第14話 ばあちゃんの心
長い物語なので、数字の区切りがあります。
繰り返しますが、僕には専門的な医学や法律や行政の仕組みは分かりません。そこはご理解ください。
陽架琉の保育所再開の翌日は、病欠になった。
「陽架琉、熱が高いな」
「そうね」
陽架琉は、おでこに熱さまシートをしている。熱でしんどくて、またたくさん泣いて布団の中で横になっていた。
「ばあちゃん、ワシは職場と保育所に休み申請の連絡するから待っててくれ」
「はい。陽架琉と待ってますね」
おばあちゃんの顔もじいちゃんの顔も疲れていた。昨日の晩は、お昼寝をしたのもあるのかなかなか陽架琉が寝てくれなかった。
まだ幼い陽架琉の心は、すごく不安定だった。
「陽架琉、私たちがそばにいるから大丈夫よ」
「とおー、かぁ~」
陽架琉は、熱の影響もあるのか両親を探すようにキョロキョロとする。
「じいちゃんとばあちゃんがいるよ」
ばあちゃんは、陽架琉の様子に酷く心を痛める。泣きたい気持ちになる。
ばあちゃんだって、あの火事てわ自分の大切な息子夫婦と孫たちを突然永遠に喪ったのだ。
ばあちゃんでも、受け止められないこの気持ちを陽架琉が受け止めれるはずがない。
「ねぇー、にー」
陽架琉は、姉と兄を呼ぶ。いくら呼んだって、あの四人は陽架琉を心配してきてくれることはなかった。
「陽架琉、大丈夫だからね」
ばあちゃんは、しきりにそういった。
「ばあちゃん、電話してきたぞ」
じいちゃんは、自分の震える妻の背中を見た。振動があまりないように、二人の元に駆けつけた。
「ばあちゃん、大丈夫か? 」
ばあちゃんは、黙って首を横に振る。
「そうだよな」
じいちゃんは、ばあちゃんの背中を優しく撫でた。
「少しだけ、また待ってくれるか。すぐに戻るから」
「はい」
じいちゃんは、部屋を出てまた電話をかけた。
2
「あっ、もしもし。すばるか? 」
「じっちゃん、すばるだよ。陽架琉くんに何かあった? 」
「あぁ。陽架琉が高熱を出してな。昨日の夜から、ワシら三人共寝れてなくてな。ばあちゃんもまいってしまって。悪いが今から来てもられるか? 」
「うん。行くよ。ちょうど、きよかと父さんと母さんもいるから。すぐに準備するよ」
「たけし以外のみんなが、揃ってんだな」
たけしの兄のすばる曰く、たけし以外のみんなはたまたま今日は休みだったらしい。
「陽架琉くん、病院に行くよね? 」
「うん。すばるに連絡する前に、病院に電話をしたから来れるタイミングで来てと言われたんだ」
「じゃあ、陽架琉くんの病院の準備をじっちゃんが今からして。俺たちが着いたらすぐ行けるようにしておこう。チャイルドシートがあるからじっちゃんの車で行こう」
すばるは、冷静にテキパキとじいちゃんに指示をした。
じいちゃんは、昨日からの心労で疲れ切ってるので、誰かが指示を出したほうが安心だった。
「じっちゃん、来たよ〜 」
十五分もすると、すばるたちが家にやってきた。
「おじゃまします! 」
「来てくれてありがとうな」
じいちゃんが出迎えた。
「ばあちゃん、すばるたちが来てくれたぞ」
ばあちゃんは、陽架琉と一緒に布団の上でゴロンとしていた。
「あっ、来てくれたのね」
「あっ!ばあちゃん、起き上がらなくていいよ」
きよかが、あわてて言った。その言葉通りにばあちゃんは横になった。
「ばあちゃん、陽架琉くんを病院にじっちゃんと連れて行くからね」
「うん。ありがとうね」
今回のは、病院に家族じゃない人だけで連れて受診をするのも難しいから、じいちゃんも一緒に行く。
たけしの父親とすばるが、一緒に病院に付き添っていく。運転をしたり、じいちゃんたちのサポートをしたりする。
たけしの母親ときよかが、家事をして少しでもばあちゃんたちの負担を減らす。
