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第5話:白衣に袖を通すたび

第2章『白衣の中の迷い』より

 


白衣に袖を通すたび、私はいつもほんの一瞬だけ息を止めている。

それが癖なのか、覚悟なのか、自分でもよくわからない。

でも、きっと今日もまた、“誰か”と向き合う一日になるから。


忙しい日々。

ルーチンのように繰り返される診察と説明、記録、そして気づかないうちに溜まっていく疲れ。

患者さんから「先生のおかげです」と言われるたび、私は「こちらこそありがとうございます」と微笑んでいる。

でも、心のどこかで、“本当に、私は誰かの役に立てているのかな”と問い返す自分がいる。


静かな病棟の廊下を歩きながら、ふと浮かぶのは、あの質問だった。


――あきは、どうして医者になりたいの?


いつの間にか、“なりたい”から“ならなきゃ”になっていた。

夢中で走ってきた分、自分の足元がどこにあるのか、わからなくなるときがある。





医師になってから、感謝されることばかりではなかった。

ある当直の夜、救急車で搬送されてきた常連の患者に、私が研修医だとわかった瞬間、こう言われた。


「聴診できたか?聞こえんかっただろ。息、止めてやったぜ。」


真正面から受け止めず、軽く流せればよかったのに、あの頃の私はまだそれができなかった。

非協力的な態度に悔しさと無力感が込み上げて、救急車の合間にトイレへ駆け込み、泣いた。


“なんのために、私は医者になったんだろう。”


そんなふうに思うことが、少しずつ増えていった。



それでも、ときどき救われるような瞬間がある。


外来で定期的に通院されるご高齢のご夫婦。

「先生に会えるから、今日も元気に過ごせそうです」

「主人、診察日を楽しみにしてるんですよ」

育休に入ることを伝えると、「赤ちゃんは先生の子で幸せですね。いつか会ってみたい」と言ってくれた。


後日、子どもを連れて病院を歩いていたとき、たまたま再会した。

「先生ですか? あのときお腹にいた赤ちゃんですね。初めまして…じゃないんだよ?大きくなったね」

その笑顔に、胸がじんとした。


当直中、旅行先で子どもがケガをして来院した家族。

検査の結果、緊急性はなく安心していいと伝えると、「本当に助かりました」と感謝された。

“誰かの役に立てている”という実感は、確かにある。


PHSが鳴り響く毎日。

だんだん電話越しの口調が雑になってしまうときもあるけれど、

病棟で看護師さんに「先生、おはよ!元気?今日も一緒に頑張ろうね!」と明るく声をかけられるだけで、不思議と気持ちが和らいだ。


自分の診察に自信が持てなかったとき、上司に相談した。

そのときの一言は、今でも支えになっている。


「先生が診た患者さん、診察の後、みんな笑顔になってるよ。気づいてないかもしれないけど。」



 


白衣は、ただの制服じゃなくて、

その日の私の心の状態まで映し出す鏡のような気がしています。


忙しさのなかで、「何のためにこの道を選んだんだろう」と迷うこともある。

でもその一方で、誰かの言葉に救われたり、ふとした瞬間に自分を取り戻せたり――


日々の中に、確かに希望があると信じたい。

そんな気持ちを込めて書きました。

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