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第11話 見たくないもの

 じいちゃんには、いつまでも見たいのに、長時間は見れなくなったものがある。

 それは、写真だ。魔法のようでたくさんの技術で、この世にいない人まで思い出として写し出されているモノ。


 じいちゃんは、子供の頃に大切な親友を亡くしてきた。長く生きれば生きるほど、みんなが目の前から消えてなくなってしまう。


 声が分からなくなっても、写真を見れば彼らの生前を思い出して、懐かしむことが前なら出来た。

 自分の親子や親戚に、亡くした親友たちの写真を寂しく思うけど、懐かしさがある。


 じいちゃんが普段の生活で写真を見える所に置いてるのは、彼らの存在を忘れないためだ。

 でも、やっぱり写真を見ることで、とてつもなく悲しくて、つらくてたまらないから本当は見たくはない。

 

 戦争の時代を生き抜いたじいちゃんでも、今回の放火殺人事件はこれまでと比べれないぐらいに、とてつもない悲しみが襲った。


 もう、この国で誰かが武器を持って人の命を奪わなくて良いはずなのに、それでも人は辞めなかった。

 

 どうして、何者かが何も悪くなくて、見知らぬ誰かや家族を、今後続くはずの日常と未来を無謀に奪うのか分からない。

 

 じいちゃんは、この家にあったアルバムから陽架琉の両親や兄と姉の二番目に気に入っている写真を選ぶことにした。それでも、苦痛だった。

 叶うのなら、彼らのとても素敵な記念日に一番気に入っている写真を何気ない日々の思い出として選びたかった。

 なぜ、じいちゃんが一番気に入っている写真にしなかったのは遺影という悲しみにしたくなかった。一番気に入ってる思い出の写真は、アルバムとして気軽に見れるほうが、今後の未来には良いと思ったからだ。


 じいちゃんにとっては、遺影は死んでほしくない人が、いなくなった悲しみの証明として写真になったとしか思えてならないのだ。

 

 そして、二番目に気に入っている写真は、遺影になった。


 彼らは、そこで笑っている。もう、現実では笑っているのを見ることが出来ないのに。その中でしか、彼らは笑ってくれない。

 

「おじいちゃん、あの子たちの写真をみるのがツライのなら無理に飾らなくていいの。私は、おじいちゃんの心が心配です」 

 

 ばあちゃんが心配そうに、じいちゃんに自分の気持ちを伝えた。

 

「あぁ、出来ることなら飾りたくない」 

 

「はい」 

 

「でもよぉ。陽架琉(ひかる)は、どうだってことになるんだ」 

 

「えっ? 」 

 

「まだ、人間として生まれて三年目の子供がな。突然、一緒に暮らしていた家族が永遠にいなくなったんだ」 

 

「はい」 

 

「陽架琉は、特に変化に弱いから。今はなんとなくいないってのは、分かってきた。それでも、まだ小さいから家族の顔が分からなくなる。そうはなってはいけないのと、不安に思って欲しくないんだ」 

 

 じいちゃんは、陽架琉がまだ完全なる人の死を理解は出来ないのを知っている。

 変化に弱い陽架琉が、家族の死を少しずつ分かってきた。それでも、認めたくない思いが交差をする。

 陽架琉は、まだ三才の子供だ。小さい時の記憶は次第に成長すれば忘れてしまう。


 だからこそ、大切な家族の顔を忘れてほしくないと思う。

 そして、家族がいなくて会えないと不安になって苦しんで欲しくなかった。

 

「今の時代やこれから先は、写真や動画で思い出を残せる。でも、それは過去の存在になってしまう。だって、もうこの世にいない人間は、未来では更新されなくなるから」

 

「はい」 

 

「それでも、陽架琉の父ちゃんや母ちゃんと兄ちゃんや姉ちゃんは、ここにはいるからと気休めになるか分からんが伝えておきたいんだ」 

 

「そうですね」 

 

「ばあちゃんが、ワシの心を心配してくれるのがありがたい。でも、ワシもばあちゃんや陽架琉の心を同じように心配してるんだ」


 ばあちゃんは、少し元気がない表情をしていた。

 

「ありがとうございます。陽架琉は、今は分からなくても大きくなったら、少しずつ色々なことが分かるようになると思いますよ」 

 