すばるたちは、じいちゃんからの連絡が来る前に役割分担をあらかじめ決めていた。
皮肉にもあの火事で、すれ違いのあった秋原家がの心がまた一つになった。
もしもあの火事が、自分たちに襲いかかってしまったら、後悔する想いがきっとある。喪ってしまっては遅いことがたくさんあるのだ。
それをこの家族が知ったきっかけは、あの火事の後のたけしの心からの叫びだ。
今を生きる自分たちが、家族を喪って苦しむ陽架琉たちを何としても救いたかった。
そして、陽架琉の家族は自分たちにとっても大切な存在だから、何かせずにはいられないのだ。
「ばあちゃん、行ってくるよ。ゆっくり、休んでな」
「いってらっしゃい。ありがとう」
じいちゃんたちは、陽架琉を連れて家を出発した。
「ばあちゃん、料理や洗濯に掃除と何でも私たちに任せてね」
「助かるわ」
ばあちゃんは、洗濯とお風呂掃除を頼んだ。料理は、昨日せがれの母親が買い物から帰ってきて冷凍食品や作り置きを冷蔵庫に入れてきたので間に合っていた。
「了解しました! 」
きよかは、「お風呂掃除をしてくるね」とお風呂場に行った。
「ばあちゃん、もう一組お布団あるかしら」
「えっ? 」
「今日は天気も良いから、陽架琉くんが病院から帰ってきて気持ちよくねれるように、お布団を少しの間だけでも干しておこうかなって思ったの」
「あら、良いアイディアね。でも、色々と頼んだ後に悪いよ」
「大丈夫よ。私も主婦だから洗濯とお布団干しもあっという間に出来るからね」
たけしの母親は、少しでもばあちゃんが遠慮をしないように明るく言った。
ばあちゃんは、その意図が分かって布団場所や道具のことをたけしの母親に話した。
「ばあちゃんは、今のうちに休んでね。何かあったら、起こすから」
「はい。よろしくね」
ばあちゃんは、すごく疲れていたのか、あっという間に眠った。
たけしの母親ときよかは、テキパキと家事をこなしていった。
3
じいちゃんが病院から帰ってきたのは、二時間後だった。病院で点滴をしてもらったり薬局が込んでいたりしたのもあって、思ったよりも時間がかかった。
「ただいま〜 」
「おかえりなさい」
じいちゃんたちを、たけしの母親が出迎える。
「今、おばあちゃんは寝てるから静かにね」
「分かった。庭をみたが、布団まで干してくれたんだな。ありがとう、助かる」
「陽架琉くんが、しんどいのが早く治って欲しいからね」
陽架琉は、すばるに抱っこされて寝ていた。
「あっ、布団を取り込んでくるわね」
たけしの母親は、そう言って庭に行った。
4
居間に行くと、じいちゃんが家を出る前と変わらない位置でばあちゃんは布団で寝ていた。
みんなは、あの火事の後にじいちゃんや陽架琉のことも心配していたが、もちろんばあちゃんの心も心配だった。
ばあちゃんとじいちゃんの一人息子である陽架琉の父親の純とその妻のすみれや兄の竜輝と姉のあおいを一夜にして、永遠にこの世からいなくなったのだ。
ばあちゃんが命がけで産んだ、大人になってもかわいくてたまらない我が子を亡くしたのだ。
家族のことが大好きで信じていて、必死に守ろうとする純。
純や自分たちにも優しくて、家族のことが大好きなすみれ。
思春期で衝突はしても、心は優しく勇敢で家族のことが大好きな竜輝。
環境の変化に戸惑っても、ちゃんと周りにヘルプができて、家族のことが大好きなあおい。
目に入れても痛くない、とても良い子たちを一度に亡くしてしまった心は言葉で現せない。
じいちゃんと同じように、あの火事の日に陽架琉だけじゃなくて、みんなでこの家に泊まるように説得が出来てたらよかった。
陽架琉がいつも以上に泣く前に、のんきに寝ずに息子の家に電話するか会いに行くかすればよかった。
そうすれば、もしかしたら息子たちは今も生きて、陽架琉と一緒に笑ってたかもしれない。
