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第9話 言葉

番号ありは、長めの話です。

 陽架琉(ひかる)は、自分の両親と兄と姉の葬儀の時をきっかけにしゃべるようになった。

 じいちゃんは、陽架琉がたくさんしゃべるようになったのを、空高くにいった家族に生きてるうちに見せたかったと悔しがった。

 

 葬儀から数日後に、陽架琉は熱を出すようになった。誰かがそばにいないと、声がかれるまで泣き叫ぶようになった。

 

「陽架琉は、あれから誰かいないと熱がなくても寝れないし、泣き叫ぶんだ。そんな陽架琉を見てると堪らなく辛くなる。やっぱり、人をとてつもなく悲しませる死に方はだめだな……」

 

「そうだな」 

 

 今日も、せがれがたけしと一緒にじいちゃん家に行っていた。

 二人は学校が終わると、そのままじいちゃんの家に行くことが習慣になっていた。

 二人は、それぞれの役割を自分たちで考えて実行をしている。


 たけしは、ばあちゃんの話し相手をしたり陽架琉の面倒をみたりする。


 せがれは、じいちゃんの話を聞いたり、陽架琉と遊んだりをする。

 じいちゃんとばあちゃんは、二人の意思を尊重し、お礼にとおやつや晩御飯を一緒に食べることにしている。


 彼らのポッカリと心に空いた穴は、想像もつかないぐらい大きくて深い。


 ばあちゃんは、三人だけで食べる晩御飯がとてもつらいと言った。

 よく晩ごはんを陽架琉の父親たちと食べていたからか。あの()から三人で食べていると、もうそれが出来ないのかと寂しくてつらくなると涙を流した。


 それからは、たけしやせがれとその家族が集まって晩ごはんを食べるようになった。

 毎日の人数は違うけど、少しでもばあちゃんたちの助けになればと想ってご飯を食べている。


 

 じいちゃんとせがれは、縁側で話をしている。

 

「陽架琉は、まだまだ両親が必要な時だ。竜輝とあおいが、あの子の隣でいるのが当たり前だった。バイバイとヨシヨシをしても白い煙を見ても、それは変わらないと思う」  

 

「うん」 

 

「もの心がつく時には、顔も声もおぼろげで、思い出も分からなくてなると思う。そう思ったら、言葉で表せなくなるんだ」

 

「うん」  

 

「陽架琉が、時々みんなを探すんだ。もうみんなと会えないって分かると、泣いて縁側から空を見てるんだ」 

 

 陽架琉は、家族がもう会えないとはなんとなくでも分かっているけど。家族がかくれんぼしてるだけだと思って探す。

 でもやっぱり、いないと分かるとつらくて堪らなくなる。


 じいちゃんが、「その時は空を見たら、家族から頑張れるパワーをもらえる」という言葉通りのことをしていた。

 それを何度も何度もしてるのを見て、ばあちゃんたちはつらくて堪らなくなる。


 三歳の子供が、家族を失ってすぐに大人のように気持ちを割り切るフリをすることは出来ない。

 頭では、おぼろげに理解をしていても、心が追いつかない。


 いつもと同じを好む陽架琉にとっては、そこに家族がいないというのが、何日経っても違和感でしかなかった。

 陽架琉にとって、じいちゃんとばあちゃんの家でこれからも暮らしたとしてもだ。

 せがれたちがよく遊びに来てくれるのが、まだ不思議に思っていた。

 

 

 ドタバタと慌ただしい足音が近づくのが聞こえた。

 

「せっちゃん! 」 

 

「たけし? 」 

 

 たけしは、ばあちゃんと台所で晩ごはんのお手伝いをしていた。たけしが慌てて、居間にいるせがれたちのところに行った。

 

「たけし、どうした? 」 

 

「じっちゃん。陽架琉くんがいなくなった」 

 

「はぁ? 」 

 

