第11話:夢の中で書くラブレター
第5章『夢の中で書くラブレター』
目が覚めたあと、どうしても、その夢を忘れたくなかった。
何か特別なことがあったわけじゃない。
ただ隣にいて、静かに歩いたあの時間が、あまりにもやさしくて。
目が覚めても、胸の奥にふわっと残っていた。
気づいたら、私はペンを取っていた。
いつもなら、誰かに言えないことを、誰かに向けて書くなんてことはしない。
だけど、今だけは、素直な気持ちを書いてみようと思った。
よしきへ。
夢の中で、会えたね。
いつもの声で、穏やかに笑ってくれて、隣を歩いてくれて。
何も言わなくても、安心できたのは、きっとあの頃と同じだったからだと思う。
あなたが結婚して子どもがいるって聞いて、
胸の奥が、きゅっとなった。
自分で別れを選んだのにね。
おかしいよね。
今はとても幸せで、守りたいと心から思う、大切にしたい暮らしを送っている。
それでも、心が少しだけ揺れたのは、
たぶん、あの頃、あなたのことを本気で好きだったからだと思う。
あの想いは、もう過去のものなのに、
思い出すたび、どこかやさしく胸を締めつける。
だから、夢の中であなたの隣にいられたことが、
ただ、それだけで、嬉しかった。
ねえ、よしき。
わたし、ちゃんと笑えてるかな。
あの頃のわたしは、もっと太陽みたいだったかな。
私、知らない間に自分を出せなくなっちゃったみたいなの。
思ってることは伝えようと言ってる方だと思ってた。だけど、自分の本音は言わなくなってるみたい。
医者としての仕事柄、話を聞いて共感するから?
医療に絶対の正解なんてものはないから、言葉を濁して説明する時もあるから?
スタッフとうまくやろうとして、波風立てたくなくて、時に人の意見を優先させるから?
治療方針や経過も人それぞれだから、言葉を選ぶようになったのかな。
それか、自分を出して、周りに否定されるのが怖いからかな。思いを伝えたら、誰かの言葉で“軌道修正”されてしまいそうで――自分の思いを守るためかもしれない。
確かに話す内容は一度頭の中で考えてから話してる。
これをいうとどう捉えるかな?とかどう感じるかな?とか。
昔はこんなんじゃなかったよね。
よしきが知ってるあきは、好きなことを楽しそうにしていて、よく笑ってたよね。
そんな私を好きになってくれたのかな?
いま思い出しても、やっぱり、あの頃のよしきのことが、すごく大切だった。
大切にできなかったことが、今になって悔やまれるくらいに。
でも、それは、私の中に残っている“思い出の中のよしき”なんだよね。
きっと、今のお互いは、それぞれ違う道を歩いてきて、違う景色を見てきた。
生きていく中でいろんな人と関わって、その度に自分の要素が加わっていって、それでまた成長していくんだよね。
もし、今の私に会ったら――よしきはどう感じるかな。
ちょっと違和感があるかもしれないし、案外笑ってくれるかもしれないね。
私、目標通り医者になったよ。
毎日頑張ってるよ。
でも、泣きたくなる日もあるよ。
医者になったのはいいんだけど、その後も迷ってるよ。
よしきは迷ってるわたし、見たことあったっけ?
多分見栄っ張りで自信満々で、リーダーシップを発揮してクラスで目立ってた私しか知らないかな?
本当は全然そんなことないんだよ。
孤独で弱虫なんだよ。
支えて欲しいって思う事がたくさんだよ。
でも、それを誰にも見せないまま、ただ“ちゃんとした私”でいようとしてる。
もがき続けて自分で納得のいく正解を出そうとしてるんだよ。
あの頃に戻って、よしきに夢のこと、聞いてほしいって何度も思ったよ。
それが叶わないこともわかってるよ。
それでも思っちゃうんだよ。
今ではもう、会うこともなくなって、“他人みたい”になってしまったけど、
私の人生に、よしきは確かにいて、私にとって、とても大きな存在だった。
本当にありがとう。
あの日の想いも、悔いも、大切な記憶として、静かに胸に置いておくね。
私は、私の人生を、自分の足で、ちゃんと歩いていくね。
また手紙を書きたくなるかもしれない。
夢で会えたら、いま私が抱き始めた新しい夢のこと、一緒に話せたらいいな。
あきより
ある日見た夢をきっかけに、自分と向き合い、ようやく言葉になりました。
“ちゃんとした自分”でいようとするほど、本当の声が遠ざかってしまう。
誰にも見せなかった揺れや迷い、怖さ、孤独。
よしきへの手紙を書くことで、ずっと整理できなかった想いや、
気づかないふりをしてきた自分の本音に、初めて触れた気がします。
この手紙が、届かなくてもいい。
でも、綴ったことで、少しずつ、過去の自分を受け入れられるような気がしました。
痛みも迷いも、ぜんぶ抱きしめて――それを力に、前に進んでいきたい。
静かに綴ることで心の奥に灯った小さな光を、大切にしていこうと思いました。




