第23話 あとちょっとなのに
陽架琉が、小学四年の時に起こった階段からの転落事故後のこと。
陽架琉を突き落とした加害者は、転校した。
周りは、あの事故を目の前で見た一部の生徒はショックを受けて休む事態になった。
なぜなら、陽架琉が目の前で階段から落とされて、頭から血を流していたのを見てしまったからだ。
じいちゃんの要望通りに、学校側はその子たちへの心のケアに尽力した。スクールカウンセラーを派遣した。
全校集会や学年集会とホームルームで、転落事故のことや言動の責任について、年齢や理解度に合わせて話をしたりグループ活動をしたりした。
個人情報となることは、授業で言わなくてもみんなが噂で知っていた。
でも、この事故で誰が悪いのか悪くないかの説明をすることが大切だと思った。
もちろん、暴言を吐いて陽架琉の背中を押して階段から突き落とした加害者が悪い。
でも、そのきっかけを作った加害者の親の言動がおかしいことを忘れてはいけない。
被害者にも原因があると聞くことがある。でも、原因がない場合もあるし、だからっと言って加害者を肯定してはいけない。
自分や自分の家族のおかしさに少しでも傷ついたり気づいたりしたら、まずは学校に相談をして欲しいことを伝えた。
心のケアも大切だが、今後陽架琉のような被害者を生み出してはいけない。
それに繋がるには、何をしたらいいのかを教師たちは考えた。
校長は、転落事故については教育委員会にも報告し、再発防止策についても話した。
そして、この学校では転落事故をきっかけに『自分や誰かの言動によって、人の命や日常を奪うかもしれない』と教訓にした。
心の傷や悩みを気軽に投稿出来るボックスを校内の数カ所に設置した。
匿名や紙の種類や書く内容などは、自由になっている。その内容を教師たちが読んで、専門家に相談をする。
勇気を出した生徒の話を聞いて、加害者生徒についても調査をして、必要時は警察に被害届を出す取り組みを作った。
多くの学校では、『イジメはしてはいけない。悩んでたら、先生たちに相談して欲しい。解決をするから』や『我が校は、イジメを許しません! 』など、いう言葉を耳にする。
果たして、教師である生徒の身近な大人たちの中で、そのことを実際に言動に移して被害者を守れているのだろうか。
被害者が望む加害者への謝罪や指導が出来てるのか。
逆に、エスカレードするきっかけになってないか。
被害者のヘルプを無視をする。そうすることで一人の生徒の一生を亡くすことになる未来が訪れるかもれしれない。
被害者のことよりも教師や加害者の将来しか守らない人になってないか。
陽架琉の担任は、せがれに会った時のトラブルに対しての教師への不信感が忘れられなかった。
だから、陽架琉の担任は必死に考えて率先してこの取り組みの実現に貢献したのだ。
校長は担任の意思をできる限り尊重して、助言や専門機関への根回しをした。
今回の陽架琉の転落事故について、校長もショックを受けた一人だった。
校長は、教師人生が長い人だ。陽架琉の父親や竜輝とあおいたちは、彼の大切な教え子だった。
あの放火事件のことを知った時は、しばらく放心状態になるぐらいショックだった。
ニュースを見ても実際に火事が遭った現場に行っても、信じたくない現実だけがそこにはあった。
校長は、魂蔵たちが住む倉西家にも行った。そして、魂蔵とちよこと話しても純たちの遺影を見ても、やっぱり信じたくない現実だけがそこにはあった。
いつものように遊びに来ていたせがれとたけしに抱っこをしてもらった幼い陽架琉を見てすごく残酷なことが起こったのだと痛感したのだ。
校長が倉西家に行く前に見た燃え残った家に陽架琉も住んでいた。
