29 幕間 プラネタリウムへようこそ
「……ホントに一人で行くんか? ルミナちゃん」
「俺らも一緒に行った方が……」
憲兵の詰め所、その地下にある留置場にて。
ルミナはイーガたち四人とともに、捕らえた山賊の一人を尋問していた。
いや、正確にはもう終わっている。
逃げ遅れ、仲間に見捨てられ、そして最悪に運のないその男は。
自主的に、懇願するように、自分たちのアジトを吐いてしまった。
「ああ。一人のほうがやりやすい。っていうか、ロックはまだ病み上がりだろ。ヘンリーと一緒にちゃんと休んだほうがいい」
「はっ、こんなんどうってことねぇ――と、言いたいんだけどよ。いや、やっぱ退院したてであの人数とバトんのはキツかったわ」
「それでそこまで動けるなら大したものだよ。いや、四人がいてくれて本当に助かった。ありがとう」
標的の根城は割れた。あとはそこまで赴き、しかるべき報いを受けさせるだけ。
「……まあ、町のみんなの役に立てたならいいんだけどよ……」
「正直、俺たちもハラワタが煮えくり返っててな。ボスを傷つけられたこともそうだが」
「……許せないな……あんな子供にも手をかけようとするとは……」
「気持ちはわかるけど、この件はオレに任せてほしい。大丈夫。二度と悪事に手を出せないようにしてくるから」
ルミナが四人の同行を断る理由はシンプルだ。――人手はいらない。ただそれだけ。
イーガたちもルミナの強さを理解している。異常なほど巨大化した魔獣すら一撃で屠る魔術行使。あれを目にしては、心配することこそ不毛だろう。
「そこまで言うなら、わかった。頼んだぜ、ルミナちゃん」
「……何でもいいけど。アンタらが”ちゃん”付けで呼ぶな、なんかキモい」
「ひでぇな!? だぁってあんな姿見たらよぉ……なあ?」
「……男とわかっても……ときめかざるを得ない……」
やっぱりあの時ウェイトレス姿を披露したのは失敗だった、と嘆息しつつ。
「とにかく行ってくるよ。夜には帰るってフィオレに伝えといてくれ」
ルミナは踵を返し留置所を出て行こうとする。そこへ。
「なあ。――――いったいどうやってケリつけるつもりなんだ?」
ロックは先ほどとは別の心配を口にする。それはルミナの身を案じたものではなく。
「中途半端に痛めつけるだけじゃ、奴らは報復に来るかも知んねぇ。それを避けるためには、やっぱり奴らを――」
「ん? ああ、それは多分ないよ。そんな根性、あの雑魚どもにあるとは思えない。それに物騒なことを言うんじゃない。オレは、アイツらを殺しに行くんじゃなく」
……その金色の瞳。それを見た瞬間、ロックは声を掛けたことを後悔した。
「――――壊しに行くだけだ」
ゾッとするほど冷たい言葉を残し、少女にしか見えない魔術師は歩き去る。
ただでさえ冷え切った牢獄。気のせいだろうか。さらに底を突き抜けた冷気が体に纏わりつく錯覚に、四人は知れず息をつく。
「…………ボスがビビり散らかすのも納得だな……」
「ああ……あの時、完全に敵対してたらどうなっていたことか」
「……これからはマジメに働こう……ところで」
後ろを振り返る。そこには牢屋に閉じ込められた男が一人。
部屋の片隅で全身をかき抱くように横たわり、ブツブツとよくわからない音を漏らし続けている。
その目に光はなく。まるでこの牢獄ではない、終わらない悪夢に囚われ続けているような――
「……さっきのことだけど。ルミナちゃんはなにをしたんだ……?」
「さあ……?」
「あいつもよくわかんないこと言ってたよな」
先ほどの光景を思い返す。その不可思議さに、四人は首を傾げるしかない。
本当に運のない男。だがそれは早いか遅いかの違いだ。この町を襲撃した時点で、彼らの命運は尽きている。
「手がー、とか足がーとか。……別に何ともなってないよな?」
要するに。
――――その男は、一足先に壊されただけのこと。
◇
エルド山の中腹より少し低い場所に、その空洞はある。