「あぁ、そうだな」

 

「陽架琉が寝てたり、出かけていたりする時間だけ、写真を見えないようしていいですよ」 

 

 ばあちゃんは、優しく言った。

 

「ありがとう」 

 

 じいちゃんは、短くそう言ってから深呼吸をした。

 

「でもよ。ワシは、もう会えない息子夫婦と孫が写真や映像の中にいると実際に会ってるように思えるから。見たいんだ。うまく言えないが、そういうことだ」 

 

「お気持ち、分かります」 

 

 ばあちゃんは、じいちゃんに寄り添った。自分の心よりも、じいちゃんを支えなくてはと思った。


 そうじゃないと、この家は終わってしまうと不安でたまらなくなったから。

 

 


 この日は、陽架琉はたけしの家にせがれと一緒にお泊りをしていた。

 たけしとせがれの親が、少しでもじいちゃんたちがゆっくりと休息が出来るようにと企画したものだ。


 じいちゃんたちは、最初は遠慮をしていたが、陽架琉がお泊りすることにウキウキだったので、お願いすることにした。

 

 じいちゃんは、陽架琉の世話をするマニュアルを作って渡した。内容は、食事やトイレ、おもちゃなどについて書いていた。

 そして、火事があった時間帯に陽架琉自身がしんどくなるくらいの夜泣きをすることがあるというのも書いた。

 その時の対応は、どんなに抱っこやおんぶをしても、子守唄を歌ってもダメだった。

 効果があるのは背中を何度も擦って、安心させる言葉を言ったり、心臓の音を聞かすことだ。それでも、難しい時は、陽架琉が泣きつかれて朝まで眠るの待つ。


 こんなことが数カ月、波はあるが続いてる。じいちゃんやばあちゃんは、寝不足や気持ち面の体調を心配していた。

 

「せがれたちには、陽架琉に何かあったらすぐに連絡をよこすように言ってる。でも、連絡が無くても心配だな」 

 

「はい、心配ですね」 

 

 この日の朝、陽架琉はたけしたちに迎えに来てもらってから家を出た。

 陽架琉は、なんとなくお泊りをするというのは分かっていたが、じいちゃんたちは夜になって彼が不安で泣かないか心配だった。

 

 じいちゃんは、ソワソワしながらもばあちゃんと家事をしたり昼寝をしたりとのんびり過ごした。

 晩御飯を食べて、好きな映画のビデオをばあちゃんと見た後に話しをしていたのだ。

 

「あら、おじいちゃん」 

 

「ん? 」 

 

「おじいちゃんのスマホが震えてますよ」 

 

「えっ? 」

 

 ちゃぶ台に置いてるじいちゃんのスマホが、バイブレーションで震えていた。

 

「たけしからだ! 」  

 

 じいちゃんは、嬉しそうに笑って、メッセージを見た。

 

「ほら、ばあちゃんも一緒に見よう! 」 

 

「はい! 」 

 

 二人は、嬉しそうにたけしからのメッセージを見た。

 

「陽架琉が、笑ってるな」 

 

「はい! 」 

 

 たけしからのメッセージは、こう書いていた。

 

『じっちゃん、夜遅くにすみません。陽架琉くんは、せーくんと一緒に仲良く寝てます。

 今日は、僕とせーくんの家族と陽架琉くんとで水族館に行きました。その時の写真を送ります。

 陽架琉くんは、家族連れを見ると何度かグズりました。

 せーくんのお父さんが、陽架琉くんにあることを言いました。


 「陽架琉くん、何で泣いてるんだ?陽架琉くん、ここにはたぁくんやせーくんの家族がいるんだ。他の所よりも大家族。陽架琉くんのお家には、じっちゃんとばあちゃんがいるんだろ。俺たちは、陽架琉くんの家族だ。悲しい気持ちになる必要はないんだよ」と、言ってました。

 でも、陽架琉くんにはまだ難しすぎたみたいでキョトンとしてました。後で僕たちが説明すると分かったようで、ニコニコしてました。


 お昼ご飯や晩御飯も完食して、お風呂も楽しそうに入ってました。

 寝る前はグズってましたが、せっちゃんが陽架琉くんと水族館で買ったペンギンのぬいぐるみを抱っこして寝室に連れっていきました。

 さっき、様子を見に行くと寝ていました。連絡が遅くなってすみません。


 僕は、もう少し勉強をしてから寝ます。何かあったら、すぐに連絡をします。

 明日は、陽架琉の様子を見てから帰る時間をお伝えします。

 おやすみなさい。

                  たけし』

 