でも、事件当時はここにいて無事だった。そして、一緒に住んでいた両親と兄と姉を亡くしたのだ。
校長は、兄の竜輝と仲良くて一緒にいたたけしとせがれが、自分と同じように信じたくない現実を見てるのだと、二人の顔を見て思った。
だから、加害者が『お前の家族は、お前が死神だから死んだって! 』の発言には、教師として一人の人間として言葉にしたくないほどの感情があった。
あのひは、陽架琉は何も悪くなかった。当時加害者生徒と同じ三才の子供に何ができるというのだろうか。
陽架琉のおばあちゃんが亡くなったのは、寿命だった。
馬鹿な両親のせいで加害者の心は、歪んでいた。その結果、陽架琉は命を落としかけて助かったが、一生残る様々な傷になった。
校長は、自分が定年になる前やこの学校に陽架け琉がいる間だけでも、いやその先も同じような悲しみを生まないための活動をして、教師人生を送ることになったのだ。
校長室の先生の机には、純と竜輝とあおいの在学時の写真が飾られていた。そして、すみれの写真もあった。
陽架琉の再登校は、時間をかけてすることになった。
陽架琉は、小学校に行きたい気持ちもあったが、恐怖のほうが強かった。
何でこんな事になったのかを陽架琉は、よく理解が出来てなかった。
そして、不安でたまらなく怖かったからだ。
とおちゃんたちの色の青のランドセルを背よって、学校に行くのも難しかった。
陽架琉は、元々じいちゃんやばあちゃんの時にお世話になっていたカウンセラーのもとに通うようになった。
転落事故について向き合えるように、不安と恐怖が和らげるようにと、みんなが願った。
陽架琉には、二人の担任がいる。担任たちが週に二回の家庭訪問や学習面のサポートをした。
そして、登校再開の時にどう学校側がサポートをしたらいいのかをじいちゃんたちと念入りにすり合わせを何度も繰り返し行った。
「ぼく、学校がこわい。階段もこわい。まだ、いけない。ぼく、できること少なくなったもん」
陽架琉は、何度もみんなに話した。彼にとっては、やはり怖くて、できることが少なくなったコンプレックスがあるようだ。
いつものように、今日もせがれとたけしが家に遊びにきていた。
その時にも、陽架琉はこわいことについて話した。
「そっか。俺は、陽架琉が自分の気持ちを教えてくれるの嬉しいよ」
せがれの言葉に、陽架琉は首をかしげる。
「なんで、うれしいの? 」
「だって、我慢してたらしんどいだろ。俺は、誰かに言えるってことは、こわいのをどうにかしたいって気持ちがあるからだと思う」
「せーくんが言ってくること。少し分かったよ」
「良かった〜 」
せがれは、安心して言った。
「陽架琉が、小学校に行きたくなったら行こう。その時は、教えてくれ」
「せーくん、お仕事は? 」
「仕事も大事だけど。陽架琉が、また安心して学校に少しずつ通えることのほうがいいと思うんだ」
「そうなの? 」
陽架琉は、たけしの方をみて聞いた。
「陽架琉。なんで、たけしに聞くんだ」
「う〜ん。難しい質問ですね」
たけしは、陽架琉の質問に対して少し考えた。
「おい、たけし。なんでノリノリで答えようとするだ? 」
「せっちゃんが言うことも、ある意味正しいです。陽架琉くんが、また小学校に少しずつ通えるのが良いのは、僕も同じ考えです〜」
せがれが、ブツブツと文句言っている。
「せっちゃんは、ちゃんと仕事の調節が出来るようにしてます。だから、あとからどうにかこうにか出来るので、気にしなくていいですよ」
「たけし、途中から説明が面倒になってるだろ。雑だ」
「そうですか? 」
「とぼけやがって。陽架琉、今のたけしの説明で分かったか? 」
「せーくんのお仕事は、気にしなくていいってこと? 」