まさにらしい、と言わざるをえない。隠れ家にぴったりの、数十人はくつろげそうな大きな洞穴と、周囲には安定した広さの平地。キャンプをするにはうってつけの、誰も知らない穴場だ。そこが、その男たちにとってのホームだった。
「おい。――テメェら、こいつはどういうことだ、ああ!?」
品のない罵声が穴蔵に響く。想定していたものには程遠い戦果を目にし、その男は手下を殴りつけた。
男の名は――まあ語る必要はないだろう。とにかく、手下たちから『お頭』と呼ばれ恐れられているその偉丈夫は苛立っていた。
「す、すんませんお頭……ほんと、すんません!」
「あ、あの町やべえっす! やたらツエー代行者いたし……そ、そう! 魔人! 絶対あの町に魔人がいます!」
情けない手下ども。おつかいすらマトモにこなせないのか。
ただでさえミティス峠を通る人間が少なくなっているというのに。これでは、自分が満足に食えないではないか。
元代行者のその男の精神構造は、端的に最低辺である。破綻しきっている。他者を陥れることに抵抗なんかないし、増えすぎた手下の間引きすら一考する畜生のたぐい。
……ではあるのだが、なんてことはない。ただ単に周囲に馴染めず、社会から孤立した不適合者の一人にすぎない。
それは彼の手下も同じ。『自分はあいつらとは違う』。そんなくだらない自尊心に縋り、悪事に手を染める自分に酔っているだけの逃亡者。
彼らは今も逃げ続けている。
自らが犯した罪から逃げ続けている。
受けるべき罰から逃げて逃げて、逃げ続け。
――――その果てに何が待ち受けるのかなんて、まるで考えもしない愚か者ども。
「ちっ……一人、捕まったか。使えねえグズどもだな」
強い代行者がいると言っていた。そんな根性があの軟弱者どもにあるとは思えないが、報復にくるかもしれない。面倒事は避けるべきだ。
そろそろ場所を変えるか。ついでに役に立たない幾人かを切り捨ててしまおう。そう、お頭は即断し腰を上げようとして。
「!?」
――――だが、残念ながら。
その判断は、寝ぼけているとしか思えないほど、遅すぎた。
「な、なんだ!?」
洞穴の中ほどに座るお頭の頭上を、なにかが通り過ぎる。奪い取った魔機具の明かりを超える光。――魔術の火球。
それは洞穴の奥に着弾し火を吹き上げた。
火は勢いを増し、お頭は慌てて手下どもを蹴り飛ばしつつ外へと駆け出す。
"くそ、もう報復に来やがったか。あのグズあっさりしゃべりやがって!"
捕まった手下に心の中で悪態をつきながらも、だがこちらのほうが人数は多いはず、と冷静に状況を分析する。
二十人の手下を引き連れ、見張りに立たせていた五人と合流し、これで二十六人。よくここまで増やしたものだとお頭自身も思う。
最近煩わしくなりつつあった、この大所帯が役に立つときが来た。襲撃者が何人だろうが、この人数ならば――
「――――ようこそ、お客様。この残酷なるプラネタリウムへ」
そんな、お頭の冷静な戦力分析は。
外に出た瞬間、微動だにしなくなった己の脚と。
冬の夜の冷気より凍てつく、凛とした声によって打ち砕かれた。
「毎夜続く素敵な公演。煌めくような幻想体験。どうぞ心ゆくまで、お楽しみください」
――――動かない。
お頭だけではない。二十五人の手下全員が棒立ちのまま、その顔を強ばらせ体に力をいれるが、動かない。
声は頭上から聞こえた。ということは、声の主は洞穴がある崖の上にいるのか。
「ぁ――――あ」
誰だ――そう、お頭が怒声を上げようとするがそれも叶わない。
声が、出せない。それは手下たちも同じ。
さながら糸で吊られたマリオネット。操り手の許しがなければ、誰一人動けないし。何一つ音も立てられない。
「ああ、お客様。公演中はお静かに。その程度の良識はあるでしょう?」
芝居がかった言い回し。男たちを敬うようでありながら、その首筋に刃物を突きつけているような、一切の温度を排除した声。……動けないまま、体が萎縮していくのがわかる。
――いったいなんだ、これは。崖の上に何がいる?
