第15話 人生の分岐点
倉西家のみんなが次々と病院に行った翌日に、じいちゃんの入院が延びることになった。
じいちゃんは過労以外にも数値が悪いものがいくつもあった。このまま退院するのも出来なくはないが、急変をできるだけ防ぎたいという主治医の判断だった。
じいちゃんは、周りに健康が大切と言いながら仕事忙しさに健康診断を時々サボっていた。
そうじゃなかったら、ここまでの検査した結果は防がれた可能性があった。
心や身体に疲労が強い時は、人間というものいつ急変をしてもおかしくなかった。
じいちゃんの検査の数値をみると、命の危険になる病気の初期症状が出やすいことが判明した。
じいちゃんは、一週間の検査と治療のために入院することになったのだ。
「こんな時に、すまない」
じいちゃんは、点滴をしてベッドに寝ていた。
「ワシに、もう少し体力があればよかったんだけどな」
じいちゃんは、ポツリと言った。
「陽架琉は、調子どうだ? 」
秋原たけしの父正智に、そう聞いた。
「陽架琉くんの熱は、昨日に比べたら下がってますよ。でもまだしんどいみたいなので、うちの息子たちがじっちゃんのお家で面倒をみてますよ」
「そうか」
「ばあちゃんは、さっき別の部屋に移動したから。一人だと寂しくてな。まだ、時間があるならいてくれ」
じいちゃんたちが入院をした時は、個室が空いてなかったので同室になっていた。
ばあちゃんの心の治療とじいちゃんの検査や治療も考えると別室のほうがいいだろうと判断された。
部屋は近くになっているが、じいちゃんはいつも一緒にいたばあちゃんがいなくて寂しく思った。
「ワシが、ばあちゃんをもっと支えれてればよかった。いつもばあちゃんに支えられてるのに、何も出来なかった」
じいちゃんは、酷く落ち込んでいた。
「じっちゃん、強欲だよ」
「ハァ? 」
「本来の意味とは違うけど。じっちゃんは、ばあちゃんや陽架琉くんたちに出来ることをせいっぱいして、支えてたでしょ。自分だけじゃムリって時は、俺たちに頼った。違う? 」
じいちゃんは、何も言えなかった。正智が言う通りのことをしたり、でもやっぱり出来てないと思ったりしたから。
「じっちゃんは、ちゃんと出来てるのに。それをさらに出来たらって求めるのは、強欲だと俺は思うよ。それでも、ばあちゃんは体調を崩してしまった。変わらない事実だけど。じっちゃんが自分を責める必要はない」
「正智、ありがとう」
「うん」
正智は、下を向いた。
「誰だって、自分の大切な人のためって思った行動がから回るし、逆効果になることがある。俺は、子供たちに対して酷いことをした」
正智は、じいちゃんに自分の行いについて話しだした。
「俺やちさこの至らなさで、すばるたちがたけしにケガをさせてしまった。どうすればいいんだと悩んで、すばるたちを優先してたら、誰もケガをしないと思って。それめ、自分たちがここに居たら、いけないと何でかそう思った」
正智は、本当はこうなるまでに誰かに相談をしたかった。でも、言葉に出来ないもので心が覆い尽くされた。
誰かが誰かにケガをさせられる状況じゃなくなればいいんだという考えになっていった。
しかし、長男と長女の子供らしさが少しずつ減っていき、次男は無関心な目を自分たちに向けるようになった。
果たして、これは家族の幸せと言えるのか分からなくなった。自分たちがいないほうが、子供たちに良いのではないかと思うようになった。
親としての必要最低限のことをして、時々子供たちと家族と過ごせれば良いと思った。
時々、こんなのは自分たちが本当に目指していた家族のカタチでないと思うこともあった。
何か、今を変える道標が欲しいと願っても、行動を移せずにいた。
「じっちゃん、本当は俺がこうやってさ。じっちゃんたちを支えるのは償いのためなんだ」
「はぁ? 」
じいちゃんは、どういうことかと驚いた。