一生残る後遺症があっても、家族が誰も欠けることなく今も隣でいたかもしれない。
もし、火事の前に自分とじいちゃんと一緒に息子一家に泊まったら、一緒に助かるか亡くなればこんなに苦しい現実を知らなくても良かったかもしれない。
あの火事の時、近所のおっちゃんに起こされて、慌てて飛び出したじいちゃんの背中を、ばあちゃんはすぐさま追いかけようとした。
でも、ばあちゃんの腕の中には泣きわめく三才の陽架琉がいた。
近所のおっちゃんが言う通りの火事なら、陽架琉には見せたくないと思った。
でも、このままここにいると、じいちゃんが火事の中飛び込んでしまう。
もしかしたら永遠にいなくなるかもしれないと思った。
ばあちゃんは陽架琉を抱いて、じいちゃんから少し遅れてあの場所に行った。
燃える家の近くで群がる人だかり、消防隊が動き回る普段見ることのない異常な光景に、ばあちゃんは立ち止まった。
『ワシの息子夫婦と孫がおるんじゃ!早く助け出さんと。死んでしまうんじゃ! 』
そのじいちゃんの言葉に、ばあちゃんは我に返って夫の元にかけよった。
息子たちは、火事が起きた家にいたのにもかかわらずに焼死体ではなかった。
想像よりもきれいな状態で見つかった。ちゃんと、誰が誰なのかが分かった。
出入り口の近くにいて、想像以上に早く見つかった。
二階の寝室にいたままなら、こんなにきれいな状態でなかっただろう。
ばあちゃんは、息子たちの葬儀ではそこにいるだけでいっぱいいっぱいだった。
とても、陽架琉のケアまですることが思ったよりも出来なかった。
あの火事の日に、病院や警察との話が終わりフラフラになりながら家に着いた。
陽架琉は目を腫らしていて、布団に寝かして氷嚢で冷やした。
じいちゃんは、息子の家の方角を縁側から眺めていた。
家の固定電話が夜中なのに鳴り響いた。ばあちゃんは、小走りで走って受話器をとった。
もしかしたら、息子の純が「びっくりさせたよね。実はみんな無事だよ」と電話をしていたのかもしれないと思った。
息子たちが亡くなったのは、病院で見て知っている。それでも、ばあちゃんは現実を知りたくなかったのだ。見たくもなかった。
電話は、やっぱり息子からではなくてたけしからだった。
彼の言葉に、ばあちゃんは現実を話さないといけなかった。思ったよりも、スラスラと話せても心は苦しかったのだ。
でも、自分と同じように現実を知りたくないけど知る人が増えるのが少し安心した。
ばあちゃん自身も、まさかたけしに「家に来て欲しい」と言うとは思ってなかった。
でも、せがれとたけしが来てくれてすごくありがたい気持ちだった。
二人ともとてもつらいのに、陽架琉の兄代わりとして側にいると言って、いつも寄り添ってくれる。
火事のあのひから、たくさんの人が自分たちを助けてくれる。それは、ちゃんと分かってるんだ。
もういない息子たちが、より強くしてくれた縁に感謝をした。
でも、同時に悲しくてたまらない。息子たちがいないのに縁はあるのが。
縁がなくても良いから、息子たちが目の前にいて笑っていて欲しい。
ばあちゃんがどれだけ願っても、その願いは一生叶うのことのない願いだ。
ばあちゃんは、みんなが自分を気遣ってたくさん助けてくれるのがありがたいと思う。
でも、そのたびに立ち止まって、息子たちがいなくなった現実を見えしまうのが嫌だった。
陽架琉が夜に泣くたびに、あの火事を思い出して息をするのが出来ないぐらいに悲しくてたまらなかった。
そして、陽架琉が家を抜け出して火事で燃えた家に行ったのも怖くて悲しくたまらなかった。
じいちゃんが、自分を気遣って陽架琉を保育所に預けて仕事に行くのが嫌だった。
もしも自分を置いてじいちゃんと陽架琉がいなくなったら、もう自分は生きていけないと思った。
