ありがとうな」
じいちゃんは、涙目でそう言った。
「じゃあ、ワシは奥で休むよ。なんかあったら、呼んでくれよ。お前たちも無理せずにいてくれ」
「分かったよ」
じいちゃんは、せがれとたけしに支えられながら奥にある控室に行った。
4
「あなた達も休んだらいいんだよ」
たけしの母親は、たけしの兄と姉にそう言った。
「俺は、眠くないから大丈夫」
「私は、まだ現実を受け入れなくて。寝て起きて夢でしたってならないのが、怖くて寝れない」
たけしの姉と陽架琉の姉は、たけしを通じて仲良くなった。
陽架琉の姉のあおいは、よくたけしの姉のきよかに相談をしたり遊んだりしていた。
良き心友で妹のように想っていた人の死。きよかは、まだ現実として受け入れない。
「あおいちゃんは中学生になって、環境の変化や反抗したくないのにしてしまうって悩んでたから。今度の週末に気晴らしに出かけようって、連絡のやり取りをあの日にしてて」
きよかは、葬儀場に用意されていた椅子に座り込んだ。
あの火事の日の数時間前にも電話やメッセージで、あおいときよかはやり取りをしていた。
『あおいちゃん、今度の週末に二人でどこか出かける? 』
『えっ、きよかちゃん。いいの? 』
『良いよ。たくさん、頑張っているあおいちゃんにご褒美をあげたいんだ〜 』
『きよかちゃん、大学とかバイトで忙しくないの? 』
『忙しいけど。そればっかりだと、疲れちゃうからね。自分にもご褒美をあげたいんだよ』
『そうか。じゃあ、電車で隣町のショッピングモールに行きたい! 』
『よし、行こうか。あそこのショッピングモールって大きいし、かわいい雑貨が売ってるお店あるよね』
『うん! 』
『一緒に遊びに行く時の約束は、覚えてるよね? 』
『お父さんたちに伝えて、許可をもらう』
あおいは、明らかにテンションが下がった声で言った。
『そうだね。誰にも言わずに出かけたら、みんな心配するからね。それだけは、ちゃんとしようね』
『そうだけど。お父さんを見たらなんかウザイし、お母さんは陽架琉の世話があるし、お兄ちゃんにもなんか言いにくいし。陽架琉はまだ小さいからよく分かんないと思うからな〜 』
あおいは、早めの反抗期で父親をみるだけでウザいと思ってしまう。それでも、家族のことをよく想ってる。
『あおいちゃんが言いにくいなら。私から言おうか? 』
『いいの? 』
『いいよ。でも、私も言うけど。あおいちゃんも「きよかちゃんと遊びに行く」って紙に書いてもいいから伝えるって、約束をしたらね』
『は~い』
『あっ。もう、遅い時間だから。明日、あおいちゃんのお母さんに連絡をするね』
『うん。分かった〜 』
この時の時刻が、午後十一時だった。
『明日、朝起きれなくてお互いが困るから。もう寝ようね』
『そうだけど。嫌だな〜 』
『あおいちゃん、嫌なのは私もだよ』
『うん。明日も電話とメッセージしてもいい? 』
『いいよ。あおいちゃんのペースで中学校を頑張ったからね』
『は~い』
『また、明日ね。おやすみ〜 』
『うん。きよかちゃん、おやすみ〜 』
これが、あおいときよかの最後の会話だった。
「あおいちゃん、すごくがんばったのに……」
きよかは、弟のたけしも大切な人を失った一人だからと、泣いてる姿を見せないようにしていた。
「そうだな」
たけしの兄が、きよかの背中をそっとさすった。
5
「竜輝くんたちがすごくがんばったから、あの火事でもきれいだったんだ」
たけしの兄のすばるがいう通り、あの火事の状況でも特に竜輝とあおいの損傷が少なかった。
その少し奥で、両親は足の一部が家具に挟まれて倒れていた。それでも直ぐに発見して救助ができる位置にいたから、みんなはきれいだった。
それを遺された人たちは、すごく頑張った証と言っている。
「今、言うことじゃないのは、分かってんだけどさ。場違いなのを始めに謝っておくけど」
たけしの兄が、苦しそうにしながら言った。
「うん。まだ夜は長いから、話していいよ」
たけしの母親がそう言った。
「今回のことで、家族のためって想っても、本心を伝えないと駄目だっなって。相手がいなくなってから、自分たちへどう想っていたのかを知ると苦しくなると思う」
たけしの兄のすばるは、自分が幼い時に弟にした暴力によって、歪な家族関係になったことを知ってかなりショックをうけた。
すばるは、生まれたばかりの赤ちゃんの下のきょうだいに対しての歪んだ心でたけしに暴行をした。
