第1話:錆びた冷蔵庫と夢の設計図
かつて、祖父と過ごした小さな畑が、未来を変える入り口になるなんて──誰が想像しただろう。
東京の空の下で見失いかけていた「夢」が、再び鼓動を取り戻すのは、古びた納屋の奥に眠る、ひとつの“箱”との出会いだった。
これは、農業とテクノロジーが手を取り合う、新しい物語の始まり。
錆びた冷蔵庫のようなその機械には、かつての情熱と、未完の希望が詰まっていた──。
『オートメーションファームBOX』
静かな田舎の村で、ひとつの夢が再び動き出す。
五月の風が新緑の葉を揺らし、どこか懐かしい土の匂いが鼻先をくすぐる。湊は祖父の古びた納屋の前に立っていた。屋根には苔が生え、木製の引き戸は年月の重みで軋みをあげている。東京の大学を卒業し、四年間の都会生活に別れを告げて帰郷した湊にとって、ここは少年時代の思い出が詰まった場所だった。
納屋の向こうには、小さな畑が広がっている。春先に植えられたばかりの野菜たちが、まだ地面の中で目を覚まそうとしている時期だ。陽射しは柔らかく、空はどこまでも澄んでいる。喧騒から遠く離れたこの静けさに、湊の心はわずかにほぐれていく。
東京での生活は、憧れていたほど輝いてはいなかった。工学部に進んだものの、周囲は才能と意欲に満ちた学生ばかりで、自分の存在意義を見失いそうになる日々。授業と課題、そしてアルバイトに追われる毎日で、ふと立ち止まって空を見上げる余裕すらなかった。気づけば、都会の空はどこか窮屈で、星も見えない夜ばかりだった。
それでも、祖父との約束を胸に、技術を学ぶことだけはやめなかった。
幼い頃に聞いた祖父の言葉──「農業もテクノロジーで変わるんだ」──それが、迷うたびに湊を支えてくれた。夢を形にするには、まだ早すぎるのかもしれない。そう思っていた時期もあった。だが、卒業が近づくにつれ、心の奥底に眠っていた感情が目を覚ました。
そして卒業間際、進路を決めかねていた湊のもとに、一本の電話がかかってきた。母からだった。
「納屋、まだそのままにしてあるの。おじいちゃん、最後まであそこにこもって何か作ってたから。……あんた、一度見に帰ってきなさいよ」
母の声には懐かしさと、どこか不思議な期待が混ざっていた。
卒業式の数日後、湊はトランクひとつを抱えて、故郷の村へと戻ってきた。
湊の祖父・誠一は、この村で長年農家を営んでいた。だが湊が中学生の頃から、どこか風変わりな研究や工作にのめり込むようになり、村の人々からは「ちょっと変わったじいさん」と思われていた。
「農家は農業をしていればいい」と笑う大人たちの言葉を、湊は子供ながらに悔しく聞いていた。祖父が何かに熱中する姿を、湊は誰よりもかっこいいと感じていたからだ。
祖父との思い出の中で、最も強く残っているのは、小学五年の夏休みだった。
その年の自由研究に困っていた湊に、祖父が言った。
「なら一緒に、トマトの自動水やり装置を作ってみるか?」
祖父は、ガレージから錆びたポンプやチューブ、電池ボックスを持ち出し、畑に小さな実験コーナーを設けてくれた。装置は最初、うまく動かなかった。水が出すぎたり、電池がすぐに切れたり、センサーがうまく反応しなかったり。だが、そのたびに祖父は笑って言った。
「うまくいかんのが研究ってもんさ」
失敗を恐れず、挑戦を楽しむ祖父の姿勢に、湊は心を奪われていった。装置がついに完成し、トマトの苗に小さな水滴がきらめいた瞬間、祖父は湊の頭を優しく撫でた。
「お前にも、ものづくりの血が流れてるな」
その言葉は、今でも湊の胸に生きていた。
誠一は湊にしばしば「農業は進化できる」と語っていた。伝統を守りつつ、常に新しい挑戦を忘れないその姿勢が、湊の中に深く刻まれていたのだ。
そんな祖父が三年前にこの世を去り、湊は大学の卒業と同時にこの村へ戻ってきた。きっかけは、葬儀のあとに届いた一通の手紙だった。
「湊へ。もしお前がこの村に戻ってきたら、納屋の奥を見てみるといい。わしが生きていた証がある」
封筒に入っていたのは、祖父が手書きした短い文だった。湊はその言葉に突き動かされるように、今日ここに来たのだ。
重たい引き戸を開けると、古びた農機具や木箱、埃まみれの棚が目に飛び込んできた。小さなクモが隅に巣を張っているのも目に入る。風が入ると天井から埃が舞い、陽光の柱の中で踊っていた。
奥へと進むにつれて、湊の胸は妙に高鳴った。少年時代、祖父と一緒にトマトを植えた記憶がよみがえる。あのときも、祖父は「将来はトマトが空中で育つようにしてみせる」と笑っていた。
そして、納屋の奥深く。埃をかぶったブルーシートを取り払うと、そこに異様な存在感を放つ“箱”が姿を現した。
それは、見た目だけなら古びた冷蔵庫に似ていた。けれどその表面には、液晶パネルのような黒い画面が埋め込まれ、細かい配線が蜘蛛の巣のように張り巡らされていた。箱の下部には細い排水ホースが延び、横には給水タンクのようなパーツもついている。
