27 東エルドヴィレッジ、襲撃
数日後。私たちはまだミモリさんの家に滞在していた。
「オレたちはまあ、屋根の下で寝泊まり出来てるからな。そんな急いで向こうに行く必要もないだろ」
あと一週間もすればミティス峠は通行止めになる。山の降雪量が急激に増え、雪崩で道が塞がることも珍しくないという話。峠道は緩やかだけど、山側の傾斜が急だからでしょう。
「あたしたちも、もうちょっとこの町にいるわ。西エルドヴィレッジも人がごった返してるって聞いたしね。こっちで空いた宿を早めに押さえるつもり」
買い物帰り、道でばったり出会ったセイランさんとの雑談で今更ながらに理解する。こっち側がこんななのだから、向こうも同じ状況になるのは当然のことだった。
今向こう側に行っても泊まる宿がないはず。私、ルミナさまが『急がなくていい』と言った意味に気づいてなかった。恥ずかしい。
「そういえばセイランさん。どうしてあの時、ヘンリーさんたちを見逃そうと思ったんですか?」
「あの時? ああ、あいつらがリザード討伐に志願した時のこと? いやぁ、なんていうか。――おんなじ代行者、だからかな。あたし達だってもしかしたら、あいつらみたいになるかもしんないし。ほら、困ったときは助け合いじゃない?」
……その言葉はルミナさまも、ミゲールさんも口にしていた。代行者同士の合言葉、みたいなものなのでしょうか。なんか、いいですね。
とにもかくにも、私たちは春までミモリさんのお家にご厄介になる予定。当然お店も手伝うわけですが。
「ヘンリーさーん! ビーフシチュー追加で三人前!」
「――――かしこまりましたお客様。最高の一品をただいまご用意いたします(イケボ)」
――とんでもなく、楽になりました。
スタッフが四人増えたことにより、少しの休憩すら取れなかった頃と比べ断然に負担が減った。
もちろん忙しいのは変わらない。ルミナさま目当てで来るお客さんも絶えない。それでも一人当たりの業務量がぐっと常識的なものになった。
そしてもう一つの変化。それが、ヘンリーさんのビーフシチューです。
これが常連さんに大ウケ。あっという間に評判は広まり、今ではだいたいの人がこれを注文する状況となった。
ミモリさんの要望どおり、このお店の売りが一つ増えたというわけです。不安なんてなかったけど、みんなにヘンリーさんの料理が受け入れられて、良かった。
ちなみに。
「この、声。――絶対ヒゲの似合うダンディーなオジサマよ! ああ、お顔を拝見したいのに!」
「見え、見え……ない!? なんでよぉ!」
「シェフを呼んでちょうだい! 直接このビーフシチューの感想を伝えたいわ!」
別の意味で、評判になった。
とりあえずヘンリーさんには絶対にホールに出ないでと釘を刺した。
「あ、はい」
なぜかションボリしていた。
これもみなさんの夢を守るため。そしてヘンリーさん自身のためでもあるのです。顔バレしたら絶対『詐欺だ!』って暴動が起きるでしょうしね。
◇
さらに数日が過ぎ。ロックさんの退院日のこと。
失血による体力の低下も改善したロックさんは、晴れて病院のベッドから追い出されることとなった。
ヘンリーさんはお店の開店前にロックさんを迎えに病院へ。忙しくなる前に、お祝いとしてビーフシチューを振る舞いたいのだそう。ロックさんもヘンリーさんの料理が好きらしい。
「遅いですね、ヘンリーさん」
……だけど、もう帰ってきてもよさそうなのに、一向に二人は姿を見せない。
以前にも似たようなことがあったな、と思い出す。あの時はミモリさんが帰ってこなくて、ヘンリーさんたちに捕まってたわけだけど……何か、あったのかな。
「オッサンが遅いのもそうだけど。……なにか、聞こえないか?」
ルミナさまが入り口に向かい外の様子を窺った、そのとき。
『!?』
ドゴン! と何かが爆発するような音が聞こえた。
「きゃあああ!?」
「な、なになになに!?」
ミモリさんと女の子たちがびくりと体を竦ませる。
私も驚いて、しゃがみ込みそうになるのをなんとか堪える。だけど異常はそれだけで終わらなかった。