当時の発見が遅れた両親が、今までした言動は、全部自分たちを守ろうとしたのだと、すばるはこの間まで知らなかった。
知らなかったからこそ、両親が冷たい態度をたけしにするから守ろうと過保護にしていたのに。
たけしもきよかも、自分たちがすばるがしたことを覚えてない。
たけしは、両親よりもそばにいてくれる兄と姉を少しの不満がありながらも親代りのように想っていた。
彼らの奥底では、糸が複雑に絡まりまくっていたのだ。
それを今回の火事によって奥底で絡まって暗くなったものに、光がさした。
悲しい火事がきっかけじゃなくて、もっと前から糸をほぐして、少しの歪んでいて絡まない糸になったら良かったとは思った。
「俺は、今回の火事とは関係なく、たけしの想いを知りたかった。それがでなきなくて、悔しくて苦しくて」
すばるもまた、妹と弟のために弱音を吐かないようにしていた。
「みんな、何かをきっかけにして自分や周りと向き合うと思うわ」
せがれの母親が言った。
「受け止めれない現実とまだこの先に進んでいく未来があって。今はそれが一気に押し寄せてるんだと思う。今を生きてるから、後悔して悔しくてもまた前に進めば良い。私たちは、これからの先の未来を生きてるんだから」
せがれの母親は、ポロポロと泣きながらでも、ハッキリと言った。
「陽架琉くんのお母さんたちは、すごくがんばったけど。いなくなってしまった。それが、現実なの。今のうちに伝えたいことを伝えないと見えなくなるから。そうしたら、私たちを見守ってくれる存在になれると思うの」
せがれの母親は、自分に言い聞かせるように言った。
彼女の背中をせがれの父親が優しくさする。
「そうだね」
きよかが、涙目声で言った。
「寝ずの番だ。竜輝くんたちの話をしながら過ごそう」
たけしの父親が言った。その言葉に一同は、賛同をして故人になった人たちの話をする。
それは、次の日に陽架琉たちがたっぷりと別れが出来るようにするために。
突然失われた大切な人の命を前に、本当はみんなすぐに現実だとは思えない。何歳になってもそれは変わることはないのだろう。
6
翌日、火葬が行われる。
「ひー、バイバイやーや。ヨシヨシやーや」
陽架琉は、また家族とバイバイしたりヨシヨシをしたりするのを嫌がった。
まだ三歳の子供でも、それらをすることで家族と本当に会えなくなるのを分かっている。
たとえ、昨日約束をしていても嫌なものは嫌なのだ。
「ひー、やーや。うわぁ〜 」
陽架琉は、大声で泣き叫んだ。それを見て、参列した人たちも涙を流した。
「陽架琉、おいで」
せがれは、陽架琉を抱き上げる。そして、みんなより離れたところに移動をした。
「陽架琉、お父さんたちとバイバイとヨシヨシするの、嫌になったのか? 」
陽架琉は、コクっと頷いた。
「そうか。嫌だよな。俺も嫌だよ」
「せーくんも? 」
陽架琉は、泣きすぎて呼吸がしにくくなりながら聞いた。せがれは、陽架琉の背中を優しく撫でる。
「うん。嫌だよ。おそろいだな」
「おしょろい」
「うん」
「陽架琉のお父さんたちも、バイバイは嫌だよ」
「う〜」
「でもな、陽架琉のお父さんたちは、たくさんがんばったけど。バイバイすることになった」
陽架琉は、せがれの胸に顔を押し付けるようにしている。
「俺は、たくさんがんばった人には、ゆっくりねんねして欲しい」
せがれは、優しく陽架琉の頭も撫でる。
「陽架琉が、みんなにヨシヨシして、バイバイすると、みんなはうれしくなるよ。その気持ちでねんねしたら良いと思うんだ」
陽架琉はたくさん泣いて叫んだので、まだ呼吸は荒い。
せがれは、陽架琉の呼吸や気持ちが落ち着くように、さすって自分の心臓の音を聞かせる。
「ひー、ひとりやーや」
陽架琉は、小さい声で言った。せがれは、彼の言葉に首を傾げた。
陽架琉が、どれに対して一人が嫌と言ったのかは分からなかった。
せがれは、陽架琉を寄り添いながらも、内心はパニックになっている。
せがれは、壁にもたれるように座り込んだ。
「陽架琉、何が一人は嫌なの? 」
「ひー、やーや」
陽架琉は、何に対してなのか言えなかった。
「せっちゃん、大丈夫? 」
たけしが、心配をして声をかけた。
「大丈夫じゃない」
せがれは、胸元で陽架琉を抱っこすることで、自分の顔を見られないようにしている。
でも、周りからはせがれの顔は泣きたくて堪らないのがよく分かっている。
「陽架琉が、一人は嫌だって言い出して。それが何なのか分からなくて」
「せーくん、教えてくれてありがとう」
