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14/21

第13話 知らなくていい

長めのお話なので、数字で区切りをしてます。

僕は、法律も医学も専門家でないので、リアルな知識はないです。そこを理解してお読みください。

 この日は、じいちゃんがせがれの父親がやっている宮本工務店で仕事を再開した。


「社長、今日からまたよろしくお願いします」

 

「じっちゃん、そんなにかしこまらんで」 

 

 せがれの父親は、明るくそう言った。

 

「じっちゃん、若いもんの指導や設計の確認をお願いします」

 

 社長は、じいちゃんにいくつかの業務を頼んだ。じいちゃんが前からしてる仕事でもあり、陽架琉が何かあっても抜けやすい業務にしていた。

 

「おう」

 

「あっ、じっちゃん。陽架琉くんは今日から保育所だっけ? 」

 

「そうだ。内心、ヒヤヒヤしてる」   

 

「大丈夫だって。みんなも同じだから」 

 

「そうか」 

 

 じいちゃんは、この職場で慕われていて今の社長の先代の時から働いている。

 一番の古株になっているが、若い者には丁寧に説明をして理解をしやすいように接している。

 長年働いてるだけに、設計の知識も豊富だった。



 あの火事で燃えた家もじいちゃんが、息子夫婦と孫たちが暮らしやすいように、じいちゃんが設計をして建てたのだ。


 じいちゃんは、社長や職場のみんなに昔から言い聞かせていることがあった。 

 

『ワシらの仕事で二番目につらいのは、建てた家が燃えたり災害に巻き込まれて崩壊したりすること』 

 

『じっちゃん、じゃあ一番目は? 』 

 

『その中で、誰かが寿命以外で亡くなることだ』 

 

 じいちゃんが、この仕事をしてつらいことを職場のみんなはその話で知った。

 だから、じいちゃんがつらくない仕事をして欲しいとおもっていたのだ。


 自分たちが仕事で建築した建物では、しんどくてもつらくい事があっても、笑顔や笑い声のたえない暮らしがあって欲しいと思う。

 そんな場所で、寿命以外に亡くなるのはショックなことだ。


 自分たちが一生懸命に建てたものが、その後どんな結末になるかは分からない。

 叶うのなら、幸せな結末を迎えて欲しいのだ。

 

 じいちゃんと社長は、業務を始める前に少し話をすることになった。


「社長、ワシのワガママを聞いてくれてありがとうな」 

 

「じっちゃん、何いってんですか? 」 

 

「ワシが家を建てたくないっていうやつだ」 

 

「じっちゃんが、家を建てなくてもここには優秀な人材が多いから大丈夫だ。安心してや」 

 

「おう! 」 

 

「じいちゃんが、この会社にいて周りをまとめてくれたり、指導してくれたりで、本当に助かってんだ」 

 

「そう言ってくれると、うれしいわ」 

 

 じいちゃんは、笑った。

 

2 

 

 じいちゃんがお昼ご飯を職場のみんなで食べてる時に、一本の電話が入った。

 近くにいた社長の奥さんが電話に出た。

 

「もしもし、宮本工務店です。はい。はい。えっ? 」 

 

 奥さんの反応に、社長やじいちゃんが心配になって近くに行った。

 

「はい。分かりました。すぐに倉西に、お電話を代わりましす」 

 

 奥さんが一度保留ボタンを押して、じいちゃんの方を見た。

 

「どうした? 」 

 

 じいちゃんは、そう短く言った。

 

「じっちゃん、陽架琉くんが…… 」 

 

「おう」 

 

「保育所で、嫌なことを言われてすごく泣いてるらしくて」 

 

「えっ? 」 

 

 奥さんは、電話の向こうから陽架琉くんの泣き声らしいのが大音量で聞こえたと言った。

 

「詳しくは、聞けてないんだけど。電話を代わっても大丈夫? 」 

 

 じいちゃんは、深呼吸をしてから頷いた。

 

「お待たせをしました。陽架琉の祖父です。陽架琉が泣いてると聞きましたが、何がありましたしたか? 」

 