誰か家にいて欲しかった。誰もいない家にいるのは酷く寂しくて怖いから。
もしも、家で不幸が訪れたら家族みんなで空に逝くことが出来るとも思った。
ばあちゃんは、家事も育児も本当はしたくなかった。
ただ、心が癒えるまで哀しみに浸りたかった。いつ心から哀しみが消えるか分からなくてもいい。
ただ、息子たちがいない現実を見たくないんだ。
でもばあちゃんには、じいちゃんと陽架琉が生きて隣にいるからずっと現実をみないという選択出来なかった。
こうして、ばあちゃんの心はだんだんと静かに壊れ始めた。
そして、陽架琉が保育所で病欠した日になったのだ。
5
ばあちゃんは、お昼ご飯の時間になっても布団の上で眠っていた。
じいちゃんは、ばあちゃんがちゃんと息をしてるのか何度も何度も確認を行ったり来たりした。
「じっちゃん、私がばあちゃんの側にいるから。その間にゆっくりお昼ご飯を食べて。私は今おなかは空いてないから、気にしなくていいからね」
たけしの母親が、そう言った。今日のお昼はせがれの母親の作り置きや冷凍食品だった。
「ありがとう」
じいちゃんは、力なくそう言った。彼もまた、ばあちゃんのようにかなり疲れていた。
「実は、お米と卵があったから。陽架琉くんやばあちゃんたちが食べれたらと思っておかゆを作ったの」
きよかが少し申しわけなそうに言った。食材があるからといって、勝手に料理を作ったのに罪悪感を感じていた。
「きよかちゃん、助かるよ。二人が喜ぶ。ありがとうな」
「うん。早く元気になって欲しくて」
陽架琉は、みんながご飯を食べる机から少し離れたところに、干されていた布団で寝ている。
「陽架琉の熱は、環境の変化と睡眠不足による過労って医者が言ってたな」
「そうだったね」
すばるが、同調する。彼がじいちゃんと一緒に話を聞いていた。
「解熱剤と寝れない時ようの睡眠導入剤をもらったよね。確か、その睡眠導入剤は人間が作れるホルモンがどうのって言ってて、適量なら副作用はないって」
「後で、おくすりの紙を見せてもらうね」
たけしの母親がそう言った。じいちゃんは頷いた。
「今は、点滴をしてもらってるから。朝、測った時よりも熱が下がってよかった」
じいちゃんは、少し安心したように言った。
「じっちゃんも、お昼ご飯食べたら寝たらいいよ。俺らは用事ないから、お泊まり出来るから」
「まさか、泊まる用意もしてるのか? 」
「車にあるよ」
すばるのまさかな発言で、じいちゃんは力が抜けた。
「俺たちは三人が心配で、少しは暴走してると思うけど。じっちゃんも寝た方が良いからさ」
じいちゃんは、まっすぐと自分たちのことを心配してくれるすばるの目に嘘がないと思った。
「最終手段な」
じいちゃんは、少し呆れたように言った。
「は~い」
すばるが返事をした。
「ばあちゃん!! 」
たけしの母親のちさこが、緊迫した声で叫ぶ。
「おい、ばあちゃんがどうしたんだ! 」
慌ててみんなが駆け寄る。
「ばあちゃんの様子が心配で、おでこに手を当てたらすごい熱くて。体温計で熱を計ったら高熱で、呼びかけに反応しないの」
じいちゃんは、ほんの一瞬固まった。
「救急車だ!救急に電話をしてくれ! 」
「分かった」
たけしの父親の正智が、すぐさま冷静一十九番に電話をする。
「うわぁ~ 」
陽架琉が、大きな声や雰囲気で目を覚まして大泣きをした。
「陽架琉! 」
じいちゃんは、すぐさま陽架琉の元に行きたかった。
でも、高熱で眠っている妻の手を離したくもなかった。
「じっちゃん、大丈夫だから。私が陽架琉くんをみてるから」
きよかが泣いている陽架琉の元に行って、抱っこをしてあやした。
思ったよりも早く救急車が来て、搬送先もスムーズに決まった。
じいちゃんが付き添いとして救急車に同乗して、その後をたけしの父親が車で追いかけた。
