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第7話:寄り添いの、反対側で

第2章『白衣の中の迷い』より



私には姉がひとりいる。

父は単身赴任で、母が私たちをひとりで支えてくれていた。

姉はそのなかで、いつも“お姉ちゃん”として、がんばっていた。


私は、自分の夢を信じて、ただひたすら進んでいた。

迷いながらも、自分の道を選び続けた結果が、医師という今の姿だった。

でもその過程で、姉がどんな気持ちを抱えていたのか、私はきちんと見ていなかった。


ある時、姉に言われた。


「あきは、いいね」


私は、照れることもなく、むしろぶっきらぼうに返した。


「目標を持っていれば、できるよ」


今思えば、それはただの正論だった。

いや、正論ですらなかったのかもしれない。

姉の気持ちを分かろうともせずに、「そう思うなら動けばいいじゃん」と、ただ自分の価値観をそのままぶつけていた。


私は昔から、まっすぐなことを言えば、それが正しいと思っていた。

でも、言葉には届かない気持ちがあることを、私は知らなかった。

誰かにとって必要なのは、答えじゃなく、ただそばにいることだったのかもしれない。


あれは、寄り添いじゃなくて、押しつけだった。


ようやく気づいた。

私は、姉の痛みにも、自分の未熟さにも、ずっと目を向けてこなかった。



私は昔から、どこかで“平気なふり”をしてしまう癖がある。

不安なときほど、自信があるように振る舞ってしまう。

自分が正しいと信じていたことを、間違っていたと認めるのが怖い。

信じていた自分を否定されたような気がしてしまうから。


そんな自分を、私はずっと抱えて生きてきた。

だから、夢についても、自分の気持ちについても、うまく人に話すことができなかったのかもしれない。



そんな風に自分と向き合っていた頃――

ふと、よしきのことを思い出した。


彼はどうだったんだろう。

母から、彼は教師という道を選んだと聞いていた。彼は、自分の進む道について、どんなふうに考えていたのかな。


あのときの問いかけ――

「あきは、どうして医者になりたいの?」

それは、もしかしたら、彼自身が自分に投げかけていた問いでもあったのかもしれない。

 

  



当直明け、ようやく取れた時間。

母と買い物に行く約束をしていた。

でも、帰宅後の疲労で私は眠ってしまい、待ち合わせの時間になっても起きられなかった。


心配した母が、遠くから車で私の寮まで来てくれた。

インターホンの音で目を覚まし、寝ぼけたままドアを開けると、母がいた。


買い物には行けず、「本当にごめん!」と謝る私に、母は笑顔で「無事でよかった!疲れてたんでしょ?休める時に休もう。今日はゆっくりしよ。」と声をかけてくれた。


そうして、夜、一緒に食べたごはん。

そのとき、昔のことを思い出した。


母に、お弁当に冷食を入れるなと文句を言ったこと。

何かにつけて反対のことを言ってわがままをしたこと。

怒られたとき、「死にそうな声、出さないでよ」とひどいことを言ったこと。

姉と一緒に、母を言葉で追い詰めた日もあった。


でも今ならわかる。

母も人間だった。

感情があって、傷つくこともある。


それでも、今も昔も変わらず、私の全部を受け入れてくれる優しさが伝わってくる。

あの背中が、どれほど優しかったのか、今になってわかる気がする。



まっすぐな気持ちは、

ときに誰かを傷つけることもあると知ったのは、ずっとあとになってからでした。


正しさだけでは届かないものがあること。

寄り添うって、言葉だけじゃなくて“姿勢”なんだということ。


そんなことを思いながら、自分の未熟さにも、

見ないふりをしてきた過去にも、ようやく目を向けられるようになってきた気がします。


ふとよしきの問いを思い出したのも、

きっと、少しだけ自分を正直に見つめられるようになったからかもしれません。

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