第2話:滑り台の下の恋
第1章『滑り台の下の恋』より
「ねえ、あきちゃん。よしきのこと好き?」
幼稚園の帰り道、いつもの公園の滑り台の下で、よしきのお姉ちゃんが小声で私に聞いてきた。
「よしきはね、あきちゃんのこと好きなんだよ」
彼女はくすっと笑ってそう言った。
教えてもらわなくても、わかっていた。
5歳の私にも、よしきの視線や表情で、なんとなくそれが伝わっていた。
そして、私も同じ気持ちだった。
いつから「好き」だったのかは、よく覚えていない。
逆に言えば、物心がついたときにはもう、よしきのことが好きだった。
お気に入りというか、“よしきは私のもの”という感覚に近かった。
絶対に「好き」だと強く自覚したのは、小学校に入ってからだ。
今まで知らなかった女の子たちと、よしきが話しているのを見たときだった。
優しい風貌とおっとりした目元、さらさらの髪。
彼は女の子に人気だった。
今まで“自分だけのもの”だと思っていたのに、みんなのものになってしまいそうで。
私から離れていってしまうのかと思うと、少し怖くなった。
たぶん、あの頃の私は、周りからすると、よしきと話していたら、じーっと見てくる子だったと思う。
それくらい好きだった。
でも、その「好き」は自分の中で大事に秘めていて、口にすることはなかった。
親同士が仲が良くて、初めての習い事も同じで、週末もよく遊びに出かけたものだ。
一緒にプールに行ったり、遠足ごっこをしたり。
家も近くて、学校から帰ったあともよく遊んだ。
彼が私の家に来て、一緒にポケットモンスターの金・銀をプレイしたこともよく覚えている。
私はゲームが苦手で、怖がりだった。
でも、彼の前ではそれを口実に甘えたかったのかもしれない。
「キャー!」とか「怖いよー!」とか、少し大げさに反応しては、自然とよしきに寄りかかっていた。
母がキッチンから「この子ったら…」という目で見ていたのも、なんとなく感じていた。
よしきが来た日は、彼の服から柔らかい石鹸の香りがした。
その香りを思い出すと、今でも心がそわそわする。
あの頃の私が何より嬉しかったのは、彼がそばにいてくれることだった。
彼とは学校でもいつも隣にいた。
同じクラスになれば机をくっつけて給食を食べたり、違うクラスでも廊下で見つけると目で追っていた。
小学校4年生のとき、自由研究でよしきが学年の優秀作品に選ばれた。
今までは私が選ばれることが多かったから、そのときはちょっとだけ悔しかった。
“負けた”と感じる自分がいたのに、それでもやっぱり、彼の嬉しそうな顔を見ると、私も笑っていた。
不思議だった。こんなふうに誰かのことを「悔しい」と思うのも、「嬉しい」と思うのも、全部ひっくるめて“好き”なのかもしれない。
よしきと私は、背も同じくらいで、よく背比べをしてどっちが高いか争ったものだ。結果は、毎回どんぐりの背比べで、お互いの親から突っ込まれていた。
彼は優しくて、いつも私の他愛のない話を笑顔で聞いてくれていた。
今思えば、雰囲気そのものが好きだったのかもしれない。
そろばん教室でも、今日はどこに座るのかなと気にしたり、帰りの時間を合わせたくて、わざと課題をゆっくりやったこともある。
思春期に入りかけた高学年の頃、帰り道で交わす数言の会話が、何より幸せだった。
それでも、年齢を重ねるごとに、なんとなく気恥ずかしさが生まれてきた。
距離をとったほうが自然なのかな、と感じ始めた頃。
それでも私は、ずっと彼を「特別」だと思っていた。
そんな彼に、卒業式の日、私は勇気を出して呼び出した。
言わずに中学に進むこともできたけれど、「言わなかった後悔」はしたくなかった。
私の性格上、当たって砕けろ精神だった。
「え、ぼくなんかを……あきは好きなの?
ぼくは……ずっと好きだったよ」
照れくさそうに言うよしきの言葉に、私は心からほっとした。
両想いになって、晴れて付き合うことになった。
ご覧いただきありがとうございます。
第1章「滑り台の下の恋」では、幼い頃から始まった初恋と気持ちを綴っています。
初めて「好き」を意識した、幼い頃の記憶。書きながら、心がふわっと懐かしくなりました。
幼い頃の「そばにいるだけで嬉しい」って、
こんなにも純粋で優しいものだったんだなと思います。
続きもお楽しみいただけたら嬉しいです。
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