「陽架琉くん、大丈夫だからね〜 」
きよかは、陽架琉を安心させるように明るく言った。それでも、陽架琉は泣きわめいたままだ。
「きよかちゃん、お母さんと抱っこを交代して」
「えっ? 」
「それで悪いんだけど。すばると一緒にお昼ご飯の片付けをしてもらっていいかな? 」
きよかが陽架琉を震える手で抱っこをしてるのに、たけしの母親は気がついていたのだ。
「ほら、前に陽架琉くんがうちでお泊りをしたとき、お母さんが抱っこしたら落ち着いてきたからね。ずっと、泣いてると陽架琉くんも疲れちゃうからね」
たけしの母親は、陽架琉を抱っこしてあやした。そうすると少しずつ泣くのが落ち着いてきた。
6
「あっ、すばるか」
たけしの父親が病院に行ってから、数時間後に電話をかけた。
「うん。二人はどうだった? 」
この電話の前に、一度だけメッセージでやりとりをしていた。
『病院に着いて少しして、じっちゃんが倒れた。病院内だったので、すぐに適切な処置を受けることができた。また、連絡するよ』
と、すばるに連絡をしていた。
「おばあちゃんは、中度の過労と軽度の栄養不良だって。じいちゃんが倒れる前に、ばあちゃんが最近ご飯を少ししか食べてなかったって言ってたよ」
ばあちゃんは、あの火事の日以降にだんだんと食事の量が減っていった。陽架琉の夜泣きもあり、周り助けがあっても疲労が蓄積していった。
「じっちゃんは、中度の過労が原因だって。陽架琉くんの熱もそうだけど、ばあちゃんまで倒れたからショックが大きかったみたいだ」
じいちゃんだって、ばあちゃんのように火事の日以降からの疲労がかなり蓄積されていた。そして、同じ日にばあちゃんまで体調を壊したことにかなりのショックがあった。
もしかしたら、処置室に入ったばあちゃんまで喪うのかと怖くて堪らなくなってと思って、身体がふらついて倒れてしまったのだろうか。
「ばあちゃんは、まだ寝てるけど命には別状がなくて良かったよ。じいちゃんは処置室をしてもらったら少し話せたんだ。家と陽架琉くんのことを頼まれた」
「ということは? 」
「二人とも、今日のところは入院ことになった。ばあちゃんは、期間はまだ分からないけど。数日は入院したほうが良いって。じっちゃんは、念のために今日は入院しておこうって。二人部屋が空いてるから、そこで入院することになった」
たけしの父親は、ため息をついた。
「ばあちゃんは、入院するかもしれないから簡単に入院の用意はしてたんだけど。じっちゃんのも、用意する必要があるって……」
「お疲れ様」
「ありがとう。じっちゃんから必要な持ち物と置いてる場所は聞いてるから。今からいうから、それを分かる範囲で準備して欲しい」
「うん」
すばるは父親と話しながら、カバンに荷物を詰めていく。
「じ〜は? 」
陽架琉は泣き止んで寝ていたが、パッと起き上がってじいちゃんを探した。
「陽架琉くんね、今じいちゃんはおばあちゃんとお泊りに行ったの。ちゃんと帰ってくるから待ってようね」
たけしの母親のちさこがそう言った。陽架琉は、コテっと首を傾げる。
「じ〜は? 」
「じいちゃん、おばあちゃんとお泊り」
ちさこは、ゆっくりと言った。
「おととちょまり? 」
陽架琉の舌足らずの言い方かかわいくて、ちさこはニコッと笑顔になった。
「うん。陽架琉くんは私たちとお泊り」
「おととちょまり、おーちょろ? 」
「そう、おそろい」
「わーた」
陽架琉は、ドヤ顔で言った。
しばらくして、庭に車が止まった。
「ただいま〜 」
正智が、帰ってきた。
「陽架琉くんの様子どう? 」
正智は、出迎えに来たすばるに聞いた。
「今は、機嫌良く絵本を読んでもらってるよ」
「そうか。寝てないんだな」