さっきは手下どものフカシだと切り捨てたが。まさか本当に魔人がここに――
「失礼だな。オレは人間だ――っといけないいけない。こほん。――それでは、歓声を上げることだけは許可します。素晴らしい光景を目にしたときには、思わず出てしまうものですから。存分に、その喉をかき鳴らしていただいて構いません」
声の主は姿を見せない。そもそも後ろを振り返れないので確かめることも。――ただ。
「ではこれより始まるのは、この季節に似合いの物語。冬の星座たちによる、愚かな獣の解体劇」
おかしい、と。その場の全員がまぶたすら閉じられずに目に涙を浮かべながら。
空がおかしいことに、気がついていた。
いったいいつ、夜になったのか。それにどうして。
「どうか死なないように――――」
あの星空は、あんな、怖気が走るほどに美しいのだろう――――?
「――――死に続けるといい」
歓声が上がる。
現れたのは赤い瞳の輝く牡牛。大きな体は真っ白で、まさに雪のよう。だけど大雑把な性格なのか、ぐしゃりぐしゃりと無造作にその体を汚していく。
歓声が上がる。
次に現れたるは屈強な狩人。大きな犬と小さな犬をともなって、悪い獣を懲らしめに。だけど言うことを聞かない犬たちは、ぐちゃぐちゃ、バクバクと暴食三昧。呆れた狩人は怒り出し、手近にあったソレをぐちゅっと握り潰してしまった。
歓声が上がる。
今度は仲良しな双子が。遊びたい盛りな二人は手を取り合って、くるりくるりと不思議なオブジェを制作中。どっちが上手く出来るか競争しているらしい。次から次へと作品を作り上げていく。
『――――――――――――!!!!!』
断末魔が、絶え間なく、上がり続ける。
――――やめて。たすけて。じぶんは、そんなふうにまがらない。なかみなんてみてもつまらない。
くっつけてもたのしくない。たべてもおいしくない。つぶれたらもどれない。
いたい。いたい。いたい。いたい。しにたい。なんで。なんで。
――――どうして、しなないの?
すでに原型を留めている山賊は存在しない。生存可能なカタチをしている人間はどこにも見当たらない。
なのに、悲鳴がいつまでも止まらない。
「では、次の公演をお楽しみください」
かと思えば瞬きの間に元通り。山賊は原型を留めていて、みんなみんな人間のカタチをしていて。
――――またすぐに、ぐちゃぐちゃになる。
それでも死なない。当然歓声も上がり続ける。
喉なんてどこにもないのに叫び続ける。
痛みは上限なく増殖していく。心は際限なく裁断されていく。
「では、次の公演をお楽しみください」
その言葉で繰り返す。終わらない。
公演というなら、終わったら幕が下りるはず。
ふざけてる。ルールに反している。規則が行方不明だ。ちゃんと守ってほしい。
ほら、もう終わったろう? みんな死んだろう? これで閉幕のはずだ。なのに。
なのに……どうして!
『■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■!!!!!』
――――どうして、いつまでも、これ、いつまで、つづくの――――?
