第17話 夢
せがれは、たけしの家に泊まっていた。その日は、竜輝たちが亡くなってから四十九日だった。
亡くなった人の魂が、天に帰る日のことだ。
二人は、何となくあのひにできなかった秋原家でのお泊まり会をすることにした。
たけしは、机に竜輝を含めた三人で撮った写真を飾っていた。
お泊まり会というが、実際は何もする気が起きない。ただ、心が悲しい。
たけしは、「せっかく来たのだから勉強会をしますよ」と言った。
そう言われて、せがれはしぶしぶ勉強をすることにした。
「せっちゃん、次はこのプリントを解いてみてください」
「は〜い」
せがれは、気だるけに答える。
「終わったら、このプリントをしてくださいね。僕は、台所でおやつを持っていますから」
「おう」
たけしは、部屋を出ていった。
彼は、あまりせがれと目を合わせずに、淡々とした言い方を続けていた。
心がつらくて苦しくて、今なんとか出来ることをして落ち着けようとしていたのだろう。
せがれは、やる気が出ないなりに問題を解いた。前よりも、答えが分かるようにはなっている。
そういえば、竜輝が生きてる時もこうやってみんなで勉強をしたこともなったなと思い出した。
「生きてる時って、自分で……」
せがれは自分の独り言に、ショックを受けた。前にもじゃなくて生きてる時と言ったことにつらくなった。
無意識のうちにせがれは、少しでも現実を受け入れているんだと思った。
「はぁ〜、眠い」
せがれは、唐突に眠くなってあくびをした。さっき渡されたプリントは、ほんとんど終わらせていた。
だから、寝てもいいだろうと思った。
そして、せがれは机の上で、腕を枕のようにして眠った。
『ねぇ、寝たらたけしくんに怒られるから。起きたら? 』
『えっ? 』
せがれは、その声に驚いて飛び起きた。
なぜなら、もう会うことも聞くことも出来ない竜輝の声だったから。
『めっちゃ、驚いてるね』
『そりゃ、寝てるのを起こされるからな』
せがれは、夢だと知らないフリをした。
『そうだね』
竜輝が、笑ってる。あの頃と変わらない表情だ。
『竜輝。俺、前よりも問題が解けるようになったんだ。だから、竜輝にも教えることが出来るぞ! 』
『あまり調子に乗ると、たけしくんにあの怖い顔で怒られるよ』
『それはまずい、たけしには秘密な。そう言えば、たけしはどこ? 』
『寝ぼけてる? 』
『えっ? 』
『たけしくんは、台所におやつを取りに行ってくれてるよ』
『あっ、そうだった。寝ぼけてた』
せがれは、そう言って頭をかいた。
『竜輝、勉強の調子は? 』
『う〜ん。もうしなくて良いかな』
『竜輝は、頭良いから余裕だな』
せがれは、心のチクリを知らないことにした。
『だって、もう勉強しなくてもいいから』
『何で? 』
せがれの声は、震えていた。自分で聞いたクセに、答えを知りたくなかった。
『あっ、やっぱり言わなくていい』
せがれは、答えを拒絶しようとする。
竜輝は、一度目を閉じて深呼吸をした。そして、何かを決心したのか、口を開いた。
『二人のおかげで、ひーくんやじいちゃんやばあちゃんが孤独にならなくてすんだ。ありがとう』
『えっ?いきなり、何いってんだよ!? 』
せがれは、声を荒げた。竜輝も自分と同じように現実を知らないフリをして欲しかったから。
『二人と勉強したりくだらない話をしたり、遊んだり、こうやってお泊りするの楽しかった。それに、たくさん助けられたよ』
竜輝は、せがれの言葉を知らないフリをして言葉を続けた。
『待って、急に言うなって……』
せがれは、涙を流しながら言った。
『だから、あのひのことは、みんなが悪くないのに、自分で自分を責めないで欲しい』
『わかったから』
竜輝の優しい顔に、せがれは泣きたくないのに泣いてしまう。
『俺はさ。みんなに無理しないように、ひーくんたちをこれからも支えて欲しいな〜 』