「さっき、起きたんだ。熱がまだあるけど、ハイテンションって感じ」
「なるほど。ちょっと、顔をみてこようかな」
二人は、陽架琉がいる部屋に行った。
「あっ、お父さん。おかえり」
「ただいま」
きよかが、正智に気がついた。
「陽架琉くん、元気? 」
「う? 」
陽架琉は、じっと正智を見つめた。
「ひーくん、おととちょまり。おーちょろ! 」
「えっ? 」
たけしの父親がいきなりのことで驚いてると、隣ですばるが通訳する。
「あっ、そういうことか」
正智は、納得した。陽架琉が「陽架琉もお泊り。じーちゃんたちもお泊り。おそろい」という内容を伝えたかったのを理解した。
「正解!陽架琉くんは、天才だな! 」
「ひーくん、てんしゃい! 」
陽架琉は、またドヤ顔をする。
「あっ、そろそろじっちゃんたちのところに戻るよ。おじさんは、じいちゃんたちがお家に忘れ物したから、それを取り返ったんだよ」
「あ〜と? 」
陽架琉は、あまり良くわかってないけど。お礼を言った。
正智は、腕時計で時間を確認して荷物を持ってからバタバタと家を出た。
7
たけしは、家族の連絡を受けて、せがれと一緒に大きめのカバンを持ってじいちゃんの家に現れた。
「二人とも、その荷物なんなの? 」
きよかが少し呆れた顔で、弟たちを出迎えた。
「お泊りするために、持ってきました」
たけしは、当然のように言った。その横で、せがれが同意をするように頷いた。
「みんなだって、お泊りの用意をしてるじゃないですか」
「そうだけど。二人とも、わざわざ家に戻ってから来たの? 」
「はい。非常時用にあらかじめ荷造りはしているので」
あの火事やこれまでの震災で、非常時用の荷造りをしていたのだ。それを今回の入院騒動で、持ってきたのだ。
「それよりも、陽架琉の調子はどう? 」
せがれが、冷静に言った。
「今は、朝より熱は下がってね。今は、母さんが寝かしつけて、寝てるよ」
きよかの言葉に、せがれは安心した。
「様子を見てもいいか? 」
「うん。静かにね」
「分かってる」
「その前に、手洗いうがいをしてからね」
きよかの言葉通りに、二人は手洗いうがいをしてから陽架琉の様子を見に行った。
「おかえりなさい」
ちさこは、小声でいった。二人は、手ぶりで答えた。
陽架琉のおでこには熱さまシート、その手にはたけしからもらったぬいぐるみが握られている。
表情は、二人が想像したよりも穏やかだった。
「陽架琉」
せがれは、陽架琉の横に座って、思わず手が髪の方に伸びた。熱でしんどいのを頑張っている陽架琉の頭を撫でてやりたかった。
「あっ」
せがれは起こしたら悪いなと、その手を自分の膝の上に置いた。
「せーくん、そっとおなかをポンポンするぐらいは大丈夫よ」
「うん」
たけしの母親が、せがれの想いをくみ取った。
「陽架琉、しんどいな。たくさん寝て早く元気になろうな」
せがれは優しい顔をして、数回陽架琉のおなかをポンポンとした。
8
正智が病院から帰ってきて、秋原家とせがれは会議をすることにした。
「状況を整理すると。まず、陽架琉くんが高熱で保育園をお休み。その次、ばあちゃんが心労による体調不良で入院。そして最後にじっちゃんは、ばあちゃんよりマシだけど、同じ感じで入院をしたで合ってる?」
たけしが、家族から改めて状況を聞いて確認をした。
「そうだね」
きよかが、そう言った。
「僕がもっと、ばあちゃんに寄り添えれたら良かった。そうしたら、少しでも心はマシになったかもしれない」
「たけしが、悪いわけじゃないよ」
ちさこが言った。
「たけしやみんなが、自分で出来ることを必死にしてたでしょ。それでもね、本人にしか分からない哀しみがあるの。ばあちゃんも、必死に踏ん張ってたけど。それがプツリと糸が切れるように力がなくなってきたんだと思う」