また、陽架琉はたけしの方をみて言った。
「たけし。お前のせいで、陽架琉がちょっと違う方に理解したじゃないか」
せがれは、たけしに耳打ちで伝えた。
「はい。気にしなくていいし、心配しなくて良いですよ。彼は、のらりくらりとしてますから」
「は〜い! 」
「たけし、お前な」
たけしは、優しいようで目は笑ってない顔をせかれだけに向けて、口を開いた。
「陽架琉くんに、これ以上心労かけないためですよ。僕は、余計なことは言ってないですよ」
「まぁ、それならいいのか」
せがれは、妙に納得して頷いた。
「あっ、そうだ。陽架琉くんに、新しい本を持ってきたんだった」
たけしは、少し明るい口調でいって話題を変えた。
「えっ!たけしくん、本当?! 」
陽架琉は、目をキラキラさせて喜んだ。
「これは、まだ誰も知らない物語ですよ」
「どういうこと? 」
「この物語は、僕から陽架琉へのプレゼントだからです」
「まだ、たんじょうびじゃないのに? 」
「陽架琉、そこは素直に喜んだらいいんだ。誕生日じゃなくてもプレゼントは、もらったらいいんだから」
じいちゃんが、陽架琉に助言をする。
「そっか。たけしくん、ありがとう〜! 」
陽架琉は、嬉しそうにプレゼントを受け取った。
「『あと、ちょっとなのに』? 」
陽架琉は、本のタイトルを読んで首をかしげる。
「陽架琉くん、僕が読んであげますね」
「うん! 」
二人は、隣同士に座椅子を並べて座って本を開いた。
「『あと、ちょっとなのに』」
たけしが、陽架琉が聞き取りやすい声やスピードで読み聞かせを始めた。
じいちゃんとせかれは、それにそっと耳を傾けた。
「ぼく、出来ることがたくさんあるんだ」
本に登場する主人公は、色々な人たちに言っていた。
「でも、一回だけ失敗しちゃった。それからこわく出なくなった」
主人公は、身体を丸めた。
「また、同じことが起こって。嫌な気持ちになったらどうしよう。こわいな」
主人公は、とても明るくて何でも出来る男の子。でも、失敗したことで恐怖を覚えて出来なくなった。
それは、また同じ失敗をするんじゃないかと思うようになったから。
「一緒にやってみよう」
「どこまで、こわくないか考えてみよう」
主人公の友達や家族たちは、彼が頑張ったから出来ることがたくさんあったのを知っていた。
だから、また出来るようになると信じているのだ。
「あと、ちょっとなのに」
主人公は、そういいながらも少しずつどこまで出来るか挑戦をしていく。
そして、あと一歩踏み出すと怖かったところが、また出来るようになった。
「陽架琉くん、この男の子のようにあとちょっとって一緒に頑張ってみますか? 」
たけしの読みきさせを聞きながら、応援をしたり目を輝かせた陽架琉に問いかける。
「うん! 」
陽架琉は、元気な声に反して少し顔をこわばらせている。
たけしは、いつものように陽架琉の頭を優しくなでた。陽架琉は、嬉しそうに笑った。
その日から、陽架琉の特訓は始まった。まずは、家の階段を一段目を登るところからだ。
「できるよ! 」
陽架琉は、自信満々にそう言った。そして、一段目を登った。
「よし、頑張ったな!じゃあ、二段目を登ろうか」
せがれの声かけに、陽架琉はニコニコした。そうやって、毎日のように一段一段と階段を登った。
あれから数週間が立った日のこと。
「おぉ、二階まで登れたな! 」
せがれが、陽架琉の頭をワシャワシャとなでる。陽架琉は、ドヤ顔をする。
その時にせがれは、陽架琉から階段を少し離して下り側が見えないようにした。
「ちょっと、階段をみるか? 」
「うん」
陽架琉は、せがれ越しに階段をみる。
「どう? 」