 たけしが言うには、台所から見える位置の部屋で陽架琉はゴロンと寝ていたという。

 たけしたちは、台所から陽架琉の様子を時々見ていた。

 しかし、話に夢中で十分以上様子の確認が出来てないのに気がついた。


 せがれの方にいるかもと思って、一応二人がいる居間や縁側の方も見たが陽架琉はいなかった。

 陽架琉がいなくなってからすぐに探して姿が見えなくて、約三十分の時が経過していることになる。


 陽架琉を家中探しても、見つけれなかった。一度、居間で冷静になろうと集まった。


「じっちゃん、陽架琉くんの靴が玄関に無かった」

 

「外に出たのか。もう暗くなるぞ! 」 

 

「すぐに行こう! 」 

 

 じいちゃんとせがれが立ち上がった時に、ピンポーンとチャイムがなった。みんなで慌てて玄関に向った。

 

「倉西のじーさん!! 」 

 

 近所のおっちゃんが、またあの火事の時のように慌ててやってきた。

 

「陽架琉がいたのか!? 」 

 

「話が早いな。陽架琉くんがあの家の前で泣いてんだ! 」 

 

「何度も、すまねぇ。すぐ行くわ」 

 

 じいちゃんたちは、小走りであの家に向った。

 

「俺の嫁さんや近所の連中であやしてる。あそこから離れたがらなくて、来たときからずっと外にいるんだ」 

 

「世話になる」 

 

「俺らで出来ることはする。ちょうど、報道陣いねぇから大丈夫だから」 

 

 あの火事から世間から忘れられるぐらい日が経たないうちは、報道陣や警察関係が近所や家に来ていた。みんなは、落ち着いて静かに過ごす事も出来ない。


 近所のおっちゃん含めて、この事件で想うことがあった。

 こんなに近くにいたのに、夜中とか関係なく事件の時に何か気づいて犯人を捕まえれたらよかった。

 命を惜しんでても火の中に飛び込んたら、助かった命があったかもしれないと後悔した。

 火事は、陽架琉の家以外にも火の粉が近隣にも風に乗り移った。そこはすぐに近所の人が消し止めた。

 

「報道陣が来ても、俺らが追っ払うからな」 

 

「助かる」 

 

「おう」 

 

 あの家のすぐ近くの曲がり角のところで、子供の大声で泣き叫ぶ声が聞こえた。

 

「ない〜ない〜ない〜ない〜 」 

 

 その声の主を大人たちが、あの手この手で必死あやしていた。

 それでも、子供の耳には届いていない。

 

「陽架琉! 」 

 

 立入禁止の黄色と黒のテープの前で陽架琉は、座り込んでいた。

 じいちゃんの呼ぶ声に、陽架琉は気がついて彼らの方を振り返ってみた。

 陽架琉は目に涙をたくさんためて、両腕をを広げた。抱っこしての合図だった。

 

「陽架琉、この家にいたんだな」 

 

 せがれは、そう呟いた。

 

「陽架琉! 」 

 

 じいちゃんは、走って陽架琉を抱き上げた。

   

「じいちゃんたち、心配したんだ。陽架琉がここにいてよかった」 

 

 陽架琉は、ヒグッヒグッと泣いている。

 

「陽架琉、なんでここに来たか、ゆっくりでいいから言えるか? 」 

 

 じいちゃんの問いかけに、陽架琉は頷いた。

 

「ないない〜 」 

 

「えっ? 」 

 

「陽架琉、何がないないなの? 」 

 

 せがれが、陽架琉の頭を撫でながら聞いた。陽架琉は、せがれがそばに来てくれたから。じいちゃんと抱っこを代わってもらった。

 

「おうち、ないない〜 」 

 

 陽架琉の言葉に、その場にいる者たちは固まった。陽架琉のお家は、あの火事でかなり燃えて人が住める家の形ではなかった。

 

「ひーくん、おそら」 

 

 陽架琉は、ポツリポツリと思ったことを言い始めた。その言葉は、ほとんど単語だった。

 

