第3話:答えられなかった、あの日の問い
第1章『滑り台の下の恋』より
小さいころから、私は「医師になりたい」と言い続けていた。
蕁麻疹が出たときや、風邪をひいたときに、かかりつけ医に診てもらった経験から、
その姿に憧れを抱くようになった。
「かっこいいな」「私もこんなふうになりたい」と思った。
幼稚園の頃にはもう夢が決まっていた。
それが当然だったし、疑ったこともなかった。
その夢を、彼にも話していた。
ある日、小学校時代の休日、いつものように遊びに行き、一緒に電車に乗って帰ったとき、
ホームを歩いていた彼が、ふいに口を開いた。
「あきは、どうして医者になりたいの?」
私は一瞬、返事に詰まった。
心の中では決まっていることだったし、「なんでそんなこと聞くんだろう」とすら思った。
「ん?」と笑ってごまかし、「行くよ!」と競走するように改札の外へ駆け出した。
明確には、答えなかった。
答えられなかった、というのが正しいかもしれない。
ずっと“医者になるのが夢”だと思っていたけれど、
本当に自分が心から望んでいることなのか、自分でもわからなかった。
“当たり前のように口にしてきた夢”に、初めて疑問を感じた瞬間だった。
よしきの問いは、今でも心の奥で響いている。
「どうして医者になりたいの?」
何気ない問いだったのかもしれないけれど、
私には、ずっと“答えられなかった”ままの問いでした。
子どもの頃から、医師になるのは当たり前のことだと思っていました。
それは、誰かに強制されたわけでもなく、
ただ、自分の中でいつの間にかできあがっていた“前提”。
あの一言は、その前提にそっと光を当てて、
私の心を少しだけ揺らしたような気がします。
答えは出せなかったけれど――
でも、今もその問いは、静かに私の中に残っています。