 じいちゃんは、なるべく冷静に話した。どんな理由でも、普通は泣いただけで保育所から電話はこない。 

 だから、よっぽどのことがあったのだろうと思った。

 

「えっ? 」 

 

 じいちゃんは、静止画のように固まった。社長たちが呼びかけても、じいちゃんは、固まっていた。

 

 受話器からは、「もしもし、大丈夫ですか? 」と保育士の声が漏れ聞こえる。

 

「じっちゃん、受話器貸して」 

 

 社長が、じいちゃんから強引に受話器を取った。

 

「あっ、もしもし。私は、陽架琉くんの祖父の職場の宮本工務店の社長です。すみません。彼の代わりに、話しをお聞きしてもいいでしょうか」 

 

 社長は、丁寧に伝えた。

 

「はい。承知いたしました」

 

 保育士は、状況を察したのだろう。 

 

「陽架琉くんとある園児とトラブルがありました」


「はい。どう言った、内容ですか? 」


「電話で話すと長くなってしまいます」


「はい。お気遣い、ありがとうございます」


「園詳細につきましては、先にご連絡をしたお祖母様が来てくださったときにお話をします。連絡帳にも書いてますので、ご確認をしてぐださると嬉しいです。はやく、陽架琉くんにご家族と会っていただいて安心をして欲しいんです」  

 

 社長は、保育士の想いを理解した。

 

「分かりました。陽架琉くんのおじいちゃんをすぐに向かわせます。申し訳ないですが、陽架琉くんのおばあちゃんが来たら、そちらで待たせてもらってもいいですか? 」 

 

「分かりました。お祖母様にお伝えをして、行き違いにならないようにします」 

 

「ありがとうございます」

 


 社長は、「失礼します」と言って電話を切った。

 電話のやりとりをしていたのは、陽架琉の兄の竜輝が保育所に通ってた頃からいる保育士だった。

 じいちゃんたちのことを良く知っていて、互いに信頼をしている関係性だ。

 

「じっちゃん、保育所の先生がちゃんと対応をしてくれてるから、陽架琉くんは大丈夫だからな!早く、陽架琉に会いに行って安心をしような」 

 

「陽架琉が、電話の向こうにいるはずなのに。目の前で泣いてんのかってぐらいに泣いてな。先生が、なんて言ってんのかわからん」 

 

 じいちゃんは、自分の目元にたまった涙を指で拭った。

 

「ばあちゃんの方にも、連絡してすぐに迎えにいくって。念のために、じっちゃんの方にも連絡をしてきたみたいだな。詳しいことは、ばあちゃんが来た時に話したり連絡帳に詳細を書いたりしてるから。確認をしろって」 

 

 じいちゃんは、頷いた。

 

「母さん、悪いけど。俺の代わりにじっちゃんを車で連れってて欲しい」 

 

「もちろん。アンタは、ここにいないと現場は動かないと思うからね。さぁ、みんな。じっちゃんが帰るからその手伝いをしてあげて」 

 

「「「はい! 」」」 

 

「えっ? 」 

 

 戸惑うじいちゃんをよそに、職場の若い連中が帰り支度を手伝った。

 あっという間に、じっちゃんの帰り支度が整った。

 

「じっちゃん、大丈夫だから。今は、落ち着いて、陽架琉くんのところに行こう」 

 

 社長は、落ち着いた様子で行った。

 

「じっちゃんの車で行こう。チャイルドシートがあるし、乗り慣れてない私たちの車よりもじっちゃんの車の方が陽架琉くんが安心するから。鍵を貸して」 

 

「おう」 

 

 じいちゃんは、職場で何かトラブルがあっても、いつも冷静に適切な対応を心がけた。

 でも、今回の火事で家族を亡くしてしまって、冷静に対応が出来なくなった。

 家族のことだから余計に冷静にいれるわけでないが、今までは比較的に落ち着いて現場に指示をしてから帰っていた。


 この時のじいちゃんの表情や声の震えで、職場の人たちはよりただごとでないと感じたという。

 