「パワー、もらう」 

 

「陽架琉くんは、お空からパワーをもらっていたんだね」 

 

 たけしが、優しい声で言葉をつなげて言った。

 

「げんき、ない」 

 

 陽架琉は、一生懸命に泣いて枯らした声で言った。

 

「ひーくんのおうち、とおちゃんたち、いる」 

 

 

「陽架琉くんは、お空からパワーがもらえなくて元気がなかったんだね。陽架琉くんのお家なら、お父さんがいるって思ったの? 」 

 

 陽架琉は、コクっと頷いた。

 

「とおちゃんたち、ないない〜おうちないない〜 」 

 

「お家に行ったけど。お父さんたちはいなくて、お家も無かったんだね」 

 

 陽架琉は、またコクっと頷いた。まだ三歳の子供にとって、火事で家が燃えたのを目の前で見ても、家が失くなるまでは考えれなかった。

 家族とヨシヨシとバイバイをしても、家があると思った。

 何度、じいちゃんの言う通りに空をみてパワーをもらおうとした。

 

 でも、だんだんと色々と分かるようになって、じいちゃんたちの顔もどこか辛そうだった。

 もしかしたら、父ちゃんたちはお空じゃなくてお家に帰ってるかもしれないと思った。

 

 でも、やっぱり父ちゃんたちはいないし、お家はなかった。

 陽架琉は、どこから頑張れるパワーをもらったらいいのか、分からなくなった。


 じいちゃんたちは、昔と変わらない感じだけど、どこかつらそうなのがなんとなくでも分かった。

 

 最後のぞみと思った陽架琉のお家がもうなくて、泣いた。

 近所連中が心配してくれる声は、三才の子供の耳には届かない、涙はたくさん出るのに動けなかった。

 

 4

 

 じいちゃんたちが陽架琉を呼ぶ声で、家の前で動けなかったのがなんでか動けるようになった。

 手を伸ばして、じいちゃんやせがれに抱っこをしてもらうとなんだか少し安心した。


 自分の言葉で、じいちゃんたちが固まってるのを見ると、ダメなことを言ってるように思えた。

 この時の陽架琉は、大人のようにうまく喋れなかった。

 

 じいちゃんは、自分の言葉が陽架琉を苦しめたと辛くて堪らなくなった。

 まだ陽架琉は三歳の子供で、両親と兄と姉を突然失った。

 そのことをじいちゃんはこの先の未来で、陽架琉が誰よりも、とてつもなく悲しくなることがあると思う。

 だから、少しでも遺された孫のために、心の拠り所があればいいと思った。

 

 でもその言葉を信じた孫は、心の拠り所が分からなくなり、家族や家がない現実をより実感をさせてしまった。じいちゃんは、やるせない気持ちになった。

 

 医者からは、陽架琉の発達がゆっくりだと指摘された。 

 しかし、あの火事で家族を失ったのをきっかけに、皮肉にもしゃべるようになったし、理解力もついてきた。


 そして、まだ長い距離をひとりで歩けなかったのが

大人でも十五分かかる道を歩いた。

 陽架琉をよく見ると服は土汚れがあり、膝はすりむいていたのかバンソウコウをいくつもしていた。

 

 

「倉西のばーさん」 

 

 おっちゃんが、コッソリと少し離れたとこにいるばあちゃんに話しかけた。

 

「実はな、俺の嫁さんが陽架琉を見つけてな」 

 

 近所のおっちゃんの嫁さんが道を歩いていると、道の角で何かにぶつかって倒れる音がした。

 

『えっ、陽架琉くん!? 』 


 その時には既に、膝や手が擦りむいて怪我をしていた。

 

『陽架琉くん。ぶつかってごめんね。おばちゃんのことわかるかな? 』 

 

 おっちゃんの嫁さんの声に、コクっと陽架琉は頷いた。

 

『陽架琉くん、どこに行くの? 』 

 

『おうち』 

 