たけしは、少し考えてから「あっ」と言った。
「せーくん、たぶん陽架琉くんは、こう言いたかったのかもしれないよ」
「えっ? 」
「陽架琉くんは、さっきバイバイとヨシヨシするの嫌って言ってて、その後に一人で嫌って言ったんだよね? 」
「うん」
「陽架琉くんは、一人だけでお父さんたちにバイバイとヨシヨシするのが嫌ってことなんじゃないかな」
「あっ、そうかも」
陽架琉は、まだせがれの胸に顔を押し付けるようにしている。そこから服に涙が滲んていた。
「陽架琉くん。僕と少し話しても良いかな」
陽架琉は、コクっと頷いた。
「陽架琉くんは、お父さんたちとバイバイするの嫌? 」
陽架琉は、コクっと頷いた。
「僕たちも陽架琉くんのお父さんたちと、バイバイするの嫌。おそろいだね」
陽架琉は、コクっと頷いた。
「陽架琉くんは、一人だけでバイバイとヨシヨシをするのが嫌なの? 」
陽架琉は、コクっと頷いた。
「そうだよね。一人は嫌だよね」
陽架琉は、コクっと頷いた。
「一人でしたら、僕たちとおそろいじゃないね」
陽架琉は、コクっと頷いた。
「僕たちも一緒に、陽架琉くんのお父さんたちにバイバイとヨシヨシしても良いかな? 」
「おしょろい」
陽架琉は、小さい声でそう言った。
「陽架琉くん。教えてくれてありがとう! 」
陽架琉は、コクっと頷いた。
「僕は、今からじっちゃんたちに伝えてくるから。二人ともこれで顔を拭いてから来てね」
たけしの手にはハンドタオルが握られていて、それをせがれに渡した。
「たけし。ありがとう」
「うん。どういたしまして」
たけしは涙でいっぱいの目だったが、笑顔で応えた。
「陽架琉。俺たちで、陽架琉のお父さんたちにバイバイとヨシヨシしような」
「うわぁ〜 」
陽架琉は、まだうまく気持ちの整理が出来なくて、大きな声で泣き叫んだ。
7
「陽架琉」
じいちゃんが、二人のもとにやってきた。
「せがれ、ありがとうな」
「おう」
じいちゃんは、ポンポンっとせがれの頭を撫でた。
「陽架琉。じいちゃんのとこにおいで」
陽架琉は首を振っていたが、少ししてせがれから離れてじいちゃんの方へと歩いた。
「陽架琉。たくさん泣いたな。じいちゃんよりたくさん泣いたな〜 」
陽架琉は、今度はじいちゃんの胸元に顔を押し付けるようにしている。
「陽架琉。とおちゃんたちに、バイバイとヨシヨシする時は、泣くのはちょっとだけにしようか」
「う〜? 」
「たくさん泣いてもいい。でもな、そうしたらとおちゃんたちは心配してな。バイバイが難しいんだ」
「バイバイとヨシヨシを笑顔でしようとは、言わないけど。あまり泣いた顔はしないほうが嬉しいだろ」
「う〜? 」
「難しいな。じいちゃん、こう言うの苦手なんだ」
「なく、ちょっと? 」
「そう!ちょっとにして、みんなで、とおちゃんたちにバイバイとヨシヨシをしような」
「う〜! 」
じいちゃんは、なんとか陽架琉にうまく伝えれたとホッとした。
8
陽架琉との約束通りに、みんなで陽架琉の両親と兄と姉にバイバイとヨシヨシをした。
陽架琉は、頑張って涙をちょっとにして、みんなが協力して出来る限りの最後の時間を過ごした。
焼き上がるまでの時間に外の空気を吸いに行こうと、じいちゃんとばあちゃんとせがれとたけしと陽架琉で建物の外を出た。
煙突から白い煙が空へと消えていく。それをじいちゃんは、陽架琉に見せたかった。
陽架琉はせがれに抱っこをしてもらって、白い煙を見た。
「陽架琉。あそこから白いモクモクが出てるだろう」
陽架琉は、コクっと頷いた。
「陽架琉のとおちゃんたちが、陽架琉とみんなにバイバイとヨシヨシをしてもらって嬉しくて白いモクモクになって舞い上がってるんだ」
陽架琉は、じいちゃんをじーと見た。
「白いモクモクになって、空高くまで行ってな。じいちゃんたちを守ってくれてるんだ」
陽架琉は、空を見た。
「空高くにいったら、じいちゃんたちには見えないけど。近くにいてくれるのは変わらない」
陽架琉は、じいちゃんをじーと見た。
「とおちゃんたちはな。じいちゃんや陽架琉たちが辛くて悲しくなったら、頑張れるパワーをくれるんだ」
じいちゃんは陽架琉を見た。
「辛くて悲しくて頑張れなかったら、空を見よう。とおちゃんたちに、パワーをもらおうな」
じいちゃんは、陽架琉の頭にヨシヨシする。
「う〜 」
陽架琉の両親と兄と姉は、白い煙になって空高くから遺された人たちを見守る。
時には頑張れるパワーを届ける存在になった。
読んでいただきありがとうございました。