ちさこは、同じ子を生んだ親としてばあちゃんの気持ちを自分なりに考えた。
突然、暗闇の中で真っ赤な炎が、大切な息子夫婦や孫たちを奪った。それが、連続放火殺傷事件と関係をしてるかもしれない。
言葉にしたくない感情、見たくない現実、そっとしてくれない報道機関。
何度も話を聞きに来る警察がなかなか事件は解決しない。
普段の日常で経験することがないことが、あのひをきっかけに襲ってくるのだ。
誰かが、支えてくれてもくれなくても、今は生きている家族のために頑張ろうとした。
でも、言葉で何と言えても、心は追いついてくれない。
ばあちゃんは、そうやって苦しんだのだろうと思った。
「ばあちゃんは、疲れてしまったから。この家から離れて休息をとらないといけない。あの家にも近いここでは、心が休まらないと思う」
火事で燃えた陽架琉の家とじいちゃんの家は、残酷にも歩いていけるぐらい近い。それでは、心に渦巻くものは落ち着かない。
「じいちゃんも、そうだと思う。今日のことは、誰が悪いとか悪くないとかはない。それだけは、確かなことよ」
「うん。そうだね。母さんの言う通り」
正智が賛同をする。
「俺も、そう思う。たけしは、いつもばあちゃんの横で話を聞いて、気持ちを受け止めてた。ばあちゃんの生きる力の一つになってたと思う」
「せっちゃん、ありがとう」
たけしは、涙目で安心したように笑う。
「ばあちゃんは、いつ退院するか分からないんだよね? 」
きよかが、不安そうに言った。
「うん。そうだよ」
正智が、言った。
「陽架琉くん、ばあちゃんの入院がお泊まりが長いと、不安がらないか心配。じっちゃんも、今日は入院って言ってるけど。もしかしたら、明日も入院してるかもしれないよね? 」
きよかは、ばあちゃんたちがいつまで入院するか、心配でたまらなかった。
陽架琉が、二人のいないことに身体が弱ってるからより体調を壊さないか不安だった。
「きよかが、不安になる気持ちは分かるよ」
正智は、じいちゃんが倒れる瞬間も強いと思っていたのにベッドで弱々しい姿も見ている。
その時に、「怖い」とただ思ったのだと語った。陽架琉をおいて、じいちゃんはいなくなるかもしれない。
今、あの倉西家には陽架琉の肉親はいない。秋原家しかいない中で、もしものことが陽架琉にあればと考えるだけで恐ろしくてたまらない。
「俺たちで、できることを無理しない範囲でやっていこう。行政にも相談して、倉西家が受けれる支援の仕組みを使ってね。これからを、俺たちは生きていくしかないんだ」
自分たちがどれだけ倉西家を支えても限界がくる。行政に相談しても、限界はくるかもしれない。
それでも、この悲しみから抜け出す方法が今後の未来に役立つ事ができる道が増えるはず。
「そうだね。お父さんの言う通りね」
ちさこが言った。
「まず、考えることは今日の陽架琉の命を明日に繋げること。陽架琉も体調が悪いからな」
せがれが、冷静に言った。
「そうだね。陽架琉くんの命を第一優先だね。僕たちも無理をしないことも大切だよ。じっちゃんたちが、この家に安心して戻れるようにしよう」
たけしは、さっきと違って落ち着いて言った。
この日の晩は、陽架琉には作っていたおかゆ、それ以外のみんなはお弁当を買ってきて食べた。
ついでに食材も買って、作り置きや冷凍食品を追加した。
陽架琉という大切な命を預かって、無理のない範囲でじいちゃんたちが安心して帰ってこれるようにと過ごした。
この日の陽架琉の夜泣きは、いつもよりも大人しくて静かだった。
身体が熱で疲れているのもあるのだろう。
せがれたちは、陽架琉がいつも夜泣きをするのに、この夜はしなかったのが逆に心配をした。
翌日にじいちゃんは、元気に帰ってくるはずだった。
読んでいただき、ありがとうございました。