「あのひ、俺と妻のちさこが急に家に帰って、子供たちを連れて出かけなかったら。もしかしたら、竜輝くんが無事だったかもしれないんだ」
「正智、急にそれを言い出すんだ」
「俺は、ずっと後悔してたんだ」
正智は、自分の子供が家にいるのは知っていた。でも、竜輝やせがれが泊まりに来ることは知らなかった。
「正智が、後悔することはない。あのひは、誰も予測できないから」
「俺たちが帰らなかったら、家に竜輝くんたちが予定通りに泊まれたんだ。そうしたら助かった未来があったかもしれない」
「過去は、変えれない。ワシは、正智がそう思ってくれたのは受け止める」
じいちゃんは、少し苦しそうな声でいう。
「あの時をきっかけに、俺は、子供たちと本音をぶつけ合えた。でも、一つの家族がこの世から居なくなってしまった。バラバラになった家族が一つになってしまった」
あのひは、多くの人が人生の分岐点にいた。それを選んで進んだ先に、正智は大切な人たちの死と家族の絆の再構築があった。
どちらかを選べば、残ったものは変えることが出来ない過去になってしまった。
正智は、それに苦しんで罪のように感じていたのだ。そして考えた先が倉西家を支えるという方法で償いをしていた。
「正智、自分で自分の首を絞める考え方をするクセをやめろ。ワシは、別にお前たちを責めるつもりも償いを求めることも望んでないんだから」
「えっ? 」
正智は、顔を上げた。
「正智が、ワシらにそう思っていて、話したかったという気持ちは受け止める。正智が直接あの悲劇を生み出したわけじゃないだろ。家族がまた一つになることは良いじゃないか。たまたまそれがあのひだっただけ」
じいちゃんは、優しい顔をした。
「確かに、正智がたけしたちにしたことは褒められるものは少なかった。でも、会わなくてもできることはないかって色々手を回していただろ。ワシは、正智が必死に家族の為ってしたことを知ってるよ」
正智の目からは、涙が流れていた。
「正智、これからは償いって意識をどっかに捨てて、ワシたちを支えてくれないか」
「いいの? 」
「当たり前だ。今、ワシもばあちゃんも入院して、陽架琉があの家で一人になってしまう。支えてくれると助かる」
「うん。支えるよ」
「それに、ワシは心労もあるって診断を聞いたはずの正智が、こういう内容を話すと思わなかったわ」
じいちゃんは、わざとそう言った。
「ごめん。俺も本当はそういうつもりなかったけど。何でか、今言わないとってなったんだ」
「それでいい。今だって瞬間に後悔がないようにしていけばいいんだ」
「じっちゃん、ありがとう」
「おう! 」
「また見舞いに来るね」
「ありがとう」
「それと、余計に心労をかけてごめん」
「そうだな。でも、正智まで倒れると大変だから。深刻に考えなくていい」
「分かった」
正智は、面会時間が終わって病室を出ていった。
じいちゃんは、病室の窓を見た。
「まさか、正智があのひのことをあんな風に思っているとは思わなかった」
じいちゃんは、正智の話を聞いても責めるつもりも、償いも求めるも心細から無かった。
まさか、正智が自分のせいで竜輝を死なせてしまったと後悔をしたり、秋原家がまた一つになったりしたのを罪のように感じ、償いをしてるとも思わなかった。
確かに、正智が言う通りの分岐点を進めば竜輝は今も生きていたかもしれない。
いつものように竜輝が陽架琉を抱きしめて、そして家族の死を一緒に泣いていたのかもしれない。
あのひは、誰もが予測不可能な分岐点が新たに出来た。それによって、秋原家が一つになって前に進めるなら良かった。
じいちゃんは、心の底でそう思ったのだ。正智が自分たちを苦しめる元凶でない。ただ、自分たちを支えてくれる存在でいて欲しい。
「やっぱり、誰かをとてつもなく悲しませる死にかたはダメだな」
じいちゃんは、遠くの空を見て言った。
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