ドゴンドゴン、と立て続けに町のあちこちから爆発音が響いて来る。ついで、人々の声。これが歓声の類であれば、サプライズ的な催し物のひとつなのかとも思えたのだろうけど。
「――――悲鳴?」
その音に含まれる感情は、紛れもなく、恐怖だった。
「る、ルミナさま! い、いったいなにが……!」
「落ち着けフィオレ。……ちっ、範囲が広いな。みんなはここにいろ。絶対に外に出るな。フィオレ、武器は?」
「あ、えっと、二階の部屋に」
「それ取ってきて皆を守るように。オレが戻るまでここを動くな。オーケー?」
こくこくと頷く私。突然の異常事態に口が追いついていない。でもやることははっきりとしているので、すぐさま二階に行きマギアロッドを持ち出す。戻ってきたときにはルミナさまはもういなかった。
「ふぃ、フィオレちゃん……だ、大丈夫かな……」
「こ、怖い……どうなっちゃうの、あたしたち……」
不安に震える四人を安心させるためにそばに寄る。……私もちょっと怖いけど大丈夫。あんなに大きな魔獣とだって戦えたんだから。
「――大丈夫です。みなさんは私が守ります。私、これでも結構強いので」
結界魔術を起動し周囲を覆う。これで店の外からの侵入も防げるし、もし建物が崩落しても押し潰されることはない。魔獣程度なら――ああ、でも。
もし、魔人の襲撃だったら。そんな最悪の予想から目を背けていると。
「――――」
突如。全身を押し潰されそうなほどの重圧に襲われた。
「ひゃあああッ!!」
「やだやだやだぁ!!」
「あう……うう……!」
錯乱する三人。ミモリさんも今にも倒れそうな顔色をしている。だけど年長者としての責任感の賜物か、怯える三人を守るように抱きしめていた。
「大丈夫。安心してください、これは――」
私も一瞬、緊張してしまったけどなんのことはない。今までに数回感じたことのある重圧感。
これはルミナさまが、その身に秘めた魔力を解放したときのもの。だから心配しなくていい、と言おうとして。
「…………」
……コルトスで私が怖がられていたことを思い出す。伝える内容を修正する。
「……これはルミナさまの、周囲を怯えさせる魔術です。たぶん、町中で暴れているなにかを威嚇するために使ったのでしょう」
「……そ、そうなの……?」
「そういう魔術もあるんだ……」
私の嘘ではないけど本当でもない言葉に、少し落ち着きを取り戻せたみたい。良かった。
……せっかく仲良くなったのだから。怖がらせてしまったら、悲しいですもんね。
そうして、どれくらい経ったのか。
寄り添い合いつつ息を潜めていると、次第に爆発音は聞こえなくなっていった。ルミナさまの魔力の重圧も。
「…………収まっ、た?」
まだ人々の声が聞こえる。切羽詰まったそれは、先ほどまでの恐怖の音ではなく。
「怪我人がどうとか、聞こえるね……」
ミモリさんの言うとおり、誰かの救助を嘆願する声だった。結界を解除し入り口の扉をちょっとだけ開いてみる。
「フィオレ」
「ひゃあ!?」
いきなり上からルミナさまが落ちてきた。し、心臓に悪い……!
「る、ルミナさま驚かさないでください……! それで、どうなった、んでしょうか」
「ちょっと手を貸してほしい。怪我人があちこちにいて……治癒魔術使えるヤツが必要なんだ。ああ、ほかの皆はここにいていい。もう危険はないから」
どうやら、町を襲っていたなにかは去ったらしい。ルミナさまの威圧に恐れををなしたのでしょう。とりあえずは一安心。
さっきの爆発音から察するに、怪我人はそれに巻き込まれた人ということでしょうか。とにかく急いで治療に――と、その前に。
「あの。――――いったい、なにが町を襲ったんですか?」
それは、確認しておかないと。
魔獣なのか。それとも魔人なのか。だけどルミナさまの返答はそのどちらでもなく。
私は自分の勝手な思い込みを悟ることとなった。
「――――山賊だ。最近、巷を騒がせているっていう。……はん、徒党を組んでいるとは思っていたけど予想以上だ。まさか――――三十人近くいるなんてな」