竜輝は、明るくそう言った。
『竜輝。あの時は、俺たちに余裕がなくて、会えなくてごめん』
せがれは、深呼吸をしてからそう言った。
『それは、二人とも悪くないよ』
『でも、俺たちはずっと竜輝に謝りたかったんだ。もっと、何か竜輝に出来たんじゃないかって』
『うん』
『たけしだって、自分が悪いって後悔してんだ。俺たちは竜輝が思ってるようには、陽架琉たちを支ええれない』
『たけしくんたちが、後悔することないよ。それに、二人がいないと、今のようにみんなは過ごせてはないと思う』
竜輝は、せがれの想いを受け止めた。そして二人がいないと、自分たちがいなくなった日常をじいちゃんは今のように過ごせないと思った。
『俺ね、二人のことを友達や兄のように思ってんだ。だから、二人が俺のことも想ってひーくんの兄代わりになってくれてるのがすごく嬉しいだよ。ありがとう! 』
竜輝は、今までせがれが見たことのないぐらいの笑顔で言った。
せがれは、雑に涙を拭って竜輝を見た。竜輝の表情を目に焼き付けていたかったから。
『それに、最期は家族と一緒にいれた。俺が大好きな小さなひーくんが巻き込まれなくて良かった』
竜輝の死は、悲しいものだったけど。全部が、悲しくはなかった。
関係が少し思春期なのもあっても、うまくいかないこともあっても、信じて支えた家族と最期の時を一緒に入れた。
そして、まだ小さい陽架琉を巻き込まれなかったのが一番嬉しかったのだ。それが、竜輝にとって自分たちは死んだけど、陽架琉が生きてくれることを死ぬほど安心をした。
『一緒に、みんなで生きたかったけどね』
竜輝は、少し下を見て悲しそうに笑う。
『竜輝! 』
『えっ? 』
せがれが、急に竜輝の頭をグチャグチャに撫でた。
『えっ?ちょっと、まって! 』
『陽架琉のお気に入りの頭をヨシヨシをしようと思ってな』
せがれは、ニカッと笑う。竜輝は、少し恥ずかしそうに笑う。そして、されるがままに撫でられた。
『あっ、もう行かないと』
竜輝は、急にそんなことを言い出した。
『竜輝、会いに来てくれてありがとうな』
竜輝は、せがれの表情や言葉に安心したように、ホッとため息をした。
『うん。またどこかで会おう。みんなによろしくって言って』
『おう』
せがれと竜輝は、笑った。
「せっちゃん、起きて! 」
「えっ? 」
せがれの眼の前には、竜輝じゃなくてたけしがいた。手には、お菓子のファミリーパックのをいくつかもっている。
「なんで、寝てるんですか? 」
たけしは、少し眉間にシワを寄せている。
「フッ、そう怒るなって」
「何で、機嫌がいいんですか? 」
「えっ? 」
「せっちゃん。怒られてる自覚がないのか、居眠りでいい夢でも見たんですか? 」
たけしは、少し不思議そうに思いながらも顔は怒っている。
せがれは、少し口角をあげる。
「たけしのせいじゃない。よろしく伝えてってさ」
「え? 」
「竜輝が、言ってたよ」
ポトッと、お菓子がたけしの手から落ちた。
「たけし?! 」
たけしは、その場にしゃがみ込んで手で顔を覆い隠す。
「竜輝が、みんなは悪くないのに自分で自分を責めないで欲しいって、言ってた」
たけしは、鼻をすすった。
「竜輝は、俺たちと過ごすのが楽しかったって。俺たちが陽架琉の兄代わりになったのがうれしいって。竜輝が俺たちのことを、友達や兄のように思ってるからって」
せがれは、たけしの背中をさすりながら話を続ける。
たけしが、竜輝の死に自分以上に後悔をしているのを知っているから。
「竜輝は、笑ってたよ。俺たちが見たこのないぐらいに」
たけしは、頷いた。
「最期に陽架琉を巻き込まずに、家族といれてよかったって。安心したんだと思う」
せがれは、竜輝の言葉をたけしに全部伝えた。
夢から覚めたら、うろ覚えだったり忘れたりするけど。なぜか、この夢は鮮明におぼえていたのだ。