「夜が明けるまで。……どうやらお気に召していただけたようで、何よりです。ああ、ご安心ください。夜が明けたら終わると言っても――――」
そうして、凄惨なプラネタリウムの支配人は告げる。
「夜は、またやってきます。夜が来るたびこの素敵な体験を繰り返せます。あなた方の心に焼き付いて。その汚らしい魂に刻まれて。夜が来るたび思い出します。いつまでもいつまでも。それこそ」
その残酷な事実を聞いた、山賊たちは。
「――――オマエらが本当に死ぬ時まで続く。良かったな。死ぬ体験なんてそうそうできない。オレだって一回しかない。せいぜい楽しむといいよ」
完全に、心が圧壊した。
◇
「これで獲られたのは全部かな……多分だけど。まあ、あらかた持って行けばいいだろ。こういう時、魔法の中に仕舞えるのは便利だよなー」
ルミナは金品やら魔機具やらを物色し終えて洞穴を出る。外には倒れ伏した山賊たち。その体は、ちゃんと人間の形を保っている。
というより傷一つない。先ほどまでの惨劇が幻だったかのよう。そして実際、幻だったのだ。
異世界の存在であるルミナが持つ『星の魔法』。
もう二度と帰らぬ人、戻らぬ日々を星の煌めきに見いだし、悼む――そんな静謐の世界。
ルミナはさっき、『星の霊廟』を見上げる彼らの悼む気持ちを極限まで増幅し、彼らの精神を際限なく不安定にさせた。
そこにトドメとばかりに叩き込まれたのが、先ほどの『公演』だ。自身の体が美しいナニカに破壊され続ける悪夢の光景。
プラネタリウム、とルミナは呼称したがまさにその通り。星を映すのではなく、星を見た人間の網膜に直接ルミナがイメージしたものを投影する極小の天体演劇。
あまりにもリアリティ溢れるその映像に、彼らの脳が『実際に体が損壊している』と誤認。増幅された『悼み』は『痛み』へと置き換えられ、死にたくなるほどの激痛が彼らを襲ったというわけだ。
――――これは残酷極まる星座たちの狂宴。地上に煌めく阿鼻叫喚地獄。
救い難い人間の悪心を完膚なきまでに砕く。そのために、魔法使いルミナが生み出した対人精神破壊魔法――――『幻光映す激痛の天象儀』。
「…………いや。奪われたものは取り返せても、奪われた命は取り戻せない。オレに出来るのは悪党どもに報いを受けさせることだけ。それが少しでもみんなの悲しみを軽く出来たらいいんだけど……そんな簡単な話じゃないか」
母親を喪った幼い少年のことを気にしつつ、ルミナは山を下りるべく歩き出す。それを止めようとするものはいない。
ちなみに山賊たちの心に絶望的な損傷を与えた『公演』は、たった五分間の出来事である。
星のカタナや星の弾丸など、普段から使える魔法もあるにはあるが。全力を出すためには『星の霊廟』を展開しなければならず、それも無制限というわけではない。それが五分。
ルミナ自身はそのことに不満はない。むしろ『この世界セキュリティガバすぎない?』とすら思っていた。なにせ少し待てば、また魔法を使えてしまうのだから。
閑話休題。そのたった五分間の惨劇に囚われた山賊たちだが、実際に体に傷を負っているわけではない。ロックの懸念通り、いずれ復帰して報復に来るのではないか――――というと、答えはノーだろう。
山賊たちの心にはあの光景が焼き付いている。痛みはいつでも再現できるほど刻み込まれている。
ルミナの言葉通り。夜が来るたび思い出し、終わりのない幻痛に苛まれ続けることになる。
そんな状態で普通の生活が送れるかどうか。そもそも今の状態から立ち直ることが出来るのか。
……終わった物語の続きを願うような、無意味な想像だ。
要するに――――そんな未来はない。
「さて帰るか。フィオレ、心配しすぎて何かやらかしてなきゃいいけど」
そして当然そんなものに興味もないルミナは、スタスタと山賊たちの間を歩いていく。だけど、ふと。
「あ、そういえば」
あることに気がついた。でも歩みは止まらない。
……どうでもいいことだけど。もしかしたらこいつら、ちょっとくらい根性があったのかもしれない。
「――――誰一人、”殺してくれ”って言わなかったな」
もはや意味のある音を発せぬ、生きた屍には目もくれず。
魔法使いは静かにその場を立ち去って行った。