『おうちに、行くんだね』 

 

 また、陽架琉はコクっと頷いた。

 

『おばちゃん、もうちょっと散歩したいから。一緒に、おうちに、行ってもいいかな? 』 

 

 陽架琉は、コクっと頷いた。

 

『ありがとう。ちょっとだけ、待ってもらっていい? 』 

 

『うん』 

 

 おっちゃんの嫁さんは、急いで夫に『陽架琉くんがひとりでいるのを見つけた。怪我をしている。一緒にお家に行きます』とメッセージを送った。

 おっちゃんはメッセージを見て慌てて、救急箱を持って家を出た。うまくいけば、二人に合流することができるから。

 

『おばちゃんが、陽架琉くんを抱っこしたいな。いい? 』 

 

 おばちゃんは、あまり陽架琉が長い距離を歩けないのを知っていて、怪我もあってそろそろ限界かもしれないと思って提案をした。

 陽架琉は、その言葉の返事とばかりに抱っこのポーズをする。そして、抱っこをしてもらった。

 

『おばちゃん、陽架琉のお家の行き方が分からなくなっちゃった。教えてもらえるかな? 』

  

 陽架琉は頷いて、指差しでお家までの道を伝えのだ。

 おっちゃんの嫁さんは、本当は陽架琉の今のお家の場所を知っている。

 

 でも、陽架琉がひとりで怪我をしても泣きたくても、我慢をしたい理由を知りたくて嘘をついた。

 

『あれ? 』 

 

 陽架琉の指示でたどり着いた場所は、火事でやけ落ちた陽架琉の家だった。

 陽架琉は、無理矢理でも抱っこから降りようとジタバタともがく。

 おっちゃんの嫁さんは、急いで陽架琉をおろした。陽架琉は、黄色テープがされている家へと走り出した。

 でも、体力の限界になった身体は、ふらついて地面へとダイブする。

 

『陽架琉くん! 』 

  

 そして、陽架琉は大きな声で泣き始めた。その声に驚いた近所の連中がお菓子を常備を手に持ったり、周りに報道陣がいないか警戒をしたりとしながらやって来た。

 陽架琉の泣き声を聞いて、おっちゃんも無事に合流することができた。

 

『陽架琉くん。しみるけど、消毒してバンソウコウしような』 

 

 おっちゃんは、持っていたタオルの上に座らせて、陽架琉の怪我の手当をした。

 

『うぁ〜 』 

 

『陽架琉くん、しみるよな。バイキンをやっつけてるからな』 

 

『うぁ〜 』 

 

 陽架琉は、ずっと泣いていた。彼の家とは近所付き合いがあって、みんな陽架琉の個性を知っていた。 

 でも、こんなに泣くのはあまり見たことがなかった。

 どうしようかとみんなが思っていると、おっちゃんが「倉西のじーさんを呼びに行くわ」と走っていった。

 

 

 それをおっちゃんは、ばあちゃんに伝えた。

 

「ありがとうございます。何度も、私たちに知らせに走ってくださって、助かりました。陽架琉をここまで連れてきてくれたり手当てもしてくれたり、ご夫婦には助けてもらってばかりで……」 

 

「倉西のばーさん、俺たちがしてるのは、もう自分たちが後悔をしたくないためなんだ。俺の嫁さんは、陽架琉を抱っこしておうち連れてきたかっただけだ。近所の連中も孫のように陽架琉くんを思ってるからすごく心配なんだけ」 

 

 それをおっちゃんが言ったあとに、また語りだした。

 

「倉西のばーさんとこの嫁さんや息子さんと孫さんたちが俺たちを見かけるたびに、笑顔で挨拶をしてくれるんだ。落とし物したり困ったりするのをみたら、すぐに走って助けてくれるんだ」