箱の側面には、丁寧に描かれたラベルが貼られていた。《オートメーションファームBOX - 試作型No.00》。そこには祖父の手書きと思われるメモも残されており、読み解くと、これが単なる農業機械ではないことがわかった。
湊は箱の隣に置かれていたスケッチブックを手に取り、ページをめくっていく。そこには、詳細な構造図とともに、操作フローやセンサーの仕様、育成プログラムの概要がびっしりと記されていた。
《密閉空間内で完全自動栽培。気候制御、水耕栽培、成長モニタリング、そして自動収穫──最終的には、内部で育てたレタスを使用して、ハンバーガーを完成させる。名付けて“オートメーションファームBOX”》
システムは大きく五つのモジュールに分かれていた。
一つ目は「環境制御ユニット」。内部の温度・湿度をセンサーでモニターし、空調ファンとヒーターで制御。LEDライトは植物に適した波長を再現して、日照サイクルをプログラム管理する。
二つ目は「栽培モジュール」。水耕栽培に適した溶液供給装置が搭載され、植物の根元に微細なスプレーで水分と養分を供給。根の成長はAIではなく、物理的センサーで検知し、適切な間隔で自動調整が可能だ。
三つ目は「成長モニタリング」。小型のカメラと赤外線センサーで植物の状態を定期的に撮影し、腐敗や病変の兆候があれば警告を出す。これにより、過程の可視化と学習も可能になっている。
四つ目は「自動収穫装置」。ミニアームが設置されており、葉のサイズと成熟度を見極めて収穫を実行。無駄な切り取りを防ぐアルゴリズムが、祖父独自の計算式で記されていた。
そして五つ目が「調理ユニット」。なんと、育てたレタスをパンとパティと組み合わせ、自動でレタスバーガーを作り出すというのだ。ミニオーブン、パンディスペンサー、ソース抽出ポンプまで内蔵されており、まさに“夢の自動農場カフェ”だった。
「……こんなの、笑うしかないだろ」
けれど、湊は笑いながらも、その設計の精緻さと祖父の情熱に胸を打たれていた。たった一人で、ここまで考え抜いたのか。祖父が本当に成し遂げたかった未来が、今ようやくその全貌を現したのだ。
数日後、湊は地元の図書館に通い詰めていた。祖父のスケッチに出てくる専門用語の多くが、自分には未知の領域だったからだ。水耕栽培、温度制御、DCモーター、湿度センサー……ノートはどんどん埋まっていくが、情報を詰め込むだけでは限界を感じていた。
そんな中、偶然の再会が訪れる。
「……湊お兄さん?」
聞き覚えのあるその声に、胸がざわつく。顔を上げると、そこに立っていたのは一人の女性だった。
白いシャツにカーキ色のジャケットを羽織り、知的な雰囲気を纏った彼女──理央。
「理央……?」
「うん、理央だよ。圭吾の妹、覚えてる?」
彼女はにっこりと微笑んだ。その笑顔に、湊の脳裏に過去の記憶がよみがえる。
祖父の畑の隅で、ガラクタを組み合わせて遊んでいた小さな女の子。風力発電の模型を作り、シャーペンを分解して喜んでいた少女。
それが、今では大学三年生。
「ロボティクスと環境工学を専攻してるの。ちょっとだけ、頑張ってる」
その言葉に、湊はふと口を開いた。
「……なら、相談したいことがある」
そう言って、祖父のスケッチブックを差し出す。
理央は受け取り、ページをめくった。
最初は何気なく読んでいたが、次第にその表情が変わる。眉が寄り、目が真剣になり、息を呑むような沈黙ののち、言葉をこぼした。
「……これ、本当におじいさんが作ったの?」
「そうらしい。まだ動かせてないけど、構想は本物だと思う」
理央はスケッチブックを閉じ、湊の目をまっすぐに見た。
「ねえ、それ……あたしにも手伝わせて」
その声に、湊は思わず瞬きをした。
「え?」
「こんなワクワクすること、見過ごせない。未来の農業の形──本気で動かしたい。今なら、あたしにできることもあると思う」
理央の瞳には、確かな情熱があった。
湊の胸の奥に、祖父の声が蘇る。
『機械も、土も、人も、全部が一緒に動くときが来る』
祖父が遺した夢。
その続きを、今この場所から始めよう。
オートメーションファームBOX──それは、止まっていた時間を再び動かす装置だった。
そしてこの出会いが、未来を変える小さなきっかけになることを、湊はまだ知らなかった。
最初はただの錆びた機械だと思っていた。
でもその“箱”は、祖父の人生そのものであり、湊の心に再び火をつける装置だった。
テクノロジーと農業。都会と田舎。
そして過去と未来──それらをつなぐ「オートメーションファームBOX」は、まだその全貌を見せていない。
理央との再会によって、止まっていた歯車が少しずつ動き始めた今、
二人は“夢の装置”を本当に動かすことができるのか?
次回、第2話『畑に芽吹くデータと光』
BOXの起動に挑む二人の試行錯誤と、初めてのトラブルが待ち受ける──!
本作品は、chatGPTを使用しています。