プロローグ
ぼくが中学生の時に、じいちゃんが言った。
「誰かをとつもなく悲しませるような、死にかたをするな」
ぼくを見るじいちゃんの目が、うまく言葉にできないけど、怖かった。
「じいちゃん」
「ん? 」
「それって、どういう死なの? 」
「誰かによってか、自分で死ぬことだ」
じいちゃんは、ぼくを見たあとに、その後ろの方を見ていた。
そこには棚があって、その上にはいくつもの写真立てが置かれていた。
写真立てには、家族やじいちゃんの友達がその中だけで笑っていた。
家族写真には、ばあちゃん・父ちゃん・母ちゃん・姉ちゃん・兄ちゃんがいた。
じいちゃんは、自分は写りたくないからと言って撮った写真だった。
ぼくは、そこに置かれたもういない人たちの写真を見て言ってしまった。
「じいちゃんにとって、みんなはとつもなく悲しませる死にかただったの? 」
子供ながらの残酷な言葉に、じいちゃんは傷ついたはずなのに、まっすぐと向き合ってくれた。
「あぁ、そうだ。ばあちゃん以外にな」
「あっ、ごめん」
うつむくぼくの頭をじいちゃんは、ぐしゃぐしゃに撫でた。
「死っていうもんは、誰にも来るし、悲しませる」
「うん」
「でも、じいちゃんが思う良い死はな。苦しまずに、眠るようにこの世からいなくなることだ」
「ばあちゃんが、そうだったよね」
じいちゃんは、コクっと頷いた。
ぼくが小学校の低学年のときに、ばあちゃんとじいちゃんの間に挟まれてよく一緒に川の字で寝た。
夜中にトイレに起きたじいちゃんが大声を出していて、ぼくは驚いて飛び起きた。
「おい!ばあちゃん!起きろ! 」
「じいちゃん? 」
「起きたところ悪いが、救急車を呼べ! 」
「えっ? 」
「ばあちゃんが、息をしてないんだ」
じいちゃんは、救急車が来るまで一生懸命に心臓マッサージをばあちゃんにしていた。
「ばあちゃんは、苦しまずに寝てる間に逝ってしまった。残されたじいちゃんたちは悲しいけどな。誰かを恨むような死にかたじゃねぇーんだ」
「うん。とてつもなく悲しませる死って、誰かを恨むようなことなの? 」
ぼくは、よくわからなかった。
「そうだな……」
じいちゃんは、しばらく考え込んだ。
「誰かが、人を殺すとするだろ」
「うん」
「誰だって、犯人を恨む」
「うん」
「なんの罪もない人が、ひとり苦しんで自分で自分を殺すだろ」
「うん」
「誰だって、その原因となる人や出来事があってな。その時になにかできたんじゃないかって己を恨むんだ。直接的じゃなくても、間接的に殺したんだと思っちまう」
「うん」
じいちゃんの言葉は、とても残酷なで重かった。
「じいちゃんがこう言ってるだけで、良い死も悪い死もって区別をしなくて良いんだ。難しいけどな」
「うん」
「でもな、誰かをとてつもなく悲しませる死をするなよ。じいちゃんは年だから、いつぽっくりといくかわかんねぇからいいとしてな」
「わかった。でも、じいちゃんは長生きをしてよ。ぼくは、とてつもなく悲しいから」
「フッ、わかったよ」
じいちゃんは、またぼくの頭をぐちゃぐちゃに撫でた。
じいちゃんは、今までたくさんの大切な人の死を経験をしたから。
ぼくには、同じような死にかたをしてほしくないんだと思った。
これは、じいちゃんの言う『誰かをとてつもなく悲しませる死にかた』についての物語だ。