 社長の奥さんとじいちゃんは、駐車場に行った。じいちゃんの車には陽架琉のために買った二代目のチャイルドシートが設置されていた。

 火事の時には、じいちゃんの息子の車からチャイルドシートは外されていた。

 陽架琉が、飲み物や食べかすをこぼしたしてひどく汚れたので家の中に入れて、カバーを手洗いをしたり掃除をしたりして部屋干しをしていた。

 そのため、チャイルドシートは火災で紛失をしてしまったのだ。

 じいちゃんは、まったく同じ物をもう一度陽架琉のためにも用意したのだ。

 その時に、じいちゃんはあることを思い出した。


『元々、そんだけ汚れたんだから、別のなにかを買おう』


『何言ってるの父さん。確かに、これは汚れてるけどね。陽架琉も俺たちも気に入ってるんだよ。だって、お父さんが一緒に一生懸命に考えて買ってくれた宝物だよ。だから、出来る限りきれいに洗って、まだまだ使うんだよ! 』


 じいちゃんは、息子が嬉しそうに笑って言ってくれた言葉と顔が自分の頭から離れていかなかった。

 あれだけ大切にしたチャイルドシートを陽架琉の代わりに連れて行ったのかと思うこともある。

 自分で同じチャイルドシートを買って、それを見るたびに訳がわからない血迷ったことを考えているんだと思った。

 

「もう一度、同じの買ったぞ。今度はチャイルドシートを代わりに連れて行かずに、陽架琉を守ってくれよ。頼むから」 


 じいちゃんは、息子たちの遺影と骨壺の前でそう言った。この感情にたとえ名前があっても知らなくていい。


3 

  

「じっちゃん、深呼吸して。水分を一口でもいいとって」 

 

 社長の奥さんが、ルームミラー越しにじっちゃんを見た。

 じいちゃんは、話す気力はなくても言われた通りに深呼吸をしたりお茶を一口飲んだした。


「じっちゃん、出発するよ」 

 

「頼む」 

 

 じいちゃんは、力なくそう言った。無言のまま車は前へと進んでいく。

 

 

 保育所に着くと、じいちゃんは車から出れなかった。

 

「じっちゃん、私が門のチャイム鳴らしてくるから。待ってて」 

 

 じいちゃんを置いて、奥さんが保育所の門にあるチャイムを鳴らした。インターホン越しにやりとりをした

 少ししてから、奥さんが車に戻ってきた。

 

「じっちゃん、さっきばあちゃんが保育所に来て、色々話は聞いてるみたいなの。私は、車で待ってすぐに帰れるようにするから、ここにいるけど。じっちゃんが、ばあちゃんと陽架琉くんを迎えに保育所の中に入っても良いし、ここで二人が来るのを待ってても良いんだって。どうする? 」 

 

 その時になって、奥さんとじいちゃんは視線があった。じいちゃんは、深呼吸を何度か繰り返して「ヨシ」と言った。

 

「奥さん、情けねえ面見せたな」 

 

「そんなことない」 

 

「ワシは、二人を迎えに行くから待って下さい」 

 

「はい、待ってるから。ゆっくり来たら良いからね」 

 

 奥さんは、じいちゃんなら迎えに行くと思っていた。そして、少し本調子になって良かったと安心した。

 

 じいちゃんは、車から降りてインターホンを押した。

 

「倉西陽架琉の祖父です」 

 

 そう名乗ってから、インターホン越しにいくつか話して、門の中に入った。

 

 

 じいちゃんは、保育士に案内をされた部屋で少しだけ今回の経緯を聞いた。

 

「今日は、陽架琉くんがいるクラスと少し年上のクラスと合同で室内や室外に分かれて遊んでいました。陽架琉くんは、体調のことも考えて室内でした。年上のクラスの園児が、立っている陽架琉くんを突然背中を叩いたんです。すぐに近くにいた保育士が間に入ろうとした時に、その園児があることを言いました」 

 

 じいちゃんは、なんとか気持ちを落ち着かせた。

 

「「おまえのちかくにいたら、みんなしぬ。わるいやつは、こらしめる」と、陽架琉くんより年上のクラスの園児がそう怒鳴るように言ったんです」 

 