「たけしは、相変わらず大人だな」 

 

「そうですね」 

 

 じいちゃんは、たけしに「今日は、陽架琉と遊んでくれてありがとう。勉強はほどほどにして早く寝なさい。おやすみ」と返信ををした。

 

 

 陽架琉は、夜中に目が覚めた。常夜灯の薄明るい部屋に驚いて、隣にいるせがれの顔をペチペチと叩く。

 

「ん?」 

 

 せがれは、寝ぼけながら陽架琉の方を見た。

 

「陽架琉、どうした? 」 

 

「せーくん」 

 

「うん」 

 

「くらい、やー」 

 

「部屋が暗いの嫌なんだな。教えてくれありがとう」

 

 せがれは、手探りで照明のリモコンを見つけて部屋を明るくする。

 

「陽架琉、もう寝る時間だから。これぐらいの明るさでいいか? 」  

 

 せがれは、全灯をちょっと薄暗くした。漫画の字が読めるぐらいの明るさ。

 

「うん」 

 

「陽架琉、寝れそう? 」

 

「とおちゃ、かあちゃ、にいちゃ、ねえちゃ、どーこ? 」 

 

 せがれは、言葉を詰まらせた。なんて言えば良いのだろうか。

 昼間、せがれの父親が言った『俺たちは家族だから』と言って、たけしや自分の親兄弟は寝てるって伝えたら良いのだろうか。

 それとも、陽架琉が探している家族は、じっちゃんとばあちゃん以外はもういないと言うべきなのだろうか。

 みんな、お出かけをしてるからいないというべきなのだろうか。

 もしかしたら陽架琉は、夢で彼からに会っていて、今は寝ぼけているのだけだろうか。


 せがれは、必死に少し寝ぼけた頭で考えた。


 「せーくん! 」 

 

 陽架琉は、珍しく怒った声を出す。

 

「どーこ? 」 

 

 せがれは、動揺した。

 

「せっちゃん、どうしたの? 」 

 

 たけしが目を擦りながら、部屋に入ってきた。

 

「たけし」 

 

 せがれは、正座をして陽架琉に向かい合ってたが、たけしの方を見ている顔にはヘルプと書かれているようだ。

 

「陽架琉くん、せっちゃんになんて聞いたかを僕に教えくれる? 」

 

 陽架琉は、一生懸命にたけしに伝えた。

 

「教えてくれて、ありがとう」 

 

 たけしは、陽架琉の頭をポンポンと撫でた。

 

「陽架琉くんの家族は、もう夜遅いからみんな寝てるよ」 

 

「ねんね? 」 

 

「そう。ねんねしてるよ」 

 

「そっか」

 

 陽架琉は、納得したように頷いた。せがれは、そういえば良かったのかと思った。

 

「ひーは、あいたいの! 」  

 

 「そうだね」 

 

「でも、ねんねの邪魔したら怒られるよ? 」 

 

「イヤー 」 

 

 陽架琉は一度納得したが、やっぱり会いたい気持ちが強くなった。

 陽架琉は、うわぁ~と急に泣き出した。せがれは急いで陽架琉を抱き上げて慰めた。

 

「うわぁ~ん〜 」 

 

 他の部屋で寝ていた家族が、そっとドアの隙間から様子を見た。

 

「会いたいな〜」 

 

 せがれは、本心からそうツブやいた。また、笑っている竜輝に会いたいと思った。

 

「陽架琉、俺も会いたいからオソロイだよ」 

 

 せがれは陽架琉が気に入っている言葉をいうと、少し泣き声が小さくなった。

 

「入ってもいい? 」 

 

 たけしの母親のちさこが声をかけた。

 

「はい」 

 

 たけしが、返事をした。

 

「陽架琉くん、私が抱っこしてもいいかな」 

 

 たけしの母親は、陽架琉の目線に合わせて声をかける。

 

「かぁー? 」 

 