「ちょっとだけ、こわい」
「ちょっとだけ、こわいんだな」
「うん」
「教えてくれて、ありがとうな」
「うん」
陽架琉は、せがれの服を握っていてその手は震えていた。
「よし、今日のあとちょっとはここまで」
「いいの? 」
「おう。今日は二階まで登れたからな」
「うん」
「一緒に登ったら、一緒にちょっとだけ降りてる練習もしてるだろ」
「うん」
「今日は、降りる練習はお休み」
「イヤー」
「イヤーか。じゃあ、階段の三段目から降りようか」
「うん」
せがれは、陽架琉を抱きかかえて階段を降りる。下から三段目のところで、陽架琉を降ろす。
「陽架琉、降りれそう? 」
せがれは、陽架琉が座ってる階段の一段下のところに座って聞いた。
「ちょっとだけ、がんばる」
「よし。じゃあ、じっちゃんが陽架琉のために付け直した手すりを持とうか」
じいちゃんは、陽架琉が階段を上り下りがやりやすいように手すりの位置を変えたり、階段に滑り止めシートをとりつけたりしている。
「うん」
陽架琉は、手すりを持って立ち上がって恐る恐る足を前に出して降ろす。
せがれは、何があってもいいように陽架琉を見ながら慎重に下りた。
「ぼく、おりれたよ」
「おう。陽架琉、よく頑張ったな!」
せがれは、また陽架琉の頭をワシャワシャとなでる。
「はい。今日の特訓は終わり。お疲れ様でした」
「せっちゃん、ありがとう!おつかれさまでした」
陽架琉は、たけしのマネっ子をしている。一人称を僕に変えたりせがれの呼び方を同じにしていたりする。
二人は、居間に移動をした。
この日は急きょ、じいちゃんが宮本工務店の事務所に行くことになっていた。
そのため、陽架琉が学校を休んでいるのもあって、たけしとせがれが家の留守を預かっている。
「たけし、陽架琉の特訓が終わったぞ〜 」
「たけしくん、終わったよ。ぼく、がんばったよ」
「陽架琉くん、お疲れ様でした。声が聞こえてたので、陽架琉くんが頑張ってるって分かりましたよ」
たけしは、陽架琉のニコニコした顔を見て安心した。
「たけしくんは、何してるの? 」
たけしの前にある机や座椅子の横には複数の紙が散らばっていた。
「え〜と。何をしてんだろうね? 」
「えっ? 」
「たけしは、小説のお仕事と大学のためていた宿題をしてるんだ」
「なんで? 」
「たけし、「なんで?」って言われてるぞ」
せがれは、少しニヤついて言った。
「まぁ、あのたけしが色々と溜め込むは珍しいから。疑問に思えるのも当然だな」
「やるべきことを少しの間、見なかったことにしたつけがやってきました」
「陽架琉、たけしがやらないといけないことをちょっとサボってたんだ。それで、たくさんやることが増えてこの状態だ」
せがれの説明で、陽架琉はなんとなくどういうことかが分かった。
「せっちゃんは、大丈夫? 」
「おう!なんとか」
「「なんとか、なんだ」」
たけしと陽架琉の声がハモった。
「陽架琉は、どう? 」
「ぼくは、その日のうちに宿題をじいちゃんとしてるよ」
「偉いな」
陽架琉は、二人の担任が準備した宿題をじいちゃんと一緒にしていた。
宿題は何種類かあるので、じいちゃんと一緒に選んで一日の量を決めて宿題をする。
陽架琉は学校を休んでいる間に、リハビリにも通っていた。
階段からの転落事故で脳を損傷したので、細かい動きが出来にくくなった。そのため、少しでも出来るようにするためにリハビリをしている。
じいちゃんたちは、まだ未成年の陽架琉が経験することがない試練に立ち向かっているのを見て思うことがある。
変わってあげたい。悔しい。なんで陽架琉なんだと、いつも思う。
でも、陽架琉が頑張るならずっと支えようと思っているのだ。