 保育士は、今の時代の個人情報取り扱いを考えてトラブルのあった園児の個人情報を濁して伝えるしかなかった。

 

「陽架琉くんは、言葉の意味が分からなくても突然のことで驚いてるのと押された時に転んだ時の痛みで、たくさん泣いている状況でした。申しわけありませんでした」 

 

 保育士は椅子から立って、じいちゃんに頭を下げた。

 

「先生、頭をあげて座って下さい。先生が陽架琉にひどいことをしたわけでもないんですから」 

 

 じいちゃんの言葉に、保育士は涙をためながら椅子に座った。

 

「陽架琉に早く会いたい。でも、少し質問をさせて下さい。先生の答えれる範囲で良いので」

 

「分かりました」  

 

「陽架琉に、そんな行動をした園児は家庭環境が悪いんですか? 」

 

 保育士は、じいちゃんの質問に答えにくそうにしながらも、前を向いた。

 

「様々な機関が、サポート出来るように動いてるとだけとしか伝えれません。だからと言って、陽架琉くんにして良い言動ではありません」  

 

「私は、この保育所には無理を言ってるのに、陽架琉は私たちにとても寄り添ってくれるところだと思います。今回のことはすぐに予測して防ぐのは、誰だって難しいと思います」 

 

 じいちゃんの中にも、葛藤はあっても、保育所も悪いとは責めれなかった。

 

「陽架琉に、ひどいことをした園児にはどう対応しますか? 」 

 

「今、園でも対応についての話し合いをしています。私の意見としては、トラブルのあった園児から話しを聞くことが大切だと思います。聞くことで、園児の言動の原因を知り、陽架琉くんやその子の今後のためになると考えてます」 

 

「ありがとうございます」

 

 じいちゃんは、頭を下げた。陽架琉のために考えてくれて安心をした。

 

「あと、一つだけいいですか? 」 

 

「はい」 

 

「その場にいた関係のない園児には、どんな対応をしますか? 」 

 

 陽架琉が、一方的にひどいことをされた現場には当然関係のない園児がいた。

 早急に対応をしないと、年齢関係なく子どもは時に残酷な生き物。

 意味も分からずに、『しぬ』という言葉を陽架琉やそれ以外に使う可能性があった。

 じいちゃんは、陽架琉以外にも後に傷つける傷ついたりする人間を作りたくないし、心のケアをして欲しいと理由も伝えた。

 

「お祖父様のお気持ちを承知しました。園のほうでは、早急にプリントを作っています」 

 

 保育士が、じいちゃんにプリントを見せた。

 

「これは、あくまで仮のものです。お祖父様がおっしゃる通りに子どもは残酷です。その時のように、保護者へ園児に向けての対応方法を呼びかけるものを作っています」 

 

 この保育所では、あらかじめに子どもが今からでも使ってはいけない言葉を発見するとお家での指導をして欲しい内容をプリントにまとめていた。


『保育所で、悲しい言葉を使う園児がいました。保育所のほうでも、早急に対応をしています。そこでお家の方にもご協力をして欲しいことがあります』 

  

 と、今回のプリントには冒頭の方に書かれていた。

 

『「しぬ」という言葉を、保育所で使う園児がいました。その言葉は、何も悪くない園児に向けられました』

 

『お子様が「しぬ」という言葉を家庭や誰かに向けて言った場合は、すぐに保護者が怒ったとしても理由を必ず聞いてあげてください。そして、なぜ使ったらいけないのかを話してください』   

 

『子どもは、時に残酷です。意味を分かっても分かってなくても言う場合があります。幼い今のうちに、言葉の使い方をすることで、誰かを悲しませるという未来を少しでも減らせればと思います』

 

 と、言った内容がいくつも書かれていた。

 

「ありがとうございます」 

 

 じいちゃんは、涙を流してそう言った。

 

「では、そろそろ陽架琉くんのところに行っても大丈夫ですか? 」

 

「はい。先生は、私が早く陽架琉に会えるようにと考えてたのに、話しする時間を作ってくださりありがとうございます」  

 

