第4話:再会と別れと、手紙の記憶
第1章『滑り台の下の恋』より
「医者になるには勉強がいる」ということは、子どもながらにわかっていた。
小学4年生から塾に通い始めたのも、医師になる為。
でも、塾に通うようになってから、よしきとの距離が少しずつ離れていった。
平日は遊ばなくなり、親から彼の近況を聞くほうが多くなった。
それでも当時は、「離れ離れになる」なんて思っていなかった。
私は中高一貫の進学校に合格し、よしきとは別の中学へ進むことになる。
その頃はまだ携帯も今ほど普及していなくて、彼は親の携帯を借りてやり取りしていた。
でも、文面を相手の親に見られるのが嫌で、どこか気を遣ってしまい、次第に連絡は減っていった。
そんな中、よしきが会おうと言ってくれ、卒業式ぶりに駅で待ち合わせて再会した。
制服姿のよしきは、少し背が高くなっていて、声も低くなっていて、
どこか「知らない誰か」に見えた。
部活の話や近況を、他愛のない会話で交わしたけれど、
心の中ではずっと、違和感を感じていた。
昔の雰囲気の私たちではなかった。それは、お互いが幼稚園の頃の幼馴染ではなく、遠距離恋愛で付き合っている中学生同士になったからだろうか。
“あれ? これが、わたしの好きだったよしき?”
あの頃の、よしきが好き!という気持ちはどこへ行ったのか。
会えて嬉しかったけど、何か違う人と話しているような、よしきが知らない人に見えた。
会えて嬉しいはずなのに、目の前にいるよしきが、
自分の中で思い描いていた“理想のよしき”とは違っていた。
昔は、纏っている雰囲気が穏やかで、彼の笑顔が見れるだけで幸せになって、一緒にいるだけで心地よくて、こっちが思わずはにかんでにやけちゃうような、そんなよしきが好きだった。でも、今のこの気持ちはなんだろう、彼のことを好き、と言えるのだろうか。
わたしはわからなくなった。
その夜、私は何度もメールを書いては消した。
言葉がうまく綴れなかった。
でも、どうしてもその違和感に蓋ができなかった。
だから、短くこう送った。
「別れよう」
彼からしたら、いきなりだったと思う。
訳がわからなかったと思う。
あのとき、ホームで話していたときの彼は、本当に嬉しそうでにこにこしていた。
でも、私の心はついていけなかった。
私は、笑ってはいたけれど、心の中では混乱していた。
勝手な感情に左右されてしまって、申し訳なかったと今でも思う。
でも、自分の“好き”に、自信が持てなかった。
その後、よしきのお母さんが別件で家に来た。
車には彼も乗っていたけれど、家には入ってこなかった。
数週間後、ポストに一通の手紙が入っていた。
切手も宛名も宛先もないその手紙を、母が静かに私に差し出してきた。
中を開いて、私は言葉を失った。
「あきは、ぼくの知らないところで変わってしまったのかな」
その一文が、大人になった今でも、心から離れない。
「変わってしまったのかな」ーー
その一文を読んだとき、
それまで自分でもはっきりとは意識していなかった何かが、
言葉になって、目の前に置かれたような気がしました。
胸の奥がざわついて、
でも不思議と冷静な自分もいて、
「たしかに、そうかもしれない」と、静かに思っていた。
でも、あの言葉が胸に残り続けたのは、
それを言ったのが、よしきだったから。
小さな頃から、私の一番近くにいて、
私のことをちゃんと見てくれていた人。
だからこそ――あのときの私の変化を、
見透かされたような気がしたのかもしれません。
否定もできず、感情をあらわにすることもできず、
ただ、その言葉の重さを受け取るしかなかった――
それは、今でもずっと心に残っている問いのひとつです。