しばらくして、たけしが泣いてるのが落ち着いた。
「たけし、大丈夫? 」
「うん。前みたいに声が枯れていないから。それよりも、せっちゃんの目が赤いのが気になるかな」
「泣いたからな」
「だね。氷嚢作ろうか? 」
「前よりマシな気がするから、遠慮するよ」
「分かった」
二人が、竜輝の死を知った時に比べて感情は軽やかだった。
「何で、竜輝くんは僕らじゃなくて、せっちゃんのところに現れたのかな」
「さぁ〜な。俺にも、分からない。でも、ヨシヨシはうれしそうだったよ」
「良いな、僕もしたかったよ」
「じゃあ、してやろうか」
「えっ? 」
せがれが、たけしの頭にヨシヨシをした。
「ちょっと、ストップ! 」
「ん? 」
「「ん? 」じゃなくて、僕はして欲しいんじゃなくて、竜輝に夢で良いからヨシヨシをしたかったんだ。」
「そっか」
「僕、ちゃんとそう言ったよ」
「ごめん、そう怒るなよ」
たけしは、頷いた。
「竜輝くんが、笑顔でいたのなら安心ですね」
「おう」
「せっちゃんが、羨ましい」
「何で? 」
「せっちゃんは、自他ともに認める頭の悪さだけど」
「いきなり、ディスんな」
「それでも、自分が出来ることをすごく考えてさ。陽架琉くんたちを当然のように支えて、それで周りにも信頼されてる。僕は、君のようにできないから。羨ましいんだ」
「はぁ〜 」
せがれは、ため息を着いた。
「なんだ、そんなことか」
「そんなことって、何ですか? 」
「俺は、たけしが羨ましいって思うような人間じゃないよ」
たけしは、言葉が出てこない。
「俺は、確かに頭が良くない。だから、たけしよりも時間をかけて考えて行動するんだ。それでも、やっぱり失敗するし怖がったりしてる。俺、一人じゃ何も出来ない」
せがれは頭が悪いから、陽架琉たちに対しての言動が間違えてないか怖くてたまらない。
「俺、本当は信頼するのもされるのもどっちも恐いんだ」
「えっ? 」
「その理由は、今はうまく言えない。言葉がまとめられないから」
「うん」
「たけしは、俺のようには出来ないっていったけど。俺も、たけしのようには出来ない。陽架琉の言葉の理解も、ばあちゃんの心もうまく寄り添えなかった」
せがれとたけしは、ばあちゃんたちが倒れたことにまだショックでいた。
「なんだか、お互いが出来ないことをしてるって感じだな」
「言われてみれば、そうだね」
「今まで、そんなに意識してこなかったけど。それぞれが出来ることや出来ないことをしよう」
「うん」
二人は、約束を交わして手を握った。
せがれは様子を見ながら、みんなに夢の話をしようと思った。忘れないように、覚えてることを紙にメモ書きをした。
たけしはそれを見て、文章を書いた。まるで、商業化されたような小説だった。
「たけし、将来は小説家になれよ」
「えっ?」
たけしは、驚いた。
「たけしは、頭が賢い。そして、俺の下手くそなのを誰もが読みやすく記憶に残りやすい文章に書き換えた。才能、めっちゃあるよ」
「せっちゃん、それ何目線? 」
「俺? 」
「まぁ、そうだけど…… 」
たけしは、せがれの言葉が嬉しかった。
二人が通っている高校の教師から、たけしが頭良いという理由で教師になれと言われていた。
たけしは、教師になりたくなくなかった。それは、小説家になりたいという夢があったからだ。
心友のせがれに、「小説家になれよ」と言われてすごく嬉しかった。まだ誰にも、なんだか気恥ずかしくて将来の夢について言えなかったからだ。
その日の夜に、たけしの夢の中に少しだけ竜輝が現れたのはまた別の話。
そして、たけし将来の夢が叶うのもまた別の話だ。
読んでいただき、ありがとうございます!
夢は、寝てる時に見るものや将来になりたい自分などがあります。
この話は、たけしが将来の夢を自分以外に認めて応援されるから頑張ろうと思ったきっかけでもあります。