「陽架琉くんにすぐに会えるようにと考えてましたが、まずは今回の状況を直接お祖父様にもお伝えをすることも大切だと思いました」 

 

 じいちゃんは、また感謝の言葉を保育士に伝えた。

 

4 

 

 保育士は、陽架琉たちがいる部屋のドアをノックした。部屋の中から返事があった。

 

「失礼します」 

 

 保育士とじいちゃんが部屋の中に入ると、陽架琉はばあちゃんにしがみつくように抱かれていた。

 

「ばあちゃん、遅くなってすまない」 

 

「急いで来てくれたんでしょ」 

 

 ばあちゃんは、気にしないでと首を横に振っていった。

 

「先生、連絡や気遣いをしていただいてありがとうございます」 

 

「私たちは、陽架琉くんやご家族のために出来ることするだけです」 

 

 この保育所に長く在籍する保育士がそう言った。

 

「じ〜 」 

 

 陽架琉が涙声で言った。

 

「陽架琉! 」 

 

 陽架琉は、抱っこをして欲しいと言うようにじいちゃんに手を伸ばした。

 じいちゃんは、それに応えるようにばあちゃんから抱っこを代わってもらった。

 

「たくさん泣いたな」 

 

「ひー、いーこ」 

 

「陽架琉は、良い子だよ。何も悪くないよ」 

 

 陽架琉は、ニカッと笑った。

 

「すみません、今日はもうこのまま早退をさせていただいても構いませんか? 」

 

「はい。承知しました。念のために、陽架琉くんのカバンは準備してます」  

 

「さっき、先生から受け取ったよ」 

 

 ばあちゃんが、そう言った。

 

「明日の登園については、明日の朝になってから連絡をさせてもらっても構いませんか? 」 

 

 ばあちゃんは、そう聞いた。

 

「はい。陽架琉くんの様子を見てから来てもらって大丈夫です」 

 

「ありがとうございます。それでは失礼します」 

 

 三人は、保育所の門を出た。奥さんは、車の窓を開けた。

 

「奥さん、すまない。待たせた」 

 

「ごめんなさいね。来てくれて助かるわ」 

 

「じっちゃん、ばあちゃん、大丈夫だから。私も陽架琉くんが心配で会いたかったからね」

 

 社長の奥さんは、明るく言った。そして、車の窓を閉めた。

 

 じいちゃんたちは、車に乗り込んだ。

 

「陽架琉くん、こんにちは」 

 

 奥さんは後ろを向いて、後部座席にのチャイルドシートに座っている陽架琉に言った。

 

「おく〜、こんちゃ」 

 

「はい、こんにちは」 

 

 陽架琉は、ニカッと笑った。

 

「「おく〜」って?」 

 

 じいちゃんが首を傾げる。

 

「私のニックネームみたいな感じです。じっちゃんや職場のみんなが奥さんって言ってるから。陽架琉くんがマネをして「おく〜」ってこの間から言ってるんですよ」 

 

 奥さんは、楽しそうに言った。陽架琉が何度かせがれの家に行ったり一緒に出かけたりして懐いたのもある。

 

「そうか、良いニックネームをつけてもらったな」 

 

「はい! 」

 

 二人は笑った。

 

「じっちゃんたちの家まで送るね」  

 

「助かるわ」 

 

 奥さんは、車を走らせた。

 

「奥さん、ワシの家に着いたら、その後どう帰るんだ? 」 

 

「歩ける距離だから、歩いて帰るわ。いい運動になると思うからね」

 

「ありがとうな」 

 

 奥さんは、ニコッと笑ってルームミラー越しにじいちゃんを見た。

 

「ばあちゃん、何かごはんの準備してる? 」 

 

「そうね、白ご飯は炊いてのると作り置きの人参しりしりかな。メインのがないのよ」 

 

「台所を借りてもいいなら、簡単なものを作るよ」 

 

「そんな、悪いわ」 

 

「私が作りたいから作るの」 

 

「ありがとうね」 

 