 陽架琉の言葉に、そこにいる人たちは複雑な顔をする。

 

「おいで」 

 

 陽架琉はせがれから離れて、ちさこに抱っこをしてもらう。

 

「かぁー」 

 

「陽架琉くん、ねんねしようね」

 

「うー」

 

 たけしの母親が、抱っこをしながら身体を揺らしたり背中をポンポンと優しく叩いたりした。

 陽架琉は、次第眠たくなった。

 

「おふとんで、寝ようね」  

 

 たけしの母親は、器用に陽架琉を布団に寝かせ、自分も横になる。背中をポンポンと優しく叩いたり、子守唄を歌ったりする。

 

「かぁー」 

 

「どうしたの? 」 

 

 陽架琉から返事は無かった。どうやら、眠ってるようだ。

 

「やっぱり交代で、陽架琉くんの隣で寝ようか」 

 

「そうだね」 

 

 たけしの姉のきよかがいつの間にか部屋に入って、母親の言葉に賛同する。母親ときよかは、そっと場所を入れ替わった。

 

「とりあえず、ここはお姉ちゃんに任せて。二人は、リビングでお母さんたちと話して」

 

 強引に、たけしとせがれは部屋から追い出された。

 

「母さん、何で陽架琉くんを寝かせれたんですか? 」  

 

 ちさこが人数分の飲み物を準備して、ダイニングテーブルに戻った時、たけしが聞いた。

 

「小さい子供は、母親を求めるものなの。少し髪形を陽架琉くんのお母さんに似せてね。それにじっちゃんからもらったマニュアルにも書いてたけど、心臓の音を聞くと安心すると思ったの。」 

 

 子どもは、母親のおなかで命が生まれて出産をするまで心臓の音を聞いている。安心する音になっている。

 もしかしたら、陽架琉は寝ぼけながらもちさこが自分の「かぁー」に見えたのだろうか。

 会いたい母親に会えて、安心をして心地よく寝たのだろう。

 

「たけしのお母さん、ありがとう。俺、いつもと違う陽架琉をみて、動揺してしまった」

 

「せっちゃん、あなたはまだ子どもよ。大人よりもできないことがあって当然。でもね、せっちゃんがすごく頑張って陽架琉くんを守ろうとしてるのを、みんながちゃんと知ってるからね」

 

 せがれは、大きな手で顔を覆い隠した。

 

「大人の私でも、子どものためだってしたことが、その子にとって嫌な想いをさせてきた。謝っても、許されないことをね。誰だって、自分が想うことを百パーセント出来る人なんていないの」  

 

 ちさこは、一口だけホットミルクを飲んだ。

 

「今回の私たちにとって、大切な人たちがたくさん亡くなった。それは変えれない現実で、見たくないもの」 

 

 ちさこは、また一口だけホットミルクを飲んだ。

 

「いなくなってしまって姿は見えなくても、その大切な人がどこかでこの世で生きて欲しいと願う。でも、そうじゃないって現実をまだ見たくないって思うのは、その人たちの死を認めてしまうってことになるかな」 

 

 大切な誰かを永遠にこの世からいなくなったという現実を受け入れたくない。

 それは、受け入れてしまったら、その人の死を認めてしまう。その死を乗り越えるにはかなりの時間が必要になる。


 まだ、完全に気持ちの整理ができない状態で、落としどころを見つけてしまってはいけない。

 もしかしたら、自分までも永遠にこの世からいなくなるという決断をしてしまうかもしれない。

 それ以上に、人の死はとても悲しくてつらいのだ。

 

「一番つらいのは、陽架琉だと思う。まだ、小さくて、俺たちよりも家族の死を受け入れようとしてもできないから」 

 

 せがれが、声を絞り出すように言った。

 

「せーちゃんの気持ちも分かる。でもね、誰と誰かの悲しいを比べることはしてはいけないよ」 

 

「うん」 

 

「私たちに出来ることは、悲しくてつらくても陽架琉くんに寄り添うの」 

 

「うん」 

 

 食卓を囲むみんなが、涙を流した。

 

 その晩は、みんなで交代をしながら陽架琉に寄り添って眠った。

 

 とてつもなく悲しくてつらい現実は、誰もが見たくないものだ。

読んでいただき、ありがとうございました。

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