 近所のおっさんは、当時を思い出して嬉しそうに懐かしそうに言った。


「竜輝くんは、近所の連中で徘徊したじ〜さんを見つけて家まで届けたんだ。自分が学校を遅刻しても、平気な顔をして、最後までそのじ〜さんを心配してた良い子だよ。俺たちは、その恩返しもしたいんだ」 

 

 ばあちゃんは、それを少し涙を流しながら話を聞いていた。

 

6 

 

 確かに、竜輝が数ヶ月前の朝、家を出たっきり昼まで行方がわからないことがあった。

 竜輝が通う学校から職場へと向かう父親に、電話がかかった。

 

『おはようございます。倉西竜輝くんのお父さまのお電話で間違いないでしょうか』 

 

『はい。倉西竜輝の父親です。息子に何かありましたか? 』 

 

『それが、竜輝くんが登校してないので、今日はお休みなのかと思い確認のご連絡を』 

 

『えっ? 』 

 

『倉西さんのところは、お休みならいつも連絡をくださるので、何かあったのかと…… 』 

 

『竜輝は、いつも通りの時間に家を出発してます。朝、家族で見送りました』 

 

『えっ? 』 

 

 その後は、父親が竜輝に何度か電話をしても繋がらない。母親は、仕事中で電話が繋がらなかった。

 急いで、父親は自分の職場に連絡してから竜輝がいるかもという心当たりのところを探した。


 でも、どこを探してもいなくて、合流した担任と話して警察に頼ろうと思った時に、担任のスマホが鳴った。

 

『はい。はい。えっ? 』


 担任は、電話の向こうで言われた言葉に驚いた。



『わ、わっかりました。伝えます。はい』 

 

 担任は、深呼吸をしてから父親に向き合った。

 

『竜輝くんのお父さん。先程、竜輝くんが学校に登校したそうです。まだ、詳しい遅刻の理由は言わないそうなんですが……』 

 

『はぁ~、よかった。竜輝が無事に見つかった。あの少しだけでいいので、息子に会うことは出来ますか? 』 

 

『はい。もちろんです』 

 

『会って少し話したら、仕事に行きますので』 

 

『承知いたしました』 

 

 こうして、二人は学校へと向った。案内された応接室に、制服が少し汚れた竜輝が椅子に座っていた。

 

『竜輝! 』 

 

 父親は、無事に竜輝に会えてホッとした。なんで、電話を取ろうとしないんだと、心配かけやがってとか怒るよりも生きてるだけ嬉しかった。

 

『ごめん』 

 

『うん。無事でよかった。怪我は、してない? 』 

 

『無傷』 

 

『そうか。何かあったのか聞いてもいい? 』 

 

『悪いことはしてない。当たり前の事をしたとしか言いたくない』 

 

『分かった。それなら良いよ。でもね、心配したんだよ。既読だけでもいいから反応はしてね』 


『うん』  

 

『息子のことでご迷惑をおかけしました。息子からはこれ以上何かあったかは聞かないでやってください』

 

 父親は教師たちに頭を下げてから、学校を出て仕事へと向った。 

 

 7

 

 後日、陽架琉の家に近所の人が来たという。


『お礼にお伺いするのが遅くなりました。バタバタしてしまって。竜輝くんがいたら、直接お礼をしたくのですが……』  


 両親は、少し不思議そうにしていた。

 

『竜輝くんから何か聞いてませんか? 』 

 

 両親は、少しの間何のことかと考えを巡らせた。


『あっ、この間の竜輝が当たり前の事をしたっていうやつだよ』 

 

『あ〜、竜ちゃん。本当は言いたいけどなんでか恥ずかしがって言えないんのよね〜 』 

 

『すみません。竜輝は今出かけてて。夕方にならないと帰らないと思うので。詳細を教えていただけませんか』 


 竜輝たちの父親が言った。

 

『うちの父が徘徊して何時間経っても見つからなくて。竜輝くんが、登校途中に父が土手近くの橋の下で座り込んでるのを見つけてくれたんです。父の話を聞いて、一緒に駄菓子を買って帰ってきてくれました。そのおかげで無事に見つけることができました。ありがとうございます』 