 奥さんは、ばあちゃんたちが今回のことで心労を心配していた。自分に出来ることをしたかった。

 

「でも、冷蔵庫の中にある食材は卵とウィンナーと牛乳があるの。今日、陽架琉を保育所に迎えに行ってから一緒にスーパーで買おうって思っててね」 

 

「それなら、目玉焼きと卵焼きとウィンナをタコさんにして焼くことが出来るね。陽架琉くんも好きなメニュー寄りになるけど。それでもいい? 」 

 

「うん、助かるわ」 

 

 じいちゃんは、二人の会話に入らずに陽架琉の目元をアイシング用の氷嚢で冷やしていた。それは、保育所から借してもらった。

 陽架琉の目元は、大泣きしたのでかなり赤く腫れていた。見てるだけでもとても痛々しいぐらいだった。

 陽架琉は、元々冷たいのが好きなので喜んでいる。

 

「陽架琉くん、タコさんウインナー作るけど。たべる? 」 

 

「うー! 」 

 

 陽架琉は、手をあげて喜んだ。

 

 

 奥さんは、家に着くと手洗いうがいをしてからご飯の準備に取りかかる。

 ばあちゃんは、陽架琉を抱っこして目元を冷やした。

 

「奥さん、社長に電話してくるよ」 

 

「あっ!私がすれば良かったのに。ごめん、じっちゃん」 

 

「何言ってんだ。奥さんには、今回たくさん世話になってんだからな」 

 

 じいちゃんは、少し明るく言った。それから、台所や居間から離れた二階で社長に電話をした。

 

「もしもし、社長。ワシや」

 

「あっ、じっちゃん! 」  

 

 社長は、大きな声で言った。

 

「社長、声の音量を気をつけろって、昔から言ってるだろ」 

 

「あっ、ごめん。連絡をいまか今かと待ってたからさ。陽架琉くんは、どうだった? 」 

 

「連絡が遅くなったのは、すまん。あと、奥さんがワシの家で昼メシを作ってくるから帰りが遅くなるというのも言っておくよ」

 

「了解した。それで、陽架琉くんの調子はどう? 」 

 

「陽架琉は、今機嫌は良いんだか」  

 

 じいちゃんは、社長に今回のことの顛末(てんまつ)を話した。

 

「あの()のことをこの街のみんな、知ってる。だから、同情してくれたり支えてくれたりする人がいてな。申し訳ないぐらいに優しいと思ってた」 

 

 社長は、じいちゃんの本音に耳を傾ける。

 

「でもよ……。そう思わない言って数がいるのも分かる。そう思う大人が、幼い純粋な子どもがいる前で酷い言葉を言った。その結果、陽架琉を傷つけることになった」 

 

「そうだな」

 

「陽架琉は、今回言われた言葉もあまり意味が分かってなかったり、突然背中を押されてケガをして痛かったりで泣いたんだ」  

 

 陽架琉は、全ての言葉の意味がわかなくて突然の出来事すぎて驚いてつらくて悲しくてないたのだ。

 両膝には、小さい絆創膏がしてあった。

 

「まだ、三才の子どもが知らなくていいことが多い。ワシや大人が言われてもつらいが、気持ちの落ち着けどころを見つけれる」 

 

 大人だって、言われてつらいことがたくさんある。でも、子どもよりは気持ちの落ち着けどころは見つけれるから、どうにかこうにか生きていける。

 

「相手の家庭環境が影響してるだろう。残酷かもしれねぇが、ワシにとっては本当にどうでもいいと言いたいだ。でも、そのせいでその子や陽架琉が苦しむのは違うだろう」 

 

「そうだな」 

 

「陽架琉は、まだ知らなくていいんだ。人の死について、考えて苦しまなくて」 

 

「あぁ、俺たちで出来ることは無理なくするから。じっちゃん、もっと頼ってくれよ」 

 

「ありがとう」 

 

「ヘヘッ 」 

 

 社長は、少し恥ずかしそうに言った。

 

「あっ! 」 

 

「ん? 」


「たぶん、うちのせがれとたけしくんが学校帰りにそっちに突撃すると思う」 

 

「はぁ? 」 

 

「今日、何でか知らないが学校が昼までだからって。さっき、陽架琉くんが保育所を早退したって連絡したからさ。「行くわ」って返信が来たんだった」

 

「何、のんきに言ってんだ。昼メシは四人分しかないんだ。すぐに奥さんに追加を頼まねぇと」 

 

「じっちゃん、せがれの性格をよくわかってんな。昼メシを食べずにそっちに行くって」  

 

「せがれが、陽架琉のためになんか命がけ感がすごいし、よく想ってくれるブラコンだからな」 

 

「俺は、未だにじっちゃんからブラコンって言葉が出るのがおもしろいわ」 

 

 電話の向こうで、社長か笑う。

 

「じゃあ、また連絡するわ」 

 

 じいちゃんが、電話をきった。

 

 5

 

 じいちゃんは階段を降りて、台所に向かう。そこには、出来上がった料理があった。

 

「奥さん、すまないが二人分追加出来るか? 」 

 

「あっ、うちの息子とたけしくんが来るのね」 

 

「そうだ。さっき、社長にのんきに話の最後の方に電話で言われてな」 

 

「どうにかするわ。ばあちゃんから聞いてたよりも、食材があったからね。あっ、使った分はこっちで用意するから」 

 

「気にするな」 

 

「ばあちゃんもそう言ってたけどね。大丈夫、うちの職場の子たちに買い物を手伝ってもらうから」 

 

 せがれの職場では、訳ありの住み込みの子たちが離れに住んでいる。住み込みをする条件に、奥さんの手伝いも含まれているのだ。

 

「それに今は、陽架琉くんのそばに二人ともいてほしいからね。それで、少し疲れたら私たちが陽架琉くんのそばにいるから」 

 

「みんなに助けてもらってばかりだ」 

 

「何いってんの。じっちゃんには、私たちが子供の頃から世話になりっぱなしだからね。恩返しさせてもらってます」 

 

「奥さん、ワシは最近涙腺が緩むから泣かすな」

 

「じっちゃん、年とったね」 

 

「うるせぇ」 

 

 じいちゃんは、ティッシュで目元を拭く。

 

 

 それから三十分ぐらいして、せがれとたけしはじいちゃんの家に来た。

 そして、手洗いうがいをしてから、みんなで食卓を囲む。

 

「せーちゃ! 」 

 

「ん? 」 

 

「タコー 」 

 

「お〜 」


「カニー」


 陽架琉は、手づかみでタコさんとカニさんウインナーを持ってせがれに見せる。

 

「タコさんとカニさんウインナー美味しいな〜」 

 

「陽架琉くん、フォークで食べようね。お手々、拭こうね」 

 

「う〜! 」 

 

 せがれとたけしは、ニコニコとして陽架琉の世話をする。怒る時は怒るが、今日の陽架琉は理不尽な言動で涙を流したから優しく言った。

 

「陽架琉くん、美味しい〜? 」  

 

「おく〜、お〜し〜 」 

 

「美味しいの!作れてよかった〜 」

 

 陽架琉の言葉は、日々成長をしてる。でも、まだつたない言葉を話す。

 まだ、フォークやスプーンよりも手づかみでご飯を食べることが多い。

 

「陽架琉、今度は目玉焼きを手づかみするのか」 

 

「お〜し〜」 

 

 陽架琉は、食べやすい大きさに切られた目玉焼きを手づかみで食べる。手を拭いても拭いても食べ物がついてくる。

 まだ、食べ物を床に落とすことがないだけマシだ。

 

「おいしいなら、いいか」 

 

 せがれは、やれやれと言った感じに言った。

 

 6

 

 みんなでお昼ご飯を食べ終わり、たけしとせがれの母親とばあちゃんが片付けをしに台所に行った。

 

「陽架琉は、甘えただな」 

 

 陽架琉は、せがれの上に乗っかって満足気にしている。

 

「陽架琉が、ニコニコしてるのが嬉しいわ」 

 

「そうだな」 

 

 じいちゃんとせがれもニコニコしている。

 

「ひー、いーこ」 

 

 陽架琉は、突然そう言い出した。

 

「陽架琉は、良い子だな」 

 

 せがれが陽架琉の頭を撫でてやる。陽架琉が嬉しいそうにしたかと思ったら、寝息を立てた。

 

「あっ、寝た」 

 

「今日は、色々あって疲れたんだろ。ご飯も食べておなかもいっぱいなったからな」

 

「そうだな。もう少ししたら、布団で寝かしたほうがいいな」  

 

「足がしびれると思うから、無理するなよ」 

 

「おう〜! 」 

 

 それから、十分後に陽架琉とせがれは布団の中で眠っていた。

 

「もう〜 」 

 

 せがれの母親は、あきれた。

 

「じっちゃん、ごめんね。うちのバカ息子が……」

 

「何いってんだ。寝る子は育つっていうからな。陽架琉の子ども体温は、みんな眠くなっちまうからな」

 

「そうだね」   

 

 たけしが賛成した。

 

「こっちで、今回のことを話す。たけしも、参加するか? 」 

 

「はい。僕も参加します」 

 

「しんどくなったら、抜けて陽架琉たちと一緒に寝ちまえ」 

 

「はい」 

 

 じいちゃんは、連絡帳や保育士から聞いたことを元に話しだした。

 

「想像以上に、恐ろしい」 

 

 たけしが、そうポツリと言って涙を流した。

 

「ワシたちが出来ることは、保育所を信じて対応を待って、陽架琉に寄り添うことしか出来ない」 

 

「明日の登園は、陽架琉が行きたかったら行く。それによって、ワシが出勤が出来るか決まるな」


「うん。うちは、それで大丈夫よ。陽架琉くんが保育所を休みして、じっちゃんの力が必要になったときなは、申しわけないけど来てもらうけどね。ばあちゃんには、負担をかけると思う」 

 

「私のことも心配してくれてありがとう。陽架琉が起きてる時は、こっちが心配するぐらいに良い子たがら。おじいちゃんが、そっちに行っても大丈夫よ」 

 

「うん」 

 

「何かあったときは、僕の兄と姉に電話してください。二人とも陽架琉くんのためならと仕事の調整はいつでも出来るようにしてるそうです」 

 

 たけしの兄と姉の協力したい想いに、一同は少しの間沈黙した。

 

「そうなのね。ありがとう。何かあったら、連絡をさせてもらうね」 

 

 

 この日は、陽架琉とせがれが数時間お昼寝をしている間に、奥さんが職場の住み込みの人たちを呼んで買い物に出かけた。

 たけしは、宿題や予習をした。せがれ用に、今日の宿題が何かを書いたり、小テストを作ったりした。

 

 ばあちゃんとじいちゃんは、その間にゆっくりとリフレッシュをして心を休めた。

 

 7

 

 じいちゃんは、あることを思った。

 誰かがこの世から居なくなる前のその時に、もしも自分がいるとしたらどんなふうにしていたのかと想像していまう。

 大切な人がもうこの世にいないと分かっても、もしかしたらいるんじゃないかと錯覚をしてしまう。

 それを想ったとしても、儚くより辛くなってしまう。 

 

 まだ、幼い三才の陽架琉が、本当なら自分の両親やきょうだいを一度に喪ってしまう気持ちを知らなくていいはずなのだ。

 それを誰か知らない人が、陽架琉を傷つけて泣かせてしまう悲しい想いを知らなくていい。

 

 どこの誰かも分からない人の言葉が、陽架琉や自分たちが悪くないのに心に深い傷をつけてしまう。

 

 全ての元凶は、あの火事を起こした連続殺傷放火事件の犯人だ。それなのに、恐らく犯人じゃない人たちが、更に自分たちを傷つける。

 

 じいちゃんだって、犯人を恨みたいという気持ちがあるけど。それを知らないフリをする。

 誰かを恨むだけで心は疲れるし、良いことはない。


 今は、自分の寿命が続く限り陽架琉のそばにいて支えたいのだ。

読んでいただき、ありがとうございました。

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