 

 竜輝は、いつものように登校前に陽架琉でエネルギーチャージをしてから家族に見送られて家を出た。

 

 家を出て少し角を曲がったところまで自転車を漕いでると、近所の人が誰かを探す声が聞こえた。

 

『おばちゃん、どうしたん? 』 

 

『あっ、竜輝くん。実は…… 』 

 

 近所のおばちゃんから、行方不明のおじいちゃんがいて何時間も探してると聞いた。

 

『大変や。俺、自転車だから。探してみるよ』

 

『学校があるでしょ。遅刻するよ。ここは、大人たちに任せてね』  

 

『遅刻よりも人の命が大切。当たり前の事をするから大丈夫』 

 

 竜輝は、真剣に行って自転車を漕いだ。行方不明のおじいちゃんとは挨拶をするぐらいの仲だけど。

 それでも、何かあってほしくないと思って、必死に名前を呼びながら、時々自転車から降りて探した。

 いないのかと諦めてると、橋の下の土手で何かが動くの見えた。

 竜輝は急いで自転車を止めて、そこに向かって走った。

 

『じ〜さん! 』

 

 竜輝は、人影に近づければ近づくほど確信に近づいた。

 

『お〜』 

 

 行方不明になっていたおじいちゃんは、何もなかったかのように、ニコニコとしていた。

 

『じ〜さん。ここにいたんだ。心配したよ』 

 

『そうか? 』 

 

『うん。どうして、ここに行こうって思ったの? 』 

 

『俺の恋人とここで待ち合わせをしていてな。一緒に駄菓子屋に行こうって約束したのに。朝から待ってるのに、来ないんや。俺は、フラレたんかな』 

 

 そう話すじ〜さんは、悲しそうに俯いた。

 

『その恋人さんとは、よくここで待ち合わせをしてるの? 』 

 

『うん。ここは日陰で涼しくて、風も気持ち良くて川をみるのにいい場所なんだ』 

 

『確かに、そうだね』 

 

 竜輝は、じ〜さんに話を合わせながらも、必死に頭を回転させていた。

 じ〜さんが言ってる恋人は、実際には妻で去年病気で亡くなった人だった。彼が手に持っていた写真を見た。

 そこから、認知症が進んでしまったのだろう。会うと、いつも竜輝に向かって「倉西の孫」とか「長男! 」と前は名前はわかってくれていたけど。今は覚えれないからとそう呼んでいたようだ。


 でも、今回はまだ一度もどっちでも呼ばれていない。名前やいつもの呼び方はわからないけど、なんとなく顔はわかるみたいだった。

 

『その恋人さんの家の電話番号って分かるの? 』

 

『分かる! 』 

 

『じ〜さん、教えて。俺、電話するから』 

 

『いいのか? 』 

 

『困ったときは、お互いさまだよ』 

 

 じ〜さんの目の前で、その番号を押した。


『優しいな〜 』 

 

 じ〜さんから聞いた電話番号は、当然今は使われていなかった。亡き奥さんの家は、今もう別の人の家になっていたから。

 

『はい。分かりました。では、一緒にそちらに向かいます』 

 

『なんだって』 

 

『恋人さんが、じ〜さんに会うのが楽しみすぎてなかなか寝れなかったのもあって、寝坊したみたい。すごく慌てて、準備して行くって慌ててたよ』 

 

『無事か。事故や病気でもあったのかと思って、家に行こうと思ったん。でも、なんでか家の場所がわからんのや』 

 

『俺、じ〜さんのこともちゃんと伝えたよ。その後に色々話して、恋人さんの家の住所聞いたから。そっちに向かうって、話したから一緒に行こう』 

 

『そうか! 』 

 

『その途中に駄菓子屋でお菓子を買って、恋人さんを驚かそう』 

 

 じ〜さんは、ニッコリと笑った。

 

 竜輝がじ〜さんに言ったことは、全て嘘だった。じ〜さんが混乱しないように、お菓子を買うというしたいこともして気持ちを落ち着けて、安全に家に戻れるように考えた優しい嘘だった。

 

 

 竜輝は、じ〜さんがいたとこに自転車を邪魔にならないように置いた。

 

『じ〜さん、俺が迷子にならんように手を繋ごう』 

 

 じ〜さんは、嬉しそうに手を繋いだ。そのまま道を歩いて、昔からある駄菓子屋でお菓子を竜輝のお小遣いで何個かを買った。

 

『喜んでくれるといいな〜 』  

 

 じ〜さんは、袋に入ったお菓子を持って楽しそうに笑った。

 

 竜輝は、またじ〜さんの手を握って歩いた。行き先は、じ〜さんが会いたい人の家だ。

 捜索範囲を広げたのか、休憩してるのか、近所には人がいなかった。


 目的地まで、竜輝は、じ〜さんの手を繋いだ。

 

『倉西竜輝です。河川敷で会ったじ〜さんとお菓子を買ってきました』 

 

 竜輝がじ〜さんの家のインターホンに、ごく普通に言った。


『えっ! 』  

 

 すぐに玄関のドアが開いた。中からはじ〜さんの恋人に良く似た娘さんが出てきた。じ〜さんは娘に恋人の名前を言って嬉しそうにお菓子が入った袋を渡した。

 

『無事で良かった。迷ってないか心配だったのよ』 


 娘さんは、慣れたかのように恋人である母親のマネをして言った。

 

『あの子と手を繋いできたから、大丈夫だったのぞ! 』 

 

 じ〜さんは、得意げに言った。

 

『じ〜さんが、あなたにお菓子を買いに行きたかったみたいです』

 

 じ〜さんの娘は、その言葉に察した。

 

『竜輝くん、ありがとう。お金を払うから、いくらか教えくれる? 』 

 

『自分の買いたいのがあったから、ついでだから。いらないです』 

 

 竜輝は、チューイングガムをポケットから出して見せた。

 

『俺、自転車を取りに行って、そろそろ学校に行くから。じ〜さんが無事で良かったです』


 それだけを言って、竜輝は河川敷に行って自転車に乗って学校に向ったらしい。


 じ〜さんの娘さんが、ちょうど竜輝の父親が帰ったあとに学校に連絡を入れてくれたと言う。

 もしかしたら、竜輝が学校を遅刻をした理由を言わずに怒られるかもしれないと思ったのと、バタバタして言えなかった感謝の気持ちを伝えるために。


 

 そして、今回は改めて竜輝に直接お礼を伝えたかったからと倉西家に来たという。

 

『そうだったんですね』

 

 竜輝たちの父親は、ホッとため息をついた。親というもの、心配は尽きないものだった。

 竜輝は特に何も言わないから、無事に帰ってきても、数時間行方不明だったのには変わらない事実。

 やっと理由を聞けて、やっと安心することができたのだ。

 

 両親は、その日の晩ごはんを竜輝が好きなメニューでいっぱいの食卓にしたという。

 

『俺の好きなモンばっか』

 

 竜輝は、一言だけをボソッと言った。彼なりのせいっぱいの照れ隠しだが、表情はすごく正直で嬉しそうだった。 

 

 この話をばあちゃんは、竜輝の父親である自分の息子から聞いていた。

 息子がとても嬉しそうに、竜輝の話していたのがすごく嬉しかった。

 思春期の竜輝は、反発心があったり素直になれなかったりする。それもあって、不器用な関係性が続いていたから、ばあちゃんたちは心配をしていた。

 でも、息子たちならではの付き合い方が、出来てるようで安心していた。

 

 言葉がなくても、通じあえる関係も幸せなのかもしれない。

読んでいただき、ありがとうございました。

言葉なくても、幸せな関係と言葉があることで残酷な現実が存在すると、